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麗しの守護騎士様は人斬り女を嫁にする  作者: 楠瑞稀
二章 君は人の血、おれは葡萄の血汐を吸う
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12 交わした約束



 クロードの申し出は、シズルにとって予想外だったようだ。


「……はぁっ?」


 たっぷり一拍以上の間を置いてから、シズルは素っ頓狂な声を出す。


「お前、自分が何を言っているのか分かってるのか?」

「さすがにそれくらい理解してますよ」


 むしろ心配するかのように尋ねられ、クロードは苦笑する。


「以前姉が借りていた部屋を引き継ぐ形で、現在は俺が借りているんですが、一室余っているんです」


 近衛騎士団に所属している姉のブリジッタは、王女付きになったことで去年めでたくも王宮内に部屋を賜り、そちらに居を移した。

 しかしそれまで住んでいた部屋も随分気に入っていたらしく、悩みに悩んだ結果、なぜか同じ王都に暮らす弟を住まわせることに落ち着いたのだ。

 姉の命令で寮を出ることになったクロードだが、炊事洗濯も自身でこなすことに苦がなかったため、さほど不便はなかった。

 ただ、姉と違って持ち物が多くなかったため、せっかくの部屋を一室持て余していたのだ。


「俺の部屋とは別の一室で、鍵もかかります。小さいですが湯船もあります。炊事場と居間は共有ということで、家賃は折半でどうでしょう」


 ちなみに家賃はこれくらい、とクロードが示した額は確かに妥当な額だった。


「お前、私に同情してるのか?」

「別に同情とかじゃないですよ。シズルさんなら、探せば借りる家にも困らないでしょうし。ただ、現状住む家がなくて、他に宛がないならどうだろうと思ったんです」


 もし、シズルが困っているなら手を貸してあげたいと思ったのは、別に昨日今日考えたことではない。

 シズルをこの国に留めた責任、などと大仰なことを言うつもりはないけれど、せっかく縁ができたのだ。現状困っているなら、手を貸せる程度の力にはなりたかった。


「あと、シズルさんが一緒に部屋を借りてくださるなら、経済的な面で俺が助かります」


 姉に言われて借りた家は、クロード一人の給料では若干荷が重かった。

 そう言って、クロードは照れたように笑う。

 しかし、シズルのクロードを見る目は厳しかった。


「私は言ったよな。街中から離れた場所を選んだのは、私がのべつ幕無しに人を斬りたくなった時、周りに誰かいたら困るからって」

「そんな事になったら、俺が止めますよ」

「へえ」


 はっとシズルが吐き捨てるように嗤う。赤黒い目がぎらりと獣じみた光を放った。


「お前が、私を止める? どうやって? そんなへなちょこの腕でよ、カワイコちゃん」

「扉に鍵を掛けて、シズルさんが出られないようにします」


 クロードは迷いなく答える。


「物を投げて止めても良いですし、誰か俺よりも強い人を呼んで来ても良いです。実際に何をするかは、その時になってみないと分かりませんけど」


 それでも、ちゃんと止めますよ。


 そう言って、クロードはへにょりと笑う。


「そんなもんで、私を止められると本当に思ってるのかよ」

「どうでしょう。でも、シズルさんがどうしても人を斬りたくなったら、一番近くにいる俺を狙うでしょう。俺、確かにそこまで腕は良くないですけど、他の強い人がいる所まで逃げるくらいだったらできると思います。それにーー」

「それに、何だよ……」

 

 シズルが唸るように問いを重ねる。クロードは、ふわふわした笑みを崩さずに言った。


「シズルさん、俺と一緒に住んだら、美味しいもの食べられますよ?」


 ぎょっとして、シズルの目が丸くなる。


「そりゃ、俺だって任務で疲れている日もあるでしょうから、毎日必ず美味しい物を用意すると約束することはできませんけど。でも、俺自身どうせ食べるなら美味しい物がいいですし」


 美味しいお店には詳しいし、料理もそれなりに得意だ、とクロードは言う。


「明日も美味しい物が食べられると思えば、俺を斬り殺すのを躊躇う理由にはなるんじゃないですか」


 良いことを思いついたと言わんばかりのクロードの様子に、シズルは反応しなかった。

 ぽかんと呆気にとられたように口を開いていたが、やがてふるふると唇が震え始める。


「どうしました、シズルさーー、」

「ば、馬っ鹿じゃねえの!!? お前、馬鹿だろう。底抜けの馬鹿野郎だ。この馬ぁ鹿っ!!」

「だ、駄目でしたかね……?」


 突如、怒濤の如く罵倒され、さすがにクロードもたじろぐ。

 シズルはぜいぜいと切れた息を整えて、ぼそりと呟いた。


「どうなっても、知らねえからな」

「え? なんですか?」

「……その家、庭か近くに空き地でもあるか?」


 いきなり尋ねられ、クロードは焦りながら答える。


「えっと、小さいけれど中庭がありますよ」

「じゃあ、いいよ」


 今度は、クロードがぽかんとする方だった。


「その部屋に住んでやってもいいと言ったんだ。ほら、てめえが案内しないと場所も分かんねえだろ!」

「はいっ!」


 足取りも荒く、歩き出すシズルをクロードは喜色満面で追い掛ける。

 その後ろ姿を追いながら、ふとクロードはシズルに伝え忘れていたことを思い出した。

 この屋敷を再度調査していた、同期のギュンターが言っていたのだ。


(屋敷の構造上、納屋の地下にいる人間の声が、あの酒蔵にまで聞こえる筈がない、らしいけど……)


 全身で腹立ちを表現しながら歩くシズルを見て、クロードはそれを彼女には黙っておくことに決めた。

 背後の屋敷から、微かな笑い声が聞こえたような気がした。








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