霞沙羅とファンタジーな世界 -2-
場面により主人公名の表示が変わります
地球 :伽里奈
アシルステラ :アリシア
「ルビィ、まだおるのか。少し訊きたい事がある」
ドアの向こうにいるのは大賢者タウ様、その人だ。
「学院一番のお偉さんが登場しましたよ、霞沙羅さん」
「いきなりかよ」
「だ、大丈夫なのカ。この人がいちゃってるけド」
「しょうがないじゃん。何か大賢者様が来ちゃったんだし」
大賢者を待たせるわけにもいかないので、ルビィはドアを開けた。なんだってこの人も徹夜組なんだよー、とアリシアは呆れた。こういう所が苦手なのだ。
「来客か、いや、アリシアではない…か?」
大賢者様は何冊かの本を持ってやって来ていた。
ルビィと話をしていたようなので、アリシアがどうやってこの研究室に来たかはいいとして、早くもこの学院に出入りを始めた事が嬉しい。
「いえ、錫杖のレポートが終わったので、それを伝えに来たんです。講義の予定を立てて貰わないとダメじゃないですか」
「お、お前、こんな短期間でよくも出来たモノだな」
錫杖を奪取してから4年と少々。誰も解明出来なかったあの刻まれた魔術がたったの1週間も経たずにレポートにまとめ上げられているとか、アリシアとは思えない事態に、大賢者は驚愕した。
「それであの、この人が」
とアリシアが霞沙羅を案内すると
「新城霞沙羅と申します。このアリシアの館で世話になっている者で、異世界では軍人をやっております」
スッと立ち上がって礼をした。軍や大学で色々な人に出会う事もあるから、こういう別組織の偉い人の前も慣れている。霞沙羅は態度が大きいだけの人じゃない。
「先日の画におった人物か。アリシアが連れてきたのだな?」
「え、ええ、ルビィに話す事があるとかで、部外者ですがすみません。すぐに帰りますけど」
「いや、よい。ワシも会ってみたいと思っておった。折角なので邪魔するぞ。しかしこの匂いは」
「アーちゃんが夕食を持ってきてくれて、食べていましタ」
「そ、そうか」
それにしてもいい匂いだ、とは口に出さなかった。
タウが椅子に座ってきたので、アリシアは水筒からのお茶を出した。それを一口飲み、改めてタウは口を開いた。
「確認するが、錫杖のレポートが終わったというのは本当か?」
「この先生と共同で作りましたからね」
「こいつが最初の段階で結構いいところまで纏めてましたからね、後は私の方で、一晩かけて確認して補足とこちら側の事例を追加するくらいでしたから」
「全部出すと長いので、とりあえずですが」
アリシアは記録盤に保存した映像を空中に投影する。講義用のデータと印刷して持って来るデータは同じモノなので、先に入れておいたのだ。
「こんな感じに完成してます」
アリシアは表示されているレポートをサーッとスクロールさせる。それはとても長いデータで、ちょっと見ただけでは何も解らない。
折角のデーターが上へ上へと流れていくので、ルビィとタウは、ああーっ、という表情をしているが、この2人にこんなモノを今じっくり見せたら夜が明けてしまう。
「ということで、日程を決めて下さい。あと参加者の人数も教えて下さい。人数分の冊子を作らないといけないので」
「そ、そうだな。では明日にでも参加者を募集しよう。アリシアとの連絡はルビィに任せる」
「はイ」
「私の方はそれが終わってから、詳しい話をしたいと思います」
「異世界の英雄殿、簡単にでよい、どういった内容なのか?」
「そうですね、アリシアの事件と同じ頃に私の世界でも一つ事件がありまして、レポートでも言及していますが、同一人物かその家系に連なる人物が魔装具をばら撒いて、事件に関わっているようなのです。なので、また同じ人物が現れた際にはその情報の提供をして欲しいと思います、勿論、こちらの学院か王国が必要であると要請があれば、我々の側の情報も提供しましょう」
「ほう」
「まずはアリシアの講義の結果を見て判断してからで結構です」
「モートレル事件での、暗躍者の情報はお持ちということか?」
「いえ、アリシアからの話で解っていますが、こちらが捕らえた犯人も同様に、暗躍者の情報が記憶からぼかされた状況です」
「それで同一人物だとお思いか?」
「そうではなく、レポート内に、刻まれた魔術基盤のクセについての解説がありますので、その内容で判断して下さい」
「まずはアリシアによる講義待ちという事だな。解った、レポートに協力をしていただいているようなので、それをもって決めさせて貰おう」
「よろしくお願いします」
レポートはアリシアと協力しているし、錫杖の解析に一役買っていることから持っている技術力はかなり高度なものを持っている、と断定できる。態度も堂々としていながら、きちんと礼節をわきまえている人物だと解り、今のところ大賢者タウの中での評価は高い。霞沙羅からの提案に満足そうに頷いている。
「じゃあそろそろ帰ります?」
「そうだな。まずはお前の講義待ちだしな。写真も撮ったし」
「では日程と人数を決めて下さいね。人数分の書類を作らないとダメなので」
帰ろうと思ったら
「アーちゃん、そろそろ店が閉まる頃だろうし、ちょっと家に顔を出すくらいしたらどうダ?」
「え、どうかなー、店じまいで忙しくないかなー」
通常であれば、「店じまいだ、全員とっとと帰りな」という慌ただしい終わりではなく、団体客がいなければ、一人また一人と帰っていくので、そこまで忙しくは無いはずだ。
「店じまいのどさくさに紛れた方が、手短に済むんじゃねのか?」
「じゃあ、実家の状況を見てみます」
* * *
短距離の転移ならある程度土地勘が戻ってきていたので、学院から実家の前までの転移は成功した。
「おー、いい佇まいじゃないか」
お店の明かりはまだ点いていたけれど、最後らしきお客が出ていく所だった。周辺にある他のお店も店じまいを始めているから、町の暗さもあって今日が終わっていくのをひしひしと感じる。
霞沙羅はそんな町の風景をデジカメに納めるべく、アリシアについて来た。
「先生も?」
「ちょっと中見せろよ。本物が見たいんだよ。あー、昔はこういう店は何度も利用したもんだぜ」
霞沙羅は学生時代にTRPGをやっていたので、ファンタジー世界に憧れがある。地球とは違う世界の魔剣などの修理や調整を行ってはいるけれど、実際にその世界に行く機会はあまり無い。
こうやって、自分の足でファンタジー的な世界を歩いているという事に感動しているばかりか、頭の中で想像していたような、よさげな食堂兼宿屋があるので、ゲームと現実が混同してしまっている。
「ボク達も明日があるんですから、すぐ帰りますよ」
「いいぜ」
『カリーナの宿』の食堂は串焼きが有名なお店だ。串焼きと言っても焼き鳥のような小さなモノではなく、大体その数倍くらいの、シュラスコ的なサイズになる。
食材は普通のお肉だが、つけダレが美味しいことで評判だ。
煙避けで明け放れている窓からは、中で後片づけをしている上の兄とその奥さんの姿がある。両親と祖父母はお店の裏にでもいるのだろう。
元住民のアリシアには馴染みのドアを開けて中に入ると、当然もうお客は誰もいない。
「ああ悪い、もう店は終了なんだ」
「あ、ああー、これじゃ解らないよねー」
アリシアは慌ててツインテールの髪をポニーテールにすると、二人ともようやく誰なのか解った。
「王様から話があったと思うけど、帰ってきたから」
「うお、お前アリシアか。何だ、急にこんな時間に」
「学院にちょっと顔を出して、その帰りで、ルーちゃんに顔くらい出せって言われて来たんだー」
「お、おい、親父達呼んでこい!」
「は、はい!」
奥さんというか、義姉さんがお店の裏に走って行った。
「そうか、帰って早々一暴れしたとかで町中が大騒ぎだったぜ。ところで後ろにいるのは誰だ?」
「事情は今度話すけど、ボクは下宿の管理をしてて、そこに住んでる人。学院に連れて行ってたから」
霞沙羅がそーっとお店に入ってきた。
「お前の嫁か?」
「ボクのパートナーは別の人で、この人は今ちょっと同じ研究をしてる人」
「お、そうなのか」
背も高く結構な美人だったので、こいつやりやがったな、とか言おうとしたのだが、嫁じゃないといわれてちょっとがっかりした。と言っても後で知ることになるが、本当の嫁は霞沙羅よりも美人だ。
「こんな時間だからすぐ帰るけどね。霞沙羅さんは適当に座っててくれる?」
「ああいいぜ。ここを堪能させて貰うぜ」
霞沙羅は近くにあった席に座って、店内を見渡して、早速テーブルをなで始めた。私はこんな椅子に座っていたのかと、いたく感動している。
すぐに両親と祖父母がやって来て、久しぶりに三男の無事な姿を確認しようと、半泣き状態で近寄ってきた。
「おおー、アリシア、ルビィちゃんが連絡してくれたんだが、本当に帰ってきたのか」
「うん、今はモートレルにいるんだけど」
モートレルでは無いけれど、この人達にはそう言った方が解りやすい。
「もう夜だから、また今度ゆっくり来るけど、とりあえず顔見せ」
とりあえず簡単にこの家の状況を聞かせて貰った。
建物は最終決戦前から大きくは変わっていないけれど、家族としては、上の兄はこの宿の跡取りとして住み、下の兄は王都郊外にある牧場に婿入りし、妹は一年前に近所にある服の仕立屋さんに嫁入りをしたそうだ。
「なんか『アリシアの部屋』とかいうので商売してるって聞いたけど」
「そりゃあお前、英雄が生まれた家に泊まりたいって人間が多いからな。お前が使ってたベッドと棚と机を置いて、残していった本も置いた部屋を作ったんだよ。今日も学院の学生が泊まってるんだぞ」
「そういうのほどほどにしてよー」
「人気なんだぜ。お前が帰ってきたから余計にな」
インチキしてなきゃいいけど。
「じゃあ、片づけもあるだろうし、そろそろ帰るね。ボクの今後は学院に顔を出す立場になるから、ラスタルにもそれなりに来るよ」
「また学院の手伝いをするのか?」
「今日はその件でルーちゃんの所に行ってたんだ」
「そうかそうか、まあお前は転移魔法が使えるしな。王国内にいるなら近所にいるようなもんだな」
「じゃあ悪いけど、そろそろ帰るね。先生、帰りますよ」
「ん、もう帰るのか?」
椅子に座って目を閉じて満面の笑みを浮かべていた霞沙羅は、やや残念そうな顔をしながらも立ち上がった。
「じゃあねー」
久しぶりに家族の顔は見たので、今日の所はもういい。
そしてまたエリアスの力を借りて、やどりぎ館に帰った。
* * *
北海道ではないどこかの場所の、どこかのビルのとある部屋では、何人かの人間が集まり、商談のような事をやっていた。
「また面倒な場所に運ばれるようだな」
部屋の中で最も上座に座っている男が、提出された書類を机に置いた。
「あの新城霞沙羅のいる小樽大ですね。警護には道警があたるようですので、管轄として軍は手を出さないはずですが」
「軍と警察の関係性から、首を突っ込むような事は無いのではないか?」
「あの女の事だからな。軍を動かす事が無くても油断は出来んな」
霞沙羅には厄災戦を終わらせた功績もあるし、国内に様々な強力なコネがある。大佐という立場上、組織の対立関係にもある程度の自重はするだろうが、仮に組織間のテリトリーを逸脱する行為を行ったとしても、彼女をどうこうする事は出来無い。
「ミスターゴーデス、そんなに面倒な人間なんですの?」
強面の男達が居並ぶ中、背の高い女性が興味深そうに笑っている。
「でしたらこちらも色々と貸し出しますわよ。私もあなた方の余り物をいただきたいですからねえ。その女を相手にするのに必要なモノを教えてくださいな」
「お前、あの女は世界でも優秀な鍛冶でもあるのだぞ。その腕は自分の作り出した魔剣で、厄災戦を終わらせたほどだ」
「あら奇遇ですの。私もそれはそれは優秀な鍛冶ですのよ。それもあって是非とも余り物が欲しいモノでして。言って下されば、必要な道具を用意しますわ」
「そこまで言うのであれば、まずはその腕前を見せて貰おうじゃないか」
「ええ、構いませんよ。採用となれば、高く買って下さいな」
女性は机の上にサイコロ状のアイテムを出し、男達に説明を始めた。
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