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第三七話 聖人君主の心遣い


「皆様、大変長らくお待たせしました。これより、蒼月学園学園祭を執り行います」


 校舎中にかつての依頼者、芸能界のホープとして期待されている清霜呂那の声が響き渡った。

 なるべく放送の声が入らないように場所を選んでいたつもりだったけど、これはもうしょうがない。もう観念して屋上の階段前で通話を続けることにした。


「おっと、こっちはそろそろ始まるよ。そっちはどう?」

「学校に決まってるじゃない」


 通話の相手は前の学校の友人、小日向伊織。なんと今回の学園祭は伊織が友人を引き連れて蒼月に遊びにくることになっていた。しかも驚くことに金曜ーーつまりは今日の夜から日曜までの2泊3日、しかも5人の大所帯。せっかくのお客様なのでわたしの家に泊めることになっている。

 メンバーは伊織と伊織が尊敬している先輩二人、それからその先輩の彼氏さんと伊織の彼氏。なんと学校の先輩を巻き込んで土曜日の学校をサボるという暴挙に出るようだ。その話を聞いた時はわたしもドン引き。しかし伊織の場合、こんな無茶もなんのその。四日間もあるんだから土日でくればいいとは説得したものの、前回が中途半端な観光が心残りになっていて、頑固な彼女は頑なに予定を変更しようとはしなかった。


「あ、でね、凛。その、三島くんが来れなさそう」


 初めて聞く名前だが、多分伊織の彼氏のことだろう。どうやら休日に部活の先輩からトレーニングに誘われてしまい、土曜日にサボることができなくなったようである。さすが野球部の次期エース。周りの期待は大きいみたい。


「そりゃ残念。その代わり、あなたから恋バナを尋問しなきゃね」


 まさか旧友の恋バナを聴けるとは柄にもなく楽しくなってきた。彼氏がこれない代わりに彼氏を連れてくる方とは別の先輩が知り合いを連れてくるそうになりそうだという。わたしとしては別に一人減ろうが増えようが気にしないけども。

 伊織はわざわざ休み時間中に抜け出して電話に出てくれたのですぐに切り、蒼月に到着したらもう一度連絡を取り合うことにした。

 さて、わたしもそろそろ持ち場につこう。執事服は慣れてしまえば気にならないのだけど、ネクタイをつけると急に意識が朦朧とするのは何故だろう。ま、つけなくてもいいか。ヤンチャ系執事ってことで。


「あれ、遠くに逃げてると思えばこんな近くにいるなんて」

 教室に戻ろうとすると廊下の向こう側からフリフリエプロンのコケティッシュメイドの志保がやってくる。

「もしやわたしがめんどくさがってサボると思った。それは心外だね」

「うん」

 濁りのない瞳で肯定されてしまった。ぐぬぬ、たまには志保のど肝を抜くことをして驚かせたい。


 初日、まだ流れもわからない手探りの状態の半日は各グループリーダーも加わることに。

 東雲女史、祖父江雲雀、瀬戸杏奈、菊田飛鳥、それと結月志保と春夏冬雅。ただ最後の二人は途中で抜けることになっていた。他には通常シフトの白南風薫、阿佐美羽留、それから唐木くん。唐木くんとはあまり面識がないのでよくわからないが、サボり魔の代わりにテキパキと働いてくれる縁の下の力持ち。

 何かの間違いでわたしが結婚することになったら、あぁいう人がいいと思ったり。

 さぁもう学園祭は幕開け。これから忙しくなるぞ!



    ◇



「……暇だなぁ」


 ビラ配りと呼び込みが瀬戸と菊田、受付が東雲女史、遊戯担当は白南風、唐木で残りは投票の説明係。忙しくなると意気込んで配置についたものの、廊下はいつもの休み時間みたいで特別感はない。なんだか拍子抜けだ。

 かんこ鳥が鳴く様に、受付の女史と共に嘆息をついた。


「そういや部活で出し物するんだろう? 志保もクラスにかかりきりだけど大丈夫なのか?」

「あぁ、あれね。運良く教室は取れたけど想像以上にこっちの準備とわたしへの信頼度が足りなくて、ゲリラ開催にするんだって」

「それ自分で言ってて悲しくならないの?」


 直球ど真ん中、忖度のない正論に渇いた笑いしかできない。声に出して笑っているとだんだん自分でも惨めに思えてきた。めんどくさがりの天塚凛への信頼か、それとも宝庫音痴の天塚凛への不安なのか。前者ならまだ治せる余地があるけれど後者ならどうしようもない。わたしも予々、どうして目的地に辿り着けないのか不思議なんだ。


「それは置いておいてさ、ゲリラ開催って話題性があると思わない?」


 と、廊下で女子高生二人が駄弁っていると志保がやってきた。多忙をものともしないにこやかな笑顔。これが悪態をつく子とはとても思えない。


「まぁ志保がそれでいいならいいけども。的中率100パーの占い、だっけか。誇大広告もそこまでいくと清々しいな」

「ほんとなんだって! なら今ここでデモンストレーションでもしてあげようか」

「いや、なんか怖い。遠慮しておく。てかうちら暇だし、今からやってきたら?」


 女史の粋な計らいに志保も納得してくれて、手持ち無沙汰のわたしは教室を脱出してお助け部に割り当てられた教室に向かった。通い慣れた校舎なのだから今更迷子になるわけないのに。と思うと一人になった途端、なんだか志保にむしゃくしゃしてくる。どうせろくに宣伝なんてしてないのだから人なんて来るわけがないのだし、とりあえず一時間くらい居眠りしちゃおうか。

 動くといったってここはただの教室。机があって椅子があって、飾り付けなんてない本来の教室の姿。だから今更動きようもない。


 しかし志保はこの結末をどう思っているのだろう。お助け部は志保がやりたかったこと。あのカジノなんてクラスをまとめるために仕方なくやったことであって、本来は的中率100パーセントの易者をやりたかったはず。


「自分を犠牲にしてまで、みんなのために動くなんて気がしれてる」


 思い当たる節がいくつもある。自分のことはひとまず後回し。まずは世界の平穏を優先して誰かが安心した顔を見て満足して、それから自分のことを考える。けれどその頃には精神はクタクタで先に進まず、結局計画だけ練って実行しない。それをごまんと繰り返すのだ。


 やってられない。そう感じた頃には身も心も疲弊し切っていて、何もかもが手遅れ。いくら過去の計画を実行したって壊れた心は絶対に治らない。


 たとえ聖人君主が「この世で最も愚かな生き方だ」って忠告しても本人は絶対に耳を貸さないだろう。

 なんせわたしがそうだったのだから。

 

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