01-24(旧) フォンベルクとユッカ・スノウライン
17/05/15 家名間違い修正 モーデスト(暴走中隊長)→アーヌルス(魔術師団団長)
18/01/08 サブタイトルの変更(旧の追加)
***** 四日目(3) *****
戦争中である人族と魔族は、地球でいう民族紛争がより酷くなったものだと認識してる。そしてフォアグリムは地球と比べると民族としての差――見た目、考え方、住んでいる場所、宗教等々の要素――が大きい。何せ皆が皆人間同士ではない、種族からして違うのだ。
見た目の違いは同じ社会の中で孤立する原因になる。例えば俺の妹が小学生の頃に虐めに遭った取っ掛かりはアルビノという見た目だった訳で。綺麗な髪の毛であるだとか、日傘をくるくると回して天真爛漫に笑っている姿だとか、そういう好ましい要因なんて全く関係ないとばかりに、ただ姿が違うというだけで。外に出れば奇異のものを見る視線を向けられ、たとえそれが悪意によるものではなかったとしても、向けられる身からすると悪意とそう変わらない。そしてそんな悪意に晒されてきた俺や当の妹ですら、珍しい外見の人が視界に入るとつい視線を向けてしまい決まり悪くなっていた。たぶん人は無意識的に誰かしらを差別、区別してしまう生き物で、だからこそ社会単位での紛争も起こるのだろう。
そして見た目の差異がはるかに大きいこの世界では、異なる種族同士の確執や紛争は地球のものよりもずっと苛烈になりやすいのではないだろうか。例えば人族と魔族の戦争のような。あくまで想像だけれど、吸血鬼だと知られてしまった直後のトライラントの反応とかを思い出すとそう大きく外れていないと思う。ちなみに時間を空けた後最初は恐る恐るながらも段々と普通に接してくれるようになった彼らはお人よしというより重要なネジが緩んでる気がする。
ともかく、彼らのような特殊なお人よしは世の中にそうそういないと思うのだけれど、あの時にはさらに群を抜いた存在がいた。さすがにお人よしでは行動の説明がつけられず、きっと何か理由があるのだと考えていた。
少し考え込んでしまった。じっとオッドアイの双眸をこちらに向けている女の子の藍色の髪が、まるで返事を急かすように僅かに靡く。
(ええと、よく分かりませんが協力なら喜んで。同じ討伐部隊に参加するのですから、頑張るま…しょう)
とっさに出た当たり障りのない言葉に、ぴきりとユッカちゃんが少し目を見開いて固まった。噛んでしまったのに過剰反応したのではないだろうし、またしても何かやらかしてしまったのかと思ったけれど、さすがに詩みたいな意味の分からない言葉を理解できるわけがないし。うん、不可抗力不可抗力。
(これは想定外。……いや、早とちりしすぎた)
目閉じて考え込むユッカちゃんを前に、仕方ないかーとティアがつぶやく。事前に謎の設定しか聞かされてなかったんだしどうしろと。
いつものようにティアに質問をしてみるも、今回は『設定』を守った上でカンニング無しでやり取りをするべし、と取り付く島もない。仕方なしに、何とも微妙になってしまった空気を追い払うべく口を開く。
(なんというかその、分かんなくてごめんなさい。確認したいのですが、スノウライン家とフォンベルク家は人族と魔族なのに、交友関係があるのですか?)
(ん、知らないのなら仕方がない。両家は古くから人族・魔族双方の共存繁栄を目標に持ちつ持たれつの関係を続けてきた。……私からも確認、アヤさんはフォンベルクの血族で合っている?)
早速質問が来た、落ちつけ俺、設定を思い返せ。私はティエリア・フォンベルクの娘、ティアの娘、ティアの娘。
うへぁ、間違えないように自分に言い聞かせたけど精神にくるものがある。既に男として色んなものを失ってる気がするけれどなんかこれはヤバい。ティアか、ティアの奴の陰謀か!?
思考を落ち着かせるために数回深呼吸をする。これはだだの演技これはただの演技。自己暗示の方向を見失わないように見失わないように。
俺はティアの娘であるアヤの役を演じる役者であって、そもそもアヤは嘘の存在だから演技に正解なんて最初からない。気負わずにいってしまえ、私。
(……はい、私の母は、ティエリア・フォンベルクという名前です)
(驚いた。行方不明の『魔女』の手がかりがこんなところにあった上に、子供を作ってたなんて)
魔女という言葉に首をかしげながらも、反応に困ったので曖昧に微笑んでおく。これでティアは子持ちにレベルアップだ。設定上だけどね。
……いや、決めつけるのはまだ早い。ティアは長いこと生きているらしいし、既に子持ちだったりするのかもしれない。
(念のため言っておくけど、わたしに子供はいないからね?)
(絶妙なタイミングでどうでもいい情報をありがとう! 貰えるならもっと実のある情報がよかったよ!)
(うははは、わたしは避妊に抜かりはない! ……まあからかうのはこのくらいにして、実のところわたしが早々に出しゃばっちゃうとリョウを含めてユッカちゃんに警戒されかねないのさ。だから常識を含めて殆ど何も知らない少女である『アヤ』が適任なの)
ティアの言い分は分かるような、分からないような微妙なラインのふんわりとした印象を受ける。完全に間違っていることはないのだろうけど、完璧に合っているとも思えない胡散臭さも内包してるような。
とりあえず冒頭の言葉はスルー、ツッコミは入れてやらない。
(言葉から察するに、フォンベルクを頼ってきたユッカちゃんに失礼になるんじゃないの? 俺じゃ言葉も知識も持ち合わせてないし)
(もちろんアヤだけじゃ不安だし、折を見てわたしも会話に参加する予定だよ。可愛らしい盟友の頼みだからね)
そして何だか覚えのある回りくどさ。つい一、二日前にキャロ相手にやらかしたところじゃないか。あの時の二の舞にならないようティアにキャロが相手の時みたいなアホらしい事を狙ってないよね、と聞いてみたけど今回は真面目に行動してるとのことだった。真面目の意味をはき違えてないよね。
ティアについて考えを巡らせていると、別のパス――ユッカちゃんからの念話が頭に響いた。
(……そういえば名前交換した時、フォンベルクではなく別の家名を名乗っていなかった?)
(え、ええと……お、お母さんにフォンベルクの名前を出さない方がいいって言われた。だから偽名です)
なるほどと納得したように頷くユッカちゃん。どんな言葉が飛び出してくるのかが分からなくて心臓に悪い。
(どうして人族の領域でひとり冒険者を? あ、話したくなかったら話さなくていいから)
(お、お母さんが、ある日突然、私に何も言わずにいなくなったんです)
子持ちに加えて子育てを放棄した親という設定にレベルアップしたティアが文句を言ってくるけどきーこーえーまーせーん。だって無難な理由をひねり出すも、死んでしまったか、蒸発したかくらいしか思いつかなかったもの。当てつけだというのは否定しないけど。
俺の言葉をそのまま受けとったのか、ユッカちゃんから大変だったね、と同情するような視線を向けられ頭を撫でられる。嘘の言葉、嘘の設定なのに本気で同情されてしまってものすごく心苦しい。ユッカちゃんを騙したいわけじゃないんです。
(そうだ、アヤさん。この防衛戦を切り抜けたら一緒にパーティを組まない? お母さんを探す手伝いをしてあげたいし、何よりアヤさんとキャロちゃんのことが心配)
思いがけないユッカちゃんの提案に目をぱちくりさせる。そういえば目の前のことに忙しくて、この防衛戦を終えた後のことをあまり考えていなかった。考えていたことといえばキャロの身分証明のために冒険者登録をさせる、貴族様関連の面倒ごとを避けるために早いうちにアルレヴァを発つことだけ。旅のこととか、そもそも何処に向かうのかすらすっぽ抜けていた。
(私としては、ユッカちゃんとパーティを組めると心強いんですが……)
キャロは既にユッカちゃんと仲良さげにしていたし、反対はされないと思う。問題はティアなんだけれど……。
(……アヤ、わたしも賛成だよ。彼女並みに相応しい人なんて殆どいないだろうから。んでもって横から口を挟むようでごめんね。初めまして、ユッカちゃん。わたしの名前はミーティア。今のこの子の親代わり……かな?)
で、このタイミングで会話に参戦ですかティアさん。
突然ティアから念話で言葉を伝えられて、ユッカちゃんの体がびくりと反応した。そして周囲へ、そして俺へと警戒するように視線を向けられる。そんなユッカちゃんの様子に益々申し訳なさを感じながら、俺は説明を付け加える。
(ええと、驚かせてごめんなさい。彼女、ミ……ティアとはちょっとした事故があって、私の身体に同居してるような状態なんです)
偽名呼びしようとしたら無言で圧力をかけてきたので慌てて愛称呼びにする。というか偽名とはいえ愛称が一緒ってこれでいいのかティアさんよ。
(アヤさんの身体に同居……? 憑りつかれてるとは違うの?)
俺の感覚としては憑りつかれてるというのは間違っていないんだけれど、魔術なんて存在する世界のことだ、幽霊なんて存在も実際に居るのだろう。なんだか怪しい方向に思考が向いていくユッカちゃんにティアが説明を加えてくれる。
(憑りついてる訳じゃないよ。もーそういうのはアンデッドとか死霊術士の役割、わたしは魔術師。よんどころない事情があって、今アヤの身体にアヤの魂だけでなくてわたしの魂も一緒に乗っかってる状態なんだよ。それでアヤとわたしで契約魔術を結んでパスを通してるから、ただの念話が戦術提携の魔術みたいな状態になってるのさ。当然経路はわたしたち三人の間だけで閉じてるよ)
ティアの説明でわずかに警戒をといてほっと息を吐くユッカちゃん。そりゃ一対一の秘密の会話だったはずなのに、警戒して当たり前だよね。
(盟友を探るような真似をして申し訳なかったよ。見ての通りアヤは純粋すぎるから、わたしがこうやってこっそり警戒役をしてるのさ)
(……なるほど。アヤさんの実力からして人攫いが物理的な手段で攫うのは難しい。警戒するなら毒や策略)
(うぇぇ、そんな物騒なのは勘弁!?)
(うん、アヤみたいな子なら奴隷として高く取引されるだろうね)
ユッカちゃんとティアは当たり前のように話しているけど、俺には馴染のない悪意の存在に意識がくらりとする。今まで意識することがなかったけど、この世界は奴隷制があるのか。珍しい外見である妹が側にいたからこそか、その単語だけで嫌悪感に身震いする。時代が違えば、もしくはこの世界にも妹が居たら、まず確実にターゲットにされただろうから。
(アヤさん、顔色が悪い。大丈夫?)
思考や嫌悪感が表情に出ていたようで、ユッカちゃんが俺を心配するように言葉をかけ、手を握ってくれる。心苦しい嘘に対するものではない心配をしてくれたことがなんだか素直に嬉しくてつい表情が崩れる。
(ありがとう、大丈夫。……昔の友達のことを思い出してた、だけ)
濁した言葉から何かを感じ取ったのか、突然ユッカちゃんに抱きしめられ、頭を撫でられる。あわわわ、この反応は絶対いろいろと誤解されてる。元気づけようとしてくれてるのは分かるけれど、お願いだから小さい子にするような慰め方はやめて。中身は男の子なんです、胸、胸、当たってる、全然慣れないんです。
それとティア、何をどう勘違いされてるか推察したんだろうけどわざわざ俺直通のパスに切り替えて笑い声を漏らすんじゃない。
(ほんと、世の中は理不尽。今までも、これからも辛いことや悲しいことがたくさんあるだろうけれど、決してその記憶は忘れては駄目。なんとかできるはずの理不尽をなくすことが、スノウラインとフォンベルクの目的だから)
ああああ、ユッカちゃんが良さそうなことを言ってくれてるうう。妹のことは忘れられない、忘れたくない記憶だから完全に見当違いなのだけれど、だからこそ真剣な言葉が心にぐさぐさと刺さるうう。
(水を差すようで申し訳ないんだけれど、アヤの件についてはそれこそ長い年月をかけても解決できるか分からない問題なの。辺境に行けば行くほど、閉じられた環境であればあるほど”忌み子”に対する当たりは強い)
珍しいことに俺の記憶を識っているティアが俺の意思を汲んでくれて、ぼかしながらも過去のことを説明してくれた。たしか忌み子って外見が大きく違ったり奇形だったり障碍を持っている子供のことで、そういう子供を間引く風習だったっけ。
今までの話を整理すると、種族の対立という大きな枠を取り除いて共存するのがスノウラインとフォンベルクの目的で、妹の問題はあくまで無意識下の差別からくる問題なので、両家の目的で達成できる成果では解決できないってことか。
(それにアヤ。アヤ自身も同じ状況になり得るのは理解してるよね?)
(ん、どゆこと?)
首をかしげる俺にティアが深々とため息をつく。そしてぼそりと一言。
(……森での水浴び前)
(……そういえば私、吸血鬼だった――っ!)
うああ、どうして思い至らなかった。今の俺は妹ほど外見の違いはないにしろ、似たような境遇にあるじゃないか。その上この世界は人族と魔族が戦争してたり、奴隷制度があったり人攫いがいる現代日本も真っ青な世の中。場合によっては妹に向けられていた以上の悪意が俺に向けられることになるのか。……沙耶、お兄ちゃんは駄目かもしんない。
(アヤさんって話に聞く吸血鬼族とはずいぶん変わってる。あと可愛い)
(ふふ、可愛らしい上に中々愉快な子でしょ。四六時中眺めてて飽きないよ)
(とてもわかる。はやくこんな下らない戦い終わらせてアヤさん眺めてたい)
ユッカちゃんとティアが少しわざとらしく話を逸らし、ついでとばかりにユッカちゃんに抱きかかえられる。
俺の意思を置き去りにしたまま二人はきゃいきゃいとくりくりとした目だの、小さな唇だの、艶やかな髪の毛だの、ぷにぷにした手が可愛いだの、年齢の割にしっかりしてるけどどこか抜けていてそれがまた可愛いだの、如何に俺が可愛らしいかを語りだし、時折抱きしめる手にぎゅっと力を込められ、ふんわりと鼻腔をくすぐるユッカちゃんの香りや頭に当たる控えめな胸にどぎまぎしながら、尚も二人は語る。
女性間特有の空気として、のんびりとした空気にはなんとか溶け込めるというか、好き勝手やられてるだけというか、ともかくそこそこ耐えられたのだが、こうきゃっきゃとした空気では俺には合わない。面倒になって口を閉じて大人しくしていても拒否反応を起こすのか、精神ががりがりと削られていくし。もうおもちゃにされるの嫌。ついでにアホ冒険者たちの目線も嫌。あいつらは地に還れ。
しばらくユッカちゃんとティアは親交を深めた後、話は辺りを一回り廻って、思い出すように内緒話へと戻ってくる。何というか、ふたりの間の雰囲気が先ほどまでと比べてやわらかくなったような気がする。よかったね、代わりに俺はぐってりだよ。
(えーと、アヤの今までの発言で分かったと思うけど、アヤにフォンベルクとしての知識は殆どないの。だけど正真正銘のフォンベルクの血族である事はティエリア・フォンベルクの友人であるわたしが保証するよ。
さてさてつい話が盛り上がって返事が遅くなってしまったけれど。わたしは生き足掻こうとする貴女の意志を大いに尊重しよう。胸に燻るものが有るのなれば、アヤ並びにティエリアの名代としてわたしが応えて進ぜよう。願いは聞き届けた、天上の歌声は時を超え、我々の心を震わせるであろう。例え声が届かなくとも、彼女が祈りはとこしえに。……盟約の下に、フォンベルクの名と血脈にかけて力ある限り協力することを誓おう)
ティアが仰々しさを交えながらもまるで歌うかのように滑らかに言葉を紡ぐ。いつもの軽い雰囲気を吹き飛ばす程インパクトのある厳かさを纏った言葉に思わず息を呑む。ユッカちゃんはこういった雰囲気に慣れているのか、いつものような平然とした様子で言葉を受け、表情をわずかに緩めた。
(盟友に感謝を。まずは情報交換を行いたい)
(シェイムの森で悪魔に遭遇するところからでいいかな? それまでの出来事はアヤが全て冒険者組合に上げてるから)
(ん、了解。あの時は調査の緊急依頼を受けて二日目だった。魔力探知妨害持ちの使い魔に見つかってトロルに囲まれて、一点突破しようとした時に悪魔が現れた)
(私は 氷乱舞 を放つちょっと前にユッカちゃん達が包囲されてるところを見つけたけれど、飛び込むための準備で結局あのタイミングになってしまいました)
あの時は助けないと、って考えで頭が一杯だったけど我ながら無茶な行動をしたもんだ。あの後散々な目に遭ったけれど、トライラントとユッカちゃんを助けられてよかった。あの時俺が飛び込んでいなければおそらく――。
(あの時のアヤさん、とても格好良かった)
(あはは、ありがと…う?)
ほんのりと頬を染めているユッカちゃんに格好いいと言われるけれど、素直にこの身体では喜べない。……うん、少しだけ想像してみたけどこの姿では似合わない、勢いに任せて口を開かないで正解だった。
(はいはい、いちゃつくのは後でお願いね。その後に悪魔と会話して情報を引き出した訳だけれど、あの時話したのはアヤでなくてわたしだったのさ)
どこをどうしたらいちゃついてるように見えるの、脳内お花畑吸血鬼さんよ。
そしてティアの言葉の頭の部分をスルーして、なるほどと頷くユッカちゃん。
(納得いった。だからアヤさんの言動がちぐはぐだったの)
(うちのティアが混乱させてしまったようで申し訳ありません)
(何やら扱いが酷くないかな!? 情報! ちゃんとしっかりちゃっかり情報引き出したでしょ!)
どっちが年上なのか分からないとくすりと笑うユッカちゃんと口をつぐむティア。ティアってばけっこう子供っぽいところがあるからその感想は的を得ている。
(どうどう、どうどう。その会話の内容から裏でフドラクとやらが糸を引いてるって分かったんだよね)
(ふしゃー。……それにベイグラントと酷似した手管だったからこそ絞り込めたんだよ。裏で糸を引いているのはおそらくアンスティル・フドラク。ベイグラントのの時でも糸を引いてたフドラクの錬金術師だよ)
魂を集めるという行為に錬金術師という単語。錬金術師がどういうものかは知らないけれどなにやら嫌な予感のする組み合わせだ。
(一応地脈に探りを入れてみたけど、この近辺にそれらしい反応はなかった。エルドアステイル山脈の向こうに悪魔が召喚を行ったような痕跡があっただけ)
(奴は事を起こす場の近くには現れないし、これで確度が高まったわけだ。さすがはスノウラインの血だねえ)
(フォンベルクの血には及ばないけど、こういう地道なのは得意。でもまさか私が、かの悪名高い一族と関わることになるなんて)
血……、話のニュアンス的に血脈のことかな。いろいろできて便利らしいのだけれど、あいにく今のティアでは力が弱くなってる上に時間を空けないと使えないらしい。探知魔術? 何のことかな。
にしてもティアはフドラクのことをボロカスに言っていたけれど、ユッカちゃんも似たような認識みたいだ。過去にベイグラントの悪夢を起こしたような奴らしいし、疑問の余地はなさそう。
(まだ悪趣味なだけならいいんだけど、フドラクといい、ヴルダラクといい小賢しいことに狡猾だからね。にしても、こうして百年越しにフォンベルクとスノウラインが奴相手に組むことになったのも運命神アリス様のお導きってやつかな?)
ティアの言葉の端々から感じていたけれど、やはりティアはベイグラントの悪夢の時にフドラクを相手に敵対していたらしい。
(運命神様、お手柔らかにして欲しい)
(運命を司ってる神様なのに、『運命は自ずから切り開くべし』とか言ってるからね。とはいえ一泡吹かせるチャンスをくれた訳だから感謝しておかないとね)
(チャンスといっても限度を知ってほしい、限度を)
悪魔とトロルの大軍の襲撃をチャンスと言い張るのはいくら何でも無理があると思う。仮にそうだとしたら、その運命神様とやらはよほど性格が悪いんじゃないかな。
(シェイムの森から撤退した後の事はユッカちゃんの方が詳しく知ってると思うよ。わたしが知ってることといえば……ああ結界があったね。この結界魔術は吸魂の牢獄って名前で、悪魔がよく使ってる補助結界。効果は境界の一方通行化と死んだ生物の魂の自動収集だから、討伐に影響はないので安心して。核はおそらく悪魔自身)
(そう、この討伐作戦が実のあるものだと確証を得られてよかった)
(それに爵位持ちと言っても最下位の男爵だから、隔界連結修復能力は有さない。今回立案された作戦は有効だよ)
(隔界連結修復能力ってなに? 言葉の感じからして嫌な予感がする…ます)
気になる言葉が出てきたので、二人の会話に割り込むようにして質問をする。ティア相手だと砕けた口調、アヤとして話すと丁寧な口調だから言葉選びに迷う。
(ああ、高位の悪魔が持ってる能力だよ。今回は肉体を完全消滅させることで本体と物質界との繋がりを切る作戦だけれど、そうやって切れた繋がりをも修復する能力。急速回復の技能の完全上位互換だよ)
(うわあ……相手にしたくないなあ)
(……アリス様、手加減をありがとう)
ユッカちゃんが手のひらをかえしてしみじみとつぶやく。肉体が消滅しても倒せない訳の分からない存在……うひー、そんなのが相手じゃなくて良かった。
(こちらが把握できている情報といえばこんなところかな。ユッカちゃん側には何かない?)
(私が知ってることはティアさんの情報に含まれてたし、有用そうな情報はないかな。んと、アルレヴァの戦力なんて今更だろうし。……ん、そういえば魔術師団の団長がアーヌルス家の三男だった)
(へ、スノウラインだけじゃなくて、アーヌルスもこの場に揃ってたの?)
どういうことなのかと首をかしげる俺にユッカちゃんが教えてくれる。アーヌルス家はスノウラインの血が濃く入った分家筋のような立場であり、エガード王国の魔術師爵家らしい。ちなみにスノウラインはペルフェクシオン王国というところの魔術師爵家だという。
たしかペルフェクシオン王国はここからずっと南に行ったところにある大きな国だったかな?
(なるほど……討伐部隊の露払いは彼らがするのかな? だとすれば頼もしい話だね、うんうん)
(魔術師団長なんて肩書だから腕はいいと思う。私は調査報告の時に顔を合わせただけだから実際の実力は分からない)
(どちらにせよ支援に回るのだろうし、個人じゃなくて魔術師団としての働きに期待、ってところだね)
結局討伐部隊に参加する訳ではなく、あくまで魔術師団を率いて援護にあたる立場のため、ふたりはこの防衛戦を切り抜けたら挨拶に行かないとね、と早々にその話題を打ち切った。
情報がある程度出そろったのか、少しの時間沈黙が辺りに広がる。悪魔に関しては殆どティアから聞いていたし、言葉通りに情報の共有という感じだった。
そんな空気を切り替えようとしたのか、ユッカちゃんが念話を発する。
(ティアさんはフドラクがここに仕掛けてきた理由に心当たりはある?)
(今の情報だけでは想像しかできないよ。ただ魂を集めているのか、それとも人族連合軍の急所を狙っているのか。後者だと現魔王様の命令という線もありうるね)
(んん、重要地点だからとは考えてたけど、魔王ドラクの線か。こんな 謀 をする奴なの?)
(ミーファと版図を分けることになった際にいろいろやらかしてくれたんだよ。ああもう、あの時フロリラードを離れてさえなければ……)
ティアの言葉に訝し気な表情を浮かべたユッカちゃんに対し、ティアは慌てて「何でもない、今の発言は忘れて」と発言をなかったことにする。何だか二人とも重大そうな雲の上の会話をしているなあ。……あ、あの外壁の上の方にへばりついてる蔓の葉っぱ、前の世界で見覚えある気がする。
(ともかく、真実は悪魔の裏にいるフドラクをボコボコにしないことには分からない。少なくとも今回は表には出てこないでしょうし、知識の片隅に置いておくだけにして、考えるのはお偉いさんに任せておこうか)
目的について一旦結論付けたタイミングで突如轟音が鳴り響いた。音がびりびりと肌を刺激する振動となって伝わってきて、どちらかの陣営からか魔力大砲なんて目じゃない程の威力の攻撃が放たれたのだと感覚的に理解する。
(これは招集が早まりそうだねえ。話がまだ出そろっていない気がするけれど今は時間が惜しいから、討伐に役立つだろう知識を伝えようか)
談笑も混じっていた先ほどまでとは違い、ティアはきりきりとユッカちゃんに魔術の適正、扱える魔術について、滅凍の理を何回放てるか等の質問をして、ユッカちゃんはそれにつらつらと答えていく。どうやらユッカちゃんの能力を基に伝える内容を絞っているようだ。
そして一通り質問を終えると、ティアは回答を分析して、この場でユッカちゃんに伝える最適な内容を導き出し、それを突きつける。
(ふむふむ…ならわたしがこの場で教えるのに丁度いいのはふたつかな。一つ目は滅凍の理の威力の底上げ。この方法を使うのはぶっつけ本番になってしまうから、よほど腕に自信がない限りおすすめしない。けど必ず役立つもののはずだよ。
二つ目は超級魔術の性質を持ちながらも扱いやすいわたし独自に編み出した魔術。最大二回放てる滅凍の理で仕留めきれなかった時の保険になる、かな。術式はまだわたしも研究中なんだけれど、既に超級魔術を使えるユッカちゃんなら多少複雑な術式に魔力を通すだけだしすんなりいけると思う。
……ああ思い出した、ついでにわたしの杖も貸し出そうか。アヤはまだ魔術を使えなくて、剣を支え杖にするようなものだからね)
ユッカちゃんは杖の貸し出しにお礼をいった後、早速とばかりにティアがユッカちゃんへ講義を始める。ティア先生の魔術講座もなんだか久々に感じる。
(まずは滅凍の理――いや、これに限らず魔術全般に通用する威力の底上げ方法からだね。ユッカちゃんも知っている通り、我々魔術師は魔力によって術式を組み上げ、その術式に適切な魔力を注ぐことで魔術を発動する)
今までのティアの話の節々から術式とは、魔力という電気を通して効果を発揮するための電気回路みたいなものだと思っていたけれど、まさかその回路そのものが魔力製だったとは。
(それで術式の組み方は二通り。一つは呪文詠唱によるもので、呪文さえ間違えなければ簡単に組み上げられる。もう一つは所謂『オリジナル』と呼ばれる魔術で、自力で術式を組み上げる。当然何の補助もないこっちの方が難しい)
(ん、魔術師の一般常識。当然知っている)
ユッカちゃんが手を伸ばし指を突き出すと、指先の辺りに薄っすらと魔力の気配が感じられた。おそらくこれが自力で組み上げた術式なのだろう。指先の魔力の気配に集中すると、徐々にぼんやりと記号らしきものが見えてきた。俺は直感的にこれこそが術式なのだと分かった。
(まあまあ、ここからが本番だよ。どちらも術式を組み上げるための手段なのだから――併用できると思わないかい?)
(併用自体はオリジナルで既に行われてる。組み上げた術式の発動部分を詠唱で代用する手法。『我が望む。理に基づき、その力を示せ』)
どこかで聞いたことがあるような気がする呪文だなあと思っていると、ティアは何を思い出したのか笑いをこぼした。
(わたしが教えるのは、言ってみればその『逆』かな。つまり、呪文で組み上げられた術式を、後から組み替える)
(そんなこと可能なはずがない)
即座に反論したユッカちゃんをまあまあ、とティアがなだめる。
(魔術師になって、いろいろと経験を積んで、わたしも不満だったんだよ。呪文詠唱によって組み上げた術式による魔術は、属性も、範囲も、威力も、注ぐべく魔力量も、大雑把にしか指定できない)
そしてティアが特別声を軽くして「だから後から書き換えて調整するんだよ」と楽しそうに言葉を続けた。
暫くティアの指導の下、ユッカちゃんは 水弾 という魔術の術式を書き換える練習をしていた。当初は術式を上書きしたりかき消したりしてしまっていたけれど、最終的に術式の一部分だけを書き換えることに成功した。
基礎はできるようになったから、後は超級魔術で練習すること、とティアが締めて一つ目の講義が終了する。
ついでにずっとユッカちゃんの練習風景を眺めていたからか、俺は最初よりもはっきりと術式を目視できるようになった。当然術式の意味は全く理解できていないけれど、何度も見たおかげか 水弾 の術式なら練習すれば組み立てられるようになるかもしれない。
(さて、時間が惜しいので二つ目の講義に行くよ。ユッカちゃんも知っている通り、上級魔術以下と超級魔術では呪文の法則が異なっているよね。それゆえ超級魔術の呪文はユニークであるといわれている。さて、どの超級魔術にも共通して出現する語……『理』。けれどある魔術系統では当然のように出てくる)
(――空間魔術)
(正解。ついでに加えるなら、先ほどのオリジナルで使われる主詠唱もそうだよね。『理よ、我が望む。空間概念を以て対象空間を希釈せよ』。理は初級の『空間希釈』の時点ですら既に登場するけれど、その呪文の法則は上級までの通常属性と似ている。そこで考えたんだよ、一般の呪文同様に超級魔術の句も分解可能で、魔術文法に組み込めるんじゃないか、ってね。さて前置きはここまで、早速その呪文を伝えようか。こちらはただ呪文で組み上げられる術式に魔力を注ぐだけでいい)
真剣にティアの言葉に聞き入っていたユッカちゃんは、わずかに緊張を見せる様子でコクリと頷いた。ちなみに俺はこの二つ目の話に関しては殆ど理解できない。ちんぷんかんぷんであるぞ、早くこの防衛戦を終えて魔術を学びたい。
そして紡がれたのは、理というキーワードが含まれた呪文。俺はユッカちゃんの表情は僅かだけど読み取れるようになってきたのだけれど、この時の表情は読み取ることはできなかった。
―――――
アヤさんとその身体の同居人であるティアさん……ミーティアと別れた後。ふと空へ視線を向けると、夜空に浮かぶ大きく欠けた月と星々の瞬きが視界に入る。いつもの光景を眺めながら、気分を落ち着かせるようにほっと息を吐いた。
協力関係にあると教えられてきたフォンベルクとの初めての接触は、少々のミスはあったものの成功といえる。伝授してくれた類を見ない術式の構築方法と魔術にはただただ舌を巻くしかなかった。あれほどの力量の魔術師となるにはどれだけの年月が必要なのだろう。貸してくれるという杖もどのような一品なのか気になる。
アヤさんは十歳という年齢らしからぬ思考と戦闘能力、年相応の無邪気さ、無防備さを合わせながらも、一般常識が欠けている不思議な子だ。
そんなアヤさんの妹であるというキャロちゃんもやけに大人びている不思議な子だ。キャロちゃんは吸血鬼族の特徴である紅い目をしていなく、アヤさんとも外見がだいぶ違うので、腹違いの妹、もしくは妹のような血の繋がらない家族、なのだろう。
対してティアさんはアヤさんの愛らしさを語り合った仲だけれど全く底が知れなかった。親しみの持てる軽い口調に反して魔術に造詣が深く聡明さを感じられるけれど、何でもない言葉の中に時折底の知れない黒さを感じる。思い返していると身体がぶるりと震えた。
本人が語ったところによると『魔女』の二つ名の通りあらゆる魔術に精通し、数々の伝説を残しているティエリア・フォンベルクとその娘であるアヤさんと交流があるらしい。そしてそんな本に纏められてもおかしくない存在とその娘の名代を名乗れるだけの存在。嘘と断じるのは簡単だけれど、スノウラインとの符丁も知っていたことから全くの嘘を語っているのではないだろう。少なくともティアさんはフォンベルクと関係のある立場ではある。
「……アヤさんには恩がある」
自身に言い聞かせるように口に出す。
いやだな、明らかに怪しいティアさんの存在があるから、あの人形みたいに可愛いらしい命の恩人への警戒を高めないといけないなんて。この疑惑さえなければ、今までのように素直に付き合えるのに。
私はため息をつくと、あと二、三回だけ魔術の練習をしておこうと呪文を言葉に乗せた。
思ったよりも難産でした。三回書き直してます。
仕事がひと段落ついたので更新ペースを上げられそうです。わっほい。




