反転
⑩反転
戦局はソマリア軍が増援しても、膠着は続き、一週間が経った。
一度、金澤がいなくなった。金澤は、国境に向かったのだ。塹壕掘りの服装をしていた。
途中、軍の検問に止められると認識カードとミキに書いてもらった「シモン大尉」のメモを見せた。
兵士が問い質しても、金澤は「シモン、シモン」と、言うだけだ。
兵士は、困惑しながら通過を認めた。
金澤は国境に向かった。前方に黒煙が見え、砲撃音が散発的に聞こえた。
塹壕の手前に車を止めて外に出た。
近くにいた兵士に「シモン大尉」と書かれたメモを見せた。
兵士は金澤を近くの塹壕に連れて行き、地肌にもたれる男を指差した。
男は顔を上げ、金澤を認めると両手を広げる。
「カナザワ」
シモン大尉は塹壕に金澤を引きずり落とした。それから、呆れたように、笑い出した。
「タンク、タンク」
金澤は頻りに繰り返した。
やっと理解したシモンは、悲しげに首を横に振った。
「駄目か」
金澤はうなだれた。
シモンは金澤を連れて塹壕を移動した。途中で地上に上がると、近くに一輌の戦車がいた。
シモンは金澤に耳をきつくふさぐ仕草をして見せて、そのまま戦車の後ろに回り込んだ。
金澤は前方を見つめていた。しばらくすると、轟音とともに砲撃があった。砲筒の先に火炎が見えて巨体が揺れた。
シモンが親指を立てると金澤も同様に返した。
金澤は負傷兵を乗せて帰還した。
戻った金澤にサッコたちが呆れたのは、言うまでもない。ギョーマンには、小言を食らったが金澤は嬉しそうだった。
アリクイはフランス軍が怖くて、空軍機を出せなかった。
そうしている間にソマリアの鉄道網は、首都から北の路線が寸断された。
国民は、アリクイに怒りだした。人々には何故、戦争をしているのかが判らなかった。
先日まで戦争していることさえ知らなかったのだ。次は何を攻撃されるのか判らなかった。
軍にはアリクイの妄動を苦々しく思う者が当然いた。軍は北部に集められていた。戒厳令が出ていたが、首都の守りは手薄になっていた。街中は、北部からの避難民で溢れていた。
陸軍中将ペトルスは避難民を眺めながら考えていた。
ソマリアの大将はアリクイだけだから、ペトルスは実質、軍のトップと言えた。
(アリクイを逮捕するべきだ。もう、奴も十分だろう。下らん戦争ごっこは止めさせなければならない。罪状は、国家転覆罪だ)
一人頷くと、子飼いのトレス大佐を部屋に呼んだ。
トレス大佐の指揮する小隊が、官邸に車を横付けしたのは夜明けだった。
警護の衛兵が挙手する。
「歩兵連隊トレス大佐だ。ペトルス中将の命令により元帥閣下を避難させる。敵国は首都を爆撃する模様である」
二人の衛兵は、顔を見合わせた。
「お前たちも、俺達が官邸を出たら警護任務を解く。上官の所に行って、ここを離れる事だ」
トレスはそう言って中に入った。
部屋の前にいる衛兵にも同様に言って扉を開かせた。
アリクイは物音に目を覚ました。
「何事だ」
「フランス軍のミラージュ爆撃機がソマリに到着した模様であります」
アリクイは「フランス軍」と言う言葉に敏感に反応した。アリクイは慌てて、ベッドから飛び起きた。
「シェルターに行こうと云うのだな。分かった、官邸および最高司令部を移動する」
アリクイは元帥服を着て、車に乗り込んだ。
「ご家族も別隊が保護致しますので、御安心されますよう」
「よろしく、頼む」
「午後には、各司令官もお出でになるでしょう。御側の者はすでにおりますので御用を言い付け下さい」
トレスからの報告を受けて、ペトルスは衛星回線を使いソマリ軍令部に電話をした。
電話はギョーマンに回って来た。
「あなたは」
「ギョーマン少佐であります」
「私はソマリア軍ペトルス中将だ。今朝、大統領を拘束した。司令官と話したいのだが」
ギョーマンはフーリエ大将に変わった。
「先程本国大統領を拘束した。九時を以って停戦、撤退を開始する旨伝える。合意頂けると思うのだが」
フーリエはソファーに座るギョーマンに親指を突き上げた。
「合意する。連絡に感謝する」
「国土を荒らした事は申し訳ない」
電話会談はすぐに終わった。
ペトロス中将は、直ちにテレビで会見を行った。
「これを見ている皆さんは、外にいる避難民も呼んで下さい」
一度、席を外して三分後。
「本日早朝、戒厳軍令部は大統領を逮捕しました。罪状は国家転覆罪であります。司令官全員の総意であります。それにより大統領および最高司令官の職は解任されました。現在、継続している北国境での戦闘は九時を持って停止する。ソマリからの攻撃はありません。避難された方は、速やかに戻って下さい。なお、戒厳令は継続されます」




