2人だけの時の中で
夢を見ていた。
小さかった頃、わたしが一人ぼっちで泣いていたところを、大きくて温かい背中に助けられた――そんな、ずっと昔の夢を。
目が覚めると、嘘みたいに体が軽かった。
「行かなきゃ。……時也君のところに」
*
「はぁ……疲れたな……」
急に体にずっしりとした重みが戻ってくるような感覚。
それと同時に、自分が今「生きている」という強い実感が湧いてきて、深く安堵の息を吐き出した。
「お疲れ様です、時也様」
「ああ、ありがと――」
言いかけたところで、俺は目の前の光景に目を奪われ、続きの言葉を失ってしまった。
「おかえり、時也君」
「し、時雨……っ!? お前、もう大丈夫なのか?」
「うん、元気だよ!」
時雨は満面の笑みで、くるりとその場で回ってみせた。
「あのね、わたし夢を見ていたの」
「夢……?」
「うん。小さい時にわたしが一人で泣いていた時、よく分からない大きなお兄さんが助けてくれたの」
「そうなんだ……」
「ねぇ、あれ……時也君だよね?」
時雨の少し悪戯っぽい質問に答える代わりに、俺は隣に立つ執事に視線を向けた。
「時雨に俺が変えた過去の記憶があるってことは、未来が変わったってことだろ? じゃあ、俺と時雨の関係性がこのまま現代に引き継がれてるのっておかしくないか?」
そんな野暮なことはどうでもいいはずなのに、なんとなく気になって尋ねてしまった。
執事はふふっと微笑んだあと、楽しそうに肩をすくめた。
「この前、時雨様に『もっと早く助けてくれればよかったのに』と嫌味を言われてしまいましてね。今回はわたしからのサービスとさせていただきましたよ。それに――」
執事はそこで言葉を区切り、思いもよらないことを口にした。
「お得意様である時也様と時雨様の恋の行方も、気になりますからね」
「こ、恋って……そんなんじゃ……っ」
慌てて言い訳しながら時雨の方を見ると、彼女も顔を真っ赤にしてうつむいていた。
「せっかく元気に再会できたのですから、お二人だけで話したいこともあるでしょう。これにて、わたしとこの館は退散させていただきますね」
「「ありがとうございました」」
二人で揃って頭を下げると、執事は心底安心したように、今日一番の優しい笑みを浮かべた。
「もう、わたしがあなた方の望みを叶えることはできませんが……お二人で力を合わせ、これからの困難に立ち向かってくださいね」
「ああ、約束する」
力強くそう答えると、執事は満足そうに頷き、「では」と言って指をパチンと鳴らした。
軽い目眩が襲ってきたあと、恐る恐る目を開けると、目の前にはどこまでも続く美しい水平線が広がっていた。波の音が心地よく耳に届く。
「不思議な経験だったね」
「そうだな。本当になんだったんだろうな……夢でも見てた気分だ」
「本当に夢かもね。でも、あの執事さんのおかげで、大切なことを教えてもらった気がするな」
俺はふと、隣に立つ時雨の顔を見た。
茜色の夕日に照らされる彼女の頬が、キラキラと輝いて見える。
「ねぇ……」
そう話しかけてくる時雨が、今何を思っているのか、心の声(能力)を失った今の俺にはもう分からない。
けれど、時雨が自分の胸の前で、両手をぎゅっと重ね合わせているのが見えた。
「時雨。心配することなんて、何もないよ」
すると、時雨は驚いたように目を丸くした。
「……なんで分かったの?」
俺は少し照れくささを隠しながら、胸を張って答える。
「お前は不安な時、手を重ねる癖があるんだよ。カフェにいた時も、病院にいた時もそうだった。……で、何が不安なんだ?」
少し視線を落とした時雨は、何か深刻なことでも悩んでいるのだろうか。
俺がじっと言葉を待っていると、彼女は消え入りそうな声で、ぽつりと呟いた。
「……わたし、顔が変わっちゃったじゃん。前みたいに、あの綺麗な顔じゃないでしょ? だから……時也君に嫌われちゃってないかな、って」
あまりの可愛らしい悩みに、俺は拍子抜けしてしまった。
「ふっ、はは……心配して損したな」
「ちょっと、笑わないでよ!」
「なんだよそんなことか。時雨は、時雨のままで十分綺麗なんだよ。俺は、時雨だから好きなんだ」
「ばか……っ、そんなこと言われたら、わたし本当に好きになっちゃうじゃんか……!」
「そうなってくれるなら、願ったり叶ったりだよ」
俺の言葉に、時雨は少し俯いた。
その目から、一粒の涙がこぼれ落ちる。
「ごめん、時雨。なんか、まずいこと言ったか?」
「ううん、違うの。ただ……嬉しくて。でも、本当にわたしでいいの……?」
俺は、時雨の小さな手をそっと握りしめた。
「時也君、よかったらわたしと――」
「いや、俺から言わせてくれ」
時雨の言葉を遮り、俺は彼女の目を真っ直ぐに見据えた。
「今回のことでさ、『いつか伝える』じゃ駄目なんだって気付いたんだ。失ってからじゃ、何もかも遅いから。……だから、今伝えるよ」
一呼吸置いて、魂を込めて言葉を紡ぐ。
「時雨。俺は、お前のことが好きだ。お前の優しい気持ちも、嬉しそうな笑顔も、全部。だから…… これからは2人だけの時を、一緒に刻んでいきたい。 俺と付き合ってくれませんか」
時雨は、涙を流しながらも、世界で一番美しい笑顔を咲かせた。
「……はい! 喜んで。――でもね、わたしのほうが、もっともっと時也君のこと好きだけどね!」
*
今後、俺たちの前には色々な困難が待ち受けているだろう。
時には悲しみに打ちひしがれる日だってあるかもしれない。
けれど、この2人だけの時の中で経験したものと、今目の前に広がるこの美しい景色だけは――これからも変わらず、俺たちの未来を照らし続ける「光」となってくれるはずだ。
ご愛読いただきありがとうございました。
これからもいろいろな作品を投稿いたしますのでよければ今後とも宵晴を応援よろしくお願いします。




