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リン・インカーネーション  作者: 天音亜入
第2章 蒼月学園祭
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第三六話 洗脳支配



 ようやくやってきた蒼月の学園祭。今はその二日前、いわば準備日なわけだけど学園はいつもと風貌を変えて、本番さながらの賑やかを纏っていた。


 わたしたちの教室はいつになく忙しく、真面目な学舎とは正反対の形相へと変貌していく。

 誰が持ってきたのかルーレットに、真ん中に数字が書かれたカジノチップ。使う予定はないけれど飾るだけでも雰囲気はでるものだ。芝生色のテーブルクロスの上におけば()()()なってきた。


 そしてうちの出し物のもう一つのメイン、クラス全員のコスプレ写真を貼った巨大掲示板。他のクラスの写真部に頼み、個性が色濃く出たプロマイドを撮ってもらった。


 勢揃いした写真をこうして俯瞰してみるとうちのクラスはなかなかレベルが高い。現在芸能活動休止中の春夏冬雅や元子役の祖父江雲雀を抜きにしても、日頃からおしゃれなサボり魔ギャルコンビの白南風(しらはえ)(かおる)阿佐美(あざみ)羽留(はる)は現役アイドルみたいだし、なんといっても瓶底メガネを外した東雲女史といったら清楚を顕現した完璧なメイドさん。その心得があるといわんばかりに「ございます」口調も様になっていた。



「衣装が変わったって話し方はいつもどおりでいいよね」



 女史の迫力に飲まれてつい誰も気にも留めないようなことが気になってしまった。確かにこう、これまで着たこともない執事服を纏っているとめんどくさがりのわたしも身が引き締まる。けれどわたしたちの出し物のメインはカジノと投票であって接客ではないのだから、接客マナーを揃えたところであまり意味があるとは思えない。それこそ女史のような完璧な接客であれば得票率は高まると思うけど、今回は個人票よりも片づけがかかっているチーム票が大切だ。



「特に決めるつもりはないけどさ、凛ちゃんちょっとやってみて」



 学園祭委員の結月志保に促されるがまま、とりあえず敬語を交えてニコリとスマイル。わたしとしては百点満点の接客だ。



「なぁ鞠沙。これ、どう思う?」


「ぎこちない笑顔。どもり声。辿々しい言葉使い。0点ね。これはすこーし指導が必要かしら」


「おっ、奇遇だな。俺も全く同じこと思った」



 休止中とはいえ最前線で芸能界と戦ってきた春夏冬雅とバリバリの現役女優龍閃鞠沙の前では素人の演技なんてお粗末なのは理解できる。

 ただ不思議なのが他クラスである鞠沙がいることと、二人が不敵に笑っていること。



「へ、やだなー二人とも。目が怖いなぁ」


「凛は身なりだけはいいのよね。中身と技術が伴ってないのが残念だって、ずっとずっと思ってたの」


「だ、だからってどうするのさ」


「決まってるわ。ここに演技のプロが二人も揃ってるの。特訓するに相応しいでしょう」


「じ、ジョーダンやめて。ね、雅もそう思うでしょう」



 努力なんてとんでもない。わたしが極度のめんどくさがりって彼が一番理解しているはずだ。それなのに何故か、夫婦の共同作業とでもいわんばかりに鞠沙と同じ顔をしていた。



「た、タスケテ、志保」


「凛ちゃん。ご愁傷様。たまには扱かれるのも悪くないよ。お助け部の教室が空いてるから使って構わないよ」



 助けを求めてもナムナムと顔の前で手をあわせるだけ、どころか売られてしまう始末。簡単に尻尾ぎりされるなんて、わたしたちの友情でそんなにちっぽけなのだろうか。


 必死な抵抗も虚しく可哀想なわたしはそのまま二人に手を引かれ、プロの手厳しい指導を浴びることとなった。ありがたいことに準備日、丸二日間。


 正直、どんなことをしたのかほとんど思い出せない。ただ単に記憶力は足りていないだけか、それとも一刻も早く忘却に捨てたかったのか、今のわたしは知る由もなかった。



「おかえりなさいませ、お嬢様」


「おぉ、すごいすごい。あの面倒くさがりがここまで成長するなんて」


「恐縮です」


「ね、ね、他に何かできない? しっかりものの凛ちゃんをこの目に焼き付けておきたい」


「一通り所作を仕込んだけど、ここには道具がないしなぁ」


「なら残念。ちなみにこの状態でゲームとかできる?」


「いいや、さすがの鞠沙の洗脳でもダメだった。よほど強いトラウマがあるんだろうな」


「洗脳って物騒な。えっ、これ元の凛ちゃんに戻る?」


「ネクタイを外してやれば、はい」


「わっ、へっ? 今わたし、何してた?」


「ごめん。誰がどうみても洗脳だね。女優より催眠術師の方が天職じゃない?」


「……否定、できない」


「そういえば昨日の鞠沙ちゃんはどうしてここに?」


「さぁ? 知らない」



 ううん? 頭がくらくらする。わたしら以外に誰もいない教室。空はすっかり真っ暗だけど野外のライトアップのせいで昼間と錯誤してしまう。


 というかあれ? わたしってついさっき登校したんだよな? なのに今は夜。もしかして祭りの前日ってこんなにも時間が進むのが早く感じるのか。初めて知った。


 二人によると他の生徒はもう引き上げた後。みんな明日に向けて体力を蓄えるみたいだ。一方でわたしらは何故か最後まで教室に……うーん、思い出せない。めんどくさがりのわたしが率先して最後まで教室に居残るとは思えない。まさか記憶操作とか精神支配とかで……って、それは映画の見過ぎか。そんなのが人間にできてしまったら世界統一も間近だろう。



 辺りを見回すと教室は人を欲望へと駆り立てる魅惑のエンタメ施設へと変貌し、すぐにも客を入れられる準備が整っている。所詮は教室、されど日頃から抑圧されてきた欲望を爆発させるには十分だろう。おかげでわたしもテーブルの上に用意されたトランプを見るだけで場酔いーーうっぷ、遊戯恐怖症のわたしには効果覿面だった。



 明日は四日間に及ぶ学園祭の一日目。無尽蔵に湧く人の興奮を浴びれば心配ないだろう。


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