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2話 前に進む

 第二話。


 まさか二話目を投稿できるとは、と作者が驚いています。

 冒頭、チュートリアル戦闘があります。ご注意を。


 《》はアイテム名と魔術・奇跡の名前が入ります。

 物理現象に介入する神秘の目印です。


 それではどうぞ


 暗い。寒い。痛い。

 そう思いながら、必死になって列車の上を這うボロを纏った少女。

 突然、その少女の真下に漆黒の穴が開く。

 落ちる──────。


「───。──────」


 少女を受け止める男性。

 男性が少女を抱きしめ、頭を優しく撫でる。

 少女はされるがままになっている。

 心細かったのだ。

 限界だったのだ。

 温かく、優しく。心から安心できたのだ。

 静かに涙を流す少女を男性は優しく抱きしめ続けていた。



 ノイズが雑ざるソレは、私が《予知》した最後の光景。

 それが未来の自分の姿だとは《予知》した時は信じられなかった。


 少女を受け止めた男性は20代後半くらいの黒髪の青年だった。

 肌の色が薄く、顔や手は繊細そうな造形。何となく病弱な雰囲気を感じる。

 彼には会った事がある───ノイズ───彼は初対面である。

 初対面──────彼と出会ったことは無い。一度も無い。

 会ったことが無いのに、何となくだが彼なら安心できる気がした。

 それどころか、心から安心して身を委ねる幼子を見て、ほんの少しだが羨ましいと思った。


 ──────雑音。

 ノイズ雑音雑音ノイ──────。



  †



 大気の組成などの確認出来うる物質の組成どころか、人間を始めとする多くの生命体。ある程度の倫理や価値観。ついでに単位まで一部共通する異世界。

 大きく異なるのは、文明。魔術が存在するため、科学文明のレベルが歪なように思える。

 こんな風に考えるのは、二つの世界を知っているからだ。

 前に住んでいた世界を基準として見ているからこのような感想を抱くのであって、逆の立場なら反対の感想を抱く事だろう。



 そんな異世界に存在する大陸内部。

 大陸の一部を南東から北西に向けて走る長距離移動列車。


 日の出より一時間ほど。

 長距離移動用列車、最後尾の特等車にて──────。



  †


 目が覚める。


 腹の上で寝ている銀の毛並みの猫を思わせる少女──────ステラの髪の感覚を指先で楽しんだ後、起こさないようにベッドから抜け出す。

 出会ってから半日と経っていないにも関わらず、随分と絆されてしまった。

 頬を撫でながら、そんな事を思う。


 随分と柔らかいな。

 折角なので頬をツンツンする。

 たまらない。フニフニしよう。ふにふに……。

 よし、満足。


 さて──────。


(──────列車の移動方向から11時の方向に空中を高速移動している質量体多数。接触は3時間後)


 ステラが起きる前に、少し『運動』をしよう。


  †


 ゴウゴウと風が鳴る。

 毎度のことだが、ワイバーンに乗り空を駆けるのは独特の快感がある。


 昨日正午過ぎに治療院から逃走し、『迷宮都市』行きの長距離移動用列車に潜伏していたR136a1に取り付けられた首輪が破壊されてから6時間。

 奴隷契約の首輪を破壊することは違法行為である。

 そもそも破壊することは極めて困難であり、破壊に成功したとしても魂魄に深い損傷を与える。


 今回の事案は列車の一つや二つを破壊してでも揉み消さねばならない事態である。

 それをなしうるだけの権力と権限を”組織”は保有している。


 目的はR136a1の確保。ないし殺害。

 万が一の場合の切り札として管理されていたが、逃走するとは思わなかった。

 精神に悪影響を及ぼすような『症例』の患者にのみ治療を担当させ、限界以上の神秘の行使を行わせることで強い負荷を与える。

 心を潰すことで管理を楽にし、死にさえしなければ使いつぶしてもいい。

 便利なコマであったが、今後の手間を考えるのならばR136a1の加護の事を考え、殺害するのも止む無し、というのが上の判断であり、与えられた指令である。


 戦力は強化体ワイバーンの一隊20体。

 リーダー格の一体を支配し、ソレに騎乗している。

 中規模の街に大きな被害を与えることが出来る戦力だ。列車一つを破壊しつくすなぞ造作もない。


 なお、ワイバーンは作戦終了後に処分を行う。

 不幸にもワイバーンの群れに襲われてしまった、というシナリオである。

 ワイバーン本来の習性を考えると疑問が生じるが、問題を押し付ける相手はいる。

 生かすにしろ殺すにしろR136a1には逃走した事を後悔してもらおう。故郷や家族が滅びるのは丁度いい罰だろう──────と。


 全く、後味の悪い任務だ。


「グッモーニン。良い朝だな」


 ──────そんな事を考えていたら、自分以外の声という聞こえるはずのないモノを聞いた。




「──────誰だ」

「誰でも良いじゃない。一人でする旅は寂しいだろ、話し相手になってあげるよ」

「ふざけた事を。状況分かってるのかオマエ?」

「やれやれ無粋だねぇ……。人生一期一会。しかも、最期に話す相手なんだから、会話を楽しまないと」


 上空。

 ワイバーンの群れの中で暢気に会話をする。


 ワイバーンは下位の竜種──────要するに害獣である。

 空を飛び、人を襲い、街を荒らす。

 生殖によって数を増やす他、力を持った竜が眷属として生み出すことが確認されている。

 単独で自然発生しない為、魔物とはされていないが、単純な強さで大半の飛行型の魔物を上回る。

 冒険者の強さの目安の一つとして、一人でワイバーン一体を倒すことが出来れば一人前、という評価がされることも有る。──────相性があるため、何とも言えないが。


「──────任務遂行の邪魔となると判断された場合、妨害となる対象の排除が認められている。

 例え、その対象が──────」

「それが貴族でもってか……。

 研究目的以外でのワイバーンの利用および飼育は禁じられている。

 違反が確認でき次第、無許可での実力による対処が認められている。

 これは帝国憲法および関係法律に明文されている。この事実に関して齟齬はないな」


 当然の平行線。

 破局は約束されている。




 ワイバーンに騎乗しているコチラと違い、目の前の男は飛行している。

 極めて強力な神秘を帯びた漆黒の外套を羽織っている。特徴的な外套以外のアイテムを持たない陰気な男だ。


 ワイバーンの風属性魔法の無効化が必要な以上、ワイバーンに騎乗するエージェントは総じて風属性が高い。

 自分も風属性の実力は高い。だが、アイテムなどの補助なしの単独での飛行は出来ない。


 飛行を可能とする神秘は風属性が多い。

 超高度から落下や気圧差への対処が必要だからだ。

 目の前の男が風系統の加護を得ている可能性も否定できない。


 だが──────


「──────最後に言い残すことは無いか?」


 それはワイバーンへの合図。

 攻撃の指令。


 ワイバーン三体の突進。

 風属性の神秘、《風刃》による飽和攻撃


「言い残すことねぇ……」


 攻撃の中から気の抜けた声。

 周囲に展開された黒の薄膜。

 攻撃が薄膜にぶつかった瞬間に、波紋が生じ衝撃を受け止める。


「…………闇属性か」


 邪悪や堕落を連想させる闇属性を多用する者は少ない。

 魔物の多くが闇属性の神秘を帯びている事もあり、下手をすれば人間扱いされないことも有る。

 制御が難しいことも有り、ここまで自然に展開することが出来るまでの鍛え上げるには多くの困難があったはずだ。


 戦闘に移行した事を後悔する。

 最悪の場合、ワイバーンの被害により任務の遂行が不可能になる。

 だが、いまさら考えても仕方ない事だ。

 先ずは目撃者を始末しなくてはならない。


「『()()()()()()()()()()()()』」


 異様な怖気。

 足場の消失。

 突然の落下。


 視界が裏返り、全てが覚束無くなる。


 そして、寒い。

 寒い寒い。寒い。

 あぁ、寒くてたまらない。


 空気を集める。

 温度を上げる。


 それでも苦しい。まともに息が出来ない。

 それでも寒い。骨の髄まで凍えるようだ。

 手が、指が動かない。視界が狭まる。音が遠くなる。肌の感覚が消えていく。


 知らない。なんだ、この感覚は──────。


「全てを失う君に言い残す事は──────言って、残すことは……そうだな、戦う相手を選べってことかな」


 一対の漆黒と目が合う。

 それは白い肌と黒い髪。


 逆さまになった視界。

 頭が下な自分と足が下の男。

 逆光で黒く映る男の外套がはためく。

 視界の端で、ワイバーンが闇に包まれて消失する。


 そうか、これは避けようが無いモノ。

 濁流に人は勝てない。対策をしようとも限界がある。

 暗雲に人は勝てない。立ち向かっても滑稽なだけだ。

 そして、この漆黒は──────


「恐れる必要はない。

 死と生は表裏一体。生を受ける前に居た場所、元いた場所に帰るだけなのだ。

 名前、記憶。栄光と罪科。全てを失うのは新たな存在に成るための通過儀礼。

 全てが不平等な世界で二つしかない平等。

 其は始まりたる生の喜び。そして、当然に訪れる終焉、死の悲しみ。

 万物は流転し、留まることは無い。さぁ、恐れることなく、全てを──────運命を受け入れたまえ」


 手が伸ばされる。

 ソレが顔を覆ったら、私は全てを喪うのだろう。


 その前に、私は一体、誰なのだろうか──────?




 全てを失った男を《収納》内に収納する。

 通常の闇属性のみの《収納》は時間経過の概念が残るため経年劣化が発生するが、闇属性に長じた者が行使・展開する闇属性の《収納》は時間が存在しない亜空間を作り出す為、内部は時間経過が起こらない。

 例え、外部時間で何年絶食していても、内部空間での時間経過がないのなら問題あるまい。


 ワイバーンは即死させ収納。

 記憶と名前を剥奪された男は、適当な駅で「何らかの事件に巻き込まれて記憶を失った」患者として病院に運ぼう。


 その前に──────


「やれやれ、宮仕えしなくて正解だねぇ……」


 その前に──────身分を証明する物を没収して。


 男が所有していた身分証──────に隠された発信機、もしくは通信機を握りつぶす。


 どうせ探知されている。

 大切なのは今後の対応だ。

 さて、眠り姫の様子を見に行こう。


  †


 自身に掛かる重力を調整し、任意方向に『落ちる』ことで空中を移動する。

 時たま、空中に足場を作り、調整と方向転換、更なる加速を行う。


 自分の影と列車の影が重なる位置に移動し、影を伝って《転移》。

 そして《転移》した部屋には、すすり泣く孤独な少女が居た。


 名前を剥奪された少女。

 この少女に何があったのだろうか?


 悲しいかな。

 どれほど経験を積もうと、超人的な行為で涙を止めることは出来ない。

 出来るのは、ただ寄り添う事のみ。

 人間を救えるのは、当たり前の人間だけである。


  †


 朝食をとるため列車最後尾の特等車から食堂車へ。

 カタンカタン、と微かな振動が足に伝わってくる。


 今日の天気を話したり、列車が好きらしいテラから魔導列車の仕組みについての話を聞いたり「何か食べたいものはあるかい?」「いえ、何でも構いません」「まぁ、運賃に入ってるから何食べてもいいよ」なんて話しながら歩く。



 聞こえて来る喧噪。

 食堂車に続く扉を開く。


 頭が真っ白になる。

 テラの後ろに隠れる。

 多数の人の目。

 当たり前のソレが恐ろしい。


「ステラ?大丈夫かい」


 壁代わりにしたした長身からの声。

 俯いて、声の主に目を合わせることなく。


「手を」一息「手を繋いでも良いですか?」


「良いよ」と自然に返された。


 手を繋ぐ。

 大きくて堅い手。

 それは少し冷たくて繊細だった。


 見上げる。

 白い肌と黒い髪。光を返す黒い目と視線が合う。

 彼は一瞬戸惑ったような顔をした後、優しく───というより、恐る恐るといった感じで頭を撫でる。。


 自然と頬が緩む。

 手を繋ぐ。頭を撫でられる。

 ただそれだけの行為なのに、こんなに嬉しいと思う日が来るとは思わなかった。


 安心感と喜びで自然と大きくなる心。

 心が躍るままにスキップをし、ダンスを踊るようにステップ。

 体を捻ってジャンプ。一回転半と少し。

 僅かによろめいた私の腰に優しく手を当て、バランスを崩した私の転倒を防いでくれる。


「今日は随分とゴキゲンだな、ステラ」


 少し上の目線から、苦笑いをするテラ『おじさん』。


「えへへ」飛びつくように抱きつく「めいいっぱい甘えたいの」


「そうか、そうゆう気分の日もあるよな」


 抱きつく私の頭を優しく撫でる。

 これだけの事なのに、心は喜びで溢れる。

 ああ、この世界はこんなにも喜びが溢れていたのだ。



 傍から私は、私たちはどんな風に見えるのだろうか?

 甘える子どもだろうか?

 はしゃぐ子どもの手を引く保護者だろうか?

 甘えたい相手に素直に甘えることが出来るのは子どもの特権だろう。

 そして、その特権の貴重さを知っている子どもは、一度特権を失った私しかいないだろう。



 先ほどまで、子どもらしい動作を強制する精神は恐怖そのものであった。


 私から名前と■■を剥奪した呪い。

 奪われたモノを取り戻す方法は分からない。

 分からないが、極めて困難な事は分かる。時間が掛かる事も分かる。


 だから受け入れる。

 諦める訳ではない。

 奪われたモノは全て取り返す。

 そして、奪われたモノ以外も手に入れる。

 呪われた事を嘆いているだけでは、私を呪った相手の掌の上。

 前向きに立ち向かい、呪ってくれてありがとう、と正面から言い切ってやろう。



「おじさんはステラが自然に振る舞ってくれるようになって嬉しいよ」


 少し間延びした、のんびりとした口調。

 穏やかな振舞いからは想像できないような熟達した魔術の腕前で、軽度かつ広範囲に調整した闇属性の神秘《認識阻害》を展開する。



 そして、私が抱きついている男性、テラ。

 彼は私に掛けられた呪いを軽減し、身分を保証した。


 『迷宮都市』で生まれ、英雄として知られる冒険者テラ。

 白い肌と黒い髪をした、長身の青年。

 曰く、困っている人を見捨てられないお人好し。

 闇属性を多用しながらも穏やかな日常を愛し、それを奪うモノと敵対する者。

 柵を厭い気の向くままに世界を歩き、立場に関わらず当たり前のように人を救う。


 当たり前の言葉で私を救ったように。


 異世界からの転生者。

 私が知りえない事を数知っているであろう人物。

 世界中を旅している彼に、私は同行したいと思った。

 まぁ、今の体で一人放り出されたら生きていけない、という事もあるが。


  †


 向かいに置かれた皿が、匙の最後の一掬いで空になる。


「ほっぺたにケッチャプついてるぞ、ステラ」


 正面に座るステラの頬を付近で拭う。

 オムライスを美味しそうに頬張っていた彼女は「あ、ありがとう」少し恥ずかしそうに。


「どういたしまして」


 思わず笑みが零れる。

 つい先ほどまで、すすり泣いていたとは思えない自然な表情。

 思いつめて、大人にならなくてはならない、という強迫観念に怯えていた時とは大違いだ。

 原因は分からないが、吹っ切れたのなら良かった。


「さて、デザートに何かどうだい?それともお腹いっぱいかな」


  †


 人が少なくなるのを待ち、朝食の余りを譲ってもらう。

 あらかじめメニューが決まっており、余ってしまえば廃棄するしかないからだ。

 こちらは運賃に入ってはいないが格安で譲ってもらえた。それらを片端から《収納》に詰め込む。



 15両編成の長距離列車に2両ある食堂車。その内の後ろ側、11両目の食堂車から、12・13両目の二等車と14両目の一等車を通り、最後尾15両目の特等車に帰る。



 列車を丸一つ占領しているのは謎の高揚感が有る。

 高揚に任せてベットにダイブ。そしてゴロリ。


「あーあ、満腹だ。調子に乗って食べ過ぎてしまったなぁ」


 何と無しに手を伸ばす。

 豪奢な天井が眩しすぎる。突き抜けるような空の方が好ましい。

 今感じている高揚感の源は他の客への優越感というより、秘密基地を作った子どものようなワクワクかも知れない。


「わ、私も──────」


 入口付近で奇行を見守っていたらしいステラと目が合う。


「ステラ?」

「いえ、その──────」


 目を逸らされる。ステラは少し恥ずかしそうに少し頬を赤らめている。


「私も、少し食べ過ぎてしまいました」


 そう言って、ステラはベッドにチョコンと座る。

 後ろ向き。華奢な体をほんの少しベットに沈めている。


 何となく、遠慮しているように見えたので「よいしょっと」体を伸ばして「ふわぁ!?」お腹の辺りを引っ張る。

 流れる銀の長髪「うわぁ!?」「ぐふぅ」小さな頭が腹に着地。軽くはあったが勢いがあった。


「だっ、大丈夫ですか」


 明らかに自業自得「大丈夫大丈夫」と頭を撫でて誤魔化す。



「頭を撫でておけば誤魔化せると思っていませんか?」「……バレた?」「バレバレです」「えーっと、ごめんね」「謝らなくても良いです。誤魔化されているので」「そっかぁ」「手を、繋いでくれませんか」「良いよ」「…………ふふ」



「さて、今後の事を話そうか」


 穏やかな静寂を断ち切る。…………反応がない。


「ステラー?」

「………すぅ…………すぅー……」


 食べ過ぎてしまった事や列車特有の振動。後は……腹かな?

 一瞬、起こそうかと思ったが、心地よさそうに眠るステラを見ると起こす気が失せてしまった。

 まぁ仕方ないか。自分も眠ってしまおう。



  †



「──────ふぇ」


 目が覚める。

 繋いだ手。頭に乗っている大きな手。

 お腹に突っ伏している自分に気づき、眠る前に自分が何をしていたかを思い出す。


「おや、起きたかい?お昼ご飯はまだだよ」

「ご、ごめんなさい。うっかり眠ってしまいました」

「いや、自分も寝てたから大丈夫」


 お腹の上から頭をどかし、伸びをする。

 同じように伸びをし、体を解しているテラと目が合う。

 その様子が何となくおかしいくて、笑いあう。


「さて、今後の話をしようか」


 笑いが収まった後、テラはそんな風に切りだした。


「今後の話、ですか」

「そう。今後の話」


 嫌な予感がする。

 何を言われるのだろうか。口調は軽めだが、雰囲気が重く硬い。



「次の駅で降りないかい?」


 ──────息が詰まる。



「そう、ですか」

「そうするつもり。今後の事を考えると、次で降りた方が良い」


 それは、それは……。

 考えが纏まらない。目の前が歪む。


「今まで──────」


 深呼吸。


「いままで、ありがとうございました」

「うん?まぁ、どういたしまして」


 あっさりとした一言。

 まぁ、当然と言えば当然だろう。

 私を側においても、厄介事しかやってこない。

 そもそも利点がないじゃないか。小娘一人、彼の旅には邪魔な存在でしかないのだ。



「それじゃあ、これからもよろしくね」

「え……」



「可能な限り早く、身分証明をしておきたいからね──────って、どうした?そんな顔して」


 目頭を拭われる。

 今になって、目頭が熱い事。呼吸がつっかえている事に気付いた。


「わたし、わたしは──────」


 あふれ出した。



 私は貴方の側にいても良いのですか?


  †


 大粒の涙を流しながら訴えかけるステラ。

 どうやら、次の駅で置いて行かれると思われたようだ。

 自分に出来るのは抱きしめ、宥めることだけだった。


「落ち着いたかな」

「はい。ご迷惑をおかけしました」


 涙声。

 ああ、悪い事をしてしまった。


「おじさんは、助けた人を簡単に見捨てたりはしないよ。

 少なくとも、信頼できる人に託す」


 いや違う。こういう事ではない。


「おじさん──────いや、俺は」


 言葉を区切る。選ぶ。伝える。


「俺は、キミが側にいてくれると嬉しいよ。ステラ」


「なぜ──────」


 震える声。

 不安に押しつぶされそうなか細い悲痛。



「なぜ、ですか?

 私を傍に置いたら貴方に迷惑が掛かります。

 貴方が首輪を破壊したとは言え、私には多くの枷が掛けられています。

 私が呪いを掛けられた経緯すら話せません。

 この様な制限が掛けられている時点で、厄介事だという事は理解できているはずです。

 貴方は柵を嫌うのでしょう。それならば、私が側にいても邪魔でしかないではないですか。

 だったら、私を置いていくのは当たり前です。一度救っていただいただけで十分です。

 だからどうか。どうか、私を捨ててください」



「えいっ」

「いっ──────」


 中指でおでこを突っつく。


「全く、子供に『自分を捨ててくれ』と懇願されて『はいそうですか』と捨てる奴が何処に居る」

「え──────だ、だって」

「『だって』も『でも』もない。不安にさせたのは悪かったが、私を捨ててくれは言い過ぎ。卑屈になり過ぎだ」

「──────はい」

「後は、そうだな──────君自身はどうしたいんだい?」

「私、私は──────」

「迷惑が掛かるとかはどうでも良い。ステラ、君はどうしたいんだい?」


「私は──────私は呪いを解きたい。呪いを解いて、元に戻りたいです。

 家族の下に帰りたいです。二度と会えないなんて絶対に嫌です。

 だから──────」


「だから、どうしたい?」



「だから、私を」大きく息を吸って「私を連れて行ってください」



 大きく息を吸ったとは思えない、震えた声。


「俺じゃないとダメなのかい?」


 意地の悪い事を言っている自覚はある。

 だが、これを聞かなくてはならない。


 先ほどの『私を見捨てて欲しい』と告げた時の膿を出さなくてはならない。

 そうでないと、ステラの心に残り続け、内側から腐らせるだろう。


「だめ……ダメ、です」

「なぜ?」



「ダメなんです──────貴方じゃないとダメなんです!」



「私を助けてください。

 貴方が知っている事を教えてください。

 私に色々な物を見せてください。

 私は──────私はどうしても貴方が良いんです」


 大きく咳き込むステラ。

 正直驚いた。ここまで吐き出してくれるとは思わなかったのだ。


「ステラ──────」「だから!」


 遮られる。



「だからお願いです!私を──────私を連れて行ってください!私を見捨てないでください!

 お願いです。貴方じゃないと嫌です。嫌なんです。私は、貴方に救って欲しいんです」



 最後の方はほとんど声が出ていなかった。

 でも、目だけは逸らさなかった。

 これは──────


「分かった。キミを連れて行こう。

 そして、冒険者としてキミの依頼を受けよう。

 完敗だ。

 おめでとう、君は冒険者テラを──────英雄プルートーンを打ち負かした。

 元々助けるつもりだったが、ここまで言われては断れない。

 少なくても、呪いを完全に解き、ステラにとって安心できる人に届けることを約束しよう」


「ほんとう、ですか?」

「ああ、我が真名に誓おう。

 決して、君を見捨てることは無い。俺の旅についてきてくれ」

「ありがとう、ございます」


 感情をあふれ出すステラを再び抱き留める。

 だが、先ほどよりは喜ばしくも誇らしく感じる。

 ステラは今、大きな一歩を踏み出す助けが出来た。それは大きな財産になるだろう。

 その瞬間に同席出来た事。その事が嬉しく、誇らしい。

 正直、とても奇妙な感覚だった。だが、悪いものではない。



 久しぶりの二人旅。

 これは今までよりも長くなりそうだ、と思った。


用語解説

 神秘の属性について

  人間が扱える魔術、奇跡、アイテムの効果およびその他非自然現象の総称である神秘は8つの属性に大別される。

  基本6属性とされる『熱(赤)、炎(橙)、風(黄)、土(緑)、水(青)、氷(紫)』と万物の根源たる二元属性の『光(白)、闇(黒)』である。

  各属性には対応する色があり、上記の()内がソレである。

  魔術を発動する際は魔力が属性に応じた色に輝く。

  個人の魔力は基本的に無色であるが、特定の属性に系統している場合、属性に応じて色が変化する。


  基本6属性は6色を頂点とする正六角形をイメージすると理解しやすい。

  赤を上、緑が下。橙と黄を左にし、青と紫が右である。

  上側が力素(エネルギー)、下側が質量に対応している。また左側が加熱・運動の激化、右側が冷却・運動の鈍化に対応する。


  また、二元属性の光と闇は基本6属性とは異なり、光が『時間と力素(エネルギー)』を闇が『空間と質量』を司っており、世界の根本に深く干渉することができる。

  二元属性と基本6属性の関係は──────

   上方を白、下方を黒にした球体を用意。黒白の軸に対して、若干傾くように正六角形をはめ込む。

   熱属性が最も光(力素(エネルギー)そのもの)に近く、世界を変化(≒時間)させる。

   土属性が最も闇(質量そのもの)に近く、世界の土台(≒空間)となる。


 という訳で第二話でした。


 冒頭、チ(ュ)ートリアル戦闘うんぬん。

 おかしい、ュが息してない……。


 評価ありがとうございました。とても嬉しいです。


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 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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