小樽でのまあまあ変わらない日常 -2-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
以前に大賢者からも言われていたけれど、ようやくルビィからアリシアへの新しい階位の授与式が行われる日程の連絡が来た。
指定された日は、アリシアは平日で高校があるし、魔法学院側も授業があるけれど、長くても一時間程度では終わるので、お互いの放課後を使って式が行われる。夕飯の準備はその前にある程度やっておいて、時間を作っておけば大丈夫だ。
幾つくらい上がるのだろうか、こうなってしまうと気になる。5か、10はさすがにないかなと思う。やどりぎ館にいる今は、学院での階位にそれほどはこだわってはいないけれど、やっぱり上がる事は嬉しい。
「しかし、アーちゃんの講義があってから寝不足な人間ばかりダ」
「そうなの?」
「あれは一つの魔法書だゾ。王者の錫杖だけでなく、3つの魔工具、それと一部ではあるが異世界の魔術までもが載っていル。私達があれに熱中しないはずがなイ。何度も何度も読み返しても飽きなイ。しかもアーちゃんはあの妙な連絡用クリスタルを持って来るし、やる事が多すぎル。これは小説に支障が出るゾ」
寝不足だといいながら、話す声の調子からしてルビィはとても楽しそうな様子だ。確かにあんなに苦労して講義したのだから、数日経った今もその研究に熱中しているのなら何よりだ。
霞沙羅の方も2日後にレポートの講義があるから、日本の魔術師界隈もしばらくは忙しくなる事だろう。
「あんなレポートを出して完璧な講義までしたんだから、それも加味されるんじゃないカ?」
「じゃあ8くらいかなあ」
「どうだろうか、私も聞いてはいないが、結構上がるんじゃないのカ?」
とはいえルビィのいる位置まで行くことはないだろう。あの階位にいる人間は成果もあるし、上を目指していける性格を持った人間性があることも求められる。
自分は、他にやりたいことも多いから魔術一辺倒な生活というのは無理だ。なのでそこそこ上がってくれればいいと思っている。
それに変に階位が上がってしまうと、魔法学院から余計な仕事を押しつけられそうな気もする。ただでさえ国王主導の事業とやらで、食料の冷蔵運搬の話が出ている。
ーでもあれはやってみたい。予算が出るなら、ちょっと考えている道具がある。
王都で長く生活した自分が小樽に住んで羨ましいと思ったことが一つある。急には無理だろうけれど、その解決の糸口はある。
「まあ楽しみにするといイ」
「そうだねー」
ーよしよし、まずは出来上がっているレポートを出して反応を見よう。
それも階位が幾つになるかも左右する。階位が上がれば発信力も増えようというモノ。
まずは授与式の日を待つとしよう。
* * *
今日の魔法術科1年生は野外練習の日だ。A組からE組の1年生全員で、高校の敷地からから少し離れた場所にある、通称「打ちっぱなし」と呼ばれる広大な練習場に行き、午前中全部を使って思う存分、好きなように魔法の練習が出来る日となっている。
校内にもトレーニング用の施設があるけれど、レーンと呼ばれる練習設備は数が限られて、授業でも順番制となってしまう。練習用グラウンドもあるけれどクラス毎、学年毎の一限ずつの使用なので、時間的には短い。でもこの広い練習所なら順番を待つ事も無く、4時限も使うので、時間的にたっぷり余裕がある。
B組からE組の生徒は、まだトレーニング用の魔法を何とか使える程度で、それでもすぐに息切れしてしまうけれど、ちょっと打っては休んでを繰り返して、今日は長い時間をノビノビと練習をしている。
勿論、本格的な魔法を使えるA組生徒も、シャベルカーで盛られた土の山に向かって思う存分練習をしている。
それを横目に、伽里奈達は料理の実習中。野外用の調理機械を運んできて、グループ毎に 毎回指定されたテーマに沿った料理を作り、野外練習に参加している魔法術科1年生と教師に振る舞うのだ。
基本的に料理の授業を選択しているのは、普通科の生徒だ。彼らは将来、民間の食品関係の仕事に就くだけでなく、軍に所属し、そこで食料関連の業務に就くことも目指している。
こういった実習は月に1回だけであっても、伽里奈にとっては最高の授業だ。周りも料理好きばかりで、伽里奈であっても教えて貰う事も多いので、他の生徒達との会話も楽しい。
今日の料理テーマは「暖かくなれるもの」。決められた予算内で、担当する人数分の料理を時間内に用意するのがミッションだ。
ただ残念なことに、この外での練習は、校外で行う年内最後の実習だ。来月からは冬の到来もあって、町には雪がちらつく頃なので、校内で行われる事になる。
野外での練習はテントと食事場所の設営も自分達で行い、元々は軍用に開発されたこの移動用の調理設備は焼きも炒めも煮るもオーブンもレンジも出来るかなりの万能機械とはいえ、さすがに据え置き型のキッチンに比べると使い勝手が悪いので、試行錯誤することも多かった。次の出番は来年の四月からだから、寂しいけれどしばしのお別れだ。
1年生最後の野外料理は、伽里奈の班は鶏肉とトマトを使った洋風鍋、シメのペペロンチーノ、デザートのアップルパイだ。他の班は四川風麻婆麵とかシチューとか、それぞれがテーマに沿った料理を作っている。
練習をしている魔法術科の生徒達は、原野を造成した吹きさらしの平原にいる。調理設備の側にいても風が吹けばちょっと寒いのだから、確かに温かい料理は最適だろう。
「そろそろ練習が終わるからね、お鍋の準備を始めようね」
食事の為に設営されたテントには長机とパイプ椅子が並べられ、伽里奈の班はカセットコンロと鍋の準備をして、生徒がやってくるのを待つ。他の班もそれぞれ盛り付け等の仕上げを始めた。
「もうオーブン使っていい?」
伽里奈は他の班の調理設備も使いたいので声をかけた。他の班の調理はほぼ終わっているので、もう使うことのないオーブンを確保し、準備しておいたアップルパイを焼き始めた。
この料理の授業はデザートまで作る予定は無かったけれど、以前から伽里奈のいる班だけが予算をやりくりして、フレンチトーストから始まり、アイスクリームやホットケーキを出していた。
そのせいで伽里奈のいる班は当たり、という事になってしまったので、今回からは他の班からも予算をカンパして貰って、全員にデザートであるアップルパイが用意されるようになった。
やがてテントの方には、魔法の練習が終わった生徒達が集まってきたので、配膳の対応に追われ始めた。
「藤井さん、付き合ってくれてありがとね」
アップルパイとペペロンチーノの準備があるので、伽里奈と、藤井恭香という女子が調理場所に残っている。
「好きで残ってるんだからいいのよ」
この藤井は魔法術科所属の、しかもA組の子だ。料理の選択授業は魔法術科だからダメという事は無いけれど、珍しく選択した生徒だ。
A組の生徒でも、この藤井は妙なプライドを振りかざす事も無く、きさくでとても話しやすい。
秋田からこの小樽校までやって来た子で、寮には入らず、同郷の子と2人で賃貸マンションに住んで、自炊をしているような料理好きなので、伽里奈としても色々と相談出来る相手だ。藤井の方も中性的な雰囲気の伽里奈は話がしやすいようで、授業中では結構会話が多い。
藤井にはアップルパイに添えるホイップを作って貰っている。そのおかげで、テントの中で食事というわけにはいかず、外で、他の班から交換した料理を食べながら、準備を続けている。
「今回からデザートの量が増えてちょっと大変だね」
「私の相方は前回だったから、今日は絶望してたけどね」
今回全員にデザートが提供される事は内緒になっている。今日は伽里奈の班が担当ではないので、がっかりしていたそうだけれど、この後驚くことだろう。
「美味しく焼けるといいね」
機械の側にいると、パイが焼けるほんのりと甘い匂いがオーブンから漂ってきた。
そしてテントの中では食事が進み、シメのペペローンチーノを食べ始める頃にアップルパイが順次焼き終わり始め、テントの中から応援の学生達が出てきた。
200人分の分量なので、ここはもう人海戦術でオーブンから出てきたパイを一人分ずつに切り分け、お皿に載せてホイップを乗せる。
それがテントの中に運ばれていくと、主に女子から歓声が上がった。伽里奈の班の担当ではないのに、自分の前にデザートが運ばれてきたからだ。勿論男子だって喜んでいる。
伽里奈もそれに加わり、生徒達に配る。
「わ、わ、私のデザートが、なんで?」
藤井の相方、一ノ瀬美哉という女子は本来は対象外だったので、想定外のアップルパイ到着に驚いている。
「今回から全員向けになったんだよー」
A組でトップだという彼女は、プライドが高いけれど、いつもとても美味しそうに食べてくれる。普段の態度はともかくとして、料理を作る方としては気になる存在だ。
「か、伽里奈アーシア、この私を食べ物で釣れるなんて思わないでね」
「そういう意味はないんだけど」
「ほらアンタ、素直に食べなさい」
焼きたてのアップルパイが全員に配られて、それぞれが温かいデザートに舌鼓を打っていた。
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