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深夜の異世界通販~社畜の俺、商品を買うたび人生が壊れる件~  作者: 雪竹


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13/15

第13話 ありのままの姿、見えちゃってますけど

 その日も、会社は平常運転だった。

 つまり、地獄である。


 残業続きで目がしょぼしょぼする。画面の文字は踊り、エクセルの罫線は蜃気楼、メールの「至急」は呪いの札。肩は石、首は鉄、俺は社畜のフルアーマー。


「相川。これ、今日中」


 課長が置いていった資料の束が、俺のデスクに雪崩れ込む。


(今日中って何。今日、何時まで? 地球が自転をやめるまで?)


 目の奥がずきん、と痛む。

 最近、夕方になると視界がぼやける。文字が滲んで、目薬をさしても回復しない。むしろ「しみる」だけで心が折れる。


 帰宅してもスマホが眩しい。コンビニの値札が読めない。風呂場のシャンプーとコンディショナーを間違える頻度が上がった。


(これ、老眼じゃなくて…過労だよな? うん、過労。老眼じゃない。まだ)


 俺は現実から目を逸らしながら、休日に眼科へ行った。


 眼科は白い。眩しい。白が暴力。

 視力検査の「これ、見えますか?」に対して俺は心の中で叫んだ。


(見えたら来てない)


 検査を終えた医師が淡々と言う。


「視力、落ちてますね。眼精疲労も強い。仕事、ずっと画面ですか?」


「はい。画面と課長の顔を交互に見てます」


「……課長は関係ないですね。眼鏡作りましょう。コンタクトは?」


「外さないまま寝そうで怖いので、眼鏡にします」


 俺は処方箋をもらい、帰宅した。

 今度の休みに眼鏡を作る。仕事用の、ちゃんとしたやつ。ちょっと知的に見えるかもしれない。疲れてるけど、そういう小さな希望は持っていいはずだ。


 家に着いて、玄関で靴を脱いだ瞬間、全身の力が抜けた。

 ネクタイを緩める。

 冷蔵庫を開けて閉めて、ため息をついて、テレビの電源を入れる。


 ……静かな部屋だと、課長の声が脳内で再生されるから。

 異世界通販の方がまだマシ。


 ♪ テレレレッ♪


「はいはい。安定ですね」


 派手なテロップと、やたら元気なBGM。

 画面の中央には、ピンクのふわふわした髪の猫耳娘──ミルフィが立っていた。


『さあさあ始まりました〜!

 今宵もあなたと!深夜の異世界通販のお時間ですにゃん!』


「テンションの落差すごいわ」


 だが、今日に限って様子がおかしかった。


 ミルフィも、横に立つラビも、眼鏡をかけている。


「……なんで二人とも眼鏡?」


 ラビがぎこちなくフレームをクイッと上げた。


『かっこいいのです。できるアシスタントなのです』


 ミルフィが頷く。


『本日の商品はこちら! ありのままの世界を、クリアに見る眼鏡ですにゃ!』


「いや、普通の眼鏡でいいんだけど」


『人族さんの眼鏡は、度数を合わせるのが大変ですにゃ』


『これは使用者に合わせて自動調整されるのです』

『そうなのです』眼鏡クイ。


『さらにフレームも自由にカスタマイズ可能!』


 画面の中で、眼鏡の形がころころ変わる。


『そしてこちら、どんなに激しく動いてもずり落ちませんにゃ!

 丈夫で、ハンマーで殴っても壊れにゃい!』


 隣でラビがスクワットを始めた。

 耳が上下に跳ねる。眼鏡は確かに落ちない。


『ふんっ……ふんっ……ずれないのです……!』


「ラビ……やめなさい……」


 だが俺の心は、すでに半分持っていかれていた。


(視力調整いらない、デザイン変え放題……普通に欲しい)


「……買います」


『まいどありですにゃん!』


 数分後。部屋の中央が淡く光り、小包がぽとりと落ちた。

 箱を開けると、特徴のない眼鏡が入っていた。

 俺は学習していた。説明書に目を通す。


【※一度装着すると、十二時間外せません】

【※物理攻撃無効(神の加護)】


「今回は、そんな物騒な感じはしないな。仕事の時しか使わないし」


 俺はサイドのボタンを押してみる。

 しごでき感のあるメタルフレームへと形を変えた。


 装着してみた。


「……うわ」


 ――クリア。

 世界が輪郭を取り戻した。

 今まで見えてた世界は何だったんだ。ぼやけた人生だったのか。


「早く作ればよかった……」


 俺は感動しながら出勤した。

 職場の蛍光灯がいつもより白い。資料の文字が読みやすい。課長の顔の毛穴まで――


「いや、それは見たくない」


 朝、職場で。

 ふと並んだ同僚の靴が目に入った。


 てか、中が見えてしまった。


(シークレットォ……)


 俺は見てはいけないものを見た気がして、そっと目を逸らした。

 次に、巨乳自慢の同僚が通った。いつも「Fなんだよね〜」と言う人。


 目が勝手に吸い寄せられる。


(……あ)


 胸元が、物理的に「盛られて」いた。

 見える。段差。構造。工学。


(パット、文明の力……)


 自分の脳内で「見ちゃだめだ、見ちゃいけないやつ」と言葉がリフレインする。


 さらに、社内一美人と噂の秘書課トップが現れた。

 髪つやつや、肌つるつる、完璧な女王。


 ――なのに。


 そこには、たぬきが居た。


 俺は口元を押さえた。

 笑ってはいけない。笑ったら死ぬ。社会的に。


(この眼鏡、クリアに見えるっていうか……“ありのまま”が見えすぎる!!)


 嫌な汗が背中を伝う。

 俺は眼鏡を外そうとした。


 ……外れない。


(そうだった!十二時間!)


 その瞬間、客先から戻った課長が現れた。

 課長はいつも偉そうだ。今日も偉そうだ。今日も俺に嫌味を言う準備が整っている顔。


 ……そして。


(頭に……ヅラ……!?)


 俺は絶句した。

 ヅラが悪いわけじゃない。人の自由だ。

 だが、課長はいつも「美容院は月イチで。身だしなみの基本」とか言ってくる。

 お前は何を切りに行っているんだ。


「相川ァ、朝からぼーっとしてんじゃないよ」


 課長の声が聞こえる。

 俺はヅラを見てしまっている。

 笑いが腹の底から突き上げてくる。


「……ぐっ……」


 口元が震える。呼吸が変になる。


「何だその顔。何がおかしい?」


(おかしいのはあなたの頭です)


 俺は必死に奥歯を噛みしめた。

 でも限界だった。


「ぷっ……」


 漏れた。最悪だ。


 課長は即時、噴火した。


「相川ァ!! 何笑ってんだ!!」


「す、すみません、ちょっと……目が……」


「目がじゃない! 謝れ! 社会人の基本だろ!」


 俺は荒ぶる腹筋を押さえながら、仕事に戻った。


 そして夕方。

 残業でフロアが静まり返った頃、俺は気づいた。


 この眼鏡――“外見”だけじゃない。

 デスク越しに課長を見ると、視界の端に……映像が重なる。


 課長のデスクの上。

 課長のパソコン画面が、俺の眼鏡越しに透けて見える。


(……え)


 そこには、見覚えのある資料。

 俺が作った資料。

 でも、名前の部分だけが――課長の名前に書き替えられていた。


 さらに見ると、同僚が取ってきた契約も、いつの間にか課長の成果に寄せられている。

 露骨じゃない。ほんの少し。

「間違えた」と言えば逃げられる程度の、卑怯な量。


 俺は、ぎゅっと拳を握った。

 怒りより先に、妙な冷静さが来た。


「……これは、許せない」


 終電間際、一人になった俺は、課長のデスクに座る。

 

 「さて、真実が見えてしまった以上、正さなくては」


 資料の名前、営業成績、修正していく。

 ちょっと手が滑って、人事評価の順番が入れ替わったかもしれないが、残業で疲れていたのだから仕方ない。

 

 俺は帰宅中もヅラが脳内で揺れていた。

 笑いと怒りが混ざって最悪のカクテルになっている。


「まだ釈然としない、あのヅラ」


 そう呟いた、その時――

 

 目の前で猫が道路に飛び出した。

 迫るヘッドライト。


 (間に合う)


 そう思った俺の足は駆け出していた。

 小さな命を抱えて、視線を上げると光はすぐそこだった。

 

 ありのままを見せる眼鏡は、迫りくる車のヘッドライトをもクリアに見せた。


 響く急ブレーキの音。

 猫を抱えた俺は、その場で蹲る。

 衝撃に備えた。


 カキーン……


 バッティングセンターのような妙な音が聞こえた。


 衝撃はない。


 恐る恐る目を開けると、俺の鼻先数センチのところで、時速六十キロの鉄塊が不自然な形で静止していた。


 そして、そのバンパーには“眼鏡の跡”が深く刻まれていた。


【※物理攻撃無効(神の加護)】


 説明書の文字が頭の中に浮かぶ。


 神の加護は、眼鏡を守るためなら、持ち主の命すら副産物として守るらしい。


 手も足も震えている。

 なんだったら、ちょっとちびっているかもしれない。


 ハンドルを握る運転手と目が合う。


「俺はッ……死にましぇえん!」


 次に抱えた猫と目が合った。


「猫が……好きだから」


「ニャン」


 運転手は、もはや警察を呼ぶべきか、精神科を呼ぶべきか、あるいは除霊師を呼ぶべきか迷っているような顔で俺を見ている。


 警察の現場検証を終えた俺は、猫を抱えて自宅に戻った。


「ニャー」


 ハチワレが俺を見上げる。


「……成り行きで連れてきたけど……一緒に住むか?」


 段ボールとタオルで簡易ベッドを作ってやる。

 だがハチワレは俺の布団に潜り込むと、スヤスヤと寝始めた。


「俺の苦労は報われない……。猫用品、買ってこないとなぁ」


 ♪テレレレッ♪


『今回はお役に立ちましたにゃ?』


「どうしてだ……助かったけど、釈然としない」


『また異世界通販をご利用くださいませにゃ!』


 笑顔で手を振り、ミルフィは消えた。


 結局、処方箋で眼鏡は作り直した。

 最初からこうするべきだったのだ。


 俺はパソコンを開き、画面の文字をクリアに読む。

 そして、知ってしまった上司の“ありのまま”も、同僚たちの“ありのまま”も、受け止める。


 俺はため息を吐いて、でも少しだけ口角を上げた。


(この異世界通販、やっぱり人間向けじゃない)


(でも――たまに、使える)


 世界はちゃんと見えた方がいい。

 でも、真実はそんなに見えない方が生きやすいのかもしれない。

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