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やる気なし英雄譚  作者: 津田彷徨
第2章 エルトブール編

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南部の噂

「さて、ユイ……少しお前に話しておきたいことがある」

「何でしょうか?」


 談笑しながらの優雅な食事が終わり満足気にコーヒーを口にした頃合い、真面目な表情を浮かべ話しかけてきたジェナードに対し、ユイは軽く首を傾げながらそう返す。


「実は今日、王宮に行った際のことなんじゃがな、どうも南部に不穏な動きがあるという噂があった。もちろん、今のところは証拠もなにもなくて、根も葉も無いものじゃがな」

「南部……ですか」


 王都エルトブートはちょうどクラリス王国の中央に位置している。

 そしてクラリスにおけるエルトブートより南の土地に関しては、王家直轄地は僅かでありほぼ有力貴族の所領となっていた。


 そんな南部の中でも最大の権勢を誇るのが、四大大公の一人であるメニエル公爵と、かつて軍部の重鎮であったシャレム伯爵である。


 彼ら二人の内、メニエル公爵はユイの同級生であるムルティナの父親であるが、当人は非常に清廉潔白な紳士として有名であった。だからこそ、彼の領地に関しては不安と考えさせられる要素は皆無である。


 しかしシャレム伯爵に関しては、一抹の不安を掻き立てられる噂が存在した。

 さらにその不安の根源には、南部地域の更に南に敵対するケルム帝国が存在していることも無関係ではない。


「そうだ。聞けば先日のカーリンでの一件も、帝国が絡んでいたと言うではないか。奴らはますます軍備増強を進めていると聞くが、一体何が目的なのか……」

「先日の件に関しては、おそらくクロセオン山脈で取れる魔石の絡みでしょう。もともとケルムからは魔石が出土しませんので、彼の国ではどうしても魔石を輸入に頼らねばなりませんから」


 自然資源が非常に豊富なクラリスと異なり、魔石の産地を有しないケルム帝国は自国内で安定した魔石供給を望むことができない。

 それ故、帝国においては慢性的な魔石不足の克服が最重要課題とされ続けていた。


「なるほどのう……それでカーリンに目をつけたというわけか。確かに、彼の地の魔石は質がいいと評判じゃからのう」

「ええ。実際にカーリンのタリム伯爵は、ノバミム自治領を経由させ、魔石を帝国へと横流ししていたみたいですね。そのルートの維持と監視のために、帝国から腕利きの魔法士が送られてくるほどの関係でしたから」


 帝国の北西に位置したノバミム自治領の立地を思い起こし、ユイは溜め息を吐き出す。


 帝国の実質保護下にあると言っても過言ではないノバミム自治領であるが、形式上は独立領として認識されていた。

 それ故にこの地を経由されることで、帝国への様々な物品の流出や密偵の往来の程度がクラリスとしては掴みにくくなっているのである。


「……なるほどな。どちらにせよ魔石を欲している奴らにとって、多数の魔石産地があるクラリス王国は、宝の山と言っても過言ではないのだろうな」


 そう口にしたジェナードは、ゆっくりとコーヒーを口に含む。

 そのわずかな苦味で彼が顔をしかめた時、勢い良く食堂のドアが開けられ、そしてそこから金髪の青年が姿を現した。


「ユイ先輩、もう来られていたのですね!」

「おかえり。元気そうだな、エインス」


 先日の誘拐事件の際に受けたエインスの負傷。

 それが完治しているように見え、ユイは顔を綻ばせる。


「エインス様、お久しぶりです。傷の具合はすっかり良くなられたみたいですね」


 ユイの隣に座っていたカインスも、エインスの元気そうな姿を目にしてさわやかな笑みを浮かべた。


「カインスさんもお久しぶりです。ええ、もうすっかり良くなりましたよ」


 筋肉好きのカインスに向かい、完治をアピールするようにエインスは右腕でしっかりとした力こぶを作る。

 それを前にカインスは大きく一つうなずいた。


「それは良かったです。あの時は、エインス様が一番活躍されていましたからね」


 カインスがそのようにエインスを称賛すると、彼は恥ずかしそうに照れ笑いをする。

 一方、そんなカインスの発言にジェナードは眉をピクリと動かすと、興味深そうにその口を開いた。


「ほう、そうなのか。いや、本人が言っておっただけなので、かなり誇張していると思っておったが……しかし、本当にこの息子が活躍したのかね?」

「ええ。少なくともうちの隊長よりは、はるかに頑張られていましたよ」


 カインスはそう口にすると、横目でチラリとユイの方を覗き見る。そしていつもの様に豪快に笑った。


「おいおい、カインス。私もそれなりに頑張っただろう?」

「いやいや。隊長は最後に美味しいところを持っていっただけじゃないですか。それは働いたとは言いませんよ」


 カインスが笑いながらそう答えると、ユイは肩をすくめて天井を仰ぐ。

 そんなユイの姿を目にして、エインスはニヤリとした笑みを浮かべる。そして目の前でふてくされている男をからかい始めた。


「そうですよ、カインスさん。実際は美味しいところで少し働いただけなのに、今じゃ王都では英雄様ですからね、先輩は」

「そんなの私が望んだわけじゃないぞ」


 ユイは両手を左右に広げ、そして首を左右に振る


「でもね、正直言って先輩は、今やこの王都で最も有名な男ですよ。実際、このところ街の酒場で、先輩の名前が出ない日はないですからね」

「そうか、もう市中にもそんな話が伝わっているというのか。しかしこのユイが英雄とは……お前がカーリンに左遷された時は、どうなることかと心配したが、本当に良かった」


 自分が高く評価していたユイが、ようやく人々の評価を受け始めたこと。

 その事実を前に、ジェナードは顔をほころばせる。


 しかし不意にあることに気が付くと、彼は目を吊り上げてエインスを睨みつけた。


「……ところでエインス。お前はなぜそんなに街の酒場の話に詳しいのだ?」


 以前からエインスの女性関係の軽さを、ジェナードは次期当主の資質として問題視していた。


 一時期の素行の悪さはだいぶ影を潜めたとはいえ、普段から女遊びの為に夜な夜な酒場へ出かけていることは紛れもない事実。

 そのことをジェナードは苦々しく思っており、彼は真剣な表情でエインスを問い詰めた。


「そ、それは……その、えっと……あの……」

「そういえば、今日もお前は酒臭いな。そしてなぜかお前から嗅ぎなれぬ香水の香りがしておる……今日はユイ達が来ておるからこれ以上のことは言わんが、程々に自重しろ」


 ジェナードの手厳しい発言を受けて、エインスはすっかりその場で小さくなる。

 そんな後輩の姿を目にしてユイは苦笑いを浮かべると、彼のために話題を転換してやることにした。


「ところで、エインス。今、お前はどの部署にいるんだ?」

「えっと、僕はこちらに戻ってからは、財務省に出向しているんです。と言っても、戦略省からのアドバイザーという形でして、主に軍事予算策定のための協力ですね」


 嫌な話題から逃れることができ、エインスはすぐに顔を上げる。

 一方、その返事を耳にしたユイは、ちょうど都合が良いとばかりに一つの疑問を口に出した。


「そうか、財務省か……なら一つ尋ねたいんだが、最近の市場における物の価格に、大きな変動はないかい?」

「それって要するに物価のことですよね。えっと、僕は軍事関係のことしか関わっていませんので、その範囲内の事で構いませんか?」


 エインスが脳内でいくつかの数値を思い出しながら、ユイに向かってそう確認する。


「ああ、もちろん分かる範囲で結構だよ」

「それでしたら、最近の予算編成で問題になったのは、演習及び備蓄用の兵糧価格が上がっていることですね。ただでさえ軍の予算は減らされているのに、これ以上価格が上がってしまってはまずいんですよ」


 現状の値段のままでは十分な演習を行えるだけの兵糧を確保することが困難であることに、エインスは最近頭を悩ませていた。

 というのも、いくら収穫期前の時期であるとはいえ、市場での穀物類の流通量があまりに減りすぎているのである。


「ふむ、その傾向が始まったのはいつ頃からなんだい?」

「えっと……先月の演習の際に初めて問題になりましたので、多分先々月からですね。穀物類を中心に価格が上がっていまして、昨年の同時期と比較しますと三割前後の値上がりです。あとは金属類なんかもここのところ値上がり傾向にありますね」


 エインスは脳内の記憶を辿り、今期の予算編成時に問題となった内容を口に出す。


「……そうか。だとしたら済まないが、一つ調べてもらいたいことがある。おそらくノバミム自治領を中心として様々な国を経由する形だと思うけど、市場で取引されている穀物がどのような国の者に買い取られ、最終的にそれらがどこの国に運ばれているかをね。おそらく国外の調査が主体になるから、アーマッド先生にも協力してもらう必要はあるが」

「最終的に……ですか。つまり先輩は、どこかの国が穀物の買い占めを行なっていると考えられているのですね」


 ユイの口にした依頼内容から推測し、エインスは彼に向かってそう問いかける。

 すると、ユイはあっさりと首を縦に振り肯定の意を示した。


「ああ、その通りだ。なにしろ今年は天候も安定していて、不作という話も聞かない。それなのに収穫期を前にして、その穀物の値上がりは異常だよ。なにしろ、あと数ヶ月したら収穫期を迎えて、穀物価格は目に見えて下がるだろうからね」

「なるほど……と言うことは、この値上がりには何らかの意志が介在しているということですか」

「ああ。収穫期前のこの時期に、普通の商人なら穀物を買い集めて価格を吊り上げることはしない。つまり普通に必要とする以上に穀物を求めている連中がいる。そしてそれはおそらく……」


 ユイが目を閉じて言いよどむと、向かい側に座っていたジェナードが先ほどの南部の噂を思い出して口を開く。


「ユイ……お前はケルム帝国が怪しいと考えておるのか?」

「ええ、先程の噂が気になりまして。でも、もし本格的に兵糧を集めているのだとしたら……いや、これは今の段階では情報が足りませんね。アーマッド先生なら、近いうちにある程度の情報を入手されるでしょうし、先走りは止めておきましょう」


 そう口にしたユイは、手元のカップに残ったコーヒーを一気に飲み干す。

 そして彼は深い溜め息を一つ吐き出した。


 そんなユイの姿を見たジェナードは、彼に向かって一つの提案を口にする。


「まぁ、今すぐどうこうなる話ではないじゃろうから、結論を急ぐ必要はないじゃろて。さて、ユイ。お前達は長旅から到着したばかりなのだから、今日はもう部屋で休んだらどうじゃ?」

「そうですね……ありがとうございます。それでは、私達はお先に休ませて頂きます」


 ジェナードの心遣いに感謝しながら、ユイはカインスを促す。

 そしてそのままそれぞれに用意された部屋へと向かった。


 ユイは自らの部屋へ足を踏み入れると、そのままベッドへと倒れこむ。


 疲れのためか急激に瞼が重くなっていくことを自覚して、彼はその瞳を閉じた。

 すると、今日一日の出来事が走馬灯の様に脳裏をよぎっていく。


 四位への昇進、アーマッド及びジェナードとの再開、南部の噂と物価高、そして帝国の影。


「結局さ……なるようにしかならないか」


 現在、役職にさえついていない宙ぶらりんな自分。

 だからこそこれ以上心配しても仕方がないと思い、彼は自らの思考を閉じる。


 そして欲していた休息を貪るかのように、睡魔の望むまま彼は自らの身体をベッドへと委ねた。


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