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やる気なし英雄譚  作者: 津田彷徨
第1章 カーリン編

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晩餐会にて

 自由奔放。

 それがユイたちの迎えた客にとって、最もふさわしい形容詞であった。


 というも、ユイやリュート達の心配をよそに、市内に馬車が入るやいなや、エリーゼは突然街の建物を見学したり、露店に立ち寄ったり、行き交う街の人々になんの気兼ねもなく声をかけていったからである。


 結果として同行者一同は右往左往させられ続けることとなり、サムエル伯爵の別邸に到着したのは予定を大きく過ぎた夕刻の頃合いであった。



 当然ながら案内役を兼ねたユイは、市内各所を突発的に案内させられ、全ての気力と体力を奪われる。それ故、伯爵邸に用意された部屋で彼はさっさと寝てしまいたいと強く願っていた。


 しかしそんな願望が叶えられることはなく、伯爵邸に到着したユイを待っていたのは、王女一行を歓迎する為の晩餐会への参加義務であった。


「皆さん、おまたせしました」


 乾杯用のシャンパンの気泡が見えにくくなり始めた頃、会場の入口の壁にもたれかかっていたユイは、純白のドレスに身を包んだ少女の姿をようやくその視界に収める。


 自らの侍従たちと、実家である大公家の代理として来訪したエインスを脇に従え、エリーゼは用意された壇上に上がると、会場は盛大な拍手に包まれた。


「皆さん、今日はこのような心尽くしの歓待をありがとうございます。また突然の訪問になりましたこと、お詫び申し上げます」


 そう口にして、エリーゼはそっと頭を下げて一礼する。


 人形のように整った容姿を持つ少女の振る舞い。

 それを目の当たりにした会場の大半のものが、その頬を緩め彼女の次の言葉を期待とともに待つ。

 しかし彼らの表情は、続けて放たれた少女の発言で一瞬にして引きつることとなった。


「さて、私はこの街に来てまだ間もありません。ですが、一つ確信したことがあります。それは私が、あなた方のことを嫌いだということです」


 和やかな歓迎ムードであった会場。

 それは予想だにしないその一言で完全に凍りつくと、突然時間が停止したかのように静寂に包まれる。


 誰もが次なる王女の一挙手一投足につばを飲む。


 一方、そんな会場内の反応に、エリーゼは満足したかのような笑みを浮かべていた。

 そしてそのまま彼女の端正な唇は改めて火種をその場に解き放つ。


「重ねて言いますが、私はあなた方が嫌いです。では、本日はこれにて失礼させて頂きます」


 それだけを言い切ると、他の誰にも真似できないような優雅な振る舞いで彼女は一礼する。

 そしてそのまま壇上から降りると、もはやこの会場には用はないとばかりに入り口に向けて歩み出した。


 彼女の前に立ちはだかる形となった会場内の人々は、お互い顔を見合わせながら蜘蛛の子を散らすようにエリーゼの前に道を開ける。

 それをまだ十代と思しき少女が、一瞥さえすることなく悠々と歩いて行った。


 そうして入口の手前まで来たところで、壁にもたれかかったままのユイと彼女の視線が合う。


 エリーゼの冷笑と、ユイの苦笑。

 それが一瞬だけ交差すると、彼女はすぐに視線を外し、そのまま部屋から立ち去っていった。


 そして主賓が消え去ったところで、ようやく会場内の人々は硬直と動揺から解き放たれる。


 結果として、この騒動の後始末をつけるよう求める人々の視線は、この場に残された中で最高位と思しきサムエル伯爵と、またライン家の大公代理として視察に同行したエインス・フォン・ラインに集中した。


「この度は身に余る御歓待ありがとうございます。姫は長旅にて少し疲れておりまして、改めて私より皆様方へお礼申し上げます」


 予想外の出来事の動揺から最も早く立ち直ったサムエルから目配せされたエインスは、やむを得ないという表情を浮かべながら、優雅な一礼とともにそんな言葉を口にする。

 すると、サムエルは大きく一つうなずき、場を収めるための一つの解釈をその口から紡ぎ出した。


「エインス大公代理、お気遣い痛み入ります。姫の真意はわかりませんが、我々に対するより良い領地経営を望むという姫からの叱咤と思い、今後も王国のために忠誠を尽くすつもりです」


 王家からの何らかの介入の可能性等も考慮し、伯爵は十分に言葉を選びながらそう告げる。

 するとサムエルの意図を察知したエインスは、一同に向かい何ら害意がないこと伝えるようアピールを行う。


「その言葉、我が父はもちろん、必ずや国王陛下にもお伝えいたします」

「かたじけない。では長旅でお疲れの皆様、そしてカーリンの皆、今日は思う存分楽しんで頂き英気を養って頂きたい。ではご唱和頂こう。乾杯!」


 その瞬間、誰しもの口から普段より数トーン低い響きで乾杯が唱和された。


 しばしのぎこちない歓談。

 だが皆の口にアルコールが入り始めると、会場の中ではそこかしこに先ほどの王女の振る舞いに対する苦言が漏れ聞こえ始めていく。


「少し大事に育てられると、やはり鼻というものは高くなるようですね」

「あんなガキのでしゃばりに、なぜ我々が付き合わねばならないのだ。そもそもサムエル伯が舐められているから、同じカーリンの我々までなめられるのだ!」

「もし市長がタリム伯爵なら、威厳を持ってこのような視察など突っぱねたでしょうに」


 五十代半ばで小太りのタリム伯爵を中心とする反伯爵の急先鋒であるタリム派。

 彼らがあちこちでこのような不穏な会話を行い始めると、王都から来た護衛兵一同はもちろん、我関せずを貫いていたユイさえも、この空間にいるのがだんだんと億劫になってくる。


「まあ給料分の義理は果たしたよね」


 溜め息とともにそうこぼすと、ユイは手元のグラスを近くの執事に預ける。そしてそのまま会場から立ち去ろうと、入口に向け足を踏み出した瞬間、突然後ろからその肩が掴まれた。


「少し顔を貸せ」


 振り返ったユイの視線に写った人物。

 それはアルコールのせいかやや赤みのさした顔のリュートと、そんな彼に首根っこを掴まれた哀れな大公代理の姿があった。


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