01-23(旧) 生存努力
以前間違って投稿してしまったものの正式版です。
説明増し増しで一部内容は次話へ移動しています。
17/05/09 名前を間違えていたのを修正、名前修正に伴う修正。
18/01/08 サブタイトルの変更(旧の追加)
***** 四日目(2) *****
その微かな悍ましい気配を感じ取ると同時に、僕は跳び起きた。
視界に入るのは、休憩所である黒いテントの内装。そして小豆色の後頭部に、金色と少し茶色掛った赤色の髪の毛の束。体の前後に感じる温かく柔らかな感触が心地よくて、飛び起きたのに意識がぼんやりしてくる。
(おおーい、大丈夫かい? 目ちゃんと覚めてる?)
キャロを抱え、さらにイルミナさんに抱えられているのだとぼんやりと認識した僕は、うん……悪魔だよね、とぼんやり感の残る頭で返す。
(まだ寝ぼけてるっぽいね。現在の所属と部隊の状況。はい、言った言った!)
相変わらずよくわからないテンションのティアに言われるまま、僕はにぶい頭をうごかす。
(……僕は北のちゅおーぶたいの第三隊にいて、きゅーけー中)
(今の時刻は?)
(ええと……二から四の刻のあいだ)
(つけてる下着の色は?)
(……たしかみずいろのまま)
(悪魔が出たときに決めた方針は?)
(ええと……悪魔が出てきたらたぶん討伐のための人手が集められるから、僕もそれに組み込まれるようにうごく。このまま北部隊に残る事になって悪魔の討伐が成功しても万々歳。そして駄目だった場合はさいしゅ手段。魔術師さんにおねがいして精神の保護をかけてもらった後独断で悪魔につっこむ)
(はい、よくできました!)
(……むう、ティアに子供扱いされるのは納得いかない)
(このリョウはこのまま変わらずにいてほしいなあ……ふふ)
ティアから生暖かい感情を向けられるのを受け流しながら、とりあえずいつでも動けるようにとキャロの身体の下から右手をゆっくりと引き抜く。そして後頭部に感じるやわらかな感触を気にしないようにしながらイルミナさんの拘束を解いて立ち上がる。
「んぁ、アヤお姉ちゃん?」
「あ、起こしちゃったかな。目が覚めたからちょっと顔を洗ってくるね。順番はまだだから、キャロはまだ寝てていいよ」
「……ふぁい」
ねむねむな様子のキャロの頭をそっと撫でる。
キャロが元々知っていた魔術や魔法には制限が多く、森でしか拘束が使えなかったり、権限とやらを失った影響かまともに種族魔法を扱えなくなっている。
だだ、アヤお姉ちゃんの助けになりたいという熱烈な要望に押され、キャロは僕と一緒に防衛に参加、安全を考えてバリケードの裏から風刃を連射してもらっている。風刃は初歩的な魔術だけれど、たくさんの起点魔術からの速射性能に加え、キャロの持つ多量の魔力量でそれなりの戦果を上げている。そして何よりその愛らしい外見から、皆からよくしてもらっているようだ。
同じテント内で休んでいる冒険者さんたちのほとんどは僕たちと同様に仮眠をとっていたけど、数人起きていたお姉さんが手を振ってくれたので振り返す。こういう何気ないやり取りっていいよね。
ちなみに北中央部隊は三交代で回しているので、高ランクの冒険者はそれぞれのグループに均等に割り振られる形になっている。具体的にはカイさん、ユッカちゃん、そして僕。何で僕が当たり前のように割り振られてるのかが謎だけれどカイさんは適任と言っていた。うーん?
とりあえずぽやぽやした足取りのまま、顔を洗うためにテントの外の井戸へと向かことにした。途中起きていたお姉さん方に拘束されるなんてことはあったけど、無事にテントから脱出する。正確な時刻は曖昧だけど、太陽はまだ出ていないので早い時間なのだと思う。
通りにはぼんやりと光る集光石と呼ばれる魔石を加工したものが所々に埋め込まれているらしく、暗視能力のない種族でも夜間に出歩けるようになっている。
もちろん今の僕には建物の影になってる真っ暗なところなんかもばっちり見えてるけど。ふふん。
やがて補給所へとたどり着く。そこは仮設置された屋台みたいなものが立ち並んでいて、支援隊の人たちによるごはんの提供や武器の手入れ等が受けられるようになっている。武器が壊れてしまった人のために貸出までしているのを知ったときには驚いた。
到着したタイミングはちょうど第一部隊と第二部隊の交代直後だったみたいで、補給所周辺では冒険者たちが軽食をとったり武器の手入れをしている。僕をみつけて笑みを浮かべながらこちらに手を振ってくれる人に手を振り返したり、何やら熱っぽい視線を向けてくる人を無視しつつ、井戸へと足を運ぶ。
井戸は補給所の一角にある。その側には自由に使ってもいい桶が山積みになっていて、汚れを落とすために使われたり僕みたいに顔を洗うために使われたりしている。
桶の一つを手に取ると井戸の中へと釣瓶を落とす。そしてカラカラと音を立てる滑車を通したロープを引いて回し、汲み上げた水を桶へと移す。
そういえば宿では蛇口をひねるだけで水が出てきてたんだよなあ、なんてぼんやりと考えながら少し井戸から位置を移し、髪が邪魔にならないようにイルミナさんから貰ったリボンでまとめてから顔を洗う。顔と前髪を濡らす井戸水の冷たさに意識がはっきりしてくる。
タオルでぽんぽんと水気を取った後、一通り後片付けを済ませたタイミングで背後から聞き覚えのある声がかけられた。
「アヤちゃん、ちょうどよかった」
振り返るといつもよりも鋭い雰囲気を漂わせているカイさんが居た。森で戦闘をしていた時のようなぴりぴりする感じに、思わず背筋が伸びる。
「およ、カイさん。何でこんなところに……って今はユッカちゃんの順番でしたっけ。どうしました?」
「相談……というより頼みたい事がある。ここで話すのも何だから、ついてきてくれないか」
「はい、わかりました」
了承の返事にカイさんが少しだけ表情を和らげた。その様子にこれはもしかするとビンゴかな、とティアとやり取りしながらカイさんの後へと続く。
補給所を通り抜ける間に鳥肌が立つような視線を向けられ、頭を魔鋼の剣でぶん殴ったらこいつらの記憶飛ばないかな、なんて物騒なことをつぶやきながらカイさんの後をひょこひょこと歩いていくと、俺たち冒険者や兵士たちに割り当てられているテントよりも一回り以上大きい天幕へとたどり着いた。
「着いたぞ、この中だ」
そう言って天幕の中へ入っていくカイさんに続くと、内部は机のない教室のような光景が広がっていた。黒板のように文字や図の書かれた黒ずんだ大きな木の板が立てかけられており、その前には戦士のような様相の男がまるで教師のように立っている。そして並んだ椅子には男女、様々な身なりの二十人くらいの人達が座っていた。その中には一緒に防衛に参加した人たちや、今が防衛の担当時間であるはずのユッカちゃんが居るのを見つけ、より気を引き締める。
「戻ってきたかカイ。それでお前の言うアテってのは……あぁ、これなら納得だな」
教師のように立っている男から向けられたのは見覚えのある鋭い眼光。顔の横に走る特徴的な傷痕といい、すぐに彼の正体に思い至る。状況からしてティアの考えた通りに事が進んでいるとほぼ確信を得ながらカイさんと共に教卓のそばに移動すると、恩人でもある彼へと口を開いた。
「……数日ぶりです、オーギュストさん。呪いの件はお世話になりました。本当に、ありがとうございました」
初めて会った時はいきなりのお偉いさんの登場に混乱してしまったけど、事前に心構えができているなら問題はない。俺はできる子なのだ、うむ。
「気にするな、こちらも提供してくれた情報に感謝している。それに呪いの件は打算有りきだったからな。……ところで、中央はずいぶんと楽ができたらしいな?」
カイさんへニヤリと笑いかける冒険者組合支部長――オーギュストさん。その雰囲気からは前に会ったときの厳格さはあまり感じられない。こっちの軽い感じの方が素に近いのかな。
「Aランク相当の戦力が増えた訳だからな。防衛線を下げてからの死者は一人だけだ」
オーギュストさんに対してカイさんはいつもの調子で答える。彼はそんなにブレないようだ。
「中央はカイとユッカ嬢を配置しても厳しいと思っていたが……随分と過戦力になってやがったんだな」
そこでちらりとこちらに目を向けるカイさん。そのこちらを窺うような目線はこれは中央での出来事を詳しく話してもいいか、ってことかな? 特に隠し立てすることでもないので軽く頷いておく。
「アヤちゃんが出てる時には一人で右翼を抑えてたからな。トロルの殲滅速度といい継戦能力といい、さらに倒すまではいかないがある程度リビングアーマーの対処も可能ときている。それこそSランククラスの仕事はしているはずだ」
おおう、カイさんの口から飛び出したのは気恥ずかしいくらいのものすごい高評価だった。
思い返してみると、戦闘に参加する一刻の間はひたすらトロルの死体を積み上げて障害物として利用したり、リビングアーマーをちぎっては投げ、邪魔な死体が増えてくると焼却という魔術を後衛さんにお願いして死体を燃やしてもらいつつ小休止をとってたりという感じだった。
うん、自分でやっておきながらだけど何人分の働きをしてたんだこれ。そりゃ休憩時間にぐってりなったわけだよ。
改めて吸血鬼族の身体能力に戦慄していると、話を聞いていたオーギュストさんがそれはもう満面の怪しい笑みを浮かべていた。椅子に座っていた人達からも面白いものを見るような視線や訝しむような視線を感じ、ものすごい居心地が悪い。
「それが本当なら討伐部隊に組み込むのもアリだな」
その一言にざわりと辺りの空気が動いた。俺もいきなり放たれた目的そのものの言葉に驚いて思わずオーギュストさんの顔を見つめてしまう。オーギュストさんの眼光はより鋭くなっており、冗談でもなんでもなく本気で言っているようだ。
(お、まさかのいきなり参加できる流れだね)
(どう話を持っていくか悩んでたけど、ド直球で来るのは想定してなかったよ……)
(ふふふ、その点はリョウが張り切って防衛に参加したおかげだろうね)
ティアからくすぐったい感じの感情を向けられながら、このチャンスを生かすべく頭を切り替える。ざわつく天幕内の空気の中、できるだけ評価を上げられるよう丁寧に言葉を組み立てる。
「一応確認ですが、討伐部隊というのは『悪魔の討伐部隊』の事で合ってますよね?」
「お、既にカイから話を聞いていたのか」
「いや、俺は頼みがあるとだけ言って連れてきただけだ」
「いくら何でもあの禍々しい気配を感じるとそう考えざるを得ませんよ。実際跳ね起きたんですからね」
軽く首を振るカイさんとますます笑みを深めるオーギュストさん。まずは上手くいったとほっとしたいところだけれど気は抜けない。ちなみにこのオーギュストさんの笑顔ははっきり言って怖い。
そんな俺に向けられたオーギュストさんの視線を遮るようにカイさんが移動した。
「オーギュストさん、北中央部隊の中核になりうる子を連れてくるって話だったはずだ」
「俺は最大限生存者を増やそうとしているだけだ。討伐の可能性が上がるのならば、それに越したことはないだろう?」
本人にはその自覚がないのは分かっているけど、目的を邪魔するような行動をしたカイさんへ溜め息がこぼれる。やっぱり簡単には進まないかあ。
その正論を受けたカイさんは、強引に話を打ち切るように俺の方を向いた。その顔をしかめている様子は俺の知っているカイさんらしからぬものだった。
「アヤちゃん、俺とユッカは悪魔討伐部隊へ組み込まれることになった。そこで俺たちが抜けた穴を埋めるためのお願いしたいと思ってここに呼んだんだ」
その言葉になるほど、といった形で頷いておく。これもティアが話していた流れの一つだね。わざわざ俺を推してくれたことにどういう意図があったにせよ、既に目指すべく目標に手は届きかかっている。
一呼吸して気を落ち着かせた後、覚悟を決めて俺は俺の意志を言葉に乗せる。
「私は、悪魔討伐部隊へ参加したいと考えています」
「俺達を助けるために危険な目にあったばかりだろ!? これ以上は俺たちベテランに任せてほしい」
一回り以上大きな声を受けて、そんなことを考えていてくれていたのかと気づく。そういえば今の私って小学生くらいの見た目だものね、単純に心配してくれてただけかあ、と斜に見てしまっていたのが途端に申し訳なくなる。
宿で声をかけてくれたハイエムさんといい、買い物に付き合ってくれたイルミナさんといい、トライラントは人が良すぎるだろう。
だけれども、だからこそ、こればかりは引けないのだ。これは多くの人たちが生き残る可能性が最も高い手段なのだ。
「あのときは精神保護手段が中級レベルのお守りしかなかったせいなので、支援を受けられるのなら問題はありません。この討伐が失敗すると結界内の人全員の魂が喰われるのがほぼ確実になるというのもあります。それに――」
そこで一旦言葉を切り、私はできる限りの笑みを浮かべて言葉を続けた。
「私、やられたらやり返さないと気がすまないんですよ。こんな機会、見逃せるわけないじゃないですか」
それはリョウとしての知識からだったのか、流れ込んだティアの知識からだったのか。自身でも驚くほど自然に口にした言葉でざわついた天幕内の空気が静まり返った。
しんとした空気の中、これでまだ十歳って末恐ろし過ぎるだろ、と小声でオーギュストさんが呟いたのが聞こえた。あれ、何かやらかしたかなこれ?
(ナイス威圧だったよ、リョウ!)
(そんな事になってたの!?)
そんな恐ろしいことを無意識に行っていたことに愕然としながら私は辺りを見回す。驚いたような視線が向けられている中、分かってるからと向けられたユッカちゃんからの視線にほっとしつつも、視線を目を丸くするカイさんに、そして口の端を吊り上げているオーギュストさんへ向ける。
(うむむ……向こうからの打診待ちかなあ……仮にあったら建前は考えておかないと……)
そして突然ティアが思考の海をぷかぷかし始めた。こんなタイミングで何をやっているんだろうと思っていると、オーギュストさんは私の視線を受けて頷き、皆の注目を集めるように手を叩いて鳴らした。
「決まったようだな。よし、二人共座れ! 説明を再開するぞ!」
こうして、急遽私の悪魔討伐部隊への参加が決まったのだった。
カイさんと俺が席についた後、早速とばかりにオーギュストさんがつらつらと名前が書き連ねられている長方形の紙を黒板らしきものにピンで貼り付けた。
「軽く最初から説明をしよう。まず、この紙に書かれているのが討伐部隊参加者一覧だ。見て分かる通り冒険者はSランクとAランクの者が、アルレヴァの騎士団からは上位実力者が選抜されている」
黒板らしきものの隅に張られた紙には、びっしりと名前が書かれてあった。その名前は二つの塊に分かれており、片方には名前の後にランク表記がある。冒険者とその他の兵士とかで分けられてるってことなんだろう。
そして冒険者たちの名前が書かれた一番下には、今書き足されたであろう名前が記載されていた。
アヤ・ヒシタニ(Dランク)※Sランク相当
(アレはどういうことなのさ……)
(それだけ期待されてるってことじゃないかな)
いつもならからかってくるはずのティアの様子に首を傾げながらも、なるべく自分の名前を意識しないようにリストに目を通していく。
記載されている中での最高ランクのSランクの冒険者はファルクス・クレシオンって人だけみたいだ。東側にはSランク冒険者が配置されてるという言葉と共に非常識な活躍をしていた人が脳裏に浮かんで、そっと意識を逸らす。
いつの間にかアレとほぼ同じ扱いにされていることに遠い目をしている中、オーギュストさんの説明は続いていく。
「俺は各部隊を回りながらこのリストに記載された者に悪魔討伐部隊への参加要請及び説明を行っている。ちなみに今北中央の主戦力が抜けている分は連れてきた増援で補っているから安心するといい。作戦決行時も同様に増援を充てる予定だ」
ふむふむ、カイさんにユッカちゃん、それに俺が抜けている間の穴は心配ないみたいだ。
「この討伐部隊が結成された理由だが……前々から懸念はされていたのだが、通常の防衛戦において悪魔を相手にするのは圧倒的に不利だ」
広範囲に広がる悪魔の気配は、悪魔の残滓と比べ物にならない程精神への影響がある。実際俺も体験……いや思い出すのはやめておこう、別方面での精神的ダメージが大きい。
ともかくその影響を抑えるためには精神保護が必須であり、その手段の中でも集団を対象に最も効果的なのは魔術の精神保護である。お守りでは数を揃えるのは難しいし、法術である獅子の心は使い手が足りない。
何より、魔術の精神保護は魔術陣で発動させることにより複数人同時にかけられる。迅速に準備を整えられるこの手段は各戦線で使われている方法であり、既に俺も何度かお世話になった。
「諸君らも知っての通り、精神保護を常に保ち戦線を維持するためには、魔術師の数と魔力は足りていない。そして南部隊は騎士団を中心に防衛に当たっているため特に深刻だ。……そこを悪魔に狙われた。
こちら側の魔力大砲により悪魔は後退したが、結果として南部隊は半壊した。態勢は立て直しつつあるようだが、悪魔が出てきた以上援軍到着まで守りきれるとは言い難い」
俺が飛び起きた原因の裏でそんなまずい事態が発生していたとは。結界の件もあるし、だからこそ討伐部隊が結成されることになったのだろう。
「何より悪魔によって張られた結界の存在があり、援軍が到着するにしてもすぐに交戦という訳にはいかないだろう。故に、この悪魔討伐部隊が結成されることとなった」
結界の情報を伝えないと決めたのがもどかしい。……いや、外部からは侵入できるという情報を伝えたところで外部に来る援軍へ伝えるための手段がないや。
どうやら自分が考える上でも悪魔討伐は最良解みたいだ。
「作戦概要を説明する前に、悪魔の情報を伝えておこう。悪魔は特殊なアストラル生命体であり、肉体を得ることでこの世界との繋がりを維持している存在だ」
黒板に縦長の長方形が書かれ、横線で三つに区切られる。そして上から順番にアストラル界、エーテル界、物質界と書き加えられる。
そしてアストラル界に『悪魔(本体)』と書き込まれ円に囲われる。物質界にも『悪魔(肉体)』と書かれ、その二つが線で繋がれた。
「諸君らも知っての通りアストラル界は魂の領域であり、直接干渉するためにはそれこそ聖王国の『巫女』やSSSランクの冒険者『獄炎』、武の頂点の『武聖』等の超越的な力が必要だ」
『悪魔(本体)』へ矢印が引っ張られ、一部超越者により攻撃可能と書き足される。
「そしてエーテル界は魔力が流れ、渦巻く領域だ。つまり一般の魔術や法術、特殊な武器によって干渉可能だ」
先ほどと同様に悪魔本体と肉体の間の線へ矢印が引っ張られ、一般の魔術・法術、その他により攻撃可能と書き足される。
「最後に物質界だが、これは魔術、法術、物理的な手段で干渉が可能」
『悪魔(肉体)』へ攻撃可能と矢印が引かれる。
「悪魔は肉体によってこの世界へ干渉が可能となっている。故にその肉体を維持できないほど消滅させることで討伐が可能だ。気配や未知の攻撃が無ければただの再生能力の高い魔物みたいなものだ」
オーギュストさんは簡単そうに言うけれど、悪魔ははっきりと知性を宿していたように感じた。今まで倒してきた魔物のようにそう簡単には事は進まないと思う。
「さて、まずは対悪魔だ。これにはファルクスを中心とした近接戦闘組を当てる。そして消耗させたところを超級魔術――『滅凍の理』で一気に止めを刺す。シンプルが故に確実性の高い作戦だ。この締めの役割はスノウライン家の次期当主であるユッカ嬢の担当だ」
オーギュストさんの話を聞いていた皆が指名されたユッカちゃんへと視線を向けた。ユッカちゃんはいつもの無表情で問題ないとばかりに頷く。
(氷乱舞を超強化してた実績もあるし、理の呪文を紡ぎ制御できるというのも納得かな。うむ、あとは連携さえちゃんとできれば十分討伐できると思うよ)
(……ええとよく分からないけど、その超級魔術ってやつは話しぶりからして強力なものなんだよね?)
(魔術師の最高到達点とまで言われてる魔術だよ。広範囲型だと軍を壊滅させ、単体型だと成体のドラゴンにさえ致命的となる強力な効果を及ぼす。……まあ魔術研究者であるわたしにとっては格好の魔改造するネタなんだけどさ)
そんな魔術をユッカちゃんが使えるということに驚き、魔術師の最高到達地点とやらがティアに蹂躙されていることにそっと同情しながらも作戦内容が語られていく。
「悪魔の存在が確認されている天幕は中央の軍勢の後方。作戦を成功させるにはトロルの混成群を突破し、Aランクに分類されるリビングアーマー群を突破する必要がある。仔細は全ての参加要員が揃った際に説明を行うが、最大級の支援を受けられると期待していい」
リビングアーマーの下りで真剣な表情をしていた皆が最後の言葉で沸き上がった。それに対してティアは存亡がかかってるし当然だよね、と淡泊な反応で、それはカイさんやユッカちゃんも同様だった。
「冒険者からはファルクス騎士爵、ユッカ魔術師爵、カイ、フォルツ、飛び入りだが実力は折り紙付きのアヤ。そして騎士団からはチェリベ騎士爵、ランドバウグ騎士爵、イーグランス騎士爵、リィナ魔術師爵。この九名を中心として悪魔へ仕掛ける。連携については集合後にファルクス騎士爵に一任する予定だ。そして残りの者は周辺の安全確保担当となる」
メンバーの名前と一緒に騎士爵とか初めて聞く魔術師爵とかの単語がたくさん耳に飛び込んでくる。爵……ってことは貴族様です!? というかユッカちゃんも貴族様だったの!? オーギュストさんから『ユッカ嬢』とか聞きなれない呼ばれ方をしてたり、家名ついてたりした時点でもしかしてとは思ってたけど、ユッカちゃんは俺の中の貴族のイメージとは全く結びつかなかった。
ひっひっふーと何故か定着してしまった全く関係のない呼吸で気分を落ち着かせる。ユッカちゃんは身分のみの字も出さない対等な感じだったので他の人もそんな感じだといいなあ、と淡い希望を抱く。
……そもそも貴族様とは関わらないようにしようと思っていたのに、変なのに目をつけられ、この作戦はほぼ貴族様一行と一緒の行動だし、どうしてこうなった。先日からずっと厄介事の香りしかしないことに頭を抱えたくなる。
そうこうしているうちに四の半刻に南門に集合と、「この街の未来は皆にかかっている」という締めの言葉が告げられて解散となった。
皆が席を立ち、俺だけが少し座ったままぼんやりしていると近づいてくる小柄な人影があった。……小柄といっても今の小学生サイズの俺より大きいんだけどさ。
「アヤさん。話したい事があるんだけど……付いてきてほしい」
「うん、かまいませんけど……どうしたんです?」
「少し、人目につかない所で話がしたい」
さっきも同じように連れられてきたな、なんて思いながらユッカちゃんに先導されて天幕を出て、大通りから細い裏路地に入る。漂ってくる生ゴミと何とも形容し難いものが混じったような悪臭に鼻をつまみながら、いかにも怪しそうなお店が立ち並んでいる場所を通り過ぎる。
しばらくユッカちゃんの後に続いて進んだ後、辿り着いたのは行き止まり。三方は薄汚れた壁で囲まれていて、大通り付近と違って裏路地は入り組んでるんだなあと考える。これが話に聞くスラム街みないなものなのだろうか。
尤も悪魔の襲撃のためか人の気配は感じられなくて、辺りは静寂に包まれている。……いや、時折戦闘の音は響いてくるんだけどね。
「アヤさん、これを使って」
俺の手で握り込める程の大きさの宝石のようなものが手渡される。それは透き通った翠色が中央辺りの濃い翠色を覆った宝石のようなものだった。綺麗な見た目に思わず目を細めていると、僅かながら魔力のようなものを感じられた。
「これは? ぼんやりと魔力は感じられるけれど」
「それは念話の魔術が込められた魔道具。これと対になってる」
ユッカちゃんは俺が持っているのと同じようなものを手のひらに乗せ、握りしめた。握りしめた手に魔力が込められていくのを感じる。おそらくそうやって魔力を込めることで、込められているという魔術を使えるのだろう。
(わたし達は契約のおかげで何気なく使ってるけど、本来こういう会話――念話は魔術を使ったり、こういう魔道具を使って行うのさ。今回の目的は誰にも聞かれたくない話をするからだろうね)
(誰にも聞かれたくない話って……これ以上の厄介事は勘弁なんだけど。まあ、なるようになるか)
(悪い話ではないと思うんだけど、やっぱり誤魔化すのが無難かなあ)
(ん? ティアは話の内容の検討ついてるの?)
外面だけだと残念が付く吸血鬼であるティアだけれど、頭自体はいいということは既に分かっている。
(まあねー。といっても詳しく説明する時間がないから方針だけ伝えておくね。ユッカちゃんにはわたしの存在を伝える。そんでリョウはアヤでわたし――ティエリア・フォンベルクの娘、わたしはアヤに共生してる善意の協力者って設定でいくのでヨロシク)
(……は?)
さらっととんでもないことを伝えられた気がしたけど頭の回転が追い付かない。ええとティアもユッカちゃんとの会話に存在をごまかしつつ参加して、それから――
(さ、ユッカちゃんもお待ちみたいだし、その魔道具を握りしめて契約魔術の時みたいに魔力を通してごらん。あ、流す量はほんの僅かでいいからね)
そして思考に沈む頭は続くティアの言葉を理解することなく、気付いたら言われるがままに念話の魔道具を握りしめて魔力を込めていた。
(あーあー、聞こえてるのならお返事ください。あーあー)
魔道具へと魔力を込めるのと同時に頭のなかにユッカちゃんの声が響く。念話といううものの説明はされたけれど、本当にティアやキャロと話すときの感覚と同じなのには少し驚いた。
(うん、ばっちり聞こえてます)
(ん、普通に話すときと声が違う? ……まあいい。んと、アヤさんは既に察してると思うけれど)
察してるのはティアなんだけどね。俺はといえば一方的にティアから言われた設定とやらを頭に叩き込んでいる真っ最中。魂を移す儀式を行ってた、ってとこから大体の想像はつくけれど、ティアはこうして生きていることを隠そうとしてるよね。
ユッカちゃんが気合を入れるようにほっぺたをぺちりと叩いた。灰と青のオッドアイの眼には覚悟を決めたかのような力強い眼光が灯り、その強い意思が込められたような表情に俺は思わず見惚れてしまった。
そんな表情とはアンバランスなあどけなさを残した顔つきのユッカちゃんの、ピンク色の小ぶりな唇がぎゅっと結ばれる。
(単刀直入に言う。ヤーヴェルの樹はかつての姿を忘れず、大樹は落ちた果実を忘れない。迷いし者は聖域へ郷愁を抱き、胸に残る天上の歌声に思いを馳せる。……スノウラインは、盟友フォンベルクへ助力を請いたい)
感想、評価、ブックマークありがとうございます。
気が付けばブックマーク100件越え。めいっぱい応えられるようがんばるます。
本編に登場予定のない設定解説:
・悪魔の気配
悪魔の存在によりエーテル界に自動的にばら撒かれる精神汚染の力。物質界を介さないので直接精神に作用して厄介。
・悪魔の残滓
悪魔の精神汚染の力が混ざり変質した魔力。薄められたうえに精神へは物質界を介して作用するのであんまりつよくない。
17/05/09 名前の修正内容。ノズワルド→削除、ミカエラ魔術師爵→リィナ魔術師爵。メイン参加者を十名から九名に。