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自由奔放な吸血鬼  作者: 望月すすき
第一章 アルレヴァ防衛戦
21/48

01-13(旧) 望まぬ邂逅、望む邂逅

16/10/03 誤字・表現の修正

18/01/08 サブタイトルの変更(旧の追加)

 加減をして足に力を込めてジャンプ。

 いつもは踏み込みに使う足の力を、別の方向、すなわち上へと向ける。

 風を切るのを感じながら、ぐい、と視線が上へ移動する。そしてそのまま木の枝へと乗り、バランスを崩しながらもどうにか着地に成功した。高さで言えば150cmくらいだろうか。吸血鬼族の身体能力は相変わらずだな、なんて考えながら乱れた髪をかきあげると、今までとは毛色の違う縦方向の移動に、どう扱ったものかなと考える。

 キャロは相変わらずキラキラした目でこちらを見つめている。俺に依存しはじめている件といい、昨日の 風刃 (ウィンドカッター)といい、本気でキャロの将来が心配になってきたぞ。

 自衛手段を持っていることはこの世界で生きていくのなら必要なことだと思う。たとえそれが護る相手でもさ、喜ばしいことなんだけれど、最近はことあるごとに妹のことが頭をよぎってどんよりとしてしまう。もし――だったら。そんなありえない仮定が精神を乱してまともに素振りすらできない。ある程度吹っ切れたと思ったのに、どうしてこうも考えが女々しくなってしまっているのか。……そういえば、今、俺って女だったわ。

 ともかく集中ができないので、こうして別の方面から何か戦闘のヒントになるものを探しているのが現状だ。


 (それにしても最初と比べて上達したね。一番最初に跳んだ時なんか、思い切り力いれたせいで木々を超えるくらい跳んでたからね)


 (頼むからその話はやめてくれ……)


 黒歴史をほじくり返すような言葉に頭を抱えながら、その後全身を打ち付けて悶絶することになった事も同時に思い出し、より一層どんよりとした気分になった。地面って怖い。

 ちなみに今は打撲はほぼ完治しているが、肋骨は痛めているようで、呼吸をするのが少し億劫である。

 

 「風よ、我が命ずる。身を護る盾と成せ!」


 聞こえてきた詠唱に下へ目線を向けると、キャロが昨日のティア先生の魔術講座を早速実践していた。先ほどの魔術、 風壁 (ウィンドウォール)は風の壁によって敵の侵入を防いだり、遠距離攻撃(・・・・・)を防御するための魔術らしい。そして植物の壁よりも強度が弱いとはいえ、地面から生やす必要がある等のいろいろな制限を考えると、 風壁 (ウィンドウォール)の方が使い勝手が良いと思う。


 「風よ、我が命ずる。爆散せよ!」


 そしてキャロの面前で吹き荒れる暴風。キャロに気づいていてよかった。慌てて木にしがみついてなかったら落ちてたぞ。


 キャロがさらに行使したのは暴発する風(ウィンドバースト)

 (制御も何にもない、ただ風の魔力を目の前で開放するだけの魔術だけど、今回はそんな烙印を押された魔術の活躍が見れるかもしれないなあ)なんて言いながらティアは忍び笑いを漏らしていたけれど、不気味以外の何物でもない。


 さて、こちらも再開しようか。目的の枝を見つめると、今の枝からその枝へと跳躍する。力加減はばっちりのようだ。枝に着地すると同時に木の幹で体を支え、バランスを整える。


 (……人間を辞めて、こうやって練習して身軽になった実感はあるけど、何の役に立つんだろう、これ)


 (今更!? 自分でやっておきながら深く考えてなかったの!?)


 (ああ、一応ちょっとは考えてるよ。こうやって木の上に潜んで奇襲とかはよさそうだけどさ、トロル軍団相手だと無駄だしなあ。せめて剣技と結び付けて、狙いづらいトロルの首元を狙うとかできればいいんだけど……。どう考えても、ぼちぼちの高度を飛び跳ねてるのっていい的だと思うんだよな)


 一応空中を跳ね回ってトロルの首狩りなんて考えてみていた。そしてすぐさま足場がないと無理という結論に至った。空なんて飛べないしな。


 ちなみにキャロのシェイムの森の探査によると、最初と配置(・・)はあまり代わっていないようだ。三匹一組の悪魔(デーモン)の残滓持ちが森のいたるところをうろつき、森の南東部には軽く2,000を超える悪魔(デーモン)の残滓持ちが居るようだ。

 今まで遭遇した悪魔(デーモン)の残滓持ちはトロルとハイトロルのみ。一旦これらをトロルとして思考を進める。


 ちなみに冒険者と思われるパーティも森に居るらしい。それぞれ五人、五人、四人のパーティらしいということで、知り合いではなさそうなのであまり関わらないことにする。

 むしろどうやったらこんな小娘がトロルの密集地に向かっている見ず知らずのパーティを止められるよ?



 そしてトロルのことを聞いた俺とティアが真っ先に出した予想。


 ((もしかして、組織的な行動をしている……?))


 知恵をあまり持たないはずのトロルと、それらを召喚したであろう悪魔(デーモン)。集結するトロル。三体一組で森をうろつくトロル。明らかに怪しいトロル達の行動に、行き着く想像は自ずと限られる。

 アホなことを話しながらもティアと一緒に考えをまとめると、木の上からジャンプして着地、キャロに話しかけながら近づく。


 「たぶんトロルは組織的に行動してる。悪魔(デーモン)が指揮を取っている形で、だ。森をうろつているのは、地形を把握したり外敵を調査する斥候というパターンと、はたまた何かを探しているパターン。キャロ、もし悪魔(デーモン)が何かを探しているとしたらそれは何だと思う?」


 その言葉を受けて直ぐにはっとするような表情を浮かべ、青くなるキャロ。あまりに思いついたことがショックだったのか、そのままふらつきそうになっているところをそっと支える。仕方のない反応だ。何せ――


 「まさか、地脈を取り込むこと……?」


 俺はまさにその通りだと頷く。キャロは聡いと思ってるとはいえ、一瞬でこの予測にたどり着くとは。一体将来どうなるのかが心配だ。

 それはともかく、俺とティアの考えに至ったキャロを、褒めるように、安心させるようにそのまま抱き留めて、頭を撫でる。一応地脈を守ることは考えてはいるけど、万が一のときの行動指針を隠していることが、まるで針が胸を突き刺すように俺の精神を苛んでいる。

 先日のティアの補足説明が脳内を(よぎ)る。



 『地脈っていうのは、地面の中を通る大河や川みたいな魔力の通り道のことだよ。そして、世界中の色々な場所にその地脈の噴出孔――地脈口がある。例えば聖王国首都の真下とか、魔族領と人属領の境目とかね。場所とか文化によったらマナの泉なんて呼ばれたりもするね。

 ちなみにこぼれ話だけど、人族と魔族の戦争で人族連合軍は地脈口からの魔力を利用することで戦線を維持してるよ。地脈っていうのは、元々その土地にエネルギーを行きわたらせるもの。その力をむやみに使ってるせいで人族ー魔族境界は荒地になってると言われているね』


 地脈の説明ついでに人族と魔族の戦争の実情を暴露するのはどうかと思う。この件についても、ほかの件でもいろいろとティアには聞きたいことがあるけれど、これは追い追いでいいだろう。まずは目先のことに集中しないと。

 この森に膨大な魔力の奔流である地脈口があるのなら、悪魔(デーモン)がそれを狙うのは十分に考えられる話だ。悪魔(デーモン)は存在を維持するにしても、力を振るうにしても魔力が必要らしい。もし悪魔(デーモン)が膨大な魔力を手にすることになれば。嫌な想像しか浮かばないな。人類の安寧のためには地脈口を守る必要がある。

 ただ、そうなれば労せずともキャロとシェイムの森の契約が切れるとティアはみている。その後どうするのかは俺たち次第というところか。冷たいかもしれないが、目標を達成できる以上、わざわざ危険を冒す必要はないということだ。



 どう転ぶにしても、現状では圧倒的に戦力不足だ。なんだよトロル2,000体って。二日で十倍に増えてるぞおい。森でトロルがうろついている以上、アルレヴァに知らせようにもこの森にはキャロ一人を残しておけない。

 できれば他の冒険者と接触したいところだけど、あまり関わりを持たないようにしていたせいで恐いと思う自分がいる。俺のファンタジーの知識だと荒くれ者って印象しかないしな。それでもやるしかないんだろうと覚悟を決め、キャロに冒険者のところまでの案内をお願いする。


 願わくば。トライラントの皆みたいな、気のいい冒険者パーティでありますように。



 ―――――(ユッカ・スノウライン視点)



 昨日も今日も、魔物の数が多いと殺り甲斐があるなんて考えながらトロルの眼窩に向けて 氷弾 (アイスバレット)を放つ。昨日はつい調子に乗って 氷槍 (アイスランス)を行使してしまった。今日は反省?して 氷弾 (アイスバレット)縛りだ。



 昨日のトロルとの初遭遇の後暫く森を探索していたけど、結局三体一組のトロルばかりしか遭遇しなかった。


 そして野営地へ戻っての情報交換。ほかのパーティの状況も似たり寄ったり。そう、どのトロルたちも三体で行動をしていた。ハイトロルは混じっていたり混じっていなかったりしたらしいけど。

 考えられる結論は一つ。上位者による命令、哨戒行動。


 私たちがもたらした情報に顔を青くした伝令役の人はすぐにアルレヴァへと帰還していった。


 何せ三パーティで合計60体以上のトロルを葬ってるからね。哨戒行動となると確実に上位者の耳にも入ったはず。ちなみにその半分以上を屠ったうちの臨時パーティ、それを引き起こした原因のイルミナはそっぽをむいて口笛を吹いてる。

 見た目からは想像がつかなかったけど、彼女は戦闘狂の部類だ。口元を歪めながら魔術で容赦なくトロルを仕留めていたのには思わず閉口してしまった。元々口数は少ないけど。

 さらに驚いたのは、精神保護(プロテクトマインド)で魔力残量が少なくなった後。生粋の魔術師だと思っていたけど、弓に持ち替えて的確に急所を打ち抜いていた姿だ。彼女は弓士としてもやっていけるんじゃないかな。


 ともかく、ただ戦闘狂だったならまだいい。仮に彼女がより異常なものを持っていたらなるべく早くこの臨時パーティ抜けたい。アヤさんに対して意気投合できてたのはちょっと残念だけど。


 ファーラーさん達が設営してくれた野営地で一泊後、再びシェイムの森へ。トロルの存在は確認できたので、あとはトロルの大群の有無を確認できたら依頼完了だ。確実に居るとは思うけど。

 今回は他のパーティと探索場所を入れ替え、森の北側の探索だ。北側にもトロルが出たと報告があったので油断はできない。


 とはいっても、出てきても一瞬で終わっちゃうんだけど。のんびりとハイエムがトロルからはぎ取っている様子を眺める。隊列での先頭役や、雑用、おつかれさま。



 「そういえば噂話だよ噂話! ドラゴンを倒したって本当なの!?」


 少しのんびりしているところを、イルミナが早口で話しかけてくる。暇なのは分かる。でも何で私にばかり話しかけてくるのか。仕方なく記憶の隅に追いやっているサンクチュアリでの出来事を引き出す。


 「8組の合同パーティで、だけど。こちら・ドラゴン共にボロボロの状態だったのを、私がおいしいところを持っていってしまった形」


 人族領南西部の領域、数少ない未開拓領域。通称 聖域 (サンクチュアリ)。あそこのどこが聖域だ。そんな名称をつけた奴には、私が生きている間に 滅凍の理 (フローズントゥルース)の一つでも叩き込んで氷像にしてやりたい。


 「それでもドラゴンスレイヤーだよドラゴンスレイヤー! 冒険者がみんな憧れる功績。噂通りだったなんて、ほんとすごい!」


 「私一人の成果じゃない。それに、ドラゴンはドラゴンでもレッサードラゴンだった」


 当時組まれた SS (ダブルS)・S・Aランク混合の8組の合同パーティは事前情報通りレッサードラゴン相手であれば過剰戦力だった。しかし実際に居たのは成体のドラゴン。多大な犠牲を払ってSSS(トリプルS)級のドラゴンを倒した私たちを待っていたのは死者22名、引退を余儀なくされた者13名という惨状。そして、組合からのなけなしの危険手当と緘口令。


 腐敗したサンクチュアリの人々を思い出し、苦い顔をしそうになるのをぐっと堪える。私は感情表現が乏しい。周りから見ても気づかれないらしいけど、それでも。あいつらのことを意識して僅かにでも顔に出るくらいだったら、ドラゴンゾンビの腐汁を浴びる方がましだ。


 「レッサードラゴンでもあたしからしたら雲の上の存在なんだけどね…」

 「レッサードラゴンなら経験を積めば狩れるようになる」

 「無理無理。ワイバーンですら苦戦するのに、遠すぎるよ」

 「ワイバーンは落とせばいい。翼か頭で一発」

 「うう、さすがAランク、言ってることは正しいんだけどできる気がしない……」


 そこでハイエムがサインを出したので、歩くのを止めて藪に身を隠すようにして息を潜める。魔力感知には何も反応がない。

 ハイエムがイルミナを手招きし、先頭へと連れ立つ。彼女は目がとても良いので、魔力感知外で何かを観察しているのだろうか。

 カイは私の横で警戒してくれているようだ。私は不意打ちに対応できる程反応が良くないので心強い。


 そこでふと、視界の中、ハイエムたちの右前方の木に真っ黒いカラスのような鳥がこちらを窺うように留まっているのが見えた。青い石が埋め込まれた(・・・・・・・・・・)右目がこちらをじっと見ている。

 ――隠魔の石。魔力を察知させ辛くするそれを目にして、焦燥からかいつもよりも大きな声を上げた。


 「見つかった! 魔力感知妨害持ちの使い魔!」


 ハイエムとイルミナが慌ててこちらへと駆ける。そして隊列の前後を入れ替えると、全会一致で元来た道を大急ぎで戻る。

 ……油断した。まさか使い魔まで行使しているなんて。認識の甘さを猛省しながら、ハイエムとイルミナに続いて駆ける、駆ける。


 そして湖が見えた辺りまで引き返したところで、全方向から悍ましい魔力を感じ取ってしまった。荒い呼吸、(おびただ)しい反応、誘いこまれたとしか思えない現状。


 「……全方向、から、悪魔(デーモン)の、残滓の、反応」


 「お、私もきたきた。うわーすごい数、これで依頼完了だね」


 息を切らさず、相変わらず戦闘狂らしく楽しそうに言葉を発するイルミナ。一応同じ術士なのにその体力と主張の激しい胸についジト目になってしまう。

 ……違う違う、意識が変な方向に行ってる。


 「生きて帰れたらっていう前提忘れていないか!?」


 慌てた口調ながらも、落ち着いて様子を窺っているハイエム。この二日で彼が戦うところを見たことはない。実力は分からないけど、全体を見る目はありそう。


 「常道だと一転突破だな。ただ――俺が切り拓くには数が多すぎる」


 そしてトライラント一番の実力者、カイの冷静な判断。トライラントはでこぼこだけど、程よくバランスが取れてる、なんてどうでもいいことが思い浮かぶ。


 「……私が大きいのを入れる。みんなはその後に続いて」


 「ああ」「分かった、お願いね!」「どでかいの、任せたよ!」


 思い思いの言葉が聞こえる中。トロルが音を立てて近づいてくる中。私は眼を閉じて、私だけの世界へと身を投じる。


 「風よ、風よ、氷よ。我、ユッカ・スノウラインが命ずる」


 魔力が、属性が、言葉が力となり、私を中心として吹き荒れる。心地よい魔力の奔流。まるで身体そのものが魔力と一体化したように感じる。魔力は私の体の一部であり、私の身体は魔力の一部である。

 だから、私の身体を動かすことなど容易い。


 「風は風に。暴虐的たる御身は全てを吹き飛ばす力となり、凍てつかせる御身は荒れ狂うように踊れ、踊れ!」


 そして眼を開く。魔力の奔流はその力を保ったまま、小さな竜巻を発生させる。竜巻は内部の氷礫をきらきらと光を反射させながら、巨大化して進路を突き進む。巻き込まれたトロルの一部はそのまま竜巻に高く巻き上げられ、また一部のトロルだったもの(・・・・・・・・)は体の一部が凍り付いたまま、竜巻内部を飛び交う氷礫によって全身を打たれ、潰され、裂かれ、血まみれにされてそのまま吹き飛ばされる。

 久々に使った準戦術級魔術、氷乱舞(アイスダンス)2。元々中級魔術である氷乱舞(アイスダンス)の術式を改造した、お気に入りの魔術だ。とはいってもオリジナルと威力以外大差がないので数字をつけて呼び分けてるだけ。

 ……そして使う機会があまりないのも残念。ちなみに魔物を多数巻き込んだ時の光景からなのか、同業(冒険者)連中からは血塗れ竜巻(ブラッディハリケーン)とか呼ばれてるけどやめて。巻き込まなければ氷礫が光を反射してきらきら輝いて綺麗なんだから。


 「ハイエム! イルミナ! チャンスを無駄にするな! 突破するぞ!」

 

 カイは迫ってきたトロルの手首を、そして返す刃で首を斬り落とすと、今や黒く染まった竜巻を呆然と見つめる二人へと発破をかけた。

 その言葉で我に返ったハイエムは邪魔なトロルの間をすり抜けるかのように竜巻の後を追い、イルミナはトロルの顔面へナイフを投擲しながら後を追う。

 どうも二人は突発的なことへの反応が遅れるみたい。そこまで気が回ってなかった。正式にパーティ組んでると違うね。ナイスフォロー、カイ。


 氷乱舞(アイスダンス)の後を走り抜けていると、通り道の両脇から次々とトロルが姿を現した。一点突破の考えが読まれていたか。


 「次から次へとっ……。カイ、左側は任せる。…打ち抜け! 打ち抜け! …氷は氷に。凍てつかせる御身よ降り注げ!」


 最接近したトロルへ 氷弾 (アイスバレット)を打ち込み、届く範囲のトロルを 氷弾雨 アイスバレットシャワーで纏めて射抜く。

 思ったよりも氷乱舞(アイスダンス)2の消耗が大きい。それでも反応が鈍い体をむち打って、合間合間に遅れて逃げてくるハイエムとイルミナに 氷弾 (アイスバレット)で援護する。


 カイはというと、まだまだ余力があるといった様子で流れるようにトロルを一撃一殺で屠っていた。正直魔術師としての役割は果たしたので、あとは近接職()たちに任せたいところだ。


 「来るのが遅い!」


 板金鎧の首元へと突きを入れ絶命させながら、ハイエムとイルミナへ文句を言うカイ。


 「すまん、すごいものを見てつい固まっちまった」


 「ごめん。次は起こさないようにする」


 カイは左側のトロルの掃討があらかた終わったので、私の担当側へと援護に来てくれている。最初は何考えてるのか分からない奴だったけど、今このメンバーの中では一番頼れる人だと思う。


 「大地よ、我が命ずる。暴虐的たる御身は鋭き意思と共に放たれよ!」


 復帰したイルミナによって放たれた尖鋭岩矢(シャープロックアロー)で二体のトロルの頭部が貫かれ、爆散する。

 近くのトロルが粗方片付いたところで、カイの鋭い声が響く。


 「よし、このまま野営地まで撤退するぞ!」


 リーダーのハイエムよりもリーダーっぽい言動してるぞ。ハイエムなんか苦笑してるし、これでいいんだろうかトライラント。



 ――そして。圧倒的な気配と共に、それが現れた。形容するなら、ただただ悍ましいもの。

 大量のトロルに囲まれるという極限下で、それ自体が足止めであると気づくのには無理があっただろう。

 イルミナの精神保護(プロテクトマインド)がかかっているとはいえ、無意識にがくがくと震える足。もしかしたら震えているのは全身かもしれない。その圧倒的な恐怖の塊に、私はなんとか立っていることしかできなかった。


 「忍び込んだ薄汚いネズミの割に、かなりやってくれましたねえ」


 一語一語がまるで背筋に突き刺さるような錯覚を覚える。精神保護(プロテクトマインド)有りとはいえ、まさかこれほどとは。


 赤みがかかった肌に、体を包み込めるような大きさの羽。筋肉質な肉体は張り付くような黒い衣服に包まれ、両腕には黒く鋭い爪がぬめるように光っている。そしてまるで人間のような顔に、毛のない頭から生えるねじくれた二本の角。

 そんな風貌をした()は、口元を歪めて笑った。


 「まさか、悪魔(デーモン)だと……」


 ハイエムもイルミナも、私と同じ様相だ。こんな精神状態で、まともに動ける訳がない。

 そして気が付くと、また私たちはトロル達に包囲されていた。


 「見たところ人族にしてはなかなかの強さ。本来ならレイスなどの材料にするのですが、私は今忙しい。実に、実ぅーに惜しいですが、我が力の源になって頂きます」


 「断る。人間界ではなく、大人しく元の世界に還れ」


 その言葉で楽しそうに口元を歪めた悪魔(デーモン)が指を鳴らすと、待機していたトロルが一斉に駆けてきた。魔力はもう幾何も残っていない。それでもなんとか震える言葉で 氷弾 (アイスバレット)を詠唱してトロル三匹を打ち抜き、魔術の種(起点魔術)を使い切る。それでも、魔力の続く限り抵抗を続ける。


 「風よ、我が命ずる。暴虐的たる御身よ刃となりて、引き裂け!」


 氷魔術から威力も消費魔力も高い単属性魔術に切り替え、まとめてトロルの首を飛ばす。そして四発放ったところで、遂に魔力が切れる寸前になる。


 私は覚悟を決めると、護身用のミスリル製の短剣を引き抜いた。大剣で斬りかかかってきたトロルにへ踏み込んで魔力を通した刃で太ももを切り裂く。同時に左腕を中心に風圧を感じ、左上腕に軽く痛みが走る。忌々しい革鎧だ。トロルがそんなものを身につけているせいで、私では急所を狙えない。ただ一撃で戦闘不能にならなかったのは僥倖。次があるのはいい。死を覚悟したつもりとはいえ、やはり死ぬのは怖いから。

 私に助けが来ない点から、他のメンバーもぎりぎり持ちこたえるような形で戦っているのだろうか。そして、私はトロル一匹で十分だと。醜悪な思考、そして魔力の尽きた私程度ならこの程度だろうと見切られたこと、本当に嫌になる。

 トロルは足の痛みに顔を顰めながら、袈裟斬りを放つ。地面へと転がって、なんとかそれを回避する。そして体勢を整えたところで、こちらへ真っすぐに伸びてくる剣先。


 「あぐあああああっ!」


 右肩が外れるような衝撃に声が溢れる。右肩の付け根が鈍い痛みを発し、握っていたミスリルの短剣が地面へと転がる。そして衝撃が徐々に引いていく中、大剣を突き立てられた箇所は痛みと同時に熱を帯び始める。痛みからか呼吸は荒くなり、心臓は早鐘を打っている。左手で何とか傷口を押さえようにも突き立てられた大剣に阻まれて何もできない。むしろそんな努力をあざ笑うかのように、トロルは大剣を捻じった。

 私のものでないような声が溢れる。肉体的な痛みと体の芯に響くような不快感。意味を成さない言葉が口から零れ、頭が痛みに塗りつぶされる。やめて痛い痛い気持ち悪い痛いいたいいたい!


 そしてトロルは大剣を引き抜いた。私は本能のまま左手で傷口を押さえつける。一瞬視界に入ったものはピンク色の肉と抉られた白いもの、そして溢れ出る血液。息も絶え絶えに、それらの痛みをごまかすように左手に思い切り力を籠める。傷口がより熱さを帯び、それでもなお手の間からは血が溢れ、ローブを赤く染めていく。


 既に両膝は地面につき、まともに戦える状態ではない。それでも最後の抵抗とばかりに顔を上げ、きっとトロルを睨みつけると、奴は。奴は、顔を歪めて笑っていた。何故二撃目が来ないのかと思っていたら、いたぶって遊んでいるのか、こいつは。


 ただ、ゴブリンに苗床にされて死ぬなんかよりは遥かにマシ。死んだ方が楽な光景なんて何度も見てきた。そう考えると、私はある意味幸せなのかもしれない。

 お父さん、お母さん、スノウライン家を継げないでごめんなさい。

 死を目前に頭に浮かんだのは家族のことだった。


 表情を歪めたまま、トロルが大剣を構える。引き続きいたぶられるのか、それとも一思いに命を刈られるのか。どうせならひと思いにやってほしい、なんて考えていると。


 銀閃が走り、表情を歪めたままのトロルの頭が落ちた。


 「すまない、手間取った」


 「……遅い。走馬燈が見えた」


 待望していた助けの声。半ば諦めていたそれに驚きながらも、なんとか言葉を絞り出した。

 私の隣に立ったカイは「それはすまなかった」と言うと、ついでとばかりに後ろへと刀を突いた。切先は背後から襲ってきていたトロルの首を貫いて絶命させた。


 「……お互い、ボロボロ」


 私は右肩をひどくやられ、カイは全身傷だらけで特に左腕と右太ももの切り傷が深い。


 「ああ。例の板金鎧のハイトロルの群れは勘弁して欲しい」


 「か弱い女の子にあてる相手は考えてほしい」


 どちらからともなく、自然と笑みが零れる。全く、私らしくもない。


 「む。少し待て」


 カイはそのままイルミナの方へ踏み込むと、彼らの背後から襲い掛かろうとしていたトロル三体の首を鮮やかに刎ねる。ハイエムは私たちと同じく全身傷だらけでトロル三体を相手にし、イルミナも例に(たが)わず、スタッフでトロル二匹と交戦している。トロル相手にスタッフまで扱えるのかこの魔術師。


 私は痛みを堪えながらも、なんとか左手でミスリルの短剣を拾い上げる。少し余裕ができたとはいえ、全方位からトロルが押し寄せている状況には変わりがない。


 そこでぱちぱちぱち、とこの場に似つかわしくない音が響く。悪魔(デーモン)は大仰に拍手をしながら言葉を発する。


 「流石魂の輝きが強いだけありますな、やり過ごしてしまわれるとは」


 その態度に、皆が悪魔(デーモン)を睨みつける。一体何様のつもりだ、と。その視線を受けて尚、平然と悪魔(デーモン)は言葉を続ける。


 「ふふ。まあいいでしょう。蹂躙されることには変わりがないのですから。感情もいいですが、その美味しそうな魂、実に、実ぅーに楽しみです」


 先ほどの様に悪魔(デーモン)が指を鳴らす。今度こそ、これで終わりだろう。


 私へ向かうトロルに一閃して援護してくれた後、板金鎧の群れへと突入するカイ。


 遅れて到着したトロルの一撃を転がって躱すしかない私。


 大剣を捌ききれなくなり、スタッフでまともに受けて苦悶の表情を浮かべるイルミナ。

 

 物量で囲まれてたハイエムが避けられない一撃を二本の短剣で無理矢理受け、吹き飛ばされる。



 ――そして。


 「いやああああ! 私は遠くから援護すればいいって話でしたよね!?」


 「ナンノコトカナー。それにキャロがいた方が都合がいいし、このまま突っ込むよ!」


 場違いのような声が響いた後、地面を揺らすような衝撃が走る。何事かと周囲を確認しようとすると、私に大剣を向けていたトロルの首がごとりと落ちた。

 イルミナと対峙しているトロルの首が掻き斬られ、仰向けに倒れる。

 ハイエムを吹き飛ばしたトロル達が手首を落とされ、首を掻き斬られる。そして一体の首へと剣を突き立てられ、そのまま巨体が押し倒される。


 私の目では、金糸のような髪が躍ると同時に、トロル達が次々と屠られたようにしか見えなかった。

 幼い風貌のその髪の持ち主はトロルから剣を引き抜き、剣身に付着したものを払うように振ると、左手で面倒そうに髪をかき上げる。そして私たちへ振り返ると、「大丈夫だった?」とでも言うかのように、アヤちゃんはその紅い眼を細めて微笑みを浮かべたのだった。

次話は16/10/04の18:00予定です。


 短い言葉に長いルビを振るとき、前後に全角スペースを入れるといい感じになることを発見。

 そういえば視点変更時、ハイエムの時は影が薄かったので明記しましたが、他の人の場合も明記した方が分かりやすいでしょうか。

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