第七一話 アリ!?ナシ!?
こちらが望んでいなくとも面倒ははちゃめちゃに押し寄せてくる。
「依頼、かぁ」
とある昼下がり、「依頼がきたよ」とはしゃぐ志保に連れられ旧校舎の部室で依頼者を待った。憂鬱なわたしとは対照的に初めての依頼に憂憂とする転入生トーリ。蒼月にやってきて間もないのに志保のハイテンションについていける貴重な存在だ。
彼……彼女…………この子のおかげで志保の面倒を見てくれて楽になったはずなのに、なんか、こう、心がモヤモヤする。
加えて今日はいつもメンバーに加えてもう一人。コイツもわたしと同じように心にモヤモヤを抱えている様子だ。
「依頼者の前でそんな暗い顔はダメだよ、凛ちゃん。あと私としては厄介児たちを見てくれる保護者がいるのはありがたいのだけど、どうして雅くんはここに?」
「いやぁ、最近、昔のドラマの再放送をしたみたいで、ジロジロ見られるんだよ。だから緊急避難。ダメかな?」
「ううん、頼りになるよ!」
よくもまぁそんな嘘をしれっとつけるなぁ。お前は転入生にナニソレがあるかないか確認するだけだろうに。
わたしとしては一日や二日でわかるはずもないと思っているから、共同戦線はしばらく続くのを覚悟している。これは煽ったわたしも三割くらいは悪い。雅ひとりに重積を追わせるわけにもいかず、男女が揃ってナニソレを確認すれば気まずさは多少和らぐはずだ。
「やっほー、お助け部のみなさん。お待たせしてごめんなさい」
「依頼者って、清霜呂那さんだったの」
彼女は声での演技を生業とする芸能界若手のホープ。声優、歌手や舞台女優と昨今では幅広い活躍をし、わたしも時々バラエティ番組を聴いていると彼女の声を耳にすることが多い。
そんな彼女とは確か夏休みが明けて、学校生活に慣れてきた頃にこのお助け部に依頼者としてやってきたのだ。
「わっ、なんか見慣れない顔に……しかも雅くんまで。あっ、もしかしてその子が噂の性別不明転入生さんか! よろしくお願いしますね」
おぉ、わたしたちがナニアレがついているかないかで揉めているのに、初対面で「さん」づけで固定し距離を詰めてくるとは。やるな、さすがは期待の新人。
「どーお? 件の彼氏さんとは?」
「えへへ、お恥ずかしいですけどなんとか上手くいって……あっ、こんなことしてる場合じゃない。早速本題に入ります。手短にサクッと、移動しながらでもいいですか?」
彼女が慌てるなんて珍しい。無意識に雅と顔が合うも、彼も首を振るだけ。志保は知っているのだろうか。
◇
「えぇ、テステス〜、マイクテスト〜」
「志保、もう本番始まってるよ」
「えぇー、こほん、みなさま、いかがお過ごしでしょうか。お昼の放送の時間です。え? なんだかいつもと違って声が可愛い? さっすが皆さん、耳の付け所がいい! 実はですね、放送部の皆さんの間で風邪が大流行してしまい放送を続けるのが困難ということで、本日から一週間ほど『お助け部』がこの時間の放送をジャックさせていただきます! いやぁ、とうとう私たちの『お助け部』が全国デビューで、凛ちゃんも嬉しいでしょう? ティッシュ足りる?」
「全国デビューってなんだ」
「これで『お助け部』の知名度も鰻登り。報道部の皆さんも大助かり。こんなウィンウィンの関係こそ『お助け部』の存在意義でしてーー」
「はいはい、そこまで。というわけで本日はですね、お助け部部長の結月志保と天塚凛がみなさまの昼休みにエッセンスを加えていきます」
* * *
「え、なんか予想以上に上手いんだけど。普通にビックリした。十分前に決まったから打ち合わせもリハもなかったのに」
放送室の外で待つ俺はヒヤヒヤしながら放送が始まるのを待っていた。
いきなり本番、しかも問題児二人。呂那が「トップバッターはお二人に」なんて言った時には自殺行為だと思ったが、いざ本番が始まれば普通の放送が始まった。やっぱり放送部で声を専門とする彼女だから、あの二人は安全だろうと見抜けたのかもしれない。
それと、今になって初めて気づいたのだけど、あの二人の声って声が通っててマイクに乗りやすいんだ。性格と技量を含めての判断だとしたら清霜呂那の観察眼は底知れない。
あと結構意外だったんだけど、志保が暴走する時は凛がブレーキ役になるんだな。普段は立場が逆だから知らなかった。凛もなんだかんだで常識人ポジション……否、それは断じてありえない。
* * *
「学園祭が終わったばかりですけど、凛ちゃんは楽しめました?」
「……それ、わたしに訊いていいの?」
数秒時が止まった。訪れる沈黙。完全な放送事故。
……やっぱり訂正しよう。ほんとにこれ、大丈夫か?
* * *
「息の合ったいいコンビですね」
しばらくジェットコースターに乗った時のようにヒヤヒヤした気持ちで放送を聴いていると、両手に明らかに一人で食べる量ではない大量の購買部のパンを抱えた黒金が戻ってきた。
転入生はそのままベンチに腰掛け、パンの包装をぺりぺりと剥がし始めた。
「それ、まさかとは思うけどお一人で?」
「なにを冗談言ってるんですか」
「あぁ、そうだよな」
「これくらい一人でペロリと食べれるに決まってるじゃないですか……これは一つ足りとも渡しませんよ」
「や、自分の弁当あるし」
転入生の個性を一つ発見した。彼……彼女……転入生はペロリと口の周りを舐めながら包装を剥ぎ終えると「いっただっきまーす」と元気な声で手を合わせ、そこからは掃除機のようにパンを吸い込んでいった。
「んんっ、このチョココロネ、先っちょまでチョコたっぷり。リピ確、と」
食べる量と速度を考えれば立派な男の子だ。これだけ見るとますます判断に迷ってしまう。
聞きたい話は山ほどある。これさえ聞けば答えなんて一発解答なのだから、ナニソレがどうのなんて関係ない。けど食事中に邪魔するのは良くないと思って口を止めた。
「……なんだかボクに聞きたそうな顔、してますけど」
驚いた。別に表情に出したつもりはなかったのに、アイツのように見抜くなんて。なら隠し事はできないと観念した。
黒金と聞いた時からとある人物の顔が頭を過った。
凛が九十九に攫われた時に手を貸してくれたダンディなアンティークコレクター。あの人は確か、この学園に娘がいると言ってた。
リドルと初めて対面した「ブルームーン・ホテル」で「群青のティアラ」を被ったドレス姿の女性。話を総合するにあれがこの転入生だったのだ。あの時は顔にヴェールをつけていたから顔はわからなかったけど、ようやくお目にかかることができた。
けど一つ、辻褄が合わないのだ。それは黒金さんから話を聞いた際、すでに学園にいるような口調だった。あれから生徒会室で名簿を眺めたりしたものの学校の生徒に「黒金」の性はいなかった。だからおそらくは黒金さんが勘違いしていたのだろう。この妙な時期の転入も、複合的な事情が重なって出遅れたと考えれば納得できる。
そして、転入生があの「群青のティアラ」をつけたドレスの人だったら、必然的に転入生は女になる。
悪く思うなよ、凛。こういうのは機転が大切なのだ。
「黒金って、お父さんがアンティークコレクターの?」
すると転入生は食事の手を止め、パァッと目が輝いた。
「そうです! 今、龍閃鞠沙さんが撮影してるドラマで使用する『群青のティアラ』はうちの私物で……」
「その話は黒金真さんから聞いたよ。実はきみのお父さんにはいろいろと世話になっていてさ、その、せっかく貸してくれた『レリック』もみすみす怪盗に奪われて……」
「気にしないでください。あの人、あぁいうガラクタたくさん持ってますから」
ガラクタ呼ばわりとは、黒金さんも少し可哀想だ。
「電話で直接謝ろうとしたんだけどなかなか通じなくて困ってたんだ。どこにいる?」
「あぁ、父は世界中飛び回っているから連絡つかないのは日常茶飯事なんですよ。ボクから伝えておきましょうか?」
「そうしてもらえると助かる。いやぁ、心の荷が降りたよ」
ふふッとにこやかに笑う転入生、黒金燈凛に親近感が沸いた。それから「群青のティアラ」だったり「リドル」だったりと他愛のない話をして時間を潰した。
* * *
「ーーさて寄せられたお便りはここまで、なんだけどお助け部への質問が一通もなかったね」
「そりゃ三十分前に決まったからでしょう。あ、今後一週間は放送部やお助け部、それからスペシャルゲストを交えてリレー方式でやっていきます。ちなみに明日のゲストは〜〜〜春夏冬雅っ! ぜひ彼に訊きたいことがあれば明日の昼休み前までに放送部室前のお便りボックスに質問を入れていってください。どしどしお待ちしておりまーす」
「ラブレター以外ならなんでもお待ちしてますー。あ。もちろんわたしたちへの質問でもオッケーですーー凛ちゃんの体重は?」
「言えるか、おバカっ」
*
ほんと上手く回すなぁ! いっそアイツらが準レギュラーでもいいんじゃないか? となると俺の出番要らなくないか? 珍しく俺の存在意義が、あの二人によって打ち消される貴重な瞬間だった。
「どうせなら映像もあったらもっと面白かったでしたね。あの二人、可愛いですし」
それは同感。志保はちんまりしているが元気一杯で小動物みたいに可愛い。
「けど可愛いというか綺麗なのはきみもだろう? あの『ティアラ』のお披露目会のドレス、すっごく似合ってた。まさか同級生だったとは思いもしなかった」
ここは素直に褒めておく。鞠沙には散々「女性の格好はごまを磨るようにほめろ」と教育されている。
けど、どうだろう。
「お披露目会?」
なんのことか、驚いたように目をぱちくりする転入生。しかし五秒後には「あぁ」とぽんと胸の前で手を合わせた。
「でしたね。なんかあの後の事件が衝撃的で忘れていましたよ」
思えばこれも地雷だった。俺も志保のことをとやかく言える立場じゃないな。
◇
「で、どーでした。転入生のナニソレは」
「女の子。ドレス着ているのを見たし」
「ドレス? ま、いいや」
帰り道、早速訊かれたので得意げに答えてやったさ。凛はなんのこっちゃと頭にクエスチョンマークを浮かべている。ま、それは俺たちが知っていればいい話だ。
それでもまだ凛は納得できていないようで、こんなことを口にした。
「鞠沙だったら一発でわかるんだろうなぁ」
「だろうな」
それができればどれだけ楽だっただろう。だけど今の俺たちにそれは許されない。




