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麗しの守護騎士様は人斬り女を嫁にする  作者: 楠瑞稀
一章 花と酒、君も浮かれる春の季節に
7/23

7 人斬り女の述懐




 シズルの希望を聞いたところ、「安くて」「旨くて」「量の多い」店がいいと言われた。

 クロードの知る限り、それに合致する店は一つしかない。

 と言うことで、クロードは騎士団御用達の大衆食堂『満月亭』へとシズルを誘った。


「あら、クロードさん。いらっしゃい」

「こんにちは、マリーナさん。エールを一つと果実水。それと今日のおすすめを四、五皿頼むよ」


 店に入ると、すでに早番の同僚たちは定時を迎えていたようで、それなりの席が見覚えのある顔で埋まっている。クロードとシズルは、笑顔が可愛らしい小柄な新入り女給の案内で、空いている席に着いた。

 シズルのことは、騎士団の中でもかなり噂になっている。抑え切れない好奇心が視線となって、遠慮がちにあちこちから向けられていた。もっとも、隊服のままのクロードが任務中であることは分かるのだろう。変なちょっかいを出されることがないのは有り難かった。


 やがて酒と料理が運ばれてくる。

 香草の苦味と麦の香ばしさが酒精と共に喉を通り過ぎるのを楽しめる麦酒エールと、羊肉の旨味か溶け込んだスープと共に炒められた焼き飯。弾けるようなパリッとした衣の感触と口に含んだ途端にじゅわっと広がる熱い肉汁が嬉しい川魚の衣揚げ。その他にも、酒も会話も進むような、素朴ながらも絶品の料理ばかりである。

 ご相伴に預かり、クロードもそれらの料理に舌鼓を打つ。


「そう言えば、どうしてシズルさんはこの国(ヴィルピニア)に来られたんですか?」


 エールの大杯をさっそく半分ほど飲み干しているシズルに、クロードは気になっていた質問を投げ掛けた。


「別にたいした理由はない。めぼしい賞金首を追っていたら、たまたまこの国に流れ着いただけだ」


 シズルは口元に器を寄せたまま、視線だけをクロードに投げ掛けて答える。


「賞金首、ですか……?」

「戦争はなくなった。だが、私の身は消えてなくなりはしない。なら、食い扶持が必要だろう」


 シズルは淡々と答え、次々と皿に盛られた料理に手を伸ばしていく。

 昼間の菓子とは口に入る速度が違う為、やはり甘味は得意ではなかったようだ。それに気づいたクロードは、自分が好きなものなら相手も気に入るだろうと思っていた己の傲慢さをひっそりと反省をした。


「ですが、あなたはあちこちでその腕を求められるほど凄腕の傭兵ですよね。うちのように、戦時下ででなくても召し抱えたいという国はあったのではないですか?」

「……」


 目の前の相手はともかく自分は任務中ということで、スッキリとした酸味を感じさせる果実水で唇を湿らせていたクロードは、首を傾げる。

 シズルはしばらく口を噤んでいたが、ぼそりと言う。


「……言ったら、引くぞ?」

「引くかもしれませんが、今の段階では何とも言えません」


 常識的な回答をしながらも、本人がそう言うくらいだから、どん引きする内容なんだろうなぁとクロードは思う。


「人を斬るのが好きなんだ」


 ごふっと咳き込んだ音が聞こえたのは、周囲のどこかの席からだ。


「そもそも、人を斬る以外に楽しいと思えることがない。命のやり取りをする緊張感、相手の肉を斬る感触、骨を断つ手応え。戦場においては敵に切られる痛みすら、愉快だと感じる」


 そう答えながらも、シズルの顔はどこか不貞腐れたようなつまらなそうな顔で、皿に移した肉片を突っついている。


「だが、戦が終われば人を斬る機会なんて、待っていてもそうないだろう。誰彼構わず斬り殺したんじゃ、犯罪者だ。じゃあ、自分で探しに行こうと思ったら、賞金稼ぎが一番都合が良かった」


 あ、誰彼構わず斬り殺さないだけの分別はあったのか。


 周りで耳を澄ます騎士たちが抱いた感想は、見事に一点に集約されていた。

 血に飢えた狂犬かと思えば、一応鎖は付いているらしい。もっとも飼い主がいない猛犬の、理性という細い鎖がいつ引き千切られるかは、結局当人に委ねられているわけだが。


「なるほど。確かにあなたらしいですね」


 クロードもまた、苦笑いを浮かべて頷く。


「なんだ、引かないのか。これを言うと、大抵の相手は真っ青になって距離を置くんだがな」

「いや、何かもう、あなたらしいなぁと言う感想しかなくて」


 《人斬り女》が人を斬るのが好きだというのは、料理人が料理を好むのと、庭師が植物を愛するのとそう変わらない。

 そう思えてしまうのは、この短時間でだいぶ彼女に毒されてしまったせいかも知れないが。


「でも、それでしたら、他に楽しいと思えることを見つけたらいいんじゃないですかね」

「部外者が、随分と簡単に言ってくれる」


 小首を傾げたクロードの言葉を、皿の上の肉片をフォークで転がしながら、シズルは鼻で笑い飛ばす。


「お前は私の見てきた何ひとつだって知りはしないだろ」


 もっともその目は物騒な赤黒さで底光りしていた。まさに、血と死の臭いに塗れた半生を過ごしてきたことを告げてくるかのようだ。


「でも、部外者のくせに重々しく言って来られる方が、逆に腹が立ちません?」

「む、それもそうだな」


 その言葉に納得がいったのか。ぱちくりと瞬きをした途端、シズルの目の剣呑さは立ち消える。

 それに何も知らない人間の言葉の方が、変にしがらみのある知人のそれよりも、呑み込みやすいこともあると、クロードは言う。


「せっかくだから探してみてはどうですか。他に楽しいと思えること」

「見つかるようならな」

「きっとありますよ。あ、すみませーん、この人にエールのおかわりを! あと料理追加で!」


 黙々と食事に戻るシズルを余り気にすることなく、クロードは給仕におかわりを頼んだ。

 消えた殺気にほっと息を吐いた周囲の騎士たちが、自分たちの食事を再開する音が思い出したように聞こえ始めた。







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