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4話 下車1駅目『歴史ある交易と工芸の都市』

 随分と待たせてしまって申し訳ありません。


 いやぁ……文章ってホントに消えるんですね。

 諸行無常。書いた文章は何時か消える定め。

 22歳冬。社会人になる直前に悟りを開く。


 1話が長くなり過ぎたので、3話に分けました。


 ……。

 …………。

 ……………………。


 ──────以上が現時点での調査結果となっています。

 前回の報告からの進捗はほとんどありません。ただ、職員の間で認知に不可解な差異がありました。その為、何らかの呪いや神格による影響が出ていると推測されます。


 本部および支部について重要物資の移動の準備を進めております。

 指示通り下水道と地下道を利用しての移動網の構築を進めております。


 その他の事業に関しては順調です。

 貴方が居なかった間に準備しておいた装備などが在ります。


 職員一同、お会いできる時を楽しみにしております。


  †──────†──────†──────†



 送られてきた報告書を三度読み終える。

 ふぅ、と一息。

 特に進展はなし。

 知りたいが知ってしまうのが怖い。

 吐き出した息は落胆か安堵か。臆病な自分が嫌になる。


 目を揉む。大きく伸びをし、首を回す。

 無意識に息が漏れる。

 重い溜め息。自分が疲れている事を自覚する。歳だろうか。

 今年で52だったか。前世と合わせれば100歳を超す。120は越さないよな?

 外見は20代後半から30歳。だが、異世界において肉体的な年齢は当てにならない。不老不死だって珍しくない。

 無理をしたツケが回って来たのかもしれない。

 弱くなった、と天井を見て思う。でも──────


 ふと振り返る。

 あどけない寝顔。微かに動いた銀の髪。

 髪に指を通すと「んう」と意味を持たない寝言をもらす。

 ──────せめて、この子の前では弱い自分は見せたくない。

 そう思った。そう、思えた。


 さて、返事を書かなくては。

 気持ちを切り替えて、通信用の木簡の上に紙を敷いて文面を考える。

 先ずは報告を労って──────あれ?

 じわり、と黒い染み。徐々に広がっていく。

 返信のために木簡の上に置いた紙。

 その紙面には何時の間にか文字が浮かんでいる。


  †──────†──────†──────†


 追伸。


 またワケアリ少女と出会ったのですね。

 どうせ、いつものお人好しを発動したのでしょう。


 貴方の事です。いつも通りに伝説を作っているのでしょう。

 待たされる側の事を考えろ、と説教するのは諦めました。


 どうぞ存分におやりください。

 その代わり、私たちの機嫌を取るのに十分なお土産と武勇伝をお待ちしています。


 ────────────R136年9月6日。収穫祭の準備をしながら

 我らが英雄の忠実なる僕、プルートーン財団職員一同を代表して──────シャーロン


  †──────†──────†──────†



 文末には日付と差出人。そして水仙(ナルキソッス)をモチーフにしたプルートーン財団のエンブレム。


 一枚目の内容に注目しすぎて、二枚目に気付かないとは……。

 差出人とエンブレムが無かったにも関わらず、これで終わり、と思ってしまうほど気になっていたのだろう。

 まぁ、終わった事だ。書く前で良かったと思おう。


 二枚目をもう一度読むと、呆れながら苦言を呈するシャーロンの姿が思い浮かぶ。


 プルートーン財団。

 昔、パーティを組んでいた冒険者仲間とともに立ち上げた組織。

 二つの世界の技術を合わせる事で新たな技術を作る。そして、各所のギルドと協力することで冒険者の支援や食料の大量生産、転生者を保護する事を目的としている。


 財団は急速に大きくなった。

 初期こそ自分の財力に任せて人と物を集めていたが、やがて自分たちが関わらなくても事業を進められるようになった。

 そして、ある時期からは関わる事を極力減らしていた。


 自分は敵が多い。

 全くの平民から貴族になった冒険者。

 爵位を継げなかった貴族の三男とかが功績を挙げて貴族に封じられるならば、まだ許せたのだろう。

 それ故、つまらない嫌がらせを受けることも多かった。それらを物理的に排除するのは疲れた。


 プルートーン財団は大きくなった。なり過ぎた。

 財団の事を便利屋として都合よく認識している貴族に対し、食料を提供するのを止めて内乱を起こさせて以降、プルートーン財団に歯向かう勢力は大きく減った。

 思えば、あの時は酷かった。

 宗教組織がカルト化して、他の貴族にまで迷惑を掛けた。

 結局は自分がプルートーン財団を率いて鎮圧した。多大な犠牲を払いながら。


 それ以降、プルートーン財団は危険組織だと認識された。

 領地を持たない貴族である最強の冒険者が率いる私兵部隊。

 決まった領地を持たないから攻めようがなく、敵対すれば食料や技術が手に入らなくなる。領内のギルドに反発され、領民は出奔するだろう。

 多くの貴族と繋がりがあり、程度は分からないが内情を把握されている。故に手が出せない。財団職員がゴシップを流せば瞬く間に広がるだろう。


 その現状に愕然とした。

 自分の理想や願いが全くの無駄になったことを知った。

 プルートーン財団にとって自分は、厄介ごとを持ち込む存在になっていると悟った。

 だから離れることを決めた。

 人事を任せ、取引を一任し、関わる事そのものを減らしていった。

 仕舞いには『帝国』国外に跳び、物理的に遠くに離れた。


 そして今、俺は『帝国』に帰ってきた。


 プルートーン財団にとって俺は厄介ごとしか持ち込まない。

 その上、都合の良い時だけ頼る。

 自分なら縁を切るだろう。

 たとえ自分が最強クラスの暴力を持っているとしても、プルートーン財団全体で見れば些細なものだ。財団全体で敵対されたら、あっけなく死ぬだろう。


 報告書に目をやる。

 随分と慕われたモノだ。


 もう少ししっかりしないと。

 かっこ悪いところは見せられない。



  †



 カタンカタンという列車が線路の隙間を通り過ぎる音が定期的に聞こえる。

 聞こえるソレは微かな振動と共に眠りを誘う。


 景色は流れていくが、変わり映えはしない。

 建物が少なく、何処までも続く黄金の小麦畑が美しく靡いている。


 景色は流れていくが、変わり映えはしない。

 辺りには一切の明かりがなく、満天の星空が乗客を歓迎する。


 景色は流れ、窓の向こうに多くの人が行きかう。

 次第に建物が増えていき、人の数や物の量が次第に増えていく。


 景色の流れる速さがゆっくりになり、まばらになったカタンカタンと共に止まる。


  †


「ステラー、起きてくれステラ。もう直ぐ駅に着くから起きてくれー」


 呼びかけると微かに反応がある。

 何度か呼びかけ体を軽く揺さぶると、ぼんやりと目を開けた。


「おはよう、よく眠れたようだね」

「おはようございますテラさん」


 あくびが混ざり、おふぁようございますぅ、という感じに応じるステラ。

 寝ぼけ眼をクシクシこする様子が、猫のようだ。


「もう昼だけどね」


 絶句するステラ。

 先ほどまでくっつきかけていた目が大きく見開き、欠伸をしていた口も大きく開く。

 豊かな表情の変化と血の気が引いた顔が”やってしまった”と雄弁に語っていた。



 ──────やってしまった!


 テラおじさんに体を揺すられ、半分寝ながら起きた旨を伝えた直後、伝えられた事実に頭が真っ白になる。

 寝坊というレベルではない。

 朝は早めに起きなくてはいけない。

 朝ご飯を食べる前にやらなくてはならない事がたくさんあって──────


「落ち着いてステラ」

「これが落ち着いていられますか!?私がやらなくてはならない事がたくさん──────」


 ──────思い出す。


「落ち着いた?」

「──────はい」


 豪奢な天蓋付きのベッド、テーブル、文机。

 簡易な台所、シャワールーム、トイレ。

 一つの部屋の中で生活の全てを完結できる。

 窓の外の風景は動いて行き、カタンカタンという音が軽い振動と共に聞こえて来る。

 そして──────


「テラおじさん」

「うん?なんだい」


 冒険者テラ。英雄プルートーン。

 私を救ってくれた恩人。


「おはようございます。今日もよろしくおねがいします」

「ああ、おはようステラ。よろしくね」


 着替えちゃいなさい、と頭を撫でられる。

 彼の細長く繊細な指は髪の毛に絡まない。心地よく安心する。

 ああ、そうか。安心できる。それだけで良いことだ。

 今日はきっと良い日になる。もう昼だけど。


 虚空に現れる黒の穴───闇属性《収納》───から出てくる服を広げる。

 取り敢えず一人で着れないような服ではない。

 猫の耳と尻尾が付いた寝間着を脱ぎ、着替えていく。

「着替え終わった?」「着替え終わりました!」「じゃあ、ここら辺を持ってね」

 再び現れる黒い穴。

 出てくるバック。筆記用具。着替え。腕時計などなど。

 これらをどのように持ち運ぶかを考える。


 あ、そういえば──────


「──────今日は9月6日でしたか」



 ──────どうりで駅が人で溢れていたんですね。


 腕時計を見たステラの独り言を聞いた。

 余談だが、この世界は多くの単位を現代日本と共有している。

 暦も同様だが、若干のズレがある。


 太陽の高度を7つに等分し、それぞれを月初めに設定した。

 例えば、1月1日が冬至で一年の始まり。

 7月1日が夏至で一年の折り返しとなる。

 この世界では天文学者が、向こう12年の暦を作成している。

 その仕様上、月ごとの長さが異なる。同じ月でも違う年で長さが変わる事もある。


 そのため、日時が表示されるタイプの時計は余り普及していない。

 日時が表示されるタイプの時計の内、手動で切り替えるものは比較的安価だ。

 貴族屋敷や役所、駅などに設置されている時計や、高位の冒険者や商人などが持っている腕時計はアイテムとなっていて、魔力(MP)を流すことで自動で調整してくれる。


 時計が少ない農村などでは祝日や行事の日以外は日付を気にしない傾向がある。

 ──────比較的、だが。

 駅や車内ならば、いつでも確認できるから、と油断したのかもしれない。

 ──────そうであってくれよ。


 そうでなければ、日付も確認できなかった、という事か?


「──────えいっ」


 負の連鎖に陥っていた思考が小さい掛け声で途切れる。

 声の方を見ると、ステラが持っていた着替えが光に包まれて消える。


 ──────光属性の《収納》。


 続いて筆記用具も《収納》。左腕に腕時計をし、バックを背負う。

 バック空じゃねえか。バックの意味……まぁ、良いだろう。後で話そう。


 まぁ《収納》が使えるなら、もう少し持たせよう。

 冒険者にとって、万が一の事態は頻繁に起こる。

 あ、腕時計は男物でゴツいな……。頑丈なのは良いことだが、見た目にも気を使わなくては。

 そう、見た目にも気を使うべきだ。

 ステラの後ろ髪を見ながら思った。



「ごめんステラ、いったんバックを下ろしてコッチに来てくれないか?」


 ベットに座り、ステラを呼ぶ。

「何ですか?テラさん」と振り返ったステラに手招きし、膝を叩く。

「後ろ髪が跳ねてる」姿見とヘアブラシを用意し「梳いてあげるよ」

「あ……」少し顔を赤らるステラ。後ろ髪を手で触って寝癖を確認したらしい。


「次からは自分でやるので、今日はお願いします」


 服がしわにならないように気を付けて膝の上に座るステラ。

 子どもの特有の柔らかさと温かさ、軽い体重。微かに甘い匂い。

 庇護欲を感じると共に、次からは自分でやるという一言に成長と一抹の寂しさを覚える。父親か俺は……。


「じゃあ始めるよ。痛かったりしたら教えてね」

「お願いします」


 姿見の中のステラは耳を少し赤くしている。

 頭を撫でる。綺麗な髪の毛に指を通す。

 指の中を砂のように流れていく。

 ヘアブラシが羨ましくすらなる。

 訂正──────本気で羨ましい。


 縦長の枠の中、気持ち良さそうに目を細めているステラ。

 髪の毛を乱れさせたままにするわけにはいかない、と鉄の意思を発揮し、断腸の思いでヘアブラシを手に取る。

 くっ、お前のような無機質存在にステラの髪を触らせてしまうのか……。

 ──────って、俺は何を考えているんだ。全く。


 姿見の中のステラと目が合う。

 先ほどまで気持ち良さそうに目を細めていたステラ。

 続きは?と目を開いたステラ。その目線がヘアブラシに合い、一瞬だけ名残惜しそうに顔を曇らせる。

 ヘアブラシを置く。一瞬だけ、顔がほころぶ。

 ヘアブラシを持つ。一瞬だけ、顔がかげる。


 …………よし、ヘアブラシ。突然だがお役御免だ。悪く思え。

 少女の髪の毛を手櫛で整えられなくて何が英雄か。

 少女の顔を曇らせるような様で何を救えるというのか。


「……そこまで手ごわくないから手櫛で大丈夫かな?」


 すごく嬉しそうな顔をするステラ。

 残念ながら、鏡越しの表情は一瞬で取り繕われてしまったけど。



 縦に斜めに、深く浅く。

 髪の中を細い指が通っていく。

 くすぐったいような、心地よいような感覚。

 自分でできる事でも、人にやってもらうと違う感覚がする。


 髪を梳いてもらう事は好きだ。

 ただし、上手な人。もしくは安心できる人に、という前提は当たり前。

 ……この場合はどちらなのだろうか?


 テラ。

 私を救った男性。

 彼は髪の毛を梳くことは得意な方だろう。でも、昔はもっと上手な人に梳いてもらっていた。

 もともと頭をなでたり、髪の毛を触ったりという行為には、ある程度以上の信頼関係が必要になる。

 例えば家族。例えば先生。例えば専門家。

 彼らには信頼があった。


 信頼は積み重ねの結果。

 時間を、経験を、実績を積み重ねた。だから信頼できる。


 ではテラはどうだろうか?

 三つとも当てはまりそうではあるが、今一つピンと来ない。

 でも、安心できる。信頼できる。

 あの時テラに助けてもらって良かったと思う。

 救ってくれたのがテラではないと嫌だと思う。

 彼と離れたくなかった。彼の旅に同行したいと思った。


 私にとってテラは恩人。

 では、テラにとって私は『何者』なのだろうか? 

 そして、私は『何者』だったら嬉しいのだろうか?


 ……。

 不意に手が止まる。

 鏡の向こうには不満げな顔をする少女。急いで取り繕う。


「テラさん?」


 振り返り見上げると心配げなテラの顔があった。


「終わってしまったのですか?」

「いや、もう少し掛かる」

「そうですか。では、何かあったのですか?」


 かなり時間が経っている。疲れたのだろうか?

 よほど厄介な寝ぐせでも有ったのだろうか。


「いや、難しそうな顔をしていたからさ。下手だったのかな、と思って」

「そんな事はないです!」


 思わず大声を出してしまった。

 少し恥ずかしい。


「そうかい?それなら嬉しいね」


 頭を撫でられる。

 それだけで安心する。


「嫌でなければ、理由を聞いても良いかな?」


 話しても良いかな、と思う。

 これも信頼しているからだろうか。


「言葉にするのが難しいですが、相談に乗ってもらっても良いですか?」


 ……。

 …………。


 話した。

 話し続けた。

 聞いていたテラ。彼はいつの間にか髪を整え終えていた。

 話していた私が意識せずに名残惜しそうにしていたのか、テラは私の頭を優しく撫でてくれていた。


「随分と難しい事を考えてるなぁ」


 そして撫でながらテラは呟いた。


「難しいですか?」

「難しいね。だって答えはないからね。

 当然だけど同じ人間はいない。なら、人間関係も同じさ」


 分かっている。それは当然の事。

 でも、間違えたくないのだ。

 やり直しが利かなくなってからでは遅いのだ。

 

「では、どうしたら良いのでしょうか」

「自分がやりたい事をすれば良いのさ」


 それは思うままにしろ、という意味だろうか。

 だが、やりたい事をすれば良い、と言われても何をしたら良いのか分からない。

 目標が漠然とした状態で行動するのは苦手だ。


 例えば何となく予定が空いてしまい、何もすることがない時間。

 空いた時間で出来ることは沢山あるのに、何をしたらいいのか分からなくて、時間を無駄にしてしまったりしてしまう。


 私はテラとどのような関係になりたいのか分からない。

 このままでいいのか?

 そもそも、今はどのような関係なのか?


「──────はい、ストップ」

「ふにゅっ──────!?」


 両頬に手を当てて押す。

 変な声を出した私の顔は歪み、縦に潰れる。

「おお、柔らかいな」「やめてください(ひゃめへふははい)ーー」

 私の抗議を流して手を上下左右に動かしてもてあそび続ける。


「──────いい加減にしてください!」


 両手を強引に跳ね除ける。

 鏡の中にはバンザイをする格好になった自分が映る。


「何を考えていたか忘れてしまったじゃないですか」


 荒くなった息を整える。

 テラはごめんごめん、と適当に謝ってから。


「考えすぎだステラ」

「そうですか?」

「多分ね」

「多分ですか?」

「そう、多分だ」


 多分多分と二人で言い合う。

 間抜けなやり取りだが、悪い気はしなかった。

 空気が緩んだ後「ただ」と前置いてから


「ただ、俺は友達になりたいから友達になるんじゃなくて、いつの間にか友達になっている方が自然だと思うよ」


「そうじゃないと疲れちゃうからね」と続ける。

 無理して形成した人間関係は長続きしない。

 無理の歪みは時間とともに大きくなり、いつか破綻する。

 当たり前のことだ。


 では、今の私とテラはどうだろうか。

 テラに甘えてばかりな気がしてならない。

 この関係は何だろうか。

 このまま甘え続けると、最後には父親と娘のような関係になってしまわないだろうか?

 何となくだが、それは嫌だ。


「後は──────甘えたい時は素直に甘えなさい」


 テラが後ろから私を抱きしめる。

 暖かい。大きい。力が抜ける。

 これではダメだ。いつもと変わらないではないか。

 そもそも、甘える理由がない。


「変に遠慮なんてしなくて良いからさ」

「ですが、私は──────」

「理由がないと甘えちゃいけないのかい?」


 全て見抜かれていた。

 その事に思い至った時、糸が切れるような感覚と共に全身から力が抜ける。

 そのまま体を預ける。

 硬かったナニカが溶けていくような気がする。


 テラの体を通して振動が伝わってくる。

 カタンカタンという音が聞こえてくる。


「おねむかい?」


 ねむくないです。寝てしまったらもったいないですから。


「そっか。じゃあ、眠らないように話でもしようか」


 おねがいします。次のえきのコトをはなしてもらってもいいですか?


「いいよ。次の駅、『歴史ある交易と工芸の街』はだね──────」




 体が押し付けられるような感覚。

 何時の間にか、カタンカタンという音がしなくなっている。


「ちょうど良いタイミングだね」


 頭の上から声。

 何時の間にか寄りかかっていた。

 寄りかかって寝ていたらしい。

 ……またやってしまった。

 椅子代わりに寄りかかってしまった事、『ちょうど良いタイミング』と気を使わせてしまった事に申し訳なく思う。


「しっかりと目が覚めたら、下りる準備をしようか」


 列車は止まっている。

 急がないといけないけど、その前に。


「──────ありがとうございます」


「どういたしまして」頭の上に手を置き、ぽんぽんと何度か当てる「停車時間は1時間くらいあるから焦らなくていいよ」


 そう言われても、焦ってしまう。

 空回りしていると分かっているがソワソワしてしまうのだ。


 新たにテラが《収納》から取り出す道具やアイテムをバックに詰めるか、私の《収納》移し替えるかを考える。

 バックの中を整理し、背負って降ろし中身を整理する動作を何度か繰り返す。


 よし──────


「──────準備出来ました!」

「忘れ物は無いかステラ?」

「大丈夫です、テラおじさん」



 部屋を出る。

 一等車は一部屋で1車両を独占しているので、部屋を出てすぐ出口がある。


 ふと私の前を数歩前を歩いていたテラが出口の前で立ち止まる。

 子供のような、イタズラっぽい表情で振り返るテラ。


「見てろ──────よっと」


 飛び降りる。

 子供がするように無邪気に、思いっきり。


 そのままドアを飛び越え──────後ろから黒の風が吹く。


 空中のテラに列車の中から黒の群れが殺到する。

 まるで竜巻が巻きげるように、まるでカラスが集まるように。

 風の中に居るテラの周りで黒のロングコートを形作る。


 黒を、夜を、闇を──────射干玉(ぬばたま)を纏う。


 膝を曲げて着地。

 大げさな素振りで、ロングコートの裾が大きく靡く。

 神秘的な一幕は一瞬。


「おいで、ステラ」


 テラが振り返り、こちらに手を伸ばす。

 振り返ったテラの、色が薄い肌と漆黒の髪と瞳。

 雲が少ない空の明るさが、謎めいた光と影を演出している。


「──────えいっ」


 私はテラの手を取──────らないで、テラのマネをして勢いよく飛び降りる。

 多少無茶をしても受け止めてくれると安心して。


 空中の私を秋の風が体を包む。

 ああ、これは病みつきになりそうだ。


「よっと」


 安心感を感じられるように全身で。

 私に負担が掛からないように受け止める。

 そして、芝居がかった動作で恭しく地面に降ろす。

 そして恭しく跪いて。イタズラをしている子どものような表情を引き締め──────。


「空中遊泳はどうでしたかな、姫さま?」

「アナタが子供の様に飛び降りたのが分かりましたよ」


  †


『海峡交易都市』発『花舞う華の宮殿の都市』行の長距離移動列車。

 止まる駅は9つで、起点から終点までは大体20日である。


 起点から3日。ステラと出会ってから2日。

 二番目の駅は『歴史ある交易と工芸の都市』である。



 『歴史ある交易と工芸の都市』。

 セルディア侯爵が収める領地の中心都市。

 最古から存在している都市のひとつとされている。

 鉱脈の周りに街を築きあげた痕跡として城壁があり、それらの保存状態はとても良い


 帝国の国境付近であるため、貿易商人が多く乗る『海峡交易都市』。そこから大陸横断列車に乗って特急で一駅。

 古代から交易が盛んであったこの都市。中心駅を利用する人は多い。

 人だかりの中、黒のロングコートを羽織った長身の男性と身なりのよい銀の長髪の少女は列車から降り、人込みに紛れていく。


  †


「何をどれだけ頼んでも良いよ」


 駅内のレストラン。

 ステラは昨日は朝食と夜食しか食べていないし、今日は朝ご飯を食べていない。

 きっとたくさん食べるだろう。


「そんなに食いしん坊じゃないです」


 余計な気遣いだったらしい。

 そりゃあ、食いしん坊と思われたいワケないよな。

 でも、運ばれてきたスパゲッティの目を輝かせてたら説得力ないよ。



「しかし、ステラが光属性の《収納》を使いこなせるとは思わなかった」

「使えると便利なので、頑張って覚えました」


 もぐもぐごっくん。

 そんな擬音が相応しい仕草でいっぱいだった口の中を開けたステラ。

 頬にミートソースが付いているのはご愛嬌。毎度のことながら微笑ましい。


 さて、と──────。

 ステラ可愛いヤッター、な脳内を切り替える。


 レポート用紙(異世界産)を取り出す。

 食事中ゆえに少々行儀が悪いが、整理しなくてはならないことが幾つか出来てしまった。


 先ずはステラが《収納》を使いこなせている件。


 光属性と闇属性に存在する《収納》は高度の神秘である。

 時間を操り『使う時刻に飛ばす』光属性。

 空間を操り『亜空間を作成する』闇属性。

 どちらも高等技能である。その上、光属性だけでは容量が少なく、闇属性だけでは経年劣化が存在する。

 この問題を柔軟に解決するには、相反する属性を訓練する必要が有る。

 片方だけで強引に解決するならば、光属性を極めて『光が届く範囲なら観測することが出来る』、闇属性を極めて『時間という概念が存在しない亜空間を作成できる』という域まで鍛錬を積まなくてはならないので、どちらかの属性に関係する加護でも持っていない限り、ほぼ不可能である。

 それゆえ、光属性と闇属性を使える術師が作成する《収納袋》───《収納》が使える袋状のアイテム。袋の中に道具を入れることが出来る───を購入する方が常識的なのである。


 基本的に《収納》を使いこなせる、というのは《収納袋》と比べて遜色がない、という事を意味する。


 自分は──────英雄プルートーンと呼ばれるまでになった冒険者テラという人間は異世界(地球。異世界から見た異世界)の冥府神プルートーンの加護を受けている。

 莫大な経験があり、加護を十全に使いこなせる自分は闇属性の《収納》を使いこなすことが出来る。

 それどころか、戦闘中に武器を射出したりと《収納袋》より便利に使っている。


 だが、ステラくらいの『年齢』の子供が《収納》を使いこなせる──────。


 年齢。やはり、気になるのはソコだ。

 ステラは時々、年齢に不相応な振舞いをすることがある。

 だが、年齢相応なところもあったりする。

 このズレ───もしくは歪み───は元々あったのだろうか。それとも呪いの影響だろうか?


 自分自身、外見年齢と精神年齢にズレがある。

 その原因も分かっていない以上、決めつけるのは早計だが。


 とりあえず今は、《収納》を使いこなすために相当頑張ったのだろうと考えよう。その方が良い。

 少なくとも今は──────。

 とりあえず褒めよう。頭を撫でてえらいえらい。

 ステラは初め、キョトンとした顔をしていたが、表情を緩めされるがままになっている。


「さて、食べ終わったら冒険者ギルドに向かおうか」


『歴史ある交易と工芸の都市』

 『海峡交易都市』と『花舞う華の宮殿の都市』を結んでいる大陸横断列車が停車する街。

 『海峡交易都市』から特急で一駅。二泊三日の列車旅をお楽しみください。


 セルディア侯爵が収める領地の中心都市。

 交通の要所ということもあり、相応に賑わっております。

 まして今は収穫期。山村では収穫間近、平地では収穫真っ最中。当然、人は多いです。

 人が多いという事はそれだけ厄介ごとが多いという事。

 厄介事の坩堝たる冒険者にとっては如何に──────


──────────────────


 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


 宣言通り下車しました。

 下車しただけです。二人で話してばっかりですね。

 このままでは主人公がロリコンを超えて父性を獲得してしまいます。

 3話に分けた後、バランス悪いからと細かく加筆した結果がコレです。手遅れは禁句。


 そんなワケで次回予告。

 冒険者ギルドを訪問する話になると思います。

 タイトルは『冒険者の王と苦悩』の予定。


 投稿は再来週月曜日を目途に。

 来週の月曜日は卒論の提出日なんだ。大変申し訳ない。


 改めて、読んでいただきありがとうございました。

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