アレキシサイミアと未来都市
「学園都市の学園祭?」
「そうなんです。学園都市にいる友達から何枚か学園祭のチケットを譲ってもらったんですよ。それで日奈子先輩と肇さんも誘っていこうかなと。どうです? 興味ありません?」
上着が手放せなくなってきた今日この頃、授業が終わっていつものように教室を出ようとすると一学年下の小日向伊織が待ち構えていた。話があるとのことで話を聞きながら帰ることになった。
学園都市蒼月。世間にさほど興味関心のないわたしとて、その名前は把握している。
なんでも都市まるまる一つを学生に特化した国に改造したとかで、どこぞの混沌都市も見習ってほしいとつくづく思っていた。それに偶然か、この前知り合った子が学園都市の生徒さんだった。
興味があるといえば嘘になる。とて、興味という感情自体皆無なので、自分の意思より友人関係を優先した。
「でも、結構遠いんじゃなかったっけ」
「えぇ。ですから泊まりで行くつもりなんです」
別に国を跨ぐつもりではないのだから泊まりなんて大袈裟。そう思っていたのだけれど学園祭というのはライブとかカーニバルとか、ちゃちな一言では表せない規模だそうで、世間では泊まりも珍しくないとのこと。
聞けば少し前に伊織もその子に会いに学園都市に行ったそうだが、国境さながらの警備で疲労困憊。疲労と規模とで日帰りではとても回りきれなかったそうで、今回は泊まりにするそうだ。でもその疲労に見合った感動はあり、ぜひみんなで行きたいというのが今回の要件だった。
どこぞのほら吹き野郎とは違って伊織は大袈裟に話を盛る子ではない。伊織が感動すると言ったら世間一般的にも通じる。だから行って損することはまずあり得ない。伊織ならそう断言できる。
なんでも泊まる場所に関しては伊織の友達の家が広いので、そこに泊まれるそうだ。問題は一つクリア。入国(?)の手続きも伊織が熟知しているのでもう一つの問題もクリア。残るはわたしら次第である。
「土曜日、学校が終わってそのまま蒼月に行って一泊して、日曜に帰宅かぁ。結構ドタバタしてめんど……」
「おっと、葵先輩の口癖は言わせませんよ。せっかくの蒼月を一泊で済ませるわけがありません——二泊するんです。金曜の放課後から蒼月に行くんです」
「ほっ?」
さすがのわたしでも伊織の提案を即座に受け入れるのは難しかった。要はこの不良娘、共犯者を募って土曜日の授業をサボろうとしているのである。
そういえば伊織は目的のためなら手段を選ばないタイプだった。初恋の相手を探すために、情報も曖昧なまま田舎から上京してくる鉄砲玉。見た目はおとなしそうな文学少女なのだから尚更たちが悪い。
「ご両親にはわたしの家に泊まる、とでも言っておけばいいです。学校側も土曜の半日くらい無断で欠席したってうるさく言いませんよ。それに葵先輩も小日向先輩も素行は悪くないですし、一日くらいサボったって問題ありませんよ」
「肇は?」
「さ、最近は真面目ですし、多分問題ないかと」
随分といい加減な作戦だ。でもまぁ、その指摘は間違ってはないと思う。うちの学校は割といい加減なのだ。
伊織とは帰りの電車が違う。駅のホームでの別れ際、ひとまず他の二人次第にしてもらって後日作戦会議を開くことに。学校をサボるなんて普通では拒否反応を起こすだろうけど、あの二人ならまぁ「行く」って答えるだろうなぁ。
先に電車が到着した伊織が乗り込もうとした時、ずっと気になっていたことを本人に訊いてみた。
「彼氏は呼ぶの?」
伊織の初恋の相手は運命の糸に手繰り寄せられたかのように見つかった。しかし伊織はその初恋の相手に恨み節をぶつけるだけで付き合おうとはせず、夏からクラスメイトの男の子とめでたくも付き合うことになった。初恋にケジメをつけた彼女は順調に付き合いを進めているそうだ。
それなのに、今回の悪巧みに彼氏を省くなんて不自然な話。てっきり喧嘩でもしたのかと思って心配したが、顔を真っ赤にしながら頷くあたり、恥ずかしがってただけで彼氏も計画の一端に加わるみたいだ。それなら安心した。
その晩、わたしと伊織、それから日奈子と肇と、伊織の彼氏である守くんを加えて早くも電話会議。話はトントン拍子に進み、順調に進めば当初の案で決行することになった。
「はぁ、めんどくさい」
楽しみという感情が曖昧なわたしにはバレた時のデメリットしか頭にない。学校と親に加え、賑やかな住民と暮らすからには言い訳を三倍考えなくてはならない。その面倒ときたら世界を救うよりも厄介で面倒なのだ。
「なんの連絡だったの?」
「別に大したことないよ。伊織の彼氏の誕生日プレゼントをどうするかって話」
会議を終えるとわたしの部屋に居座る純白の翼を生やした生物(?)が興味津々な顔で話しかけてくる。いくら地上の神秘とはいえイヤホンをしていては会議の内容は聞こえないだろうと適当な出まかせを口にしてみる。
いつもならわたしに従順な神秘生物、なのだが今回は口をツンと尖らせて頬を膨らませた。
「嘘だね。全部話は聞こえていたともさ。天使を前に、よくも堂々と嘘をつけるね」
厳密にいえば天使ではないだろうに。しかしいちいち訂正していては埒が明かないので、四捨五入で天使ということにしておく。
「正直に言ったら言ったでめんどくさい。ついていくってうるさいでしょう」
「当然だよ! いつもいつも葵は同じ場所しか出歩かないんだ。せっかくのお出かけの好機を逃すほどボクは間抜けじゃない」
「別にどこへだって自由に行けるんだから関係ないのに」
「大アリだね。どこへ行くかが重要なんじゃなくて、誰と行くかが大切なんだ。ボクは葵と一緒にお出かけしたいの」
「ならさ、今度の日曜、どっかお出かけしよう。だから今回の話は聞かなかったことに……」
「ならないね。ボクもついてく」
はぁ、面倒なことになってきた。バレたら絶対にこうなることはわかっていた。わかっていただけにもはや言い訳するのも面倒。百歩譲ってわたしが許したとして、他の人にどうやって説明したらいいのだろう。その言い訳を考えるのも疲れる。
そんな人の苦労も知らず、神秘の代名詞にして、出会った場所にちなんで名付けた「アキハ」はふわふわと浮きながら子供のようにはしゃいでいる。
今日も今日とて賑やかな一日の締めくくりに嘆息するも、存外に居心地が悪くない自分もいた。




