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3話 番外編(主に)宮殿から/星空の下で

お久しぶりです。


見切り発車のツケか、設定が急速に増える増える……。

勇者の顔見せ回。書きたいことが多くて暴走気味です。


 神殿を思わせる白亜の大広間。

 日中は太陽の光で美しく輝き、夜中は月明かりで照らされる。

 光量が足りない時は多くの灯りを点し、普段は大勢の女官が詰めている。


「──────随分と待ちましたよ」


 静けさとは無縁だった場所。

 冷たい月の光の下、女は一人佇んでいた。


 白銀の長髪。豊満な肉体。

 美しく澄んだ蒼と目が合う。


「待たせたなら悪かったな。誰もいなかったから警戒してたんだ」

「あんなに沢山いた部下はどうしたのかしら?」

「彼女たちには暇を出しました。あの子たちに迷惑が掛かりますから」


 私たちからの質問に淡々と答える。

 穏やかな声。

 力のない顔。

 普段の彼女を知っている私たちには同じ人物だとは思えない。


「そもそも、今の私には補佐は必要ないですから」

「いや、そうでもないだろう。例えば──────護衛とか」


 私の言葉にクスリと笑ってから。


「あなたたちこそ、3人で来るとは思いませんでしたよ」


「ハ、そんなの決まってる。俺たちだけで十分だからよ」

「必要以上に人を集めても意味が無いじゃない」


 大剣を構える長身の男。

 三叉槍を軽く握る美女。


「随分と物騒ですね」


 何時の間にか腰にサーベルを佩いた長身の女は、前の二人を見た後、私に目を合わせる。


「貴女も何時もの背丈とは違いますし」

「ふん、外見なぞどうでも良いだろう。お前たち、何時まで長話をしているのだ」


 水晶がはめ込まれた杖を顕現させる。


「結果が分かり切っている事に無駄な時間を掛けるな。手早く終わらせろ」


「分かってねぇなぁ、こういう会話は楽しむものだろうに」

「でも、仕方ないわね。時間がないのは本当だし」


「そうですか。では仕方ないですね」腰のサーベルを抜く。「光鎧(こうがい)、展開」言葉に呼応して、光で形作られた鎧が現れる。


 月明かりを反射していた銀の長髪が自ら明るい光を放つ。

 宝石を思わせる蒼の瞳は普段の冷たさと静かさを捨てる。



「さて、私に力を見せてください──────勇者」


 ……。

 …………。

 ……………………。


「あなたたちには私一人で満足してほしいものです」


 勝敗は決した。

 砕けたサーベルが結果を物語る。


「なぜ殺さない。こいつを生かしておくと、後々障害になる。下手に生かして利用しようと思うな。素直に殺せ」

「殺すなら、生きているうちに”楽しませて”くれよ」

「どちらも却下よ。前もって決めてたでしょ」


「思っていたほど一枚岩ではないのですね。

 3人で来たのも、信頼できる人間が多くないからなのですか」


 舌打ちと共に蹴り。数度の殴打。物理的に意識を失わせる。


「やめてくださいなお兄様。唾を吐いたりするのもダメよ」

「相変わらず素行が悪い。後で苦労するのは私たちなんだ」

「ああ、クソっ。分かったよ」


 悪態をついて座り込む。

 後で機嫌を取らなくてはならない。


「さて、お願いするわ」

「わかったよ」


 全く、何もかも面倒だ。


 気を失っている女──────大公女オリガ。

 『帝国』内の権力を簒奪しようとする私たちと敵対し、最期まで抵抗した。

 乱暴に気を失わされたにしては安らかな顔をしていた。

 思い残すことは無い、という事か。或いは幸せな夢でも見ているのだろうか。

 権力、義務、部下。それら全てから解放された女は今までに見た事のない表情をしていた。


「意外、こんな顔するんだ。髪も綺麗。さわり心地がこんなに心地良いことも知らなかったな──────どうしたの?トリウィア」

「いや、なんでもない。手伝えディアナ」


 本当に面倒だ。

 何もかもがだ。



 †



「──────見失った、ですって!?」


 ヒステリックな声が部屋に響く。


 その部屋は『帝国』帝城の中でも最も豪奢な部屋の一つ。

 そこには4人の女性がいた。


「あのクソ女。逃げ出しただけならまだしも、行方不明ってどういう事よ!?」

「落ち着けディアナ。感情を荒げても仕方あるまい」

「これが落ち着いていられるワケ無いでしょう!?」


 一人はヒステリックな声を上げている女性、ディアナ。

 彼女は態度や服装で他の4人を圧倒する。

 だが、最も圧倒しているのは《美》。異常なまでの《美》。

 4人どころか、その《美》は時代を代表するようなモノだ。古今東西の美女とも競う事が出来るであろう。

 例えるならば、星々の明るさを競っている中に太陽が突然割り込んでくるような、そんな理不尽じみた《美》。

 ディアナは他を圧倒するような強烈な《美》を持っている。不自然なまでに。ご都合主義なまでに。


「だからこそ、だろう。急いている時ほど周りが見えなくなる。取り乱し、判断を誤れば後に響くぞ」

「言ってくれるじゃないのトリウィア……!」

「や、止めてくださいっ!二人で言い争ってどうするんですか」

「ノルンに言われたらお終いですね」

「どういう意味よヒトミ!?」


 ディアナを宥めている少女──────トリウィア。

 その姿は4人の中で最も幼く、10歳に満たないようにも見える。

 だが、外見とは裏腹に精神年齢では4人の中で最も成熟しているかもしれない。


 二人の諍いを仲裁しようとしたのがノルン。

 背が低めで眼鏡を掛けているくらいしか特に特徴のない20歳前後の女性。

 控えめ、大人しい、目立たない。そんな形容詞と共に、どこか幼げな印象を抱かせる。


 ヒトミの仲裁を揶揄ったのはヒトミ。

 後ろから見たら、髪の長い長身の女性にしか見えないだろう。

 だが正面から見ると、両目と額を覆う巨大な眼帯という強烈な印象しか記憶に残らないだろう。


 彼女たちの服装や態度から、4人の力関係が分かる。

 4人には幾つかの共通点がある。その中で最も分かりやすいのが言語──────日本語。

 共通して《言語理解》───他言語が使用された際、自動で翻訳する。文章にも有効だが、現在使われていない言語には適応されない───を保有している『彼女たち』が日本語で話をするのは、周りに日本人しかいないときのみである。

 彼らが名乗っているのは真名を隠すために名乗っている仮の名前である。

 名は体を表す。名乗っている名は、『勇者召喚』の際にある種の餞別のように与えられた《加護》に纏わる名前である。一部例外もいるが。



 ──────3年前の春、皇太子テレイオスの箔をつける為に行われた『勇者召喚』。

 ──────彼女たち4人を含んだ42名の日本人の高校生と彼らの担任1名が『勇者』として召喚された。


 ギリシャ神話における鍛冶神ヘパイストスの加護を持つ者は多くの武器を作り出した。

 異界の知識を元に作られたソレは兵士の練度を飛躍的に向上させた。


 同じくギリシャ神話の光明神アポロンの加護を得た者は英雄の『化身』として覚醒した。

 英雄アスクレピオスの『化身』となった彼は魔術にのみ頼っていた医療に改革を起こした。


 ──────『帝国』は事あるごとに『勇者』を召喚し、使い潰して来た。


 それを察した『勇者』の一人にして担任だった男は隔離された。

 後に、関係が悪化した大公に対して、殺されても構わない人質として派遣される。


 一部の『勇者』が『帝国』の庇護から離れ、『冒険者』として活動し始めた。

 ほとんどは諦め庇護下に帰って来たが、数名は成功し、英雄と称えられている。


 勇者の中に愛美の女神と不和の女神の二人の加護を得た少女がいた。

 彼女は『勇者』を纏め上げ、『帝国』中枢に取り入り、従わないモノを追い落とし──────


 ──────そして『帝国』は今、慣習の対価を払う時が来た。



「『園』の負傷者が一段落した事と収容中の素行を加味してR136-a1を『海峡交易都市』の治療院への業務に変更。

 配属予定の治療院へ輸送中に逃走して、『海峡交易都市』発『迷宮都市』行の列車に潜伏。

 列車の屋根を移動している姿を確認したが、列車の最後尾付近で確認することが出来なくなる、その直後《首輪》が破壊される。

 逃走した時点で遣わした、ワイバーンと乗り手(ライダー)にクソ女を捕縛、あるいは殺害するように命じた──────ここまでは聞いたわ」


 冷静さを取り戻したディアナが話を戻す。

 彼女は瞬間的に加熱することはあれど、憤りを切り離すことは出来る。そういう性質だった。

 報告を続けることを促す。


「R136-a1を追跡していたワイバーンが誰かと交戦したまでは《観察》できました。

 ですが、ワイバーンが直後即死。乗り手(ライダー)もろとも闇に包まれて行方不明です」


 感情を抑えた口調でヒトミが報告する。

 『誰か』や『行方不明』が使われた、報告とは言えない様な内容なのだから当たり前かもしれない。


「列車の最後尾にはテラという冒険者が乗っている事が確認できた。

 冒険者テラについての情報は前に伝えた事があるな」


 情報を付け加えるトリウィア。

 ディアナに冒険者テラについてを促す。


「テラ──────ああ、アイツが懸想していた英雄ね。

 曰く最強の冒険者。実在する英雄。

 あの性格で白馬の騎士に憧れているのは正直笑えるわ。

 もしかしたら、結ばれることでも願っているのかしら?

 そうだとしたら滑稽でしかないわ」


「突然関係ない事を思い出しやがったな。

 光物に夢中な点ではカラスと同レベルなのは仕方ないが、知能で劣ってどうする」

「辛らつだなトリウィア……まぁ、同意するが。

 懸想している、というよりファンクラブのようなモノだろうな」

「え?私だけの王子様とか、想像したりしないの?夢は叶うんだよ」


 ディアナの発言に対して順にトリウィア、ヒトミ、ノルン。

 三人に対して「分かっているわよ。あとノルン、貴女とオウジサマは特例なのよ。……ノルン、嬉しそうにしない」と返す。


「テラ。冒険者にして英雄。二つ名はプルートーン。加護に由来。

 50歳男性。『迷宮都市』で生まれたとされ、35歳まで暮らす。

 『大迷宮』最下層を攻略した冒険者。後に『プルートーン迷宮』と呼ばれることになる。

 その後は各地を放浪し、冒険者としての活動を行う。

 冒険者の階梯は最高の10。現在、個人での認定は彼一人である。

 途中で騎士爵を購入。その後、功績から準男爵を下賜される。

 地位を得た彼は、パーティー間で行っていた事業を拡大させる事を目的にプルートーン財団を設立。

 プルートーン財団とは主に冒険者の指導、積極的に神秘を用いた食糧の大量生産。そして、来訪者の保護を行う組織である。

 その後、アスカ教団と対立。財団と教団は全面戦争に突入。

 教団を壊滅させる事には成功したモノの、パーティーは彼以外死亡した。

 そして、私たちが召喚される前に観光を理由に出国。

 『帝国』には3年間居なかったから、考えないようにはしてたけど……何コイツ?」


「全く……。若気の至り、とでも言いたくなる盛りようだ。

 こんな奴が存在するのならば、世界の方が可笑しいのだろう」

「要するに頭がイタクなってくる奴ですね。

 コイツとは関わらない方が良い、そう結論付けたのでしょう」


「──────だから英雄なんだろ」


 三人の理解を諦めた投げやりな言葉にノルンが返す。

 ノルンの口調は先ほどまでの夢見がちな少女、というモノではなくなっている。


「アナタと同じような、かしら?オウジサマ」

「そうだな。この世界ではアイツの方が英雄かも知れんがな」


 オウジサマ、と『この状態のノルン』の事をディアナ達は呼ぶ。

 その方が都合が良いからだ。


「アナタから意見はあるかしら?」

「いや、ないな。我が姫君は加護を十全に使いこなせない。使いこなせたとしても、行動する前に運命は決まらないさ」


 ため息をつくディアナ。「まぁ、そうでしょうね」と前置いてから。


「正直、コイツと戦うのは避けたいわ。個人としても厄介だけど、組織力が大きすぎる」

「だろうな。『帝国』中枢にも太いパイプがある。今も財団職員が宮殿内に何人もいる」


 応じたのはトリウィア。

 冒険者の指導という名目で多くの戦闘員を保有。

 神秘を使った食糧生産のノウハウや運搬を口実としたスパイ活動。

 来訪者の保護をしているという事は、この世界に存在していない技術を数多く保有している。


「当然ではあるが、テラと戦うという事はプルートーン財団が丸ごと敵に回ることになる」


 そして、圧倒的な王質(カリスマ)を持つ指導者。


「難敵だよ。大公女オリガ以上のな」


 そして、テラをプルートーン財団ごと潰したらどうなるのか──────。

 まず初めに食料の生産が大幅に鈍化するだろう。『帝国』はこれだけで詰む。


「そうだね、お米ないのいやだし」

「ノルン……」

「更に、この阿呆のように信奉者が多い。ゲリラ化してテロでもされてみろ。各地で大規模な反乱が発生し、それに応じてウラジミール大公にでも攻め込まれたら『帝国』簡単には滅ぶだろう」


  †


「──────よし、ここまで。これ以上は無駄でしょうから纏めるわ」


 話し合いが長引き、有用な意見が出ない事を悟ったディアナが纏めに入る。


「理由はどうでも良いけど先日帰国した冒険者テラ。

 『海峡交易都市』で『花舞う華の宮殿の都市』行きの列車に乗った記録が残っている。

 ワイバーンを撃破したのも《首輪》を破壊したのも冒険者テラではないかと推測される。

 よって、今後は冒険者テラの動向に関しても情報を集める事。

 ──────以上」


 そう結論付けた。

 情報が少ないため様子見。

 分かり切った内容であった為、聞いていた3人の反応は特にない。


「分かりやすくて結構。脳金ぞろいのオレの友人たちが聞いても理解できそうだ」


 ディアナの話を聞いていた()()()が口を開く。

 この場で唯一の男性。ノルンに付き従う実体なき守護者。


「簡潔な説明への礼として、テラ関係の《運命》について伝えようか」


 ノルンが持つ加護は運命を司る三柱の女神モイライ。

 運命の糸を紡ぐ女神クローソー。

 糸の長さを測る女神ラケシス。

 そして、断切る女神アトロポス。


 ──────彼女たちの加護を受けた者による発言は『未来を確定させる』と言っても過言ではない。


 その権能の負担は極めて大きく、一人の少女が受け止めるには荷が勝ちすぎた。

 負担に耐えかねた哀れな少女の精神が崩壊する寸前、少女の持つ加護そのものが負担を軽減するための案内役にして守護者を呼び寄せた。

 もしくは、崩壊した精神を安定させるために守護者を派遣した。


「派遣したワイバーンを追って、オリオンとシグルドが動いていた。

 二人はワイバーンを即死させたテラを監視することを決めた。

 その後、二人は接触して大規模な戦闘になる」


 ──────以上、と締めの一言が響く。


「……戦闘の結果は見えないのかしら?」


「申し訳ないが確認できない。

 更に言うと二人の未来が観測できない。その上、時間経過と共に不確定要素が増えて来る」


「不確定要素、とは?」

「確定したはずの未来が少しずつ覆っている。

 時空間、或いは因果律に干渉している可能性が高い──────いや、運命に逆らってこその英雄か。

 面白いものだ。オレには出来なかったことをやってのけるとは。

 アイツならば、もしかしたらオレを殺しうるかもしれないな」

「不死身の英雄が何を言っているのですか?貴方に死なれたら困ります」


「そうですよっ!アナタに死なれてしまったら、私はどうすればいいんですか!?」

「英雄は戦ってこそ英雄であるように、正しく死んでこそ英雄だ──────いや、今はお前の王子様だったな。ならば簡単に死ぬわけにはいかないな」

「そう、その通りです!必ず、必ず勝利して帰って来てください」

「承知した、我が姫君」


 ノルンの口調が短い間隔で変化する。

 白馬の騎士に憧れる少女と物語から現れた姫を守る騎士。

 そんな二人の奇妙な共存関係は少女の『脆さ』と『歪さ』──────そして、他を圧倒する『強さ』があった。


「やっぱり、私の王子様はカッコいいなぁ」

「そうね、彼以上に頼もしい人はいないでしょう」

「そうだよねそうだよね!」


 表層にノルンが現れている。

 こちらの性格は扱いやすい。この場の全員の共通認識である。


「頼もしさのついでに『園』を頼んでもいいかしら?」

「えー」

「今回お願いする場所は水没し、その後凍結されて閉鎖されている危険区域。英雄にお願いするのは申し訳ないのだけど、彼しか頼れないのよ」

「仕方ないなぁ……。まぁ、私の王子様にしか出来ないなら仕方ないね」

「それとヒトミ、貴女のサポートが必要だから貴女も行くのよ」


 ディアナは我関せずとしていたヒトミに話を振る。

 ため息をついた後、ヒトミは承諾する。


「……分かりました。何をすればいいのですか?」

「閉鎖されてから100年近く経っているから内部構造が変化している可能性がある。

 貴女の《眼》によるサポートが欲しいわ」

「ではそのように。行きましょうノルン」


 気分的な意味でも文字通りの意味でも軽い足音のノルン。

 同じく、二重の意味で重い足音のヒトミ。



 対照的な足取りの二人が部屋を去る。



「露骨じゃあないのか?」

「仕方ないじゃない。貴女にしか話せないんだから」

「フン──────」


 気に食わないとそっぽを向くトリウィア。

 その仕草を面白そうに見つめるディアナ。


「モイライの預言の件なんだけど、どう見る?」

「恐らく権能がぶつかり合っている。冥府神(プルートーン)の異名は真実ということか」


 人を魅了するカリスマを持つディアナ。

 彼女を参謀として補佐するトリウィア。


 面倒事を頼み、不満を述べながらも結局は受け入れる。

 この関係が二人にとっての『いつも通り』。



「冒険者テラ、か。

 予定になかったが仕方ない。対策を講じなくてはならないな」

「お願いするわ。貴女なら安心できる」


 それが本心からの言葉であることをトリウィアは知っている。

 いつもの事なのだ。外面が良すぎる幼馴染をフォローするのは。


「お前に頼られれば断れない。お前に甘い私にも問題がある」


 だが、慣れているからと言って不満が無いワケではない。

 従って口調が荒くなる。だが、悪態をつきながらも突き放せない。


「元を正せば、殺さなかったお前に責任がある」


 あの時も反対したのだ。


 ──────下手に生かして利用しようと思うな。素直に殺せ。


 真っ向から反対した。だが、結局は呪いを掛けることで妥協した。

 そして、呪いを掛けたのはトリウィア自身。

 反対したモノの頼まれて断れなかった。

 要望には可能な限り応えたが、それでも脱走を許した事に関しては負い目がある。


 その結果、出会ってはならない二人が出会ってしまった。

 呪いがあるため最悪の事態にはならないだろうが、万が一という事もある。

 早めに対処しなくてはならないが情報が少なすぎる。


 焦ってはならない。焦ってもどうしようもない。慎重にならなくてはいけない。

 だが、気持ちばかりが焦ってしまう。

 ディアナに文句をいう事が八つ当たりに近いと分かってはいる。


 当のディアナは「それもそうね」と、あっさりと受け止める。

 そして、「でもね」と前置きして。


「──────使えるものは使うべきなのよ」


 ディアナは語る。語る。


「ミロのビーナスってあるじゃない。ほら、両手がないアレ。

 その両腕は破壊されたもの。キリスト教徒によって壊されたんですってね。

 異教の芸術作品。それは彼らにとって都合が悪かったんでしょうね。

 それでも、芸術性は残っている。

 優れていても使い勝手が悪いモノの中には、一部を破壊しても有能性を発揮するモノもある」


 それはディアナにとっての王道。

 あるいは自身を縛る美学か。


「あの女──────大公女オリガもその類いよ。

 政治に学術、そして軍事。これ以外も芸術以外は大抵万能だった。ただ、非道ではなかった。だから負けた。

 負けた以上、勝者にどうされようと文句は言えないわ。

 『帝国』にとってあの女は有能すぎた。でも壊すことは出来なかった、扱いきれなかった。

 私は都合が良くなるまで壊した。ただそれだけ」


 人間は自分を第一に考える。

 一部の例外があるモノの、自分以外のモノは等しく等価値なのだ。


 それは極めて当たり前の事実。

 違うのは、全ての人に共通する道理をどこまで徹底できるのか。


 自分にとって不利益な存在を許容するのか否か。

 もし許容しないのならば、どの様に対処するのか。


「でも、どうでも良いわ。

 逃げないと思っていたけど、逃げたなら仕方ないわ」


 ディアナは『美』という観念で物事を捉える。

 どれ程の美であっても、自分よりは美しくない。


 仮に自分と競おうとする存在がいるのならば、自ら率先して蹴落とすべきだ。

 そして、自らの『美』を脅かそうとする存在が現れないように見せしめにするべきだ。いや、しなくてはならない。


 そして──────あえて不完全に壊す。


 見せしめとしての破壊は完全に行ってはいけないのだ。

 出来るだけ無様に。

 醜く縋らせるのだ。

 笑う声は可能な限り大きく。

 こうなりたくはないだろう。


「きっとミロのビーナスは胸像でも美しいでしょうね」


 自身の美学に酔いしれる。

 その姿はどうしようもなく美しい──────。



 ディアナの加護はギリシャ神話における『愛美の女神アフロディーテ』と『不和の女神エリス』。

 彼女が存在するコミュニティでは必ず諍いが起こる。

 時にディアナは勝利のトロフィーであり、勇士は彼女の為に失墜するまで戦うだろう。

 時にディアナは闘争の当事者であり、彼女はその全てに勝利してきた。

 ディアナにとって、至上の《美》とは決して価値が落ちないモノ。誰もが欲し、決して泥に塗れることは無い。

 今までも、これからも──────。


  †


 哄笑で終わる何度目かの一人芝居を『いつもの事』だ、と呆れ半分にトリウィアは眺めていた。


 本音を隠した演技が上手いのは相変わらず。

 頂点に立つならばコレをしなくてはならない、と。

 安酒に頼るようにすら見えるソレは憐れみすら誘う。


 見ている側としては、何度も見れば飽きる。

 自分が責め過ぎたのが原因とは言え、計画を立てなくてはならない。

 考え事をするにはうるさいのが邪魔なので《遮音》の結界を展開する。



 脱走したウラジーミル大公女オリガについて、考えなくてはならない事はたくさんある。

 封印の際に感じた『赤黒』の神格。頭角を現したウラジーミル大公子アレクセイ。オリガの影響が強く残る軍部中枢。ウラジーミル大公国に呼応して不穏な動きを見せるマドゥリス大公──────それら全てに対策を立てなくてはならない。

 オリガは『帝国』皇太子テレイオスの婚約者タチアナの姉であり、補佐として『帝国』中枢に意見していた。そして本人の才覚で権力を育て、軍務卿などを兼任し、未来の女宰相とまで呼ばれた女傑。

 勇者が『帝国』内の権力を奪うには極めて邪魔な存在であった。

 だから『排除』した。その後が面倒な事は承知で。

 そして、考えなくてはならない事に新たに冒険者テラが追加された。



 冒険者テラ。

 最強の冒険者の一人にして筆頭。英雄プルートーン。

 先ずは戦闘面。財団については時間が必要だ。交渉が必要なため、今考えても仕方ない。


 シグルドとオリオンで勝利できない可能性を示唆されたならば、二人を相手に勝利できるような相手をぶつける。もしくは搦め手を使えばいい。

 あの二人を相手に勝てる勇者は2人。

 一人はノルン。正確には彼女の守護者。最強の存在ではあるが、長時間の運用は難しい。

 もう一人は長時間運用しても問題ないが、性格に問題があるため扱い辛い。

 単独でなければ他にも切れる手札はある。だが、戦力に限りがある以上、今回は搦め手を使った方が都合が良いだろう。


 列車で移動しているのならば、列車を止めれば足止めは容易である。

 現地の貴族のリストは頭に入っているが、改めて確認しておきたい。



「──────お、何やってるんだ?」


 頭上から声。

 展開していた《遮音》の結界は一瞬で消失する。


「ゲェ、アレス!?」

「なんだよ。けぇ、とは失礼な」

「ええい!頭を撫でるな不確定要素!

 お前が出ると、計画が破綻するんだ!自重しろ!」


 勇者の一人──────アレス。

 偽名の由来は彼に加護を与えたギリシャ神話における戦神アレス。


 先ほど挙げたシグルドとオリオンに勝利できる勇者。その二人目。

 戦闘能力は極めて高いのだが、素行に問題があるため近くに置いておかなくてはならない。

 もっとも監視のつもりで側に置いておいても問題ばかり起こすので、定期的に発散させなくてはならないのだが。


「私の可愛らしい友人を取らないでくれないか?お兄様」

「おお、悪いなみほ──────ディアナ」


 そしてディアナの血のつながらない兄である。

 余談だが、アレスとアフロディーテは愛人関係にある。

 二人が保有している加護は、ここら辺も関係しているのかもしれない。


「というかアレス、何時の間に入って来たのだ」

「随分前だぞ。話しかけても聞こえてなかったみたいだった」


 考え事に集中するために展開した《遮音》の結界が裏目に出たか。


「アイツの事を考えているんだろ。ほら、あの前作主人公みたいなやつ」

「確かにそんな感じね。ゲームのジャンルが違うけどね」

「ゲーム感覚で納得できるのはお前たちだけだろうに」


 能天気と脳筋の組み合わせ。

 この二人と話をすると、私一人が苦労することになる。


「そうか?ステータスとかはゲームで考えた方が楽だろうに」

「国があって王子様がいて、何人かのお姫様が正妻の座を奪い合う、なんてのもよくある展開だと思うけど」

「それ以外の要素の方が多いだろうが阿呆ども」

「相変わらず夢がないのねトリウィアは」


「当たり前だ。どんな冒険であろうと、人生の他の時間よりは圧倒的に短い。

 冒険譚よりも、始まる前と終わった後の方が重要なんだ。

 だから冒険なぞするべきではないのだ。

 確定事項。当たり前の日常。ああ、何と素晴らしいものか。

 ありふれた日常以上に何を望むのか」


「相変わらずの現実主義。流石、成功を約束する女神ヘカテーの加護を受けるだけはある、のかしら?」

「言っている事は分かるが、夢が──────ロマンが無いんじゃないか?」

「お前の言う夢だとかロマンだとかは確かに輝かしいのだろう。心惹かれるのだろう。

 だが、代償を考えた事はあるか?失敗した時に何を失うのかを知っているのか?」

「それを言われると弱いな」


 自分が苛立っているのが分かる。

 これは八つ当たりだ。何が悪い。


「私は確定事項を好み、冒険を嫌う。

 詰まらないと言うなら言うが良い。

 だが、安定した結果を望めるならばそれ以上のことは無いだろう。

 そのためには、可能な限り不確定要素を排除しなくてはならない。

 だから絶対に裏切らないと信じることが出来る味方を大事にする。そして、当然それ以外の輩は徹底的に排除する。

 オリガ──────お前が殺さなかった女が最たる例だ。

 あの女は、()()()()()()()()()()()()()()()

 何故なら、()()()()()()()()だからだ。

 自分の理想を正義として掲げ、目的のために行動する。

 自分にも周囲にも潔白さを徹底するが、身内には甘い。

 正しさを愛し、間違いを憎む。

 身内が正義で、余所者が悪だ。

 合理性の塊。冷たい理想の女。

 あの女も私のような性格なのだろうよ」


「つまりツンデレか」

「殴るぞアレス」

「『私以外の参謀キャラに情けを掛けるのですか。うるうる』という感じだったからね」

「裏切ったなディアナ!?」



  †



「──────んっくしゅ」

「随分と可愛らしいくしゃみだな」


 薄闇の中、突然のくしゃみが静寂を破る。

 呼吸などに乱れがなかったから、誰かが噂でもしているのかもしれない。

 自分のくしゃみで起きてしまったステラは「ふぇ……」と呟きキョロキョロと周りを見渡す。


「真っ暗ですね」

「そりゃあ夜だからな」


 灯りを付ける。

 橙の光が暗がりを掃う。

 色白と白銀が橙を反射し、透き通るような青が暖かさを帯びる。


「泣き疲れて寝てしまったんだよ。昼飯と夕飯で起こしたけど起きなかったからね」

「そうですか……それは、いけないことをしてしまいました」

「いや、仕方ないさ。疲れが出たんだろう。お腹は空いていないかい?」

「いえ、遅い時間ですので」


 しょんぼりしながらも、強い口調で断るステラ。

 今朝までの精神的な不安定さが陰っている様に見える。

 精神的に回復し始めているのだろうか?


 さて、子供を誘導したい時にすることは──────


「じゃあオジさんは食べようかな」

「え?」


 ──────自分がやってしまうことである。


「でっでも、こんな時間ですよ!?」

「冒険者は運動量がずば抜けて高いから、多めに食べないといけないんだよね」

「この時間にご飯を作ってもらうのは迷惑なのでは?」

「何のための《収納》かなぁ?」

「ほ、他の人の迷惑に……」

「個室だしなぁ」


 ぐぬぬ、という顔をするステラ。

 よし、あと一息。


「ああ、でも一人で食べるのは寂しいなぁ……困ったなぁ」

「ううぅ……仕方ないです」


 ……勝った!

 親と手を繋ぐのを嫌がる幼児に「寂しくて困るから手を繋いで欲しい」と言うと自分から手を繋いでくれる、というのを思い出した。



 《収納》からスープを取り出す。


「温かい……なるほど、朝食の後に余りを購入していたのは、何時でも食べられるようにする為だったのですね」

「そうだね。目立ちたくない時とかでは重宝する」



 パンとバターを取り出す。

 パンを焼いてゆく。部屋の中に良い香りが漂う。


「パンもどうだい?」

「……いただきます」



 簡易コンロを取り出す。

 ウインナーを炒める。並行して卵焼きを作る。


「待ってください。まだ食べるのですか?」

「そうだよ。ステラも食べる?」

「い、いえ。これ以上は……」

「ああ、美味しそうだなぁ……」

「くっ……私も食べて良いですか?」

「もっちろん!」



 大窯を取り出す。

 前もって作っておいた生地にトマトベースのピザソースを塗り、チーズやベーコンなどを載せて焼いてゆく。あぁ、いい香りだ。


「──────正気ですか!?」

「この背徳感が堪らない……!」

「個室でピザを焼くなんてどうかしています!」

「ノンノン、ピッツァだよ。ピッツァ」

「あ、はい。ピッツァ──────ではなく!」

「だぁいじょうぶ。テラさんにお任せあーれ。美味しそーな匂いを部屋にこびり着かせなーい」

「あ、貴方は……貴方は悪い人です!!」

「ふーははは!君も悪い子になるのだよ!」

「う……うわぁぁぁぁ!」


 ……。

 …………。

 ……………………。


「こんな時間に、こんなに脂っこい物を食べたらいけないのに、イケナイのにぃぃ……」


 初めは罪悪感が雑ざっていたが、暫くしたら夢中で食べだすステラ。

 パンを出した辺りでは上品に食べていたが、ピザは豪快に食べている。

 良い食べっぷりだ。

 まぁ、どうやったらピザを上品に食べられるのは分からないが。


 オレンジジュースを呷り口の中を洗い流す。

 ステラのコップも空になっていたので、二つのコップにジンジャーエールを入れる。

「はい、ステラ」「ありがとうございます」コップの炭酸を暫く見た後、恐る恐るといった感じで一口「しゅわしゅわします。でもお酒じゃないんですね」と満面の笑み。頬についているケチャップを含めて、とても可愛らしい。


 今朝と同じように頬を拭っていて思う。

 ステラがすんなり懐いてくれて助かった、と。


 子供に嫌われてしまうと精神的に厳しい。

 白い肌と黒い髪。細く長い指。身長は高く、漆黒の瞳で見下ろすことになる。

 自分は陰気な見た目をしている。病的な、あるいは死人のようなと言っても過言ではない。

 迷宮を探索していた時は、何度死んでいると間違えられた事か。

 『迷宮都市』を出て冒険者になってから暫くは人間関係に苦労したものだ。

 生きているか死んでいるか分からない陰気な奴がいたら煙たがるだろう。自分でもそうする。

 金払いを良くして、酒に酔ってバカ騒ぎしたり、色々遊んだりしたらあっさり解決したのだが……。

 人間とは難しいものである。


 では、ステラの場合はどうなのだろうか。

 汚れないように髪を後ろで纏め、前掛けとしてナプキンを首に巻き、口の中一杯にピザを詰め込み、恍惚の笑みを浮かべる少女を見て思う。

 ……安心しすぎじゃないか?

 突然現れて、奴隷契約の首輪を壊した不審者だぞ俺。

 現代社会で考えたら誘拐だ。美味しいモノで機嫌を取った事も含めてテンプレそのものだ。

 魂魄に紐付けられたステータスがあるとはいえ、魔法やアイテムが存在する世界。身分なんて、いくらでも偽れる。

 余りにも警戒心が薄いと考えざるを得ない。

 恐らく、奴隷契約の首輪をしていた事に関係が有るのだろう。

 この歳の子供を労働力として奴隷にするとは思えない。

 容姿が整っている事を含めて辛い目に遭ったことは明かだが、こんなに早く懐くものだろうか?


 考え事をしていたら何時の間にか皿は空になっていた。

 とても満足げな顔をしているステラには悪いが、確認しなくてはならない事が出来た。


 ……。

 …………。

 ……………………。


「う、ううぅ……食べてしまいました。全て食べてしまいました……。あ、あんなに……あんなにあったのに……」


 この世の終わりのような表情をするステラ。

 満腹感に浸かっていたら、罪悪感が顔を出したようだ。


「いやぁ、良い食べっぷりだ」

「テラさん……貴方はあまり食べていないようですが……」

「いやぁステラが食べているのを見たらお腹いっぱいになってしまってね……」

「う、うわぁぁぁん!?」


 後悔や罪悪感で錯乱する幼児。

 それを弄ぶ大人。言うまでもなく悪い人である。


「ごちそうさま。良いものを見れたよ」

「酷い……あまりにも酷い」


 追い討ちをかけると、毛布にくるまってそっぽを向かれてしまった。

 あからさまに拗ねられてしまった。

 可愛いけど、少し苛めすぎたようだ。フォローしなくては。


「ごめんよ、からかいすぎた。謝るから、そんなに拗ねないでくれ」

「……別に拗ねてないです」

「それなら、こちらを向いて話を聞いてくれないかな。ついでに可愛い拗ね顔を見せてくれないか」

「だから拗ねてないです」


 話を聞きたくないです、とばかりに耳を塞ぐステラ。

 おっと失敗。ついイタズラ心が。


「ステラー?ごめんよー」

「…………」


 ぷくー、と頬を膨らませるステラ。

 目も合わせたくないです、とばかりに目を閉じている。


「えいっ」

「ぷひゅっ」


 頬をつつく。ぷにっと柔らかい。

 おおーっと☆しまったーイタズラ心がー!


「……なんなのですか」


 おや、ステラの様子が……?


「なんなのですか貴方はー!!」


 猫のように飛び掛かってくるステラ。

 勢いのままベッドに押し倒して馬乗りになり、ポコポコと叩いてくる。


「さっきからなんなのですか!

 私をからかって楽しいのですか!?」

「楽しいよ」

「───っ!」


 一瞬で赤面が収まるステラ。

 振り上げた拳を力無く下ろす。


「貴方の娯楽に私を巻き込まないでください」


 諦めた表情をして立ち上がろうとするステラ。


「それは逆だ。君のワガママにオジさんの退屈が巻き込まれているのだ」

「我が儘、ですか」

「そう我が儘だ」


 引き留める。


「始めに、君を心配しての提案を断ったのは君だよステラ」

「それが我が儘ですか」

「オジさんはそう思うよ」


 あえて反感を抱くような事をぶつけて感情を揺さぶる。

 本音を聞きたいのだ。これくらいはしなくては。


「食べるべきではない時間に食事をするのは良くないことだと思います」

「あの時は必要だったよ。逆に、空腹の子供を放置するのが良いことなのかな?」

「それは……」


 言い淀むステラ。

 机の上にコップを二つ用意する。「ジンジャーエールで良いかな」「さっきのですか?」「そうだよ。違う味の炭酸もあるけど、どうする?」「いえ、同じのをお願いします」「了解」

 魔術を使って机の天板を浮かせ、ベッドの上に『固定』。上にコップを置く。


「正義は人それぞれ。決めつけは良くないのさ」

「決めつけ、ですか」

「そう。自分に正直になっても良いんだ」

「初めから私は正直です。私は理想の自分になりたいのです」


 こちらの提案に真っ直ぐから反論するステラ。

 意固地になっているようにも感じるが、これは筋金入りだ。

 コップを傾ける。


「理想、か。随分と難しいことを考えるんだね」

「多くの人が幸せになるべきです。そのためには我慢することが必要なのではないですか?」

「最大多数の最大幸福、か」

「貴方はどうなのですか?テラおじさん──────英雄プルートーン」


 鋭い蒼の視線が射貫く。

 皆が努力をすれば良い世界になる。

 そんな子供らしいと言えば子供らしい理想論。


「英雄と称えられる冒険者ならば人々を幸せにするために身を粉にして人類平和のために戦え、と?」

「少なくとも、貴方にはその力があるのでしょう?」

「あるよ。でもお断りだ」

「ならば、貴方は何の為に生きているのですか?」


 随分と哲学だ。


 冒険者の活動は命懸けだ。

 本当の意味で身を粉にしていたら死ぬ。あっけなく死んでしまう。

 誰かのために冒険をするのならば、衛氏や兵士になるべきだ。冒険者は所詮ならず者なのだから。

 誰かを救いたいのならば権力者や政治家にでもなれば良い。物理的な力では限界が有るのだから。

 迷宮の探索者であった頃や冒険者になりたての頃ならともかく、今は余裕を持って冒険者としての活動をしている。

 一か所に留まらず、多くの柵から解放された。身一つで自由気ままな冒険者をしているのだ。


「簡単だ。生きたいから生きている。

 身にかかる火の粉は払う。世話になった人に頼まれたら助けるくらいはする」

「ならば、誰かのために生きたいと思う人の邪魔をするのですか?」

「いや、しないさ」

「自分の代わりに誰かが笑顔であれば良い。私はそう思うのです」


 自己犠牲。

 年端も行かない少女の人生観としては異常だろう。

 出会っていた時、奴隷契約の首輪をしていたステラ。

 彼女は何を体験したのだ。

 夜明けに一人、すすり泣きをしていた少女を見捨てろというのか──────否。この子には似合わない。


「それならば、君を笑顔にしたい。そんな風に思っている人の気持ちを裏切るのかい?」

「それは……」

「まぁ、答えは簡単にはでないさ。でも、君の笑顔を見たい人がいることを覚えておいてね」


 思いっきり甘やかしてやろう。

 思いっきり可愛がってやろう。

 何故なら冒険者は自由なのだから。

 明確な理由になっていない気もするが、理由からも自由なのだろう。きっと。


「テラおじさん──────」


 寒い日に温かい食べ物を食べたような。

 苦難に満ちた物語が大団円で終わったような。

 温かく柔らかい表情──────



「──────参考になるような良い話なので納得しかけましたが、『私をからかって楽しいのですか』という事に関しては回答してもらってませんよ」



 ──────が一瞬で冷たく硬い表情になった。

 手品の種をばらされた子供。もしくはサンタクロースの正体を知った子供のようだった。

 極めて当たり前である。


「いや、それに関しては普通に楽しいよ」


 くるくると表情を変える純粋に可愛らしかった。

 ステラは感情が高ぶると本音を出しやすい。まぁ、誰でもそうだが。

 これからも積極的にいじって、色々な表情を引き出そう。それが自分の役割だろう。

 ついでに可愛いは正義。異論は認めない。


「……はぁ」

「失望したかな? 」

「いえ、諦めました。貴方は悪い人ではないようですが、どうしようもない人では在るようです」

「そうかい?」

「そうです。貴方はいけない人です。どうしようもないダメ人間です」


 コップの中身を一気に空にするステラ。けふ、と息を吐き出す。

「お、良い飲みっぷり」「からかわないでください」

 頭を撫でる。細かい砂のようにサラサラと流れていく銀の長髪。

「……におい付いていたりしませんか」「特に問題ないよ。気になるならシャワー浴びるかい?」「そうさせていただきます」「着替えとかは脱衣所に置いておくよ」「ありがとうございます」


 ……。


「テラさん、少し良いですか」


 シャワーを浴び終えたらしいステラ。

 シャワーにしては時間が長い。列車内のシャワールームに慣れていなかったのだろう。

 育ちが良さそうな事を踏まえると、専門のお手伝いさんが居て、一人で風呂に入った経験が余りないのかもしれない。


「着替えコレですか……」


 ネコミミ付き着ぐるみパジャマ。シッポもあるよ。

 頬が少し赤いのはシャワーで温まったからだろう。


「もこもこで可愛いと思うよ」

「確かに可愛いですが。可愛いですが……」


 少し恥ずかしそうにしながら「こんなの買いましたっけ?」とステラ。「いや、作った」「!?」驚愕の表情。それに対応してネコミミとシッポが立つ。我ながら会心の出来。いい仕事をした。心がニャンニャンする「割と珍しいアイテムを使ったけど後悔はしていない」「な、何という無駄遣いを」「この世界、無駄な事はないのさ」「そういう台詞はもっといい場面で使ってください」


「色々と台無しです」と諦めた様に呟くステラ。

 折角なので「おいでー」と猫にするように手招きしてみる。

 フードを取り「そういう趣味なのですね……」と冷たい目をされる。

 当然の反応である。

 ヴェァァァァ!?(擬音)と打ちひしがれている自分を無視し、ベッドに入ってくるステラ。

 後ろを向いて寝ているので表情は分からない。

 ……まぁ、しかたない。


「おやすみ、ステラ」

「おやすみなさい、です」 


 ……。


 カーテンの外は暗闇。

 列車がレールとレールの間を通過するカタンカタンという音だけが聞こえる。


「その、テラさん」


 不意に声を掛けられた。


「なんだいステラ」


 返事をするとステラは「その、ですね」と前置いてから時間をおいて。


「寒いので、手を、繋いでもらっても良いですか?」


 消え入りそうなほど微かな声。

 甘える事が恥ずかしいのだろう。


「手だけで良いのかな?」「いえ、大丈夫です」「本当に?」「本当に、です」「本当の本当に?」


 しつこいくらいに聞く。

 これくらいじゃないとダメな筈だ。


「その……出来たら。ホントに出来たらで良いので、抱きしめてもらえると、嬉しいです」「よく言えました」「ふゅ……」


 後ろから抱きしめてやると力が抜けたように声を漏らす。

 抱きしめたまま頭を撫でる。

 うん、癖になる。

 いや、手遅れだ。癖になってる。


「何も言わずに抱きしめて欲しい、くらいなら断らないから安心していいよ」

「待ってください。何となくですが、それは違う意味に聞こえる気がします」

「もし、おじさんが断りそうなことでも、『私をいけない子にしてください』って上目遣いでお願いしてくれれば、大抵の事は叶えてあげるよ」

「全く……。色々と台無しです、テラおじさん」


  †


 地の向こうの光。

 闇夜を裂いて列車が進んでいく。


「満天の星空だけは同じだな」

「星の光が人の光で薄れるのもね」


 その様子を二人の勇者は眺めていた。


 用語解説


加護

 神々や精霊などの超常の存在───上位存在───から与えられる祝福であり、恒久的な支援。

 当然ながら、加護を授けてくれる存在の性質によって内容が異なっている。

 加護の恩恵は特定の属性の神秘を扱いやすくなったり、状態異常への耐性を獲得したりと多岐に渡る。

 その中で、加護の階梯が高くなると権能───神々の信仰に直結する『逸話』。信仰の所以であり、『神にとっての本業』と言っても過言ではない───すら扱えるようになる。


 加護を保有している場合は詳細がステータスに記載される。

 階梯の欄は『加護を受けた存在の力/加護を与えた存在の力』である。

 分母の『加護を与えた存在の力』とは上位存在の《格》を表している。例えば創世神や最高神、それらに準ずる力を持つのならば最大評価の10に近くなる。桁違いの力を持つ場合はUncountableと表記される。

 分子の『加護を受けた存在の力』とは上位存在から与えられた加護をどれくらい使いこなせているか、という指標である。分母を超えることは基本的にない。


──────────────────


 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


 次話から新章。下車します。

 メタ的には列車内で出来ることには限度があるので、途中下車させます。

 思いっきりタイトル破る事になるけど、一重に作者の力不足が原因です。

 力不足を実感してるけど、自分で書かないと自分が続き読めないしなぁ……。困ったものです。


 ところで、一話の長さってどれくらいが良いのでしょうか?

 二話に分けようと思ったのですが、何処で分けたら良いか分からなかったので止めました。

 分けた時の為に書いたけど、本文に入れられなかった部分が有ったりします。

 オマケとして後書きに付けようと思ったのですが、次話を投稿する際に設定集を上げる事にしたので、そちらに掲載します。

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