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そして英雄は帰る -6-

「英雄ヒルダとルビィよ、我等は3年間姿を消していた男の協力を得ている。お前達のリーダー、英雄アリシアだ!」


 オーレインは自信満々にそう言い放った。


「あらどういう事?」


 もう既にアリシアはいるけれど、ヒルダも一応付き合ってあげた。


「何で向こうにいるんダ?」


 ルビィも一応事情を訊いてくれる。


「あの憎き魔女によって滅ぼされた帝国を復興させようと思う。その為にこの皇女ユリアンを守り、今日この日まで姿を隠していたんだ」


アリシアを名乗る少女は、腰の剣を抜いて高々と掲げる。


 ちょっと芝居がかった台詞回しだが、自称アリシアには英雄っぽい自信に溢れていて、この広場にも声が良く通っている。剣だけでなく、かなり立派な鎧も纏い、中性的な姿も中々悪くない。


「ボクのこの聖剣の力は知っているだろう? さあ無駄な抵抗はやめて、新皇帝ユリアンの元に来るんだ」


 一部の人間以外はこの自称アリシアのことは聞いていなかったようで、残党達から次々と歓声が上がる。噂に聞く6英雄のリーダーの登場に、これなら逆転出来ると何とか士気を取り戻した。


 戦場では数え切れないほどの魔獣を屠ったという聖剣を持つ「魔法騎士」の二つ名を持つ英雄がいれば、間違いはない。


 そんな中、騎士団の誘導により市民達の避難も始まっていて、「アリシアだって?」と離れた所で人々はその歩みを止める。


「どんな聖剣なの?」


 少し離れた所にいるルビィの魔力感知でも、あれは魔剣である事は解っている。れっきとした魔剣であるが、今説明されたとおりの強大な力は無いように思える。


 見た目は白を基調として、装飾も豪華であり、聖剣と説明を受ければ納得出来る見た目だ。


「その一振りで多くの魔物を葬ってきたじゃないか。まさかこの剣を持つボクと戦おうと言うんじゃないよね?」


「その小さな剣で?」


 市民達はアリシアが帰ってきたようなので、領主であるヒルダの反応を見守っていたのだが、いまいちノリが悪いどころか、話しを聞きながら半笑いを浮かべているので、怪しみ始めた。


 やっていることが親友であるヒルダの利益にならないことなので、本来なら「アリシア、目を覚まして」とか言う場面なのだろうが、近くにいる同じ赤毛の少女の肩を叩いては「まあ、ああなるわよね」とか言って、ステージ上にいるアリシアを指で指した。


「あの、聖剣のことなんだが、私の創作物ダ。出版済みのダイジェスト版で何かいいものを持たせておいた方が話が盛り上がると思って作ったのと、それっぽいのを書いておけば何も知らないニセモノが引っかかると思ったわけダ」


 アリシア達の冒険譚は終戦記念として王国が主体となって、2年間の大体の足取りを追った本が出版されている。それの評判が良かったので、今は魔法学院から、物語状に細分化した物語をルビィが執筆している。


 後者の方はまだ魔女戦争にも到達していないので、聖剣は出ていないが、先のダイジェスト版では聖剣を持っていることになっている。


「ちょっと、嘘つかないでよ、聖剣だよ、これ。すごいんだよ」

「そっか、信じちゃってるのね、くくく」


 ヒルダが笑い始めたので、市民達もこれは変だと、怪しみ始めた。それにルハードも、ステージ下にいる方の赤毛の少女に「どうするんだ?」と聞き始めた。


「いやー、アーちゃんの剣て表現し辛くてナ。どうせあれを戦場で見た人間は殆どいないしナ。そもそも人がいる場所ではなかなか使えないんダ」


 ルビィも笑っている。


「えっとさ、この町でアリシア君とレイナードで一つ揉め事があったんだけど、知ってる? そこの花屋のおじさん、ちょっとそこで待っててね」


 呼び止められた花屋のおじさんは、アリシアとレイナードの間で起きた、世間的には知られていない揉め事を知っているので、ステージ上のアリシアがどう答えるのか待つことにした。


「花屋って、あの話をするのか?」


 それを聞いてレイナードがちょっと焦り始める。


「あの頃のレイナードの性格ならこの町の人は知ってるじゃん。今更でしょ」


「ヒルダに自分の方が優秀だって認めさせるために町を飛び出たレイナードを追いかけて、ボクはシチューが飲めなくなって喧嘩をするんだろ?」


「いくら何でもシチュー1杯では怒らないでしょ。その前にもう1杯あったから喧嘩になったんだよ」

「あの話はやめてくれないか?」


 ヒルダ側にもいる赤毛の少女が話そうとしている事を、レイナードが止めようとしているので、見守っている市民もステージ上にいるアリシアに明確な疑念が湧いてくる。


 なぜアリシアと名乗る人物は「花屋」のキーワードをスルーしたのか。


「ヒーちゃんにいいところを見せたくて、久しぶりに王都から帰ってきたから、格好つけて花束を渡そうとしたんだけど、レイナードってお坊ちゃんじゃん。値段をよく知らなくて、花屋さんの前でアリシアにお金を貸してくれって揉めたんだ。アリシアは渋々お金を貸したんだけど、そこで時間を取られて、やっとお店に着いたらシチューが売り切れで食べられなくてねー」

「おう、そうだ。結構長くやりあってたよ」


 花屋のおじさんが合いの手を入れてくる。レイナード絡みで目立っていたから、あのやり取りはしっかり記憶にある。


「鍋に残っていた汁だけちょっと舐めさせて貰ったんだけど」

「そうだ、あの時うな垂れてたから可哀想になってなあ」


 と食堂のおじさんが合いの手を入れてくる。スープをちょっと飲んだだけなのに、あんなにも喜んでくれたのが嬉しくて、ハッキリ覚えている。


「その時の借金はまだ返して貰ってないでしょ? レイナードにいくら貸したっけ?」

「え?」

「え、じゃなくて、レイナードのせいでその後も何回かシチューが飲めなくて、結局喧嘩になるくらい恨んでたじゃん? 覚えてるでしょ、食通のアリシア君なら」

「え、え、、そんな話聞いてない。ちょっと教えてよ」


 聖剣とやらに話しかけてはいるけれど、何も答えてくれていないようだ。どうやらあれでアリシアにされているようだ。


「レイナードのあの花束ってアーちゃんから借金してたの?」

「いや、まあ、考えていた値段と違っていて。たまたま彼が通りかかったから。それにお金を返す機会もなかなか無くて」


 狼狽する自称アリシアに残党兵も雲行きの悪さを感じ、新皇帝ユリアンとオーレインも、その見た目の特徴から、話しかけてくる人間の正体が誰なのかなんとなく察しが付き始めている。


 市民の方もこれはもう誰が本人か解りかけているので、ステージ上の人物がどう返すのか楽しみになっている。なんというか、コメディー演劇みたいになりかけている。


「それにこんなニセモノの剣じゃボクの仲間は騙せないねー。じゃあ出番が来たよ、システィー」

「聖剣じゃなくて、星の世界から来た剣なんダ」


 アリシアの手の中に青く燃えるような剣が現れる。


「そ、そっちだってそんな手持ちの剣で多くの魔獣が斬れるわけがないじゃないか!」


「こっちじゃないんだよ、これは操作用と別の用途があってね。本体はあれだよ」


 空を見上げるといつの間にか夜明けになりかけている。そして東から登る太陽の光を受けた、暁色に光る巨大な剣が町の上に浮いている。


「やっと出番が来ましたね」


 先程のワイバーンを更に上回る全長を誇る剣が町に降りてきた。見た目は殆ど塔だ。


「ボクらの7人目の仲間を紹介するよ。『星雫(せいだ)の剣システィー』だ。天空魔城へは彼女に乗せてって貰ったんだ」


 紹介されたシスティーは嬉しそうにぐるぐるとドリルのように回転したので、ちょっとした突風が広場に吹き荒れた。


「どうしました、魔獣を沢山切り裂いたというその貧弱な聖剣とやらで私と勝負しようじゃないですか」


 確かにこれなら一振りで数十体どころではない魔物が消し飛ぶなあと、誰もが納得した。


「こ、こんなのインチキ」

「久しぶりに見るけど、やっぱり大きいナ」


 システィーって、館で伽里奈の、いやアリシア様のサポートをしていたヤツじゃないのか。あれってこんなとんでもない剣だったのか、とアンナマリーは唖然とする。


 なぜ名前でなくマスターと呼んでいるかと言うと、アリシアが持ち主だからだ


「さあ、7人の英雄の内4人が揃ったわよ。降伏しなさい。そうすれば命までは取らないわ」


 王宮に引き渡した後は知らないけど、と心の中でつぶやく。


 王者の錫杖も全くの無駄に終わり、国民であり人質にも使うハズの洗脳された住民はもうここにはいない。折角集めた同志ももう半分もいないし、そもそもロクなのがいない。ニセモノのアリシアは本物が出てきてしまって台無しだ。


「くそ、だがまだこれがあるっ!」


 ここまで来れば仕方が無い。オーレインは別の杖を高く掲げた。


「そ、その杖はあの者が最後の手段として置いていったモノ」


 ユリアンはこれがなんなのか説明を受けているので、使う、と言われて慌てている。


「そう帝国を守護する神々を呼ぶ杖。かくなる上は我等は神の血肉となり、この者どもを蹴散らすのみ」

「し、しかしそれでは」


 ユリアンは止めようとしたが。オーレインは杖を発動させる。その先端に術式が大きく展開していく。


「ちょっとそこの女の子、その剣を捨てて早く逃げてっ!こっちこっち!」

「なんだ、アーちゃん、あの杖は何をやろうとしているんダ」


 アリシアにはあれの術式がどういうモノか解ったけれど、ルビィには解らない。あの杖も王者の錫杖と同じで、この世界の技術で作られたモノでは無い。


 やはりユリアン達の後ろにいる人物は、この世界の人間ではなく、何らかの手段でこの世界にやって来た異世界人だ。


「後で説明するけど、あれで神降ろしをやろうとしてる。来るのは反逆神じゃないみたいだけど、それの眷属が来るよ」

「神降ろしって、儀式もなくあんな簡単に出来るモノだったカ?」


 オーレインを中心に、大きな魔方陣が広がり、範囲内にいた残党達が全員飲み込まれた。


「王者の錫杖と同じ世界から来た道具だよ。あんなのまで作るとか、あの人達の後ろにいたのは相当の技術者だよ」


 魔方陣を中心に突風が荒れ狂う。


「小僧、とにかくあれを回収して、解析は霞沙羅にでも任せるのじゃな。我はまた邪魔な市民共を撤去していこう」


 高みの見物をしていたフィーネが近くの建物の屋根から降りてきた。


「そうします」


後方ではまたフィーネのトカゲ達が市民達をどかし始めた。


「こういうのもたまには良いと思うておる」

「女神様、今日は存分に力を振るって人間を守って下さい」


 いつもは破壊ばかりを撒き散らす女神フィーネは、アリシアのお願いに驚いた後、恥ずかしそうに笑顔を浮かべた。

読んで頂きありがとうございます。

評価とか感想とかブックマークとかいただけましたら、私はもっと頑張れますので

よろしくお願いします。

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