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自由奔放な吸血鬼  作者: 望月すすき
第一章 アルレヴァ防衛戦
22/48

01-14(旧) 遁走とお土産

16/10/18 誤字修正

18/01/08 サブタイトルの変更(旧の追加)

 「んーむ。どう見ても、トライラントの人たちと、ユッカさんだよなあ」


 翌日、お昼時を過ぎた頃。

 冒険者に会いに行く途中でキャロに森の探査をお願いしたところ、トロルよりも恐ろしい気配を感じたらしい。悪魔(デーモン)が出てきたのだろうと検討をつけ、大きな木に登って目を凝らして様子を窺っていたところ、大量のトロルと交戦しているのを見つけた。幸い、誰かがこちらの方向へ竜巻のような魔術を放ってくれたお陰で、木々が邪魔になることなく様子を観察できている。状況は多勢に無勢といったところ。四人に対して、数百ものトロルが包囲してる。

 ちなみにここの場所は悪魔(デーモン)の魔力の範囲外なので、今のところその魔力には当てられていない。


 「うーん、助けに行くなら、私が突っ込んで、キャロが遠くから植物の壁とかで援護するのが安全かな」


 「どうやってトロルの群れを突破するのですか?」


 その問いでつい笑みがこぼれてしまった。一応考えはあるけれど、それが我ながらアホらしいアイデアなせいだ。地面を砕き、間合いを一瞬で詰められるような吸血鬼の膂力ならきっと。


 「そこでキャロに頼みたいことなんだけど。試しに植物の壁の上を走れるくらい丈夫にして、形が傾斜になってるのをつくれないかな?」


 「どのくらいまで強度が出るか分かりませんが、とりあえず試してみますね!」


 そして手早く完成するジャンプ台らしきもの。飛んだり跳ねたりしても揺れすらしない。思い切り蹴ってジャンプしたら砕けたけど使い捨てだから問題ない。飛距離も飛び込むには十分。ただ向こうに気づかれる距離からしか飛べないけど。


 念のために救出作戦の内容をキャロに説明しておく。


 「分かりました、一仕事終えた後は逃走経路の先で待っていればいいんですね!」


 相変わらず理解の早いキャロの頭をぽんぽんとぽふる。これであとはジャンプ台を作ってもらうだけで万全だ。


 悪魔(デーモン)の気配にちびりそうになるのを耐えながら本番用のジャンプ台をキャロに作ってもらった後。

 キャロが起点魔術を詠唱してたのは聞こえてたけどさ、五つの白い光と、五つの風の塊がキャロの周囲を漂っているのは気のせいだと信じたい。ええと、昨日が起点魔術五重。今日が十…?おかしいよなこれ、ティアに聞くまでもなくおかしいのが分かる。え、俺? まだ属性すら纏わせられてねーよ。


 そして途中で気づいた。イルミナさんたちの消耗で、俺だけでは手が回らないだろうという予測。どう計画を修正しようかと頭を悩ませていると、天啓がひらめいた。そうだ、キャロも一緒に連れて行けばいいんだ。


 「そういえば準備してるうちに気づいたんだけどさ。向こうの損耗が大きすぎて私だけだとおそらく手が回らなさそうなんだ」


 俺の笑顔に何かを感じ取ったのか、思わず一歩後退してしまうキャロ。逃がすまいとその手を掴む。


 「大丈夫、しっかりと抱えるから。ね?」


 (ちょっと、リョウ…!)


 ティアが言葉を発し終える前に素早くキャロを抱えると、俺はそのまま駆け出した。

 直後。キャロの絶叫がシェイムの森に響き渡った。



 ―――――



 砂埃を上げながらトロルの包囲の中心部に着地した後、抱えていたキャロを下ろす。ローブの袖からアンモニア臭がするのは触れないでおこう。ほんとごめんなさい。キャロは顔を真っ赤にして呆然としたままだけれど、目の前のことを片づけるのが先だ。

 視界に入ったユッカさんを狙っていたトロルのがら空きの首に剣を叩きつけ、まず状況を確認する。

 

 ハイエムさんは板金鎧の群れを相手にしている。全身に傷を負っているとはいえ、まだまだ余力がありそうなので後回し。別に板金鎧を相手するのが嫌って訳じゃないんだからな。


 次に危ないのはイルミナさん。トロルの大剣をまともに受けてしまったようで、完全に体勢が崩れている。そのトロルに向けて踏み込むと、がら空きになっている喉元へと剣閃を放つ。


 そしてハイエムさんを吹き飛ばしたであろうトロル四体組へ。包囲の外側からの奇襲なので、同時に相手取るのは二体。振り下ろされる二本の大剣を、片方の大剣へと距離を詰め、一本目を躱す。そして縦に振り下ろされる大剣を斜めから叩きつけて剣筋を逸らし、がら空きの手首へと剣を叩きこみ、危険がないことを確認するとそのまま首を掻き斬る。

 最初の一撃を躱したトロルが薙ぎを放つが、それをジャンプすることで躱す。これ、薙ぎを躱すのにちょうどいいぞ。着地し、慎重を期すべく薙ぎを振り切った腕に剣を叩きこむと、新たに参戦した三匹目のトロルの袈裟斬りを躱し、二匹目のトロルの首を掻き斬って仕留める。


 ステップからの反転。おいおい、三匹目はまだ大剣を振り下ろした態勢じゃないか。その手首に一撃を叩き込むべく、剣を横に構えながら踏み込む。途中で俺に叩き込まれる四匹目の斬撃の力を逃がし、返す刃で三匹目の手首を叩き潰し、首を掻き斬る。あと一体。

 逸らした大剣から続けて放たれる薙ぎ。それをジャンプして躱し、そしてふと思いついたことを試してみる。空中でまだ倒れていない三匹目のトロルを思い切り蹴り飛ばして反発力を得て、腕の力で四匹目のトロルの首を突く。思っているよりも力を込められたのか、喉に剣を突き立てられたトロルは仰向けに倒れ、剣は首を貫通して地面へと縫い付けられた。



 身体加速(アクセル)を解除する。思いつきからの行動だったけれど、思ったよりすごいことになってしまった。かなりどきどきしながらも血を浴びないように剣を抜き放つと、軽く振るって剣身に付着した血脂を飛ばす。剣の手入れにしては応急処置もいいところだろうが、仕方がない。


 そして振り返ると、改めて知り合い達の無事を確かめる。一番傷が深そうなのがユッカさん、次にカイさん。ただ、命に別状がなさそうなことを確認できると、思わず笑みが浮かんでしまった。ぎりぎりで間に合って良かった。まだ一名戦ってたりはするけど。

 ともかく、トライラントの皆とユッカさんに救援に来たことを伝えるために声を張り上げる。

 「間に合ってよかったです。このまま加勢しますが、少しだけ待ってください!」


 三人は俺の言葉に目を丸くしながらも、目の前でトロルを片付けたことで納得してくれたのか、思い思いに感謝を告げられた。


 「ああ、ありがとう、アヤちゃん」

 「ほんと助かったよ。これを切り抜けられたら、何かお礼させてね」

 「……ありがとう、アヤさん」

 「ありがたいが俺の方も手助けしてくれよ!?」


 むずがゆい、むずがゆいよこれ。思えばこうやって心から感謝されるのはキャロ以来だっけ。

 ちなみに戦闘を継続しているカイさんにはキャロをつける予定なので大丈夫だろう。……たぶん。


 放置していたキャロに近づく。やっとフォローを入れられる。今回は俺が全面的に悪い。平謝りしながらタオルを取り出して手渡す。その間もキャロは濁った目をしながら何やらぶつぶつ言ってたけど大丈夫だろうか。

 ちなみにティアは……うん、やめておこう。触れたくない。


 「ごめんキャロ、こんな状況で言えた身じゃないけど、緊急事態なのは分かるよね。あそこで刀で戦ってるカイさんに拘束(フォレストバインド)で支援をお願いできないかな」


 我ながら卑怯な言い方だが、今回は事態が事態だけにできるだけ気持ちをぐっと飲みこむ。数秒空白が続いた後、「……あいさ、です」と声を震わせるキャロ。本当にごめんなさい。後で思い切り甘やかしてあげるから。

 綺麗な方の手で頭をぽんぽんとすると、救援に向かうべく踵を返す。


 ユッカさんを狙う隙だらけのトロルの首を斬ると、その巨体を蹴り倒しながら声を張り上げる

 「トロルは私が暫く全て受け持つので、まずはユッカさんの治療をしてあげてください」



 「森の管理者たる私が望むがままに、拘束せよ」


 キャロによって板金鎧それぞれに放たれる五連続の拘束(フォレストバインド)。ちなみにハイトロル相手でも数分は拘束できると確認済みだ。


 「嬢ちゃん、支援感謝する。これですぐに片が付きそうだ」


 囲まれた数が減って明らかに動きのよくなったカイさんが板金鎧の首をヘルムごと斬り落としていく。いやいやいや、何をどうやったら鋼鉄をそんなぽんぽんと斬れるんだよ。

 そんなカイさんを横目に、ほぼ全方位から襲い掛かってくるトロルをひたすら大剣を逸らして隙を作り、斬り飛ばし、切り捨て、蹴り飛ばして戦線を維持する。

 力任せの動き以外を練習しておいてよかった。力だけだったら、たとえ身体加速(アクセル)があっても波状攻撃から守り切ることができなかっただろう。


 「もしや。貴女はヴルダラクの一族でしょうか?」


 俺が孤軍奮闘の様相を呈する中、身体の芯が冷えるような、ぞっとするような声が響いた。今の今まで静観していた悍ましい存在。まるで恐怖そのものが形をもって語り掛けてくるみたいだ。


 気合を込め、悪魔(デーモン)へ目線を向けると、その異形はこちらを警戒するような表情を浮かべていた。とはいえ、悪魔(デーモン)本体の魔力を感じた時とは比べ物にならない程の、狂気とも呼べるレベルの恐怖に当てられているこちらはなんとか気を失わないようにしているだけで精一杯だ。足元を生暖かいものがつたっていったのにはさすがに気付いたが、それに気をかけている余裕すらない。

 それでヴルダラクの一族って何だよ。ティアの家名はたしかフォンベルクだったはずだし。


 (……こいつに聞きたいことがあるから、ちょっと体貸してね)


 肉体的にも精神的にも尊厳的にも、絶体絶命な中、悪魔(デーモン)の言葉に反応したティアに有無を言わさず体の主導権を奪われた。ティアには身体の状態も伝わってるだろうしにやにやしている気配には目を瞑ろう。身体を共有してるんだからそういう反応には慣れるしかないんだけど、せめて今日は枕に顔をうずめてもいいよね…。それにしても魂のパスの権限って一体何だったのさ。権限っていったらそう簡単に奪われるものじゃないだろ。

 そういえば、身体から引っ込むことで精神がだいぶ楽になった。ティアが平気そうだったのはそういう訳だったのか。……悪魔(デーモン)の存在に直接当てられた状態で会話をしようなんて、ティアは大丈夫なのだろうか。


 「だとして、どうするつもり? わたしはこの件は一切聞いていない」


 思っていた以上にまともに話ができている。どんな精神力してるんだ。あと理解はできるんだけどさ、太もももじもじさせないで。変な感覚がする。


 「ふむ……。だとすると、ここはお互い引くのが賢明ですな。ヴルダラクについては関わるな、と主に念を押されておりますので」


 主。さらに上の存在がいるのか。だとするとこれは突発的なものではなくて、計画されたものなのだろうか。


 「それを聞いて、わたしが逃がすと思う?」


 その言葉に笑い声を上げる悪魔(デーモン)。何を話してるか全くわからないけど、そんな強気に出て大丈夫なのか?


 「まさか、そんな未成熟な体で男爵(バロン)たる私を滅せるとでも?」


 「ちっ、爵位持ちか。その様子だとまだまだ隠し玉があるのでしょう?」


 「ご想像にお任せしましょう。ふふふ、それにしても、悪魔殺し(デーモンキラー)の一族をこの手で葬り去れる機会がこれほど早く訪れるとは」


 何かやり合う方向に話が進んでないか? ティアへ意識を向けると大丈夫との返答があったけど、どうすんだこれ。


 「……ありがとう。そして、ごめんなさい。わたしはヴルダラクの一族ではない。誇り高き、フォンベルクの一族だ!」


 アヤ(ティア)は言葉を言い切ると同時に右手首を噛み切ると、出血を払うかのように手を振る。あまり深くない傷口から大量の血液が空中へと飛び散り、その血が槍のような形を成した。そのまま投擲された血槍は、魔法らしきものでの迎撃をすり抜け(・・・・)悪魔(デーモン)の左胸へと突き刺さった。この身体、んなことできたのかよ!


 いつの間にかこちらの動向を窺っていた探索組パーティー四人プラスキャロもその光景に固まってる。たぶん吸血鬼の特技か何かだと思うけど、いいのかこの技、他の人に見せてしまって。

 あまりに上から目線だった悪魔(デーモン)に一撃入れたことで少し溜飲が下がったのも事実だからはっきりとは言い難いけど。


 「キャロ! 植物の壁をお願い!」


森さん、お願い(アルバロ・ビヒア)、 生い茂っちゃって(ラ・コブリーロ)!」

欲望よ、(ラ・)在るべき姿を示せ(レヴォト・デジーロ)!」


 ティアの言葉で植物の壁の種族魔法を詠唱するキャロ。そしてそれに重ねるかのように、悪魔(デーモン)の詠唱が響き、悪魔デーモンの魔法が先に完成する。その直後にキャロの魔法も完成し、醜悪な悪魔(デーモン)の笑みがトロルごと植物の壁によって遮られた。竜巻の魔術でできた道の両側を、植物が防壁のように固めている状態だ。


 そして、思考が、淀む。作戦通りなら、あとは、植物の壁を迂回される前に……森渡り(フォレストウォーク)で、脱出する手はず…。


 ああ、思考がまるでどっぷりと沼に浸かっていくみたい。だんだんと身動きが取れなくなっていくよう。ねっとりとしたその感触にはどう足掻いても、より深く沈むだけ。

 気が付けば体の制御は私に戻っている。右手には片刃を使い潰した魔鋼の剣。目の前にいるのは、トロルの群れ。

 やることといったら一つしかないよね。こんな悪臭しか放たないような害悪には存在している価値がない。


 「ア……姉……ん……?」

 「…この子………ップ………に……され……………から…………近………………いい」


 ノイズの様な不快な音が頭に響く。その音で余計にイライラが増す。決めた、目の前の害悪を殺したら潰す。


 地面を蹴る。突く。そのまま首を引き裂いて隣の害悪を薙ぐ。着地。大剣を跳ね上げて斬り裂く。邪魔な死骸を投げ飛ばす。踏み込んで薙ぐ。転倒した害悪の頭を踏み潰す。密集してる害悪に蹴りを入れ、三角跳びの要領で高さを稼いで斬り落とす。


 「……退路…確保……………………ありが………だが………」


 時々ノイズが頭に響くけれど、だんだんと気にならなくなっていく。

 掻き斬る、飛び込む、斬り落とす、受け流す、踏み込む、掻き斬る、跳ぶ、蹴る、突く、斬り飛ばす。

 ああ、楽しい。溢れ出る興奮を隠しきれなくて、体中、特に下半身が熱い。漏らしてしまったことなんてもはや気にならない。このままずっとこうしていたい。欲をいえば、広がる光景が黒い血液ではなくて綺麗な赤黒い血液だとよかったのだけれど。

 でも、いくら斬ったところで悪臭は消えなかったのは想定外だった。ただ私よりも小さなの女の子の魔術で素早く臭いの元からは退避できた。ただ五月蠅いだけのものと思っていたけれど潰すのはやめてあげよう。



 ある程度臭いの元から離れられたので、腰を下ろして休憩する。あの小豆色の髪の、小さな女の子。どう見ても血が美味しそう。ちょっとした恩はあるけれど、吸い尽くしてしまいたい。ぐちゃぐちゃにしてしまいたい。


 欲望が頭の中を占めていく中、唐突の違和感。彼女は――確か私が護らないといけなかったはず。そうだ、キャロット。キャロだ。どうしてこんな大切な子の存在を忘れていたんだろう。キャロへ目を向けると、魔力の消費が大きかったのか木陰で仮眠をとっている。そのあどけない寝顔に思わず頬がゆるみ、傍へ行ってその頭を撫でてあげる。




 その突然のアヤの行動に驚いたのが、同じく休憩をしていた探索者パーティー組。


 悪魔(デーモン)から謎の魔法を受けたアヤは、好戦的になり、言葉が通じなくなり、敵味方の判別がつかなくなる狂乱(バーサーク)状態になったかのようだった。

 言葉をかけても反応は帰ってこないが、瞬く間にトロルを屠っていったのだ。ただ皆に襲い掛かってくることがなかった点だけは狂乱(バーサーク)とは違った。

 そして予めアヤに指示されていたというキャロットと名乗る少女に見たこともない魔術で先導され、丁度いい開けた空間があったので休息をとっている。狂乱(バーサーク)状態のアヤも大人しくしていたのだが、ここで突然キャロットの頭を撫ではじめたのがことのあらましである。


 「アヤちゃん……? もしかして元に戻った?」


 「はい? なんのことかな。今日も私は私のままだよー」


 その言葉にがくりと肩を落とすイルミナ。アヤにかけられたのは精神に作用する類いの魔法だろう。このまま解けないとなると、街の神殿で診てもらうしか手がない。普通ならば多少の御布施と共に簡単に済ませられるのだが、彼女たちが頭を抱える原因があった。


 「えへへ、ちょっとくらい吸っちゃっても平気かな? でも加減が分からないし、吸血鬼化してしまうって話もあるし。やっぱりティアに聞くしかないよね。おーい、てぃーあ。いい加減出てきてよー」


 そして時折訳のわからない言動をする。キャロはその言動に思うところがあったりするのだが、今はおやすみ中だ。

 そんな状態のアヤに、唐突に抱き着いた藍色。アヤの今の状態を深く考えていないのか、ユッカはそのままアヤの頭を撫ではじめた。


 「こういうアヤさんも可愛い。それと、私の血はちょっとなら分けてあげていい」


 「ほんと!? ユッカちゃん(・・・・・・)! でも直接吸うのは怖いから、容器…あっ、この瓶に入れてくれると嬉しいなぁ!」


 屈託のない笑顔を浮かべながら、カバンから取り出した小瓶を渡すアヤ。そしてかすかに微笑みながら「わかった、すぐに用意する」と言うユッカ。その手には既にミスリルの短剣をスタンバイさせている。

 そんな混沌とした光景を前に、トライラントの三人は頭を抱えていた。


 皆が感じた最初の違和感は悪魔(デーモン)に放った謎の攻撃。そして狂乱(バーサーク)時、笑いながらトロルを屠っているときに口元から覗いた鋭い牙。それだけでは確信は持てなかったが、この休憩中の人の変わったような言動で皆の認識が確定してしまった。

 彼女――アヤ・ヒシタニは吸血鬼族だ。魔族の中の魔族とも呼ばれる、凶悪な存在。高い物理能力、魔法能力、そして不死性に厄介な技能。これまでの歴史では数々の国がたった一体の吸血鬼が元で落とさたこともあるらしい。


 そもそも魔族というものは、小さな頃から野蛮で危険な存在と教えられている。そのせいか、皆アヤからは少し距離を置いた位置で休んでいる。アヤの知り合いであるというキャロット、そして何故かユッカだけがこうしてアヤの近くで寛いでいるが。

 とにかく、アヤが吸血鬼だったこと。これが皆に神殿に行くことを悩ませる原因だ。そもそも魔族が人族領で冒険者してること自体問題だが。

 かといって騎士団へ突き出す訳にもいかない。アヤは皆にとって命の恩人でもあるのだ。ここにいる皆は、幸いそんな非情な人物ではなかった。


 「んぅぅう~~。ふあ、おはようございます」


 方針がどうにも固まらない中、完全に魔力の回復に努めていたキャロが目を覚ました。そして目の前にいるアヤに目を見開いてあたふたしているのを、自然と皆暖かい目で見ていた。アヤ(呪われ)、キャロ、イルミナ、ハイエム、カイ、ユッカ。この中で皆に一番和やかさをもたらしているのは間違いなくキャロであった。

 キャロは起き上がると、早速仕事とばかりに木の幹に触れ、森の状態を探査する。


 「……。数百体があと一時間くらいでここへ着きます。密集地は……多すぎて分かりません。5,000は居ると思います。後は三体一組がうろついているのは一緒ですね。悪魔(デーモン)は…今は湖の北東です」


 「ああ、やっぱりキャロは聡いし可愛いなあ。えへへへ」


 締りのない顔で愛しげに抱きしめ、ついでに耳を甘噛みするアヤ。いきなりの行動にひゃう、とかわいらしい声を上げてしまうキャロ。平常運転のようで全く平常運転ではないアヤの様子に、キャロの顔もいつもより赤くなっているように見える。


 そのままうなじを指でなぞったりと、子供同士の割に何だかやけにピンクな雰囲気を醸し出し始めたアヤを目にしたハイエムは、こほん、とわざと音を立てて皆の注目を集めた。


 「傷の手当ても終わったし、十分とは言えないが休息も取れた。一旦調査隊の野営地に戻って、アルレヴァに戻ろう」


 ハイエムの提案に頷くイルミナ、カイ、ユッカの三人。


 「あれ、アヤちゃん達は別行動するの? できれば一緒にいて欲しいんだけど」


 「うん、実はまだ用事が終わってないんだよね」


 あらかじめ決めていた答えを返すアヤ。たしかこれで合ってたよね?と記憶を掘りながらの回答ではあったが。


 「分かってると思うけど、この森は今以上に危険になるよ? それでも、っていうのなら、理由だけでも教えてほしいかな」


 イルミナの心から気遣う様子に、言葉に詰まるアヤ。吸血鬼であることが知られてしまったのはもうどうにでもなれという気分だが、キャロに関しては何も伝えていなかった。せめてキャロの正体は明かす訳にはいかない。そのためには、森から出られない理由の代わりに森に居なければいけない理由をでっちあげる必要がある。

 頼みの綱のティアの反応が無い今、アヤはうんうんと唸りながら理由をでっちあげ、口を開いたところ。


 森の中央から、森全体に行き渡るような波のようなものを感じた。今まで感じたことのない感覚と、言いようのない不安感。その波は、その後も二度三度と森全体へ広がっていった。

 心なしか、波が発生する度に、森全体がくすんでいく(・・・・・・)ようだ。トライラントの皆とユッカも違和感を感じたようで、辺りを警戒している。


 「キャロ?」


 何が起きたのかを聞こうと、なるべく柔らかく聞こえるようにアヤがキャロに声をかける。それでも返事がなかったので、キャロの正面に移動して再度口を開こうとして――


 キャロは今までにない以上焦燥し、青い顔をしていた。


 何も言わずキャロの手を握るアヤ。他の皆も口を開かず、心配そうに二人の様子を見つめている。

 そして数分後、アヤの手をぎゅっと握りしめたまま、ゆっくりとキャロが言葉を口にした。


 「シェイムの森の管理者権限を失い、この森が殺されました」


 その言葉はキャロの精神をごっそりと持っていくことと引き換えに、ティアの目論見が当たったことを意味していた。

(TP)

 アヤにかけられた精神系の魔法ですが、もしアヤ以外の一般的な吸血鬼にかけられていたら大惨事になっていたところでした。


16/10/05 次回から戦争パートなんだけどどこまで書くか思案中。投稿自体は遅くなりそうだけど、章末まで書き上げてからの投稿になります。

 日常パート!日常パート書きたい!

16/10/22 日が良いので16/10/23 12:00、18:00にそれぞれ一話ずつ上げます。

18/01/08 サブタイトルの変更(旧の追加)

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