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寄生悪役令嬢は星間戦争の夢を見るか  作者: エシェリキア梱


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第47話 海宮のおもてなし


「し、失礼いたしました。ソーニャと申します。手紙をお届けに参りました」


 思わず背筋を正し、ソーニャは深く頭を下げた。

 この海宮(わだつみのみや)の宮殿の作法が、王国の礼儀に則ったものかは分からない。

 しかし、新領主の使者として、その振る舞いを崩すことは自尊心が許さなかった。


「ありがとう。長旅でお疲れですやろ。なんもない所やけど、ゆっくりしていっておくれやす」


 (おと)と名乗った美女は、たおやかな笑みを浮かべてそう言った。そのゆったりとした響きが、ソーニャの警戒心を薄く削いでいく。


 乙がわずかに目配せをすると、両端の扉が音もなく開いた。

 そこから現れたのは、10歳前後と思しき5人の少女たち。色とりどりの小袖(こそで)を着た彼女たちは、一糸乱れぬ動きで一列に並び、揃ってぺこりと頭を下げた。


「こちらへどうぞ」


 澄んだ鈴のような声に導かれ、ソーニャは案内されるまま奥の部屋へと進んでいく。


 イアポニアではまずは風呂という文化なのだろうか。リァマに到着した日と同様、そのまま湯殿へ連れて行かれた。

 扉が開いた瞬間、濃厚な花の香りが湯気と共に押し寄せる。磨き上げられた白亜の浴槽(よくそう)には、天井から吊るされた灯りを受けて淡く燐光(りんこう)を放つ湯が満ちていた。


「じ、自分で入れますから!」


 服を脱がそうとする少女たちに、ソーニャは顔を赤くして抵抗した。

 だが、少女たちは慈愛に満ちた笑みを崩さず、まるで磁石のようにぴったりと寄り添って手を止めない。


「お客様はそのまま」

「全て私たちにお任せくださいね」


 結局、暗殺者として鍛えたはずの身のこなしも、少女たちの柔らかな強引さの前では無力だった。

 ソーニャは観念して、まな板の上の魚のように彼女たちの手に身を委ねることになった。


 背中、腕、髪。宝物を磨き上げるような丁寧な手つき。

 その最中、少女たちが髪用の不思議な石鹸を馴染ませると、ソーニャの髪から変化が起きた。

 髪染めの青鼠(あおねず)色の染料が溶け出すように、するすると落ちていくのだ。


 湯の中に薄青の色が溶け出し、やがて透明に戻ったとき、そこには本来の姿が(あら)わになっていた。


 ――雪のように、汚れなき白い髪。


「まあ……」

「きれい……」


 少女たちが感嘆の溜息を漏らす。水に濡れたその白髪は、海底の微光を吸い込み、真珠のような静かな輝きを放っていた。

 それは彼女が長年、ひた隠しにしてきた異端の証でもあったが、ここではただの美しい色彩として祝福されていた。


 風呂上がり、たっぷりの香油を揉み込まれ、爪紅まで差されたソーニャは、(おと)とお揃いの仕立ての衣を着せられて宴の場へ戻った。

 鏡に映る自分は、もはや影に忍ぶ暗殺者ではなく、深海に咲く一輪の花のようで、彼女は半分諦めたような心地で溜息をついた。


 舞台では少女たちが舞を披露し、鈴の音が涼やかに響く。それを無表情で眺めていた(おと)だったが、ソーニャの姿を認めるなり、その双眸(そうぼう)に歓喜の火を灯した。


「あら。こんなべっぴんさんやったん?」


 相好(そうごう)を崩して近寄ってきた(おと)は、ソーニャの顔を間近で(のぞ)き込む。


「髪もほんまはこんな綺麗な白色やったんやねぇ。服もよぉ似合おうとる」

「は、はい。あの、お手紙は……」

「さっき読んだで。新しい領主様が来たんやってね。お会いできるんが、今から楽しみやわぁ」


 承諾の言葉に、ソーニャは安堵(あんど)した。任務は果たされたのだ。


「よかったです。それでは、あの――」


 言いかけたところで、乙が手を打つ。

 すると給仕の少女たちが次々と料理を運んできた。


「使者様に召し上がってほしいって、うちのもんが腕によりをかけましてん」


 大きな大理石のテーブルの上に乗りきらないほどの料理が並ぶ。

 それらは料理という概念を超え、海の底に満ちる生命の輝きが、ひと皿ひと皿に姿を変えた“祝福の宝物”であった。


 瑠璃(るり)色の魚は、深海の光をまとったまま皿に横たわり、その身を切れば、まるで星屑がこぼれるように淡い輝きが散った。

 そして、竜宮城の名物とされる“(うしお)の宝珠”は、透明な球体の中に小さな渦が揺らめき、食べた者の心を穏やかにし、まるで海そのものに抱かれているかのような安らかな静寂が心を満たす。


 見たこともない材料、見たこともない料理。

 ソーニャは恐る恐る箸を伸ばして口に入れた瞬間、目を見開く。


「……!」


 驚くほど美味しかった。


 黄金色に透き通る貝のスープは、潮の満ち引きのリズムをそのまま閉じ込めたように、口に含めば波のさざめきが胸の奥でそっと広がる。


 海藻の盛り合わせは、ただの緑ではない。

 翡翠(ひすい)琥珀(こはく)、真珠色――海底の森がそのまま姿を現したかのような色彩で、ひと噛みすれば、潮風の記憶と海神の息吹が舌の上で踊る。


 気づけば箸が止まらない。


「気に入ったんなら、よかったわ」


 (おと)がやわらかに微笑む。

 しかし、その視線はどこか異質だった。

 料理を味わう客を見守る主人の目ではなく、希少な標本を慈しむ蒐集家(しゅうしゅうか)のような――。


 ふと、ソーニャは視線を舞台へ、そして周囲へと巡らせた。

 そこで、冷水を浴びせられたような寒気が背筋を走る。


(……おかしい)


 案内役、侍女、舞い手、給仕。

 この広大な宮殿の中に、男性の姿が一人もない。

 それどころか、成人しているのは目の前の“ (おと)”ただ一人。他はすべて、10歳前後の幼い少女ばかりなのだ。


 海底の透明な(まゆ)

 ここで育てられ、ここで舞う少女たちは、一体どこから来たのか。


 「…………あの……」


 (からす)の警告が頭をよぎる。

 自分から「帰りたい」と言ってはいけない。

 

 ここは海底の宮殿。

 外界から完全に隔絶された場所。


 華やかな鈴の音が、急に自分を縛り付ける鎖の(かす)れる音のように聞こえ始めた。


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