9 昔語りと言うほどでもなく
物心付いた頃シズルはすでに、傭兵たちの野営地に紛れ込んでいたらしい。親はいなかったので、戦争のどさくさではぐれたか、死に別れたかしたのだろう。
「日常の雑務を手伝う替わりに食事を分けてもらってな。向こうからしたら、野良犬に餌でもやるような感覚だったんだろう」
さしたる感慨もないようで、さらりとシズルは言う。
長く続いた戦争であるが、四六時中戦い続けていた訳ではない。
間には休戦や停戦なども、ちょくちょく挟まっていた。
長くは続かないことが分かり切った休戦であるが、そうと決まれば傭兵たちはお役目御免である。
傭兵たちが去ってゆく野営地で、取り残されたシズルを拾ったのは引退間際の熟練傭兵だった。
「雑用をさせられる小間使いが欲しかったんだろう。その爺に拾われて、飯を食わせて貰うかわりに、色々面倒をみさせられたもんだ」
金になる戦場を探して、いくつもの国を渡り歩く生活だった。
やがて雑用に混じり、剣の使い方も教わるようになり、傭兵が完全に引退をすると同時にシズルもまた傭兵として独り立ちをした。
「そんな訳で、どこかに定住した記憶はないな」
長くても一年も同じ所にいた覚えはないと言うシズルに、クロードはほうと感心したように言う。
「つまりその人が、シズルさんのお父さんなんですね」
「誰もそんな話してねえだろうが」
親という言葉にシズルは心底癒そうに顔をしかめる。
「下品でだらしないは、飲む買う打つはで、とんでもねえ爺だぞ」
嫌な記憶でも甦ったのか、苦虫でも噛み潰すような表情をつくる。
「まあ、シズルという名前を私につけたのも、あいつだったけどな……」
それでも、思い出すのは悪いことばかりではないのだろう。遠くを見るような目には、故郷を思う時に似た静けさがあった。
シズルのそんな様子は、実に希有なものである。
それを見られたことがなんだか少し嬉しい。なんとはなしにそう思いながらクロードは、再度挑戦すべく酒瓶に手を伸ばした。だがそこで、ふいにその動きを止める。
急に動作を止めたクロードを、シズルが訝しげな目で見た。
「どうした……?」
「シズルさん、何か声が聞こえませんか?」
今度はシズルの方が完全に動きを止めた。
「なんだか、啜り泣くような声が……シズルさん、シズルさん!!?」
「言ったよなぁ、私は。幽霊なんて、存在しないと……っ!!」
「幽霊は存在しません! 幽霊じゃないですって!」
剣を振りかぶるシズルをなんとか宥めながら、クロードを叫ぶ。
「だから、これ、本物の人間の声じゃないですか?」
ようやく凶行を止めたシズルも、渋々というように耳を澄ます。
「確かに、女の泣き声みたいなのが聞こえるが、なんでここでそんなもんが聞こえるんだよ……」
「落ち着いて下さい、シズルさん。もしかしてこの家、他にも地下室があるんじゃないですか?」
シズルは不機嫌そうに眉を顰める。
「あるかも知れないが、それは女の声がする理由にはならねえだろう」
「それは、確かにそうですが……」
しかしその時、クロードの脳裏にぴんと閃くものがあった。
「女子供の行方不明事件……」
「なんだって?」
クロードはシズルの肩を掴んで、興奮もあらわに叫んだ。
「最近、子供や若い女性が行方不明になっている事件が起きてるんです! 俺の同期がその捜査をしていて––。彼女たちが隠されているのは、ここなのかもしれません!」