そして英雄は帰る -4-
「外は上手く行っているのかしら」
自分達を探して屋敷に入り込んでいた見知らぬ人間を斬り捨てて、ヒルダ達は屋敷の地下にある扉の前にやって来た。この向こうにヒルダの愛剣である魔剣ロックバスターが保管されている。魔女戦争時ならともかく、一応の平和を取り戻した世界ではあまりにも威力が高いので仕舞い込んでいたのだ。
「久しぶりねえ、これを持つのは」
扉を開けて、その中に置かれている大きなバスタードソードを手に取った。魔女戦争を戦い抜いた相棒は、やはり信頼できる。
「では我々も行くか」
レイナードも、久しぶりに愛剣を手にしたヒルダを頼もしそうに見る。
「町を取り戻すわよ」
* * *
ルビィの隣にいるのはかつてのリーダーだ。その愛剣の姿は変わっていないが、刻まれた力に改良が加えられている。本来は魔力の刃が出るだけだったが、その刃が鞭のように性質を変えて、変幻自在の斬撃を行う。
「使いこなしているなア」
「入居者が率いている軍隊に協力してるから、定期的な鍛錬は欠かしていないよ」
黒い刃は帝国残党兵達の間合いの外から跳んでくる。フィーネの情報通り、魔剣を持ってはいるけれどただの帝国残党兵達では、2人の間合いにも入れないし、射程の外から襲いかかってくる、軌道が読めない魔力の刃に対処することが出来ず、次々にアリシアの餌食になっていく。
「ルビィも精密射撃が上手くなってるね」
「冒険中、アーちゃんに叩き込まれたからナ。賢者達には理解者が少ないが、町中での戦いではやっていてよかったと思ウ」
フィーネによる誘導のおかげで、広場にいた市民達は誰もいなくなった。これで人質はいなくなったから、後はやりたい放題だ。
「だけどボクのニセモノさんが見えないなあ」
「ふーむ、この3年間で色々とアーちゃんのニセモノ情報はあったが、今回も楽しみダ」
2人は中央広場に足を踏み入れる。
「英雄ルビィ、なぜお前がここにいる」
これまでいた残党兵の中でも腕の立ちそうな、体格のいい旧帝国残党兵の1人が、槍を手に取り勇敢にも2人の前に立ちはだかった。
敵を評価するのは変だが、昨晩尋問したアレよりも腕は立ちそうだし、ルビィだと知っても自分の信じる新皇帝を守る為に立ちはだかるなど忠誠心と度胸はある。あんなのを見てしまった後だから、2人はちょっと感心してしまった。
「さあ、なんでだろうナ」
「何だっていいじゃん。知ったところで意味が無いことだし」
「ふざけるな。ワグナール帝国の滅亡から4年以上、泥をすするような生活を経て、故郷の同士達を集め、ようやく帝国が再興されるのだ。その邪魔はさせんっ!」
勇敢な男は槍を構える。
「そんなの誰も頼んでないって。それに元帝国領の農家の皆さんは、今の方が生活が楽になって喜んでるってさ」
「どうせ元々辺境に配置されてた、帝国にとってはどうでもいい消耗品ばかりじゃあないのカ? お前の生活はそんなに良くは無かっただろウ?」
「オレは子供の頃からユリアン皇女をお守りしてきた誇りある帝国人だ。帝国が復活のあかつきには、重臣となる男だ」
「この1ヶ月くらい見てきたけど、この町はいい所だったよ。どういう人生歩んできたのか知らないけど、錫杖の力を借りないと歴代皇帝への忠誠心が維持出来なかったポンコツ国家じゃん。だからこの町はあげられないなー」
そこに上空からの閃光が走り、この勇敢な男は一瞬にして黒焦げになった。ルビィの雷撃魔法だ。
結構ちゃんとした帝国人だったようだが、正直そんな事はどうでもいい。モートレルに生きる人達にとってはゴミ以下の人間だ。
「矢だ、矢を使え」
今広場にいる攻撃目標はこの2人だけだ。遠くから狙うなら今だとばかりに、10人程の兵が弓矢を持ち出して、一斉に構える。
「ボクらに矢は無駄だけど、こっちとしても揃ってくれるのは具合がいいんだよねー」
アリシアは黒い刃を伸ばして、周囲を一閃する。
「なに、弓がっ!」
魔剣は今後もこっちの世界で使うために改良して貰ったのだ。2年間の戦闘経験に基づいた、矢の射程を超えるように長さを調整してある。
そんなアリシアによる想定外の距離からの一閃で、弓の悉くが切断されてしまい、使い物にならなくなった。
「これで矢はもう使えないねー」
二人は悠然とした足取りで役所前のステージに向かって歩を進める。
* * *
「これで結界は機能停止ね」
城壁の上にいた残党兵は全て斬り捨てられた。同志として集まった人数が少ないので、結界が壊されることはないだろうと、ここには少人数だけを配置していたのがアダとなった。
エリアスが6つあるウチの3つの装置を破壊した所で、術式の維持が出来なくなり、結界は完全に消滅した。これで扉を開くことが出来るようになった。
「フィーネさんてあんな事が出来たのか」
上から見るとよく解るが、トカゲが変化した翼のない竜やトカゲ人間達は、住民達をそれなりにスペースのある数カ所に集めて取り囲んでいる。最初こそ何人かの残党兵が勇敢にも戦いを挑んでいたが、巨体には敵わず全て蹴散らされてしまった。これではもう人質には使えない。
異世界の魔法使いとは聞いていたけれど、いつも不遜な態度を取っているのも納得出来るくらいの強大な力を持っていたのだと、アンナマリーは今更ながらに思った。
「じゃあエリアス、お願いする」
あの下宿の住民は一体何なんだと思いながらも、今はとても頼もしい。アンナマリー達3人は、エリアスにかけて貰った障壁のおかげで、魔剣持ちを相手にしても全くの無傷だった。
エリアスはかつては近くに砦を作って戦いを仕掛けた町の人を救うとか何をやっているのかしら、と心の中で苦笑いをしながら、一応罪滅ぼしにはなるのかしらねと、解呪の祝福を町全体に放つ。
上空に現れた光り輝く雲のようなものが、雪のように降っていく。
「なんて美しい」
こんな魔法は見たことがないとオリビアはその奇跡のような光景に見とれてしまった。
* * *
「ほれ、扉は開けてやった。我のことなど気にせず、お主らは己の責務を果たすがよい」
結界が消えたことで、城壁の中と外を行き来する扉は開いたが、そこにいたのは身の丈で人間の3倍はあろうかという大きなトカゲ人間達。
ルハード達が中に入るの躊躇しているので、メッセンジャーは人の姿をしている方がいいだろうとわざわざフィーネがやって来た。
「この者達がぬしらを市民のところに案内してくれよう。洗脳も解けようとしておるから中の同志共と合流し、無法者共から町を取り戻すがよい」
ヒルダの話によると、協力者の中にはルビィとは別の魔法使いがいるという事は聞いている。トカゲ人間達は中へ入るようにジェスチャーをしているから、これは信じるしか無い。
「かたじけない」
「なに、夢多き小娘の邪魔をする愚か者を退治てくれれば、我はそれでよい」
元領主のルハードが馬に鞭を入れ先陣をきって駆けていくので、臣下の騎士団の面々もそれに続けとばかりに突撃していく。
「異郷の神々よ、安心せい。我はショーを楽しみたいだけよ」
フィーネはこの滑稽なショーを楽しむべく場所を移動した。
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