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第四章 魔法少女と不死身の勇者 - 2

 その夜、明星は幼い頃のようにパタろんを抱きしめて眠った。


 彼女は夢を見た。胸から伝わる懐かしい温もりからか、まだ小さな子供だった頃の夢。買い物袋を持った母と手を繋ぎ、黄昏色に染まった商店街を歩いている。店はほとんどシャッターが閉まっており人気がない。切れかかって点滅している街灯が物悲しい雰囲気を助長している。


 右手で抱えているのは、まだ話すことができなかった頃のパタろん。彼は黒い三角の鼻をひくひくさせて大人しく抱かれている。


 これは明星が七歳の頃の記憶だ。母が悪の組織が壊滅させてもなお、世界が負った傷は深く残っており、ウエノの町が今ほどの活気を取り戻したのもここ最近のこと。十年前のウエノは、所謂シャッター街と呼ばれる状況だった。


 明星は母を見上げた。


 母も、明星を見下ろして微笑んでいる。


 母はなにか話しかけているようだが、声が聞えない。


 声が聞こえなくとも、明星の頭の中には、母が言った言葉が蘇っていた。





――――いつかあなたが、辛くて苦しくて、もうどうしようも無くなった時。きっと奇跡は起こるんだって信じてね。希望を信じる心が、魔法少女の一番の味方だから。






 ピリリリリリリリリリリリリ!


 スマホからアラームの音が鳴り響く。明星はそっと目を開いてテーブルに手を伸ばし、画面に指を滑らせる。紺色のストラップストリングでスマホと繋がっているレジンアクセサリーが、薄暗がりにも関わらず深い桃色のきらめきを放っている。


 カーテンの隙間から、今にも雪が降りそうな曇天が見える。冷えた空気と対照的に、明星の心は熱く燃えていた。


「おはよう明星ちゃん」


 ベッドに視線を向けると、パタろんが大きな尻尾を揺らして座っている。


「おはよう、パタろん……」

「どうかしたの?」

「んーん。少し、懐かしい夢をみただけ。……大丈夫だよ」

「そっか、じゃあ」

「うん。行こう! スターチャーム、オン! ハイパーエクスキューション!」


 スターライトに変身して、玄関に向かった。家を出ようとした時、背後に気配を感じて振り返る。そこには、寂しそうな表情の母が立っていた。


「なあに? ママ?」

「頑張ってね、明星。きっとすごく大変な目に合うと思うけど、挫けちゃダメ。だって魔法少女の一番の味方は――――」

「希望を信じる心、でしょ? 大丈夫だよ。だって私は魔法少女。ううん、ママの子供だもん! なにがあってもめげないよ! それじゃ、行ってきまーす!」


 元気よく玄関を開け放し、階段の下まで飛び降りる。彼女の肩にはパタろんが振り落とされまいと必死にしがみついている。


 一階の扉を開けると、すでに階下に降りていたリカルドが店先で父と話していた。明星は二人の傍に駆け寄った。 


「二人してなんの話してるの?」

「ああ、いや、冬獅郎さんからアドバイスを聞いていたんだ」


 昨日買った服ではなく、白銀の鎧を着こんだリカルドが振り返る。金属のこすれ合う重々しい音がした。


「アドバイスって、どんな?」


 父は仰々しく咳払いして、スターライトに向き直る。


「いいか、悪の組織ってのはつまるところ科学に精通した集団だ。つまり電気がないと使えない武器も多いはず。いきなり親玉を狙うんじゃなくて、まずは発電機とかの動力室を破壊した方が得策だってことさ」

「流石経験者は違うや! 昔の自分がされて嫌だったことを覚えているんだね!」


 肩の上でパタろんが前足で拍手した。けれど彼の言葉に気分を害したのか、父は「ああ、まぁ、そうだな」と顎髭を擦りながら呟いたのだった。


 スターライトも父の言葉に感心し、攻め込むべき道筋が朧気ながらもイメージできた。


「よし、それじゃあそろそろ行こうかスターライトさん」

「うん行こう! 世界を救いに! じゃあ、パパ! 行ってきまーす!」


 スターライトとリカルドは店の屋根へと飛びあがり、屋根伝いに移動して、ハチオージにあるブラックサーカス団本部を目指した。


「なあ、ちょっと気になったんだが」


 とーんとーん、と屋根の上を飛び移りながら、リカルドが話しかけてきた。

「なに?」

「わざわざ足で移動しなくても、俺の時みたいに転移魔法を使えばいいんじゃないか? それか空を飛ぶ魔法とか」

「それはダメ。いざって時の為に魔法の力を温存しなきゃ!」

「魔力……というか、魔法の力は有限なのか?」

「うん。なんていうか、魔法を使うと精神的にとっても疲れちゃうの。だから使いすぎると動けなくなっちゃうんだよ」 

「魔法少女の力はこの世界に満ちている大いなる生命力を変換しているんだ。植物とか動物とか、いろんな生き物のエネルギーを少しずつ分けてもらっているんだよ。でも人の身に余るエネルギーを受け取ると、精神に強い負担がかかるんだ。しかも無理して力を行使すると、徐々に肉体にまで影響が及ぶんだよ」

「なるほどな。アストラルの魔導士たちは自分の体内で作り出した魔力で魔法を使うから、こっちと少し勝手が違うようだ。承知した」


 リカルドが納得してから三十分後。二人は汰魔川の上流に辿り着いた。同じトーキョーとは思えないほど鬱蒼と生い茂る森の中を二人は突き進んでいく。


 やがて二人は背の高い木の枝に着地して、立ち止まった。自然界に似つかわしくないビルが森の中に隠れるように立っている。栗羊羹を地面に突き立てたような茶色のビルは、窓ガラスがマジックミラーになっているのか、鏡のように周囲の木々を反射させている。


 屋上には黄色のペンキで【H】と描かれたヘリポートがあり、屋上の入り口は団長の顔を模して作られている。


「なにあのヘリポート。悪趣味すぎ……。さて、と。まずは動力室だけど、どこにあるの?」


 スターライトは、隣でしゃがみこんでビルを見下ろしているリカルドに声をかけた。彼は首だけでゆっくりと振り返り、気まずそうに頬を掻いた。


「いや、俺に聞かれても困るんだが」

「え、パパから聞いてないの?」

「冬獅郎さんだって他所のビルの間取りなんて知らないだろう」

「じゃあどうするのよ!」

「そんなの知らん。こんな時こそ君の魔法の出番だろう。動力室の匂いを嗅ぎ分けてくれ」

「動力室の匂いって何よ! 魔法少女は警察犬じゃありませんー!」


 ああでもないこうでもないと言い合いがはじまり、それは次第にそーじゃないしこーじゃないしという言い争いに発展し、ぎゃーすかぷーすかという言葉の戦争に変わっていく。言葉のミサイルの応酬は過激さを増し、徐々に論点が互いの人格批判へと移行する。


「それじゃアドバイス聞いた意味ないじゃないこの馬鹿ー! リカルドの脳みそプリン!」


 スターライトの一言で、ついにリカルドのこめかみの血管が切れた。


「ああそうかいわかったよ。アドバイスなんて無意味だったな。なら俺は、俺のやり方でやるまでさ」


 こめかみから血を垂れ流しつつゆらりと立ち上がったリカルドは、剣を両手で握り、大きく振りかぶる。ゆらり、と彼の身体の表面に陽炎のような闘気が纏わりつく。


「ちょ、ちょっと⁉ 何するつもりなの!?」

「こうするのさ! 必殺! 強風剣(きょおおおふうううけええええん)!」


 リカルドが叫びながら剣を振り下ろすと、目の前の空間がつむじ風のようにうねり、周囲の土や葉っぱを巻き込んで三日月形の巨大な空気の塊が発生した。空気の塊は真っ直ぐビルに向かって飛んでいき、外壁にぶつかった瞬間、凝縮された空気が一気に解放された。そのまま竜巻のような形状に変化して、ブラックサーカス団本部を飲み込んでしまったのだった。


 竜巻は轟音と共に外壁を剥がし剥き出しになった鉄筋コンクリートを削り取る。窓硝子は砕け散り、長い年月をかけて風化していく様子を早送りにするように建物全体が壊れていく。


「きゃあああああ⁉ な、なによこれえええええ!」


 スターライトは吹き飛ばされないよう、木にしがみついた。


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