モガデッシュ、爆破
⑧モガディシュ
ソマリアの首都モガディシュは人口二百万、およそ赤道直下に近い。
東インド航路の昔より、貿易港として栄えて来た。ソマリ国境から直線距離でも千キロも離れていた。今戦争が起こっている事を知る市民はいなかった。
国会議事堂に並ぶアリクイの官邸は、回廊のある石造りの建物だった。
電撃作戦に失敗した報を受けてアリクイはいらだっていた。
「今度は、フランスが出て来る前に占領するのだ」
二十五年前の失敗は、アリクイの妄執となっていた。クーデターは成功したが、頭の上には常にソ連がいた。八年が経ち、ソ連の崩壊で爪を取り戻したアリクイは嬉々としてソマリに攻め入った。武器は、ソ連から供与されたものが山のようにあった。
紅海に海賊船を出して、フランス軍を陽動した。上手くいくと思ったのだ。
独裁ボケとしか言いようがなかった。
この地での兵力なら、象と蟻のはずだった。鼻唄交じりで侵攻した。調子に乗って、首都ソマリをミグで爆撃もした。
フランス軍は「なぜ?」と、遅れをとった。首都まであと十キロのところでフランス軍のミラージュが飛んで来た。「いい加減にしろ。帰れ、帰れ」と容赦なく爆弾を落とした。
アリクイは、ほうほうの体で逃げ帰った。
今度は国民に知らせる事はない。占領したら、華々しく喧伝してやるのだ。
アリクイは老人ボケになっていた。
⑨爆破
夜十一時、中継局の前で車が一台止まると男が一人降り、すぐに発進した。
暗闇の中、男はフェンスをよじ上り敷地の中に飛び降りた。ここまで一分弱、換気孔の下で背嚢を降ろした。
ここでヘッドランプを点す。爆薬と時限キットを取り出し、時計をみた。約一時間後、零時にタイマーをセットした。
ステンレスの網を、少し横にずらすと、つめからはずれた。それを押し上げ手を差し込み、換気扇の、羽根の位置を確認する。
爆薬に五メートルの紐を結わえ、羽根の隙間から下ろした。床に届くと紐が緩んだ。車が戻って来る五分までの二十秒間、道路脇に伏せた。きっかり五分後、車が止まると静かに乗り込んだ。
次の標的に向かう。
運転手が笑い、男はたばこを吸う。
この夜、二人一組の六チームが同様に動いていた。
『ドン』
深夜零時、鈍い爆発音がした。
密閉構造の建屋が一瞬膨らんだ。それから屋根が浮き上がり、側壁のアルミパネルが吹き飛んだ。
ラックに並んだ機器は跡形もなかった。被覆の溶けたケーブルの束が床を這っていた。
最初の爆破から三十秒で十八ヶ所の爆破は完了した。
モガディシュ貿易センタービルは、首都で一番高いビルだ。二十四時間、世界中の先物市場の情報が更新され、夜勤のディーラーがパソコン画面に目を凝らしていた。
ちょっとデスクを離れて、コーヒーを入れに席を外した。デスクに戻ると画面にはエラーが羅列されていた。
若者はベッドで見ていたSNSが更新されなくなった。携帯電話は圏外を表示していた。舌打ちしたが、これではクレームも入れられない。一時的なものだろうと考えて寝てしまう。
夜が明け、都市はパニックになった。電話は、携帯電話を含め、全て不通になっていた。当然、インターネットも同様だった。
警察、工事車両がサイレンを鳴らして走っていた。
都市間を繋ぐ、マイクロ無線によるバックアップ回線が立ち上がったが、民間は使用できない。官邸は衛星回線を持っていても、その端末機を持つ者は少ない。
柴田は、その規模を予想していなかった。ただ何となく、という感じで、爆破ポイントを選定したのだが、被害は予想以上の規模に拡大していた。
北の国境で、戦闘が行われていると噂が広がった。電話が使えなくなったのは、ソマリから攻撃されたせい、どこの都市が爆撃された、と話は大きくなっていく。都市間の一般回線は、切断されているから確認のしようがなかった。
テレビでは事故による一時的なものだと言うが、人々の疑心暗鬼は広がっていく。
爆破作戦の翌日、ギョーマンがオフィスに現れたのは昼過ぎだった。
サッコたちは、オフィスにいた。今までのデータを整理し、綺麗な資料にしていた。
ギョーマンは笑っていた。
「素晴らしい。やっと全容がわかった。なかなか、あちらと連絡が取れなくてね。まあ、当然だ。今までは、携帯電話で済んでいたのだからね」
四人は黙って、ギョーマンを見ていた。
「都市部の回線は全てダウンしたようだ。国全体と同じ事だ。国民がパニックに陥っている。戦禍が近くにやって来た、と思ったようだ」
サッコと柴田は顔を見合わした。
「今夜、鉄道を爆破する。線路を数ヶ所だ」
「列車は大丈夫なのか」
「だからこそ、爆破なのだ。レールを外したりポイントに細工すれば、列車が気付かず転覆する。爆破がわかれば、列車は動かない。人々は南下を始めている。列車が使えないとなれば、道にあふれる。アリクイが戒厳令を出しても止められないだろう」
「それで、戦争は止むの?」
ミキがギョーマンに聞いた。
「まだだね。アリクイはそう簡単に手を引かない。まだ、引かれても困る。今回はアリクイに失脚して貰うつもりだ」
金澤が食堂からコーヒーを五つトレイに載せて運んで来た。金澤は塹壕を掘りに行ってから一人でどこにでも行くようになった。
ギョーマンは続けた。
「アリクイは鞭だけを振っていた訳ではない。それは、ソ連の下にいた時だ。ソマリアはもともと、富める国ではないから鞭を振っても限界があるのは理解していた。東欧の共産諸国のように、肥沃な耕地も工業インフラも望めないのに、五ヶ年計画などの題目がナンセンスだと誰でもわかる。経済が発展したのは、ソ連がなくなってからだ。交易地として発展させ、日本からは援助を引き出し、今は中国に擦り寄っている。都市にはビルが建ち、アリクイは宮殿と見間違う官邸に住んでいる。しかし、街を出れば一面のサバンナだ。富はビルに棲める者とアリクイだけのものなのだ」




