13 ルミとの和解?誤解?そして――?
そのあとの作業は昨日と比べて効率よく仕事をすることができた。もちろん、漢字やひらがなをカタカナに戻して紙に写し書きするのは骨が折れる作業だけれど、腕が重くならない。あまり疲れることがなく、自分でもビックリしてしまう。こんなにサクサクできるなんて、本当ポポリさんに感謝だなぁ。しかもアミさんに間近で体を触られるなんて……。
「ぐふふふ」
知らぬ間に晃は気持ち悪い笑い声を漏らしていた。
大陸ごとにわかれている集積カゴに手紙を持って行こうとしていたルミがちょうど通りかかって、その声を聞いて目を細めた。
「思い出し笑いは変態の証ですね」
冷たい一声に晃は背筋を伸ばした。目の前に人を人として見ていない目つきのルミがいたのだ。
「あ、ち、違うんです。その呼び方やめてくださ……」
と、言いかけたとき頭上から悲鳴が聞こえた。
「ルミちゃん、よけてぇぇぇ」
ちょうど荷物を運んでいたアミが、あろうことかほうきに結び付けていた袋の紐がほどけ、ヒュルヒュルと落下していたのだ。
「キャーっ」
急いで袋をキャッチしようとアミは、ほうきを方向転換させていたが間に合いそうもなかった。
ルミちゃんにぶつかっちゃうっっ! ルミにぶつかってしまう光景を見るのが怖くなり、目を閉じてしまったアミの元に「あぶないっ!!」と男の声が届いた。閉じてしまっていた目をゆっくり開けると、そこには晃がうずくまっていた。
「ル、ルミさん、大丈夫ですか?」
直撃しそうだったルミを抱き寄せて、晃は背中を丸めて守っていたのだ。
「え、あ、はい。私はなんともないです。アキラさんこそ大丈夫です?」
数センチで互いの鼻がついてしまいそうなシュチュエーションに、ルミはドキドキしながら晃を気遣った。
「ちょっと背中が痛いですけど、大丈夫ですよ。軽い物だったみたいで」
よいしょ、といいながら体を起こした。
「アキラ、ごめんね。それにルミちゃんも。ごめんなさい。ごめんなさい」
涙を浮かべながらほうきを放り投げて、アミが二人に何度も何度も謝った。
「大丈夫ですよ、へっちゃらです」
ルミを抱きとめていた腕を離して晃は両腕をガッツポーズさせてアピールした。
「本当? 本当に? ルミちゃんは?」
「私も大丈夫です。アキラさんに助けてもらいましたから」
ぽっと頬を桃色に染めてその場から逃げるようにルミは走り出した。
人の裸見といて知らないって言って、そのあとも素知らぬフリしてて、この人でなし! って思っていたのに。なんなの? あの包容力。がしって抱きしめられたときは「この変態男っ」って叫ぼうと思ったのに。逞しくてついクラリときてしまったじゃない。これじゃぁヒマリのこと言えないわっ。あぁぁ、もう。こんなに胸がトキメクなんてっっ。思いがけない自分の心の揺れにルミは動揺していた。
ルミの逃げていく姿をアミはジッと見つめていたが、すぐに視線を切り替えた。
「本当に大丈夫? ちょっと背中見せてね」
人目もはばからず、アミはサスペンダーを肩から下げさせシャツをめくった。
「んー、ちょっと腫れてない?」
アミは優しく背骨あたりに触れた。
「大丈夫だと思いますよ?」
「んー。でももしもがあるから、宿舎長呼んでくるね」
「でもそんなことしたらアミさんの仕事が遅くなっちゃうんじゃ」
「大丈夫。そんなことよりアキラのことが心配だから。ね? 体壊しちゃったら仕事どころじゃないでしょ? いい? 自分の作業台で静かにしててねっ」
晃が引きとめるのも構わず、アミは駆け出していた。
「本当に大丈夫だと思うんだけどなぁ。ちょっとだけ背中が痛いだけだし」
身なりを整えながら呟いた。
ミシルとアミが来るまで、晃は通常作業を行っていたが、肩甲骨あたりに少し違和感を覚えはじめていた。ペンを走らせているだけは大丈夫だけど、手紙や小包を取ろうと腕を伸ばすと引きつるというかなんというか。
ちょうどそう思ったとき、突然ミシルとアミが晃の前に現れた。
「大丈夫か? アキラ?」
「は、はい。大丈夫です」
大丈夫ですから、それ以上近くにこないでください。ミシルさん、なんで今日は太ももあたりからスリット思いっきり入ってるんですかっ! と、晃は心で絶叫した。
「そのまま座っていなさい」
逃げ腰になっている晃にミシルは命令した。
「いや、本当に大丈夫なんです」
「いや、一回見てみないとわからないだろ?」
晃の自己申告などあっさり切り捨てて、服の上から優しく背中を撫でた。
「わからんな。どれ」
シャツと背中の間に手をすべり込ませて触診しだした。ミシルのひんやりとした手の平に晃はだんだん呼吸が荒くなっていった。
「あの、ミ、ミシルさん、大丈夫ですから」
裏声になりながら伝えると、ミシルは腕を抜いてそっと晃の耳元で囁いた。
「アキラ、むやみにポポリの名を呼ぶなよ? いつか身を滅ぼすぞ。忠告はしたからな。いいか? むやりに名を呼んではいけないよ。――というわけで、忠告料として三ブロー頂戴するよ。あ、それと背中はポポリのおかげで頑丈のようだ」
ポポリとのやり取りをミシルにどこかで見られていた、という自覚をしていなかったので晃は背筋を震わせた。至近距離で胸を押しあてられていたにも関わらず。
そしてなにやらお金を請求されたような気がして首を傾げた。
「あ、あのいま三ブローとかいいませんでしたか?」
「言ったよ? ポポリとの関係性を忠告した、ということで三ブロー給金から戴くと」
それがなにか? と言わんばかりにミシルはさらりと言ってのけた。
「え、ちょ、ちょっとあの」
そんなことでお金を取られては困る、と言葉を続けたかった晃だったが、ミシルは既に背を向けてアミに話しかけていた。
「アミ、アキラは大丈夫だぞ。それよりも、荷物を括る結び方をしっかりしときなさい」
「はい」
「くれぐれも同じ過ちを犯さないこと。いいな?」
「はい、申し訳ありません」
唇を噛みしめながら項垂れた。
隙のない会話で、晃は一言も口を挟むことができなかった。
二人の間に漂う空気があまりよくないのを感じ、周りは音を出さず固まっていたが、
「皆も気を引き締めて作業をするように」
と、ミシルが笑みを浮かばせて言葉を告げると、すぐに作業の音がし出した。その様子に満足したのかミシルはパチンと指を鳴らして姿を消した。
しかしアミはさっきのミシルの言葉に重みを感じたのか微動だにしていない。
「アミさん?」
小さな声で呼ぶも聞こえないようで、晃は立ち上がってアミの傍に来てもう一度訪ねた。
「うぁぁぁぁぁん」
ひしっと晃に泣き声と共に抱きついてきた。急なことで晃はバランスを崩しアミを抱きしめたまま尻もちをついた。
よかった。アキラに怪我がなくて。しかも荷物を落とすとかあり得ない失態。本当恥ずかしい。ミシルさんにも怒られるし。危うくルミちゃんにも怪我させちゃうところだったし。私ったらなにをやっているのよっ、アミのバカッ!!! 自分のミスが許せなく、どこに怒りをぶつけていいかわからなくなったアミは、声にならない感情を晃の胸の中で涙という形で吐露した。
「ア、アミさん?」
顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくっている。どうしよう。こういうときってどうしてあげたらいいんだろう。背中をさすってあげるとか? 頭を撫でてあげるとか? 戸惑いながら自分の出来うる限りのことをアミにしてあげた。すると少しずつ泣き声が収まってきた。
「アミさん、もう落ち着いてきましたか?」
晃は背中をさすりながら優しく尋ねた。
「う……、うん。ごめんね、急に泣いちゃって」
瞳からまだ溢れる涙を一生懸命拭い、晃を見上げながら申し訳なさそうに謝った。
「謝らないでください。僕もルミさんも大丈夫だったんですから」
「うん。うん」
こくこくと頷きながら、アミは無理矢理笑顔を浮かべようとした。
「アミさん、無理して笑わなくたっていいんですよ? 気が済むまでいっぱい泣いてください。あんまり嬉しくないかもしれませんけど僕の胸貸しますし」
少し距離があったアミの体を、ためらいもなく晃は自分の胸に抱き寄せた。近くで小さな悲鳴が聞こえた気がしたが晃は気にしなかった。なによりもアミの涙が止まってくれればと思っていたから。
どうしよう。アキラがとっても男らしく感じるの。このドキドキ、私どうしたらいいんだろう。ぴっとりと晃の心臓に頬をすり寄せながら、戸惑いとトキメキを噛みしめるように、アミはギュと晃の服を握りしめた。
【請求された金額】
1日目…15ブロー(ポポリより)
2日目…20ブロー(ポポリより)
3ブロー(ミシルより)
◆晃の所持金…マイナス8ブロー
◆フミへ用意する100ブロー。遠ざかっております。
【備考】
1日で得られる給金=15ブロー
【契約内容】
■マンデルブロ大陸、特別区内ウルサの町の郵便舎で仕分け作業に従ずる
・作業時間…朝七時~昼十二時
・一日の給金…十ブロー
■マンデルブロ大陸特別区内宿舎にて下働きに従ずる
・作業時間…昼一時~夕方五時
・一日の給金…五ブロー




