やだ、すてないで
16 やだ、捨てないで
手元にある物を握る
…薄々思ってたんだよね
宝くじ当たるような俺ってさ
「物語の主人公みたいじゃね?」
ふっと力が抜ける
同時に体の奥底から力が湧き出る
「…な、うそ、スターダストドラゴン!」
ぐるるるぅ…
ボロボロな体に鞭打って立ち上がる
痛みは我慢だ、男の子でしょうが…
「どうして…そんなんで立ち上がるのよ…」
「…がふっ」
血を吐くと呼吸を思い出したように酸素を求めはじめる
歯がボロボロで、血の味しかしない
それでも力は湧いてくる
腫れて視界が少し狭くなっているが
俺の横には白い虎が佇んでいた
俺の胸程まである虎
「くっ!」
ラッセルが杖を握りこんだ
杖が白く光り、スターダストドラゴンが発光する
俺は走り出した
ほんの数歩分を移動する瞬間に
何倍にも長くなったスターダストドラゴンが俺の視界を埋め尽くす
と、同時に白い虎が通ると視界が晴れてはるか遠くでスターダストドラゴンがもがいているのが見える
やるじゃねえか、虎さん
ビリビリ棒で突きを繰り出す
「っは!スターダストアーがっ!?きゃぁぁああああ、ががががが!?」
ラッセルが何か言いかけたが先にビリビリ棒がその手に触れた
それだけで俺は力尽きたようでラッセルに倒れ込む
「ばばばばば!?」
…ラッキースケベてきな感じで…やぁかそうな胸にだーいぶ
…あー
「ごばばばば!?」
俺も痺れた
世界が収束していく
ラッキースケベとかそんな次元じゃない、全身痛い、痛いが支配している
残念ながら最後に見えたのはラッセルの酷い顔だった
◇
気がつくと高らかに宣言したポーズのラッセルが目の前にいた
元の世界に戻ってきたようで離れに続く廊下にいる、外は暗い
どれくらいの時間が経ったのだろう?
「…は!宣言!姉さまやるんで…す、ね?」
ラッセルが膝から崩れ落ちた
「終わった…みたい…です、が」
アトリの様子からあの空間での出来事はいっしゅんなのかもしれない
なんて魔法よ、せいしんとじかんの部屋とか付いてない?
「あね…さま?」
アトリがばっと俺を見る
「…まじ?ラッセルに勝ったの?」
信じられないというような目で俺を見てくる
「…まぁ、たぶん?」
最後に踏ん張れなかったので相打ちのような気もするが
「…てか相打ち?同士討ちてきな?」
だからノーカンてきな?
アトリが走り出した
「うぇひゃ!?スターダストが負けたのですぅぅぅう………」
叫びながら階段を登って行ったようだ
「…まけ、ました」
ラッセルが絞り出した声でそう宣言する
「いや、相打ちじゃない?引き分けてきな?」
「…スターダストは負けてはなりません、引き分けも同様です…うぅ…」
四つん這いの状態で泣き出すラッセル
「おい泣くなよ…魔法つよつよなんだろ?」
「…」
「…アトリはあのままでいいのか?」
口封じとか
「…」
「うおーい」
近づくとビクリとして正座になるラッセル
涙は止まっていない
「…わたしに、命令してください」
「は?」
「なんでもいいのです、なんどでもいいのです」
え、なに急に、えっちなはなし?
「そう、そうです、奴隷にでもしてください、やだ、捨てないで…」
いや拾ってもないけど…
膝で歩いて俺の足元に来るラッセル
「お願い、死にたくない、なんでもいいから、おねがい、はやく…」
「…命令しないと死ぬのか?…なぜに」
「これは取り上げられて…家から捨てられる…それが、スターダストの家系だから」
理解できなかった、してたまるもんか
そりゃスターダストが称号なのに家名として受け継げるわけだ
失敗したら家族じゃないと切り捨てれば、失敗が無くなるんだから
どうかしてるけどな
「ど、どうすりゃいい」
「めいれい、わたしに、使命を頂戴、やることを」
「お、おう?」
使命ってなんだ
「えっと、じゃあ、ラッセルを奴隷にする」
「うん、うん、なる、なるから、すてな…」
ラッセルは星屑が煌めく空間にのまれていった
「…は?」
…え?ラッセル消えたんだが
「…え?」
「ぬおーい、チェリー?ご飯だから呼びに…何してんの?みんな帰ってるじゃん……うおーい?」
◇
衝撃的、頭の思考が追いつかなかった
あの空間で起きた戦闘は目を瞑れば思い起こせる程で
現実味は湧かないが
腰に隠すように持っていたフラッシュバンの一つは使用済みになっていた
魔力的な消費も激しく時折耳鳴りがする
介護してくれたヘラは何故かすごくご機嫌だった
口ずさみから思うに奴隷っぽい〜らしいが
そして消えたラッセルだ
思い出すのは懇願してきたラッセルの表情と
すぐに思いついたのが奴隷という命令でそれを下したときの嬉しそうに笑った表情だ
「なぁ…スターダスト家って知ってるか?」
眠れずに
隣のベッドにいるヘラに話しかける
「んー…ラッセルさんのこと?」
「いや…家柄とか伝統とか…」
「…残念ながら?」
「そう…いや、なんでもない、おやすみ、ヘラ」
「…うん、おやすみ」
◇
翌日、慣れ始めた寮生活が始まった
「…チェリー、ずっと上の空だね」
「…あぁ、そうか?」
今日は周りからよく見られている気がする
いつも以上に、チラチラと
講堂に入るとレックがいつもの位置にいてそこに向かう
講堂ではあくまで自由席だが
みんな思い思いの席は決まっていて
自然といつもの席に座る
「おはようチェリーくん」
「あぁ、おはよう」
いつもラッセルが座る席はまだ空席だ
「…なぁ、ラッセルっていつもどれくらいに来るんだ?」
「彼女は生徒会もあるから朝早くに来るよ?」
「今日はまだ来てないようだが…」
そう問うとレックは不思議そうな顔をする
「しばらくは来ないんじゃないかな」
「…なんで?」
「昨日君が勝ったのだろ?スターダストの正式な称号の取り合いのために実家に戻されたと聞いたけど…」
「…レック、チェリーは知らないんじゃないか?この騒動が起きてる理由」
学園は確かにいつもよりはざわついているかもしれない
しかしいつも通りと言えばそうだ
「クイル、知っているのか?」
「…知ってるも何も常識だと思ってたからその反応の方が驚きだ」
「…じゃあ」
二人は頷く
「何が起きてるんだ?詳しく教えてくれ」
◇
その歴史は何代かにわたる戦いの歴史だった
そして、まぁまとめると
俺はもう一度
本気のラッセルと殺し合わなければならないらしい
え、なんでもう一度殺し合うの?
……ま、待て!次回!(1時間後!)