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深夜の異世界通販~社畜の俺、商品を買うたび人生が壊れる件~  作者: 雪竹


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12/15

第12話 異世界温泉、社員旅行で行くところじゃない

 その日、会社の朝礼で、社長がやけに晴れやかな顔をして言った。


「日頃のねぎらいとして、社員旅行を企画しました!」


 ――嫌な予感しかしない。


 ざわつくフロア。拍手がまばらに起きる中、俺はそっと拳を握った。


(ねぎらうなら、休みをくれ)


 社員旅行。

 課長に気を使い、同僚に気を使い、飲めない酒を勧められ、微妙な空気の中で集合写真を撮らされるイベント。

 令和の時代にまだ存在していたのか。昭和か。

 

(マジで無理。俺は温泉より家で寝ていたい)


 だが、現実はいつだって優しくない。部署ごとに参加、欠席は「協調性がない」とみなされる、という圧の説明が添えられた瞬間、俺の「ノー」は死んだ。


 さらに追い打ち。


「相川、幹事やってくれ」


(最悪)


 口から出たのは「はい……」だけだった。喉の奥に苦いものがたまる。いつもの味。ブラック企業味。


 その夜。魂を引きずって帰宅し、靴を脱ぐのも面倒で玄関に座り込んだ俺は、深呼吸してからテレビを点けた。静かすぎる部屋で課長の声が再生されるくらいなら、異世界通販のほうがまだマシだ。


 ♪テレレレッ♪


「はいはい。待ってたくらいだよ」


 派手なテロップ。軽快すぎるBGM。画面の中央に、ピンク髪の猫耳娘──ミルフィが元気いっぱいに登場する。


『さあさあ始まりました〜!今夜ももちろん、異世界通販のお時間ですにゃん!』


「その元気、分けてくれよ。こっちはHPゼロ」


『本日は、人族さんに大人気!癒しの温泉パックツアーをご紹介ですにゃ〜!』


「待て、俺、社員旅行の幹事なんだけど」


『それに合わせましたにゃ!幹事様!全てまるっとお任せくださいにゃ!』


「合わせてくるの怖い。監視社会すぎるだろ」


 ミルフィが胸を張る。


『人間界のリサーチは各地で進んでおりますにゃ!人族の好みもバッチリ把握!豪華カニ食べ放題&ビュッフェ付き!』


「カニ食べ放題って、課長が一番テンション上がるやつ……やめろ……」


 そこへ、画面の端からもじもじしながらラビが現れた。長い耳がふわっと揺れる。アシスタント衣装(たぶんエプロン)が微妙にサイズ合ってない。


『アシスタントのラビなのです。きょうも一生懸命がんばるのです……!』


「ラビ!その衣装、誰の趣味だ!?ミルフィ!?ミルフィだな!?」


『ちがうのです、たぶん……なのです』


「たぶんが多いな!」


 俺はリモコンを握りしめた。

 通常業務に加え、観光バス、宿の手配できるか?

 出欠の確認に、部屋割り……面倒すぎる。


 ミルフィは耳をぴょこぴょこ動かしながら、とどめの一言を放った。


『面倒な手配は全てお任せ。幹事様のご負担はありませんのにゃ!』


(それは魅力的かもしれない……)


『幹事様、当日、会社ビル下にバスが参りますにゃ。では良い旅を〜!』


「まだ頼んでないだろ!!」


 画面はにこやかにフェードアウトした。俺はテレビに向かって言い返す相手を失い、代わりに天井へ向かってぼやいた。


「……まずい、嫌な予感しかしない……」


 当日の朝。会社ビルの下。


 そこには、観光バスが停まっていた。だが普通の観光バスじゃない。側面にでかでかと書かれている。


【異世界観光バス】


 さらにフロントガラスに貼られた紙。


【異世界、癒しの温泉ツアー御一行様】


「堂々と異世界って……」


 俺が固まっていると、旗を持ってパタパタしている添乗員が見えた。見覚えしかない猫耳。見覚えしかない長い耳。


『みなさーん、こちらですにゃーん!』


「なんでお前たちがいるんだよ!!」


『添乗員ですにゃ』


『ラビも、おともするのです。迷子はだめなのです』


「はあ……。で、どこ行くんだ?箱根?熱海?」


『ポカポカーナ温泉郷ですにゃ!』


「ポカ……何?」


『異世界……じゃなくて、穴場の温泉地ですにゃ!』


「噓だろ……帰りたい」


 同僚たちは「最近のツアーって凝ってるね〜」みたいな顔をしている。いや、凝りすぎて現実を飛び越えてる。誰も気づかないのか。気づきたくないのか。たぶん後者だ。人は疲れていると現実を見ない。


 バスが出発し、トンネルに入った瞬間、車体がふわっと浮いた感覚がした。視界が白く揺れて──抜けた先は、山奥だった。見事なド田舎。人間界の「秘境」って言われてもギリ信じるが、空気が違う。色が、少しだけ濃い。


『穴場なんですにゃ!』


 ミルフィが必死にフォローする。必死な時点で怪しい。


「じゃあ今、俺たち何県にいるんだよ?」


『……ポカ県ですにゃ!』


「存在しない県を作るな!」


 夜。宴会場。


 テーブルに並んだのは、カニに似ている何かだった。足の数がどう見ても多い。数えるのは辞めた。しかも殻がうっすら桃色に発光している。


「……これ、カニ?」


『カニっぽいですにゃ』


「っぽいって何だ!」


 恐る恐る口に入れると、味はエビに近い。


「惜しい!」


 部署の面々は「甘味があって美味しいカニだねぇ!」と大好評だ。人は無料だと採点が甘いのか。


 さらにビュッフェ。見たことない肉、見たことない野菜、見たことないきのこ。きのこだけは見たことある気がする。気がするだけだ。


「珍しい野菜ね、これは何?」


 同僚が聞いた瞬間、ミルフィが口を開く。


『特産ですにゃ!キャベッチー……』


 俺は反射でミルフィの口を塞いだ。


「キャベツです!!新しい品種で葉が柔らかいんだそうです!!」


『むぐぐ……』


 同僚が俺を見た。


「相川さん、なんでそんな詳しいの?」


「幹事なんで!!」


 汗が背中を流れる。とにかく全員を酔わせて記憶を曖昧にするしかない。俺は酒を注いで回った。ミルフィもラビもやたら張り切って注いで回る。


『飲むのです!楽しいのです!』


『記憶はふわっとさせるのがコツですにゃ』


「コツとか言うな!!」


 課長が珍しく機嫌よく言う。


「今日は気が利くな」


「幹事なんで!!」


 万能の言い訳。幹事、便利。命を削る代わりに。


 だいぶ酔いが回った頃、一行は温泉へと向かう。

 目玉の露天風呂は、森の中にあった。夜の山奥、湯気、そして遠くで聞こえる魔獣みたいな鳴き声。


「なあ、今、何か吠えなかったか?」


『結界がありますにゃ。安全ですにゃ!』


「結界って言葉が不安を煽ってんだよ」


 俺は男湯へ向かい、湯に浸かった瞬間──肌がつるっとした。


「うわ、すご。美肌効果はガチ」


 ところが、湯の縁の鏡に映った自分を見て、固まった。


「……誰?」


 そこにいたのは、高校生みたいな自分だった。頬が丸い。目の下のクマが消えてる。肩の力も抜けて見える。つまり、若返ってる。


「回復しすぎ!!」


 俺は湯から飛び出してミルフィに詰め寄った。


「どうすんだよ!俺、二十歳は戻ってるぞ!」


『人族さんには効きすぎましたにゃん』


「軽い!その口調、軽い!」


 同僚たちは酔って「お肌つるつるだな〜♪」と浮かれている。誰も鏡を見ない。見ても“照明のせい”で済ませる。疲れた社会人は現実認識が雑。


 俺は即断した。


「ボイラー故障です!皆さん、出てください!茹でタコになります!」


「え〜?」という声が上がるが、幹事の圧で押し切る。幹事、強い。社会の裏技。


 脱衣所でミルフィが言う。


『仕方ありませんにゃ。成長促進効果のあるスライムゼリーをお風呂上がりにサービスしますにゃ。薫さんには借りがありますからにゃ』


「そうだぞ、餃子奢ったの、忘れてないからな」


 夜。全員にゼリー配布。


 スライムゼリーは見た目が青いぷるぷるで、どう見ても食欲を殺しに来ている。だが同僚は酔ってるので「映え〜!」とか言いながら食べる。課長も食べる。俺も食べる。生きるって大変。


 俺はこっそり課長のゼリーを、ほんの少し多めにした。


(日頃の恨み、五歳分くらい、帳尻合わせてもいいよな?)


 神様が見ていたら、たぶん笑ってる。もしくは引いてる。


 翌朝。全員は元の姿に戻っていた。異変に気づく者はいない。酔いと疲労が勝っている。世界は平和だ。


 俺は鏡で自分を確認し、ほっとした。戻ってる。二十歳返ってきた。よかった。


 ただし。


 課長だけ、少しだけ小じわが増えていた。気のせいではない。確実に増えている。五歳分くらい。


「……うん、いい感じに効いてる」


 俺は小さく頷いた。だがその瞬間、自分の目の下のクマも復活していることに気づいた。


「俺も今回の精神疲労で老けてるから、ドローってことで」


 敗北宣言なのに、ちょっとだけ勝った気分になれるのが不思議だった。


 帰りのバス。トンネルを抜けると、いつもの会社ビルが見えた。誰も「異世界だった」とは言わない。俺も言わない。真実を知らない方が幸せなことはよくある。


 解散後、俺はふらふらと帰宅した。布団が恋しい。だがテレビが勝手に点く気配がして、嫌な予感で肩が上がる。


 ♪ テレレレッ♪


『ご利用ありがとうございましたにゃ〜!』


「ありがとうじゃない!異世界に行くとは聞いてない!」


 画面の端でラビがぺこっと頭を下げた。


『薫さん、きょうも頑張ったのです。えらいのです』


 俺は一瞬だけ、胸の奥がふっと軽くなるのを感じた。まったく、こういうところがずるい。


「……ラビ、ミルフィに毒されるんじゃないぞ……」


『はいなのです。でも優しく指導してくださるので、大丈夫なのです』


「全然、大丈夫じゃないんだよなぁ……」


『薫さん、次回はもっと安全な商品にしますにゃ!』


「今まで危険だった自覚あるのかよ!」


 ミルフィは笑顔で手を振った。


『ではまた次回〜!にゃん!』


 画面が消える。部屋に静けさが戻る。


 俺はため息をつき、冷蔵庫を開けた。何もない。いつもの光景。だけど今日は、なぜか少しだけ笑える。


「……カニっぽい何か、結構おいしかったな」


 俺は布団に倒れ込んだ。


(この異世界通販、やっぱり人間向けじゃない)


 でも、想像した社員旅行よりは……ほんの少しだけ、マシだった気がした。


 ──ほんの少しだけ、だ。

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