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阿部寿々花のリアル(1)

 宮前奈津美は生きている。



 奈津美は行方不明、世間的にはそうなっているらしい。



 ついこの間まで、警官が校門から出てくる生徒を捕まえては、奈津美のことを尋ねていた。やがて警官は校門前から姿を消した。おそらく学校側が生徒の教育に支障が出る等のクレームをつけたのであろう。


 その代わりに、全ての学年、クラスにおいて、警視庁からアンケートの提出が義務付けられた。奈津美の消息についての二三の質問が掲載されたものである。


 担任の廣田実先生は、このアンケートをあたかも関心なさそうに、分からないところがあれば何も記載しなくていい、と一言だけ添えて配った。実際にほとんどのクラスメイトが白紙のまま提出した。


 奈津美のことはニュースにも大体的に取り上げられ、彼女の顔写真が毎朝のようにテレビに映し出された。


 私の通い慣れた学校、通学路を、あたかも惨劇のあった現場のように、辛気臭い顔でリポーターが紹介していた。コメンテイターも、まだ決めつけてはいけないが、と前置きしつつも、奈津美が誰かに誘拐され殺されてしまったことを前提に持論を展開していた。周辺での不審者の目撃情報なども報道されていた。


 全て茶番である。


 奈津美は今も生きているし、私は彼女の居場所も知っている。



 大体、人間があんな簡単に死ぬわけがない。


 陶器の花瓶で自分の頭を叩いた奈津美は一瞬うめき声を上げたものの、そこまで苦しんでいなかった。血も流れていなかった。


 ただ、横になり、スヤスヤと寝ているだけのように見えた。人の死に顔とはあんなに和やかなものなのか。あんなに美しいものなのか。



 私以外のクラスメイトは何をもってして奈津美が死んでいると判断したのだろうか。


 誰も倒れた奈津美が死んでいるかどうかを確認しなかったではないか。突然の出来事に戸惑い、誰も奈津美のそばに近寄ろうとしなかったではないか。


 たしかに廣田先生だけは奈津美の側に駆け寄り、奈津美の脈を測った。その上で、奈津美の死亡を宣言した。


 しかし、廣田先生は当てにならない。この茶番を仕組んだ張本人だからだ。



 仮に奈津美が本当に死んだのならば、クラスがこんなにもいつも通りであるはずがない。


 あの事件の影響がクラスに残っていたのは、最初の数日だけだった。


 しばらくしたら、クラスメイトは皆何事もなかったかのように、じゃれあって笑い合っている。間近に迫った期末試験のために全神経を集中させている者もいる。


 クラスメイトの一人を永遠に失った悲しみはもっと深く、褪せないものであるべきではないのか。人が死んだら、こうもあっという間に人がいなくなってしまうだなんてどう考えてもオカシイ。


 このことはつまり、奈津美がまだ死んでいないということの証拠の一つだ。


 奈津美は生きている。だから日常は変更されることなく、今まで通りに維持されている。



 廣田先生はどうして奈津美の死を宣言したのか。どうして彼女の死を偽装した上で、クラスを裁いたのか。


 その答えを私は知っている。


 廣田先生は、奈津美をいじめから救おうとしたのだ。



 裁きのホームルームの本当の目的は、生徒に連帯責任を負わせることではない。


 廣田先生が奈津美を持ち帰ることだ。



 こうでもしない限り、奈津美に対する執拗ないじめは止まることはなかったであろう。


 奈津美がいじめられることになったきっかけは、親友であった川崎愛未が狙っていた先輩を、奈津美が横取りしたことだという。


 しかし、このきっかけはもはや有名無実だったように思える。なぜなら、奈津美はその先輩とはすぐに別れていたし、何よりも当の被害者である愛未が奈津美を恨んでいる様子がなかったからである。


 それでも、いじめはエスカレートしていった。



 私が思うに、奈津美いじめの本当の動機は、奈津美に対する嫉妬だ。


 奈津美は才色兼備で、誰からも好かれるような明るい性格の持ち主だった。


 おそらくいじめの先導者である桧山美月は、入学してしばらくは表面上奈津美と仲良くしながらも、奈津美のことを内心疎ましく思っていた。


 なぜなら、美月は奈津美とキャラが被っていたからだ。美月も勉強はよくできるし、見た目は童顔で可愛らしいし、明るく人懐っこい性格だった。


 しかし、どのスペックについても奈津美の方が一つ上だった。


 成績も男子からの人気も奈津美が上回っていた。奈津美がいなければ本来美月が受けるはずの評価を、奈津美が全てかっさらっていった。


 美月は常に二番手で、奈津美の影に隠れていた。


 だから、美月は奈津美をいじめたのだ。


 美月は奈津美をいじめることにより、奈津美の価値を下へ下へと落とし込むことにより、自分のクラスでの正当なポジションを確保しようとしたのだ。少なくとも私にはそう思えた。


 他のクラスメイトが奈津美いじめに乗っかった理由も、その根底には奈津美への嫉妬があるのではないか。


 奈津美と自分を比較して劣等感を覚えていた者にとって、奈津美を虐げることは最大の快感だった。自分が奈津美よりも上の存在になったと錯覚できるからだ。


 だから、いじめが止まる兆しはどこにもなかった。人間の嫉妬心は根深く、そして際限がない。



 そこで、廣田先生は一計を講じたのだ。


 奈津美を死んだことにして、このクラスから、無限のいじめのループから逃がしたのだ。


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