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まあ結果を言えば殺されるなんてことはなかったのだけど。

自国と他国の中間に連れて行かれた。身一つで。

禊を行い、数ヶ月私たちの病の兆候が見られないことを確認すると彼の国に招聘された。

城に召し上げられたのは、私とあの事件が起こってずっとそばにいてくれた数人だけだった。


身を清められ、美しい衣に身を包む。

煌びやかなそれを見ても心が躍ることはなかった。国事としてそれを来た時、いつも着られることを心待ちにしていたのは遠い昔のようだった。

おそらく今の私に合わせて作られたそれはブカブカで身に合ってなかった。艶やかだったはずの髪は輝きを失っている。柔らかな肢体もやせ細り、健康的な頰はこけていた。鏡を見ながら失笑が漏れる。やはり、もう私にそぐわないものだ。



宮廷は狭い。自分がどんな噂をされているかなんてすぐ分かった。



大好きだったあの人を見ても何も感じない。

甘酸っぱい思いが蘇らなかったのは不思議だった。

まるで"テレビ"を見ているみたい。

どうにも現実味がなかった。

ただ動いているものをぼやっと見つめているだけに過ぎなかった。


温かい言葉などない。目も合わない。広い絢爛豪華な部屋に閉じ込められ、1日3回食料を与えられる。まるで家畜にでもなったようだ。そう内心で呟いた。


感情が麻痺していて助かった。

少しでもあの人に仄かな気持ちを抱いていたら、絶望したに違いないから。



(婚約者としての義務でも果たそうとしているのか。)


私の国を併合したことを、噂話として知った。


ああ、なるほど。その建前として私を連れてきたのね。妃にしておけば、問題はない。病原菌のような私に触れないのもただの道具に過ぎないから。知ってるのよ。私がこの国で病原菌扱いされていること。手離してくれたらいいのに。


失笑が漏れた。


せっかくだし、私も好きにすることにした。先の感染症についてまとめる。"学会の症例報告"を基にした。詳しいデータを持ち出せなかったことは心残りだけど仕方ない。

全て燃えてしまったから。


使用した薬草、生薬、オイル、すべての評価を書き起こした。

輸液するための成分組成。何が入っていると経過が良くなったのか、覚えている限り書き連ねた。


診断を容易に行うためのキットを作った。

感染症発生時のシステムの草案を作った。

衛生環境のマニュアルを作った。


暇だったから。

それらが日の目を見たのは数年後だったのだけど。


彼はたまに私のもとを訪れるようになった。

私の考えを示して討論することも増えた。

いくつかは採用されたらしい。

これで飼っている甲斐もあるというものだろう。


部屋の外に出るのが許容されるようになった。城から出るのはあまりいい顔されないけれど。それでも許可を取れば美しい城下を眺められるようになった。しかし、昔のことが思い出されてあまり行かないのだけど。


笑ってくれない。

眩しい笑顔ではなく、相貌が柔らかく崩れるはにかんだ笑みが好きだったのに。


目を瞑れば蘇るそれに、もどかしい思いが募る。それも一瞬で、兄や父や大切な人たちの顔が過ぎる。もう、会えないかと思うと、胸が軋んだ。


私は18歳を迎えた。

婚約が結ばれないまま、私はこの城に留まっている。

時折ふと抱き締められる。ぎゅっと離さないと告げるような、抱擁と呼ぶには幼すぎるそれを私は持て余している。

どうしたらいいのかしら。

まあそう言ったところで私に進む場所も逃げ場もないのだけれど。


嫌われてはいない。おそらく病原菌扱いもされていない。彼は私が好きなままだ。決して私に告げはしないけれど。自惚れがすぎるって?だって仕方ないでしょ。



(申し訳なかった。君は俺を恨んでいるだろう。でもすまいが離してやれない。)



寝ている私に愛していると泣きながら縋る男を見て愛されていないと思わない方がおかしいと思うのよ。




宙ぶらりんの関係に嫌気がさしてきた。

そろそろ決着をつけるかと考え始めた頃、再び病魔が目覚めた。今度は彼の国の水の少ない地域だった。何の感染症だ?元の知識を基に考えを巡らせる私と反対に彼は固まっていた。


より情報を集めようと城から飛び出した私を彼は監禁する。私の知識など必要ないと言わんばかりに。分かっているでしょう?我が国の知識が必要なことに。なぜ閉じ込めるの。


「きみを失いたくない。あの絶望した日々を思い出したくない」



嘆く彼に、私は憤った。交わらなすぎる。



それでも、私が貫き通す道は決まっている。

たとえここで道を違えようとも構わない。


「結局、あなたは私のこと分かっちゃいない。

囲われるお姫様が欲しいのならここでさよなら、ね。」


私は部屋を飛び出した。

姫として与えられたものを全て置いて。

初めて連れてこられた時の質素な服に身を包み、城外へと駆ける。


体は信じられないくらい軽かった。

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