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最終話 黒薔薇とアイリス

 窓から差し込む光が眩しくて、目を覚ます。


 可愛らしい鳥の鳴き声を聴きながら、私はゆっくりと上半身を起こした。


 部屋に飾られた花の香りが心を穏やかにしてくれる。


「……ついに、この日がやってきたのね」




 ____今日は、私とクラウド様の結婚式だ。



 ***


「アイリス様、本当に本当におめでとうございますぅ…………!!!」

「ありがとう、セーラ。でも、まだ泣くのは早いわよ?」


 セーラが私の部屋に入ってくるなり、開口一番にお祝いしてくれた。


 式が始まっていないどころか、まだウェディングドレスすら着ていないのに……。


 でも、それくらい強い気持ちで祝ってくれる人がいるというのは幸せなことね。


「ほら、涙を拭いて? これから大忙しで準備しなくちゃなんだから……もちろん、手伝ってくれるでしょう?」

「は、はい! 全身全霊をかけてお綺麗にさせていただきます!!」

「ふふ、普通でいいわよ」


 そんな、いつも通りの掛け合いをしながら、ゆっくりと身体を清めてもらう。


 セーラは相当気合が入っているようで、「ピッカピカに磨き上げますからね!」と意気込んでいた。


 その隣で、ベラが「食器じゃないんだから」と笑いながら嗜めていたのが少し面白くて笑ってしまう。



 いつも以上に美容液を塗りたくってもらって、いよいよウェディングドレスとのご対面だ。


 実は、張本人の私ですらウェディングのデザインを全く知らない。


 というのも……お義母様が大層張り切ってくださって、「私に任せてちょうだい!!」とドレスを特注でオーダーしてくださったのだとか。


 デザインもお義母様が考案してくださったものらしい。


 そんな才能もあるのかとビックリしてしまったけれど……。


 昔の私は、母から心のこもったウェディングドレスをプレゼントしていただけるなんて思ってなかった。


 だから……すごく嬉しくて、同時に気恥ずかしい。


 セーラとベラに案内してもらって、ドレスが飾られている部屋に入る。

 ドレスは、白い布で覆われていた。


「では行きますよ! せーのっ!」


 セーラとベラが、白い布を丁寧に捲ってくれた。


 ……そして、現れたドレスは……。


「____素敵……本当に、素敵だわ……」


 私はドレスを見た瞬間、思わず涙を流していた。


 ダイヤモンドが豪華にあしらわれた、美しいシルエットのウェディングドレス。

 そして、上質なシルクの布に、銀の糸でアイリスの花が刺繍されている。


 本当に、美しいわ。


「……私、早くこのドレスをクラウド様にお見せしたいわ」

「はい、私もですよ、アイリス様」


 私の涙につられたのか、またしてもセーラが泣いていた。

 よく見ると、ベラも涙ぐんでいる。


 ……私達、三人揃って気が早いのね?


 そう思って、自然と笑顔が溢れたのだった。





 コルセットを締めてから、ドレスを丁寧に身に纏っていく。


 肌触りも最高で、肌に触れるだけで幸せな気分になってしまう。


 そして、袖を通し終わってから……私はゆっくりと、鏡の前まで歩いた。


「……私じゃないみたい……」

「どこからどう見ても美しいアイリス様ですよ!」


 思わず呟いてしまったけれど、セーラがすぐに拗ねたような態度で反論してきた。


 私はそんなセーラにクスクスと笑いながら、「髪のセットもお願いできるかしら」と話しかけたのだった。




 ***


「き、緊張してきたわ……」

「絶対大丈夫ですよ! クラウド様、こんな美しいアイリス様のお姿を見たら……気絶するにきまってます!」

「……気絶したらダメなんじゃないかしら」


 そんな緩い会話をしながら、ドキドキする心臓を手のひらで抑える。


 それから、扉がコンコンコン、とノックされた音が響いた。


「……入っていいだろうか」

「はい、どうぞ」


 心なしか、クラウド様の声もいつもよりぎこちない。


 ……ゆっくりと、扉が開く。


 そしてクラウド様と私の目がぱちん!と合った瞬間____クラウド様は、石像のように固まってしまった。


「ク、クラウド様……?」

「………………リリー、君は……女神だったのか?」

「いいえ、紛れもなく人間ですわ」


 クラウド様は耳まで真っ赤にして、ぽかんと呆気にとられたような表情で私を見つめている。


 既にお互い全てをさらけ出した仲だというのに……なんだか、可愛いわ。


「……クラウド様、私……感想がお聞きしたいです」

「あ、あぁ、すまない……つい、見とれてしまって」


 クラウド様はコホン、と咳払いをしてから、私にゆっくりと近付いてきた。


 それから本当に幸せそうな笑顔で、私に告げたのだった。



「よく似合っている。……世界一美しいよ、俺のリリー」

「……ありがとうございます。クラウド様も、世界一素敵ですわ」


 ***


「クラウド様、アイリス様〜! おめでとうございます!」

「おめでとうございます!!」


 花で彩られた庭園を、クラウド様とゆっくり歩く。


 屋敷の皆が私達に次々にお祝いの言葉を掛けてくれて、花びらのシャワーが私達の頭上でひらひらと舞った。


 お義母様が「綺麗よアイリスちゃん!」と叫んでいるのが聞こえてきて、私は吹き出しそうになるのを堪えながら笑顔で手を振った。






 ____そう、結婚式場は、他でもないグレンウィル公爵邸だ。


 本当は教会でやるか迷ったけれど……私にとって何よりも大切なのは、公爵邸の皆だから。


 クラウド様ともしっかり話し合って、密やかに行うことにしたのである。


 ……まぁ、結婚してから随分経っているしね。


 これくらいカジュアルでいいのよ、なんせヤケ酒で結婚しちゃった私達なんですもの。






「アイリス様〜! お祝いのお手紙が届いていますよ!」


 セーラが号泣しながら、二つの封筒を持って私に近寄ってきた。


 私はお礼を言って封筒を受け取る。


 差出人を見ると、一枚はマリアンヌ様、そしてもう一枚は……何も書かれていなかった。


 まずは、マリアンヌ様の手紙を読む。

 そこには丁寧な字で、私達の幸福を祈る言葉が長文で綴られていた。


 そして、二枚目の手紙には……可愛らしい字で、『どうか幸せに』とだけ書かれている。


 ____きっと、噂を聞きつけたあの子が、修道院から送ってきてくれたのだろうと思った。




「……ありがとう。私きっと、これからもっと幸せになるわ」

「俺が絶対に幸せにするから問題ないな」

「もう、クラウド様ったら……ふふっ」


 そう言って、二人で手紙を読みながら笑い合う。




「お二人共、誓いのキスはしないの〜!?」


 ……遠くから、お義母様が大きな声で問いかけてきた。


 その声に、周りの皆も「おぉ!」だの「見たいです!」だの、大盛り上がりしている。



 なんだか私は恥ずかしくなって俯いてしまった。


 けれど、クラウド様に耳元で「顔をあげて」と言われてしまったから、私は顔をバッとあげて、真っ赤な顔でクラウド様を見つめる。


 祖母に貰ったイヤリングがゆらりと揺らめいた。


 クラウド様が愛おしそうな瞳で私を見つめながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「……リリー。いや、アイリス。俺と出会ってくれて、俺を愛してくれて……本当にありがとう。これからも君を愛すると誓うよ」

「はい。私もあの日、あなたに出会えてよかった……。これからも一生、隣にいさせてくださいませ」



 そしてクラウド様は優しく私の肩を抱いて、ゆっくりとキスをしてくれたのだった。







 ____私達の幸せな日々は、これからも続いていく。


 歓声の中で、そんなことを考えるのだった。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!

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