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自由奔放な吸血鬼  作者: 望月すすき
第一章 アルレヴァ防衛戦
33/48

01-25(旧) 胸をお借りします

18/01/08 サブタイトルの変更(旧の追加)

 ***** 四日目(4) *****


 ユッカちゃんと話していた間にアルレヴァを揺るがした轟音は、こちら側から仕掛けたものだと聞いたときには胸をなでおろしたけれど、状況は良くないようだ。悪魔(デーモン)の襲来時に門が破られた南は南部の防衛部隊がバリケードを利用しながら応戦しているが押されつつあるようだ。ただし防壁は死守しているらしく、悪魔(デーモン)の接近は防壁上からの攻撃で阻止しているらしい。


 そしてティアの言った通りに討伐部隊の招集が早まり、俺は準備もそこそに出発前に北部隊に残る皆に経緯を話していた。


「……そういう訳で、私も悪魔(デーモン)の討伐部隊に参加することになった。だから……キャロにはここに残って、みんなを助けてほしい」


「……わかりました」


 キャロは唇をかみしめ、目を伏せながら了承してくれたけれど、明らかにその声は震えていた。今までほとんど一緒に行動してきたけれど、今回キャロの希望はどうしても叶えてあげることができない。


「ごめんね、今回はキャロを守ってあげられる余裕がなさそうなんだ。だから、私たちが抜けた分、みんなを手伝ってあげてほしい。もちろん、無理をしない範囲でね」


「……あいさ、です。アヤお姉ちゃんこそ、絶対に勝ってくださいね」


 俺はもちろんと頷くと、キャロを安心させるように頭を撫でる。そのまま目を細めているキャロを横目に体の向きを変える。


「イルミナさん。ハイエムさん。キャロのことをお願いします」


「うん、キャロちゃんのことは任せて。アヤちゃんも気を付けてね。帰ってきたら、思いっきりぎゅーってしてあげる」


「イルミナ、欲望だけがだだもれになってるぞ。……それはそうと、アヤちゃんに渡しておきたいものがあるんだ」


 ハイエムさんはそういうとカバンから青白く輝く少し透けた石を取り出した。手渡された宝石のような石からは魔力の反応を感じられる。これも魔道具の一種なのだろうか。


「これは魔道具ですか?」


「いや、魔術封石と呼ばれる使い捨ての魔道具のようなものだよ。世にも珍しい空間魔術の『空間切断』(シビナ・スライス)が付与されていて、無属性の魔力を通した後に投げつけるだけで使える」


(おお、これは中々役立ちそうなものを。ダンジョンか古代遺跡産かな? 指定した空間そのものを切断する魔術で、悪魔(デーモン)相手でも回復まで時間を稼げるはずだよ)


 魔術封石というのは爆弾の魔術版みたいなものかな。魔力を扱える人しか使えないみたいだけれど。悪魔(デーモン)相手に効果もあるみたいだし、剣にしか頼ることのできない今の状況では頼りになりそうだ。


「……こんな貴重そうなものをいただいてもいいんでしょうか?」


「できるだけ皆には無事に帰って欲しいからね。遠慮なくここぞという時に使ってくれよ?」


「わかりました、ありがとうございます、ハイエムさん」


「むしろこっちがお願いをする立場なんだけどなー。アヤちゃんみたいな子に任せるのは心苦しいけど、俺たちでは実力不足だ。俺たちの分まで、あのクソ野郎をボコボコにしてくれ。頼んだぞ」


 俺はその言葉に頷いた後、同じ隊で一緒に戦った冒険者さん達から「頑張って」「気を付けて」「ここの防衛は俺たちに任せておけ」「アヤちゃんの実力を見せつけちゃえ」等、口々に応援を貰う。共闘した時間は一日にも満たないのだけれど、たくさんの人からの言葉に胸があたたかくなる。ふいに目が潤んできたのをぐっとこらえ、行ってきますとキャロを抱きしめる。

 すると、その様子を見たイルミナさんに抱きしめられ、それに連鎖するように今までにぬいぐるみのような扱いをしてきたお姉さん方から次々と抱きしめられる。何故かキャロまで一緒になって抱かれてるし意味がわかんない事になってる。


 抱きしめの攻勢が終わる頃にはうるっと来ていた感情もどこかへ飛んでしまっていた。精神的にげっそりしながらも、改めて北中央部隊へ残る皆を見回す。俺に悪魔(デーモン)を討伐するという役割があるように、皆にも街を防衛するという役割がある。どちらが欠けても作戦は成功しないのである。

 俺は様々な思いを込めながら皆へとぺこりと頭を下げると、部隊と合流するべくこの場を後にした。




 アルレヴァの町の一角には、悪魔(デーモン)討伐部隊に参加する人たちが続々と結集していた。勝つか、負けて皆殺しにされるか、戦局を左右する最初で最後の機会を目前に控え、場はぴりぴりと肌を焦がすような空気に包まれていた。ちらほらと談笑している人たちも居るけれど、皆共通して真剣な表情を浮かべている。


 北中央部隊の皆と別れてからずっと皆からかけられた言葉が頭の中で残響している。併せて不安そうに俺のことを見つめる瞳や、言葉に乗り切らなかった心配が上乗せされている視線が混じり合わさり、胸が高鳴るような不思議な感覚になってリフレインしつづける。そんな場違いのような感覚をごまかすように、支給されたウエストバッグを撫でる。出血を抑える薬や痛みを和らげる薬等が入っていたその中には、前にユッカちゃんから貰った血の入った小瓶やハイエムさんから託された魔術封石を入れている。魔術封石はティアからもお墨付きをもらえたのもあって、万が一のときに役に立ってくれるだろう。


(緊張するな、なんて言ったところで無駄だけどもう少し肩の力を抜いたほうがいいよ。作戦が始まる前に気疲れしちゃう。ほら、ユッカちゃんを見習って)


 俺の隣で待機するユッカちゃんへと目を向けると、ぼーっとしながら貸してあげた白い杖へ視線を向けていた。

 ユッカちゃんは最初にこの杖を見せた時に目を見開き、ティアがこの杖が伝説級のアーティファクトであること、そして能力について――基本全属性対応、魔力変換良効率、自動修復など――告げるにつれて、表情が強張っていった。そして手渡すや否やずっとこの調子なのである。


(見習う対象がおかしくないかな、これってどう見ても上の空だよ)


(むう、でもでも、緊張するよりはずっとマシだと思うよ? この白杖――ヤーヴェシュトゥルクはリョ…アヤには詳しく話してなかったけど、国宝になってもおかしくない程の力を秘めた杖なんだよ?)


 ティアからそんな話を聞かされるけれど、あまり実感がわかない。本格的に魔術を学ぶようになったら分かるようになるのかな。そういえば、そんな貴重なものなのなら森でレッドボアを相手にするときに、素直にティアに従って鈍器として使わなくて正解だったかも。

 そんな考えを悟られたのか、じとっとした感情を向けてきたティアはユッカちゃんへと話を振る。


(ちなみに、大切なひとからの貰い物でもあるんだから、大切に扱ってね)


(ん、分かってる――)


 ユッカちゃんは杖をぎゅっと握りしめると、その手をほどき優しく胸に抱いた。そして右手に持ち替えると、前方へと突き出した。


「この白杖を以って、私――ユッカ・スノウラインが悪魔(デーモン)を消滅せしめる」


 それは持てる力の限りを尽くすという彼女の決意表明であった。力強さを宿した赤と青色の眼光が、悪魔(デーモン)が居るであろう南方へと向けられた。




 ―――――




 うん、分かってはいたさ。討伐部隊が組まれるということはこの防衛戦に参加している最高戦力が集められるという訳で。参加者のリストにもそのSランク冒険者の名が載っていたし。北部西側の大通りでリビングアーマーを文字通りバターを切るように斬り捨てていた、カイさん以上に規格外な存在。そんな無意識的に脳が理解を拒否するような存在と対面するということを。


「君が噂になっているアヤ・ヒシタニか。私はファルクス・クレシオン、今回の討伐部隊では君と前線で共闘することになっている」


 すらりとした長身に、金属部位がメタリックブルーに輝く軽鎧を身に着けている彼は、ぶっちゃけるとイケメンというやつである。耳を隠す程度の長さの茶色味の入った金色の髪にくっきりとした目鼻立ちをしている。

 その姿になんとなく敗北感を覚えるのは気のせいだろうか。外見以前になんで俺は性別すら変わってるんだよ、ちんまい少女姿なんだよ、ちくせう。


「は…初めまして、アヤ・ヒシタニです。しがないDランクの冒険者ですがよろしくお願いします」


「ははは、そんなに謙遜することはない、君の活躍は耳に入っている。なんでも北部中央で百単位のトロルを屠る大活躍だったらしいね。名簿を見て話を聞いたときには驚いたよ」


 ファルクスさんの言葉と共に釣り目になった翠色の瞳が細められる。見事なまでのイケメンスマイルを見せつけられつつも、あの余計な注意書きが付け加えられた参加者名簿を思い出して思わず遠い目をしてしまう。まさか本当にSランク冒険者並み――つまり、目の前の非常識な力を持つイケメン並の実力って認識されてるのか。

 否定しようとしても謙遜と受け取られるし、どうしたものかと考えていると雄雄しく野太い声がかけられた。


「おお、話に聞いていなかったら本当に見た目はただのお嬢ちゃんだよな」


 声をかけてきた男性の方へ顔を向けると、これまた鎧に身を包んだ筋骨隆々とした男が立っていた。黒髪に茶色の目をした渋い顔をしており、武器屋防具屋のおっちゃんぐらいの年齢だろう。……というよりも、思いっ切り見覚えがある。デジャヴを感じつつもどういう偶然なんだよと頭の中でごちる。


「ああ、まさかここまで目麗しいお嬢さんとは思わなかった。将来はさぞ美しく成長するのだろうな」


 違いない、と二人して笑うイケメンとおっちゃんに何とも言えない気分になりながら口を開く。


「……あのお芋会の時の方、ですよね?」


「ああ、あの時は何だか面白そうだから同席したが、まさかこんな縁があるとはな。俺はAランク冒険者のフォルツだ」


「改めてDランクのアヤ・ヒシタニです。よろしくお願いします」


「彼女と顔を合わせたことがあったのか?」


 俺達の会話に疑問を浮かべたファルクスさんに、フォルツさんはあの謎の芋会のことを話す。その内容にファルクスさんは納得の表情を浮かべた。


「何とも奇特な縁だな。アヤ嬢は新人冒険者と聞いたが、既に私以外のメンバーと面識があったのだな」


「何となく気になって選んだだけの朝食だったのに、不思議なものです」


 周囲の討伐部隊の冒険者のメインメンバーを見回す。カイさん、ユッカちゃん、フォルツさん、ファルクスさん。半分以上が芋会の人である。まさかあの朝食の芋を選ぶのが運命の転換点(ターニングポイント)ってやつだったの!? 関連性が無さすぎて意味が分からないよ。


「アヤさんが使う武器はその剣、で合ってるかい?」


「はい、技術はまだまだですが速さには自信があるので、板金鎧相手でなければいけます」


 そう言いながら剣帯に下げた魔鋼の剣を持ち上げる。片刃は鎧を叩き潰す際に潰してしまったとはいえ、もはや完全に相棒となったお気に入りの剣である。


「アヤさんのあの剣、魔鋼製」


「おいおい……マジかよ、このお嬢ちゃんが、この大きさの魔鋼の剣をだと?」


「ああ、森で助けられた時にはそれを軽々と振るい、電光石火の動きでトロル共を屠っていた」


「魔鋼の剣を得物にしている上に速度重視の戦いをする、か。アヤ嬢は強力な能力か加護を持っているようだな」


 ユッカちゃんとカイさんの言葉にファルクスさんとフォルツさんが目を見開く。今までの人たちの反応から魔鋼の剣を軽々と扱うのは非常識だとは分かっていたけれど、高ランクの冒険者にここまで驚かれるとやってしまった感が再度広がって凹む。


「なあなあ、嬢ちゃん、ちょっと模擬戦しようぜ」


 魔鋼の剣を得物にしている事に興味を持ったのか、フォルツさんが目を輝かせながらすごく気安い口調で模擬戦に誘ってくる。うん、まあ俺ととしても実際の自分の実力がどんなものなのか気になるんだけどさ、何でナンパするような口調なんだよ。他の皆もフォルツさんに白い眼を向けているのだけれど本人は全く気付いていない。

 そしてユッカちゃんがフォルツさんの頭を軽快な音を立てて叩いた。


「いてっ!」


「時と場合を考えて」


「三合……いや、一合だけでもいい! ……おいユッカ、何だその指先の見るからに危ない魔力の塊は」


魔力弾(マギ・バレット)


「分かった、模擬戦は止めるからその物騒なものを止めろ!」


「模擬戦、『は』?」


「ちっ、些細な言葉を気にしやがって」


「じゃれるのはいい加減にしておけ、二人とも」


 気の置けない様子で物騒な応酬を交わすふたりを諫める聞き覚えのある声音に視線を向けると、そこには冒険者組合支部長のオーギュストさんが立っていた。実は彼も討伐部隊参加者の一人であり、話を聞いた時には驚いたものだ。

 アルレヴァにおける冒険者のトップの言葉に、フォルツさんとユッカちゃんは決まり悪そうに応酬を止める。


「だが……実際のところのアヤ殿の実力を把握しておきたいというのは俺も同感だな。連携以前に、そもそも隊列の何処に配置するかという問題がある」


 例の怖い笑みと共にそんなことをのたまうオーギュストさん。どことなくティアと似たような雰囲気を感じて思わず一歩後ずさる。


「流石オーギュストの旦那、話が分かるじゃないか。なら俺が……」


 オーギュストさんの言葉に乗ったフォルツさんが再びやる気を見せるも、オーギュストさん自身に言葉を遮られる。……俺が口を挟む間が無いんだけど。


「いや、俺がやろう。過信というわけじゃないが、この面子の中では一番の適任だと思うぞ?」


「『難攻不落』の面目躍如というところですか」


「難攻不落?」


 ファルクスさんまで話に加わり勝手に模擬戦話が盛り上がっていく中、何のことかとこっそりユッカちゃんに尋ねる。


「オーギュストさんの二つ名。彼は世界的に有名な元SSランク(ダブルS)冒険者だよ」


「……そういえばB、Aランクの冒険者はどのくらいの実力なのかは分かるけれど、Sランク以上ってどういった感じなのでしょう?」


 カイさんとユッカちゃんの戦いっぷりは頭にはっきりと残っているけれど、ファルクスさんは遠目で見た限り規格外っぷりしか分からない。


「一人で 劣竜 (レッサードラゴン)を倒せるのがSランク、若竜を倒せるのがSSランク(ダブル)、成竜を倒せるのが人類を超越したと言われるSSSランク(トリプル)って基準。危険度で言えば60、70、100」


 ユッカちゃんがドラゴンを基準に説明してくれたのはいいけれど、そもそもドラゴンに自体遭遇したことがないからどんなものかが分からない。今までで遭遇した中で一番討伐難度が高いのがリビングアーマーの51だから、あの厄介な魔物よりも強くて、巨体で強力なブレスを吐いてくる翼の生えたトカゲを想像してみる。……一体どう戦えと。


「……とりあえず、Sランク以上ってドラゴンを倒せるかが基準になってるの?」


「ん、ドラゴンスレイヤーは冒険者にとっての名誉だから。それに全身余すことなく優秀な素材になる」


 言葉とは裏腹にユッカちゃんの表情はどこか苦々しい。それにしてもドラゴン……素材……。何だろう、もくもくと嫌な予感が立ってくる。


(ちなみにビスケットに使ったのは悪名高いシャドウドラゴンの成竜の血だよ)


(シャド……え、ビスケット?)


 ユッカちゃんは知らないんだっけ、とカバンからティア特性のビスケットを取り出してこっそりとユッカちゃんへ見せる。


(これこれ、ティア特性のビスケット。ドラゴンの血を練り込んでるらしくて、これで血を補ってた……の)


 言葉の途中で気付いてしまって固まる。ユッカちゃんも俺の言葉で止めを刺されたように固まる。


(……ティア。冒険者の制度に詳しかったってことは冒険者だったんだよね?)


(うん、人族領でも魔族領でもやってたよ。人族領ではAランク止め、魔族領ではSSSランク(トリプル)だったよ)


 何てことないように告げるティアに固まる俺たち二人。暫しふたりの間に沈黙が流れる中、突然肩を叩かれ、びくりと身体が反応する。


「何二人で内緒話してるんだ? 」


「え、ええと、高ランクの冒険者の実力が分からなかったので聞いてました」


 無言で首を振り同意するユッカちゃん。オーギュストさんは訝しげな目を向けながらも、特に追及することなく俺へと視線を向ける。


「それこそ実際に剣を合わせてみれば分かるだろう。その様子なら受けてくれるな?」


「……はい、胸をお借りします」


 作戦前に模擬戦なんてどうかとは思ったけれど、SSランクなんていう実力を持っていたオーギュストさんとなら身体加速(アクセル)込みでも下手に怪我をすることもないと思う。それにずっと我流でやってきた身には学ぶものが多いはずだ。

 そしてやる気満々でニヤリと笑うオーギュストさんの表情はやっぱり怖かった。



 ―――――



 場所を変えようと提案され、集合場所近くに交差する通りに入った所で模擬戦を行うことになった。緊張で少し固くなった俺に対してオーギュストさんはあくまで自然体である。開始前から経験の差をひしひしと感じる。

 オーギュストさんは右手に片手剣、左手に盾というスタイルだ。篝火の光で輝く白銀色の片手剣は俺の得物よりも長く、剣と比べると鈍い白銀色の盾と併せて攻めにくそうだ。

 ちなみに周囲には他の討伐部隊参加者達や騒ぎに気付いた人達が観戦しつつやいのやいのと騒いでいる。見世物じゃないんだぞ、このやろう。


 俺はオーギュストさんを含めて周囲を一瞥すると、魔鋼の剣を抜き両手で構えた。この魔鋼と呼ばれる特殊な金属は紺色をしており、他の金属にない色をしていることから素人でも手に持つまでもなく一目で判別できるという。篝火の光を反射する紺色の剣身に周囲からどよめきが起こり、オーギュストさんの口角がより上がる。


「徐々にペースを上げるように打ち込んで来い」


 どうやらオーギュストさんは受けに回ってくれるようだ。俺はまずは様子見を、とオーギュストさんへと踏み込み、左から剣を薙ぐ。その軌道は打ち上げるかのような一撃によってあっさりと斜め上へと弾かれる。続けて返した刃も角度をつけた盾を合わせられあっさりと弾かれ、想定外の角度となった剣筋に体勢が崩れる。俺は実戦であればここから一撃を入れられて終わりだろうとひやりとしながら、崩れた体勢を整えるために斜め後ろへとステップを踏む。


「一撃は重いが技術不足だな」


「言われずとも分かってますっ!」


 先程よりも強く踏み込み、それに合わせて袈裟に剣を振り下ろす。先ほどより力を込め、体重まで乗せた一撃はまたもやオーギュストさんの剣によって軽くいなされる。あらぬ方向へ逸らされた剣の軌道を力づくで変え、薙ぎ、袈裟斬り、切り上げと連続して剣を振るうも、(ことごと)く逸らされた。

 その後にもう一度連続して剣を振るうも全て対応され、最後に強めに放った袈裟斬りを逸らされるのに合わせて、再度距離を取った。


「やっぱり技術の差は簡単に埋められないか」


「当たり前だ、技術のない剣など魔物の一撃と一緒だ。 それよりも……まだ様子見を続ける気か?」


「いえ、さすがに懲りました。そろそろ『ギア』を上げます」


「ギア?」


 流石に異世界語は通じなかったかと思いつつ、軽く身体加速(アクセル)と念じる。狙うは首……はちょっと恐いので、少しずらした鎖骨の辺り。先ほどの剣撃より遥かに鋭いその一撃は、身体加速(アクセル)と踏み込みを併用した突きである。体感的に今までの倍程度の速さで放たれた不意打ちのような突きは、盾によってあっさりと弾かれた。

 そのまま間合いと速さを維持して先ほどと同様に剣を振るい、時折突きとそれをフェイントにした踏み込みからの切り上げを織り交ぜる。しかしオーギュストさんは涼しい顔をしながら、全ての斬撃を冷静に対処する。

 オーギュストさんに合わされる剣との打点をずらし、力の差が如実に表れる競り合いに持っていこうにも絶妙なタイミングで力の強弱を合わせられ、やむなく体勢が崩れる前に剣を弾き距離を取る。


「むー、突破口が見えない」


「うははは、やるじゃねえか嬢ちゃん、Bランクの上位ぐらいの実力はあるぞ」


「なら、もうひと押し……ですっ!」


 俺は言葉と共に身体加速(アクセル)強めて(・・・)踏み込む。事前の剣の構えから狙いを読まれないように正眼に構えたままオーギュストさんの正面へ飛び込むと、剣を払い側面へと移動する。俺の動きに合わせるようにオーギュストさんが盾を向けるのに驚きつつも、さらにもう一歩踏み込み身体を回り込ませて()の側面へと力を込めた一撃を叩き込む。

 信じられないことに、回り込まれたような位置取りであっても尚オーギュストさんは剣筋へと正確に盾の位置を合わせ、その一撃を逸らした。


「いや、何で今のに合わせられるんですかっ」


「嬢ちゃんこそ、今の一撃は肝が冷えたぜ。これはちいと本気でかからないとな」


 俺の会心の一撃を受けきったオーギュストさんの雰囲気が変わる。向けられる鋭い眼光に肌が粟立ち、感覚でこれが強者の気配なのだと理解できた。どのように斬り込んでも剣を合わせられ、返す一撃によって身体が斬り裂かれるイメージしか浮かばない。頬を伝う汗を感じながら虎の尾を踏んでしまったかと後悔するも後の祭りである。


(……骨は拾ってあげるね)


(どうやって拾う気だっ!)




 その後数分間続いた攻防は、俺のあらぬ限りの考えを凝らした攻撃を全て危なげなくオーギュストさんに受けられるという結果に終わったのだった。

 次話でやっと悪魔討伐へ出発です。

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