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三十二話 正体不明

 以前の番外で書いた通り一年後になってしまいましたが、久しぶりの更新です。今回はエイプリルフールネタではなくガッツリ本編ですが。修学旅行直後からです、どうぞ。

「ただいまー……っと。まぁ誰もいないんだけどさ」


 家のドアを開けて中に入り、自分の部屋に戻るカナタ。荷物を下ろして、ベッドに座って一息つく。二泊三日の修学旅行が終わり、家に帰ってきて来たところだ。京都市内を観光中「彼方神社」なる場所に行ったり(残念ながら読み方は『おちかた』であったが)、ハヤブサがいるという森に行って思いっきり迷子になったり、色々あったなぁ……と旅行中のことを思い返しつつ、あまり休んでもいられないとカナタはすぐに立ち上がった。


「さて、洗濯だけはしちゃわないとな」


 鞄の中から洗濯物を取り出し、カナタは洗濯機のある場所に行って衣服を洗濯機に放り込んでいく。激しい運動をしたということでもないので、そこまで汚れているものがあるわけではないが、二泊しただけあってそこそこの量だ。いつもよりも長く時間がかかりそうだと所要時間を見て判断したカナタは、一息入れようとキッチンに向かった。コーヒーでも飲もうと、ヤカンに水を入れて火にかける。


(それにしても……)


 麗に話を聞いて色々なことがわかった、とカナタは椅子に座って考える。かつての自分、“ハルカ カナタ”こと絃神隼人がどのような性格だったのか、そしていかにしてノゾミと出会ったのか。それを知ることができただけでも彼にとっては収穫だった。


(話を聞いても、自分の経験として思い出すことはできなかったけど……以前見たビジョンの正体がわかっただけでも良かったかな)


 雨の中でノゾミを見下ろす自分と、光の中でノゾミと向き合う自分。その光景がなんだったのかを知ることはできた。謎の数が大きく減ったわけではなく、特に何か問題を解決したというわけでもないが。少なくとも進展はしたのではないか、と彼は考えていた。


 だが、自分がいつ、なぜ姿を消したのか。その部分については聞くことができなかった。なぜなら二人の出会いに関する話がひと段落したところで朝日が昇り始め、部屋を抜け出したことがバレないうちに自分の部屋に慌てて戻っていく羽目になったからだ。その日以降は旅館が変わり、そこは男女別棟になっていたので、旅行中に改めて会うこともできなかった。


(クラス違うから、その後も結局会えなかったし……まぁまた明日以降会えるけど……でも、なぁ……)


 だがカナタは、その先を知ることをどこか心の深いところで恐れていた。これまでの自分が全て消え去るような、否定されるような……漠然とした不安を感じていたのかもしれない。


(……まぁタイムリミットがあるような疑問でもないし、急ぐことないかな)


 そう考え、伸びをしてこの後の行動を考えるカナタ。洗濯が終わったら冷蔵庫が空だから買い物に行って、それから……と考えていく中で、カナタは自分の思考回路に苦笑した。


(随分ともう一人暮らしにも慣れたよなぁ。もう何年になるんだろう。母さんたちが死んだのが僕が中学生の時だから……)


 と、そこでふと手を止めた。何かが頭の片隅で引っかかったのだ。


「ん? 中学生? あれ、ミチルさんの話では確か……」


 ピーッ!


「おわっと!? やばっ」


 と、やかんが甲高い音を立てたことに驚き、慌ててコンロに飛びついて火を止めるカナタ。思考にいつの間にか集中していたせいで、お湯が沸いたことに気付いていなかったようだ。


「ふぅ……あっぶな」


 火を使ってる時は気を付けなきゃいけないのにな、と反省するカナタ。そして、先ほどの思考を続けようとして……


「……あれ、何に引っかかってたんだっけ?」


 音に驚いたショックで、直前まで何を考えていたのか忘れてしまっていた。しばらく思い出そうとしたカナタだったが、どうしても思い出すことができず……


「……ま、いっか」


 と、一旦諦めることにして沸いたお湯を魔法瓶に移し、休む前に洗濯機の様子を見に向かった。








「そういや今日帰ってきたんだっけか、あいつら」


「えぇ。まぁさすがに旅行帰り当日だから、今日は休むみたいだけどね」


 さて、ところ変わってこちらは見回り中のタイガとノゾミ。ノゾミの言葉を聞いて、そりゃそーだ、とタイガは肩をすくめた。


「修学旅行で楽しい事だったとはいえ、慣れない外出だから気付かずに疲れてるかもしれねぇもんな」


「生活リズムも一般人仕様になっちゃうしね。二人とも、ちゃんと夜に寝られたのかしら……」


「……無理だったんじゃねぇかなぁ……」


 ご名答である。とはいえ、まさかお互いに遭遇して過去に関する重要な話をしていたなどとは想像もしていないが。




 そして、見回りをしながらの雑談は別の話題へと移っていった。


「そういえばなんだっけ、アジトがもうすぐメンテに入るんだっけ?」


「そうね。まぁメンテがメインっていうか、例のシステムのアップデートを兼ねてのことらしいけど」


「例のシステム、っつーと……えっーと、あれか。巨大妖獣レーダーみたいなやつ」


「そうそう、ホントはなんか長ったらしい正式名称があったけど……忘れちゃったわね。それの更新もするんだってさ。で、ついでにマシン周りのメンテナンスもすることにしたんだって」


 ふーん、と相槌を打つタイガ。過去数回にわたって隔世から現世へとやってこようとする妖獣を検出し、それを水際で防いできたタイガ言うところの巨大妖獣レーダー、正式名称:巨大妖獣侵入感知対策結界システム。そのソフトウェアがアップデートされることになり、それに伴って夜鷹全支部のシステムメンテナンスが行われることになったのだ。


 とはいえ、妖獣とはいつ起きるかわからない災害のような存在。それに対抗するためのシステムであるため、その役目を途切れさせないためにメンテナンス中はその機能を一時的に別支部に移譲することになっている。代わりに別の基地がメンテナンスの時にはノゾミたちが普段詰めている支部がその役目を肩代わりする、という風に交代して行うのだ。


 しかし、話の流れから何を想像したのかタイガは少し不安そうな表情を見せた。


「でもさー、なんかこう……ちょっと不安にならねぇか?」


「システムが落ちてる間に奴らが来るんじゃないか、って? フラグっぽいわねーそれ」


「おい、やめてくれよ。ただのたとえだって!」


「わかってるって、冗談よ。まぁ、正直気持ちはわからなくもないわね。普段から役に立ってる訳じゃないとはいえ不測の事態に備えてくれてるシステムが、一時的に切られてるって考えると……あの時だって、役に立ってくれたシステムだし」


 あの時、という単語を聞いて、タイガはしまったと顔を歪めた。彼女にとって思い出したくない事件を想起させてしまったかと思ったからだ。


「……悪い、思い出させちまったか」


「大丈夫。もう結構ダメージは少ないから。本人が傍にいるし」


 しかし、当のノゾミは表情を崩していなかった。言葉通り、もうショック自体は抜けきっているのかもしれない。しかし、そこでノゾミは別の疑問にぶち当たったようで小さく呟いた。


「……改めて冷静に考えると謎よね」


「何が?」


「今のカナタが。いい人だとかそういうのは、一旦置いておいて。同じ人間の性格が、あそこまで変わるものかしら?」


「でも、あいつは……」


 カナタ本人なのはわかってる、とノゾミは遮るように言った。彼から感じる魔洸は間違いなく二人の知るカナタのものであり、彼ら殲士にとってはそれが個人を認識する一番揺るぎない要素だ。ゆえに、彼がカナタだということはわかっている。……少なくとも、“体は”。


「……魔洸が私たちの知っているカナタと同じだったから、疑問を持たなかったけど。あの彼って、“誰”なのかしら?」


「それは……」


「たぶん、彼自身にもわかってないだろうってのは理解してるのよ。でも、だからこそ。彼の心は、誰の……というか、どこから生まれたものなのかしら」


「そりゃ、何かの理由で記憶を失ったカナタが新たに性格を獲得して……」


「でも、一人称まで変わってるのよ? しかも得意とする獲物まで違う。刀と短刀じゃ全然扱いが違うのに、彼はそれを選んだ。……単なる記憶喪失で、ここまで一人の人間が変わるものかしら……?」


「んなこと言われても……憶喰被害に遭った知り合いでもいるわけじゃねぇし、わかんねぇよ……」


 ややこしい話になってきて、タイガはだんだん付いていけなくなってきて頭を抱える。しかしノゾミは言葉にすることで思考を整理しようとしているかのように、ブツブツと呟き続ける。


「少なくとも、あの体が私たちの知ってるカナタのものであることは間違いない。私たちを知ってるカナタとも話してるし。でも、だとすればカナタの記憶は失われたわけじゃない……むしろ、“封印されてる”って言った方が近い。だとすれば……それを実行して、誰かの性格を埋め込んだやつが、いる……」


 かつて肉喰と憶喰の合成獣と戦った時、隼人は言った。“もう一人の自分は巻き込まれただけだ、アイツに”と。やはりこれらの一連のことを、人為的に行った何者かがいることは明白だ。そのことを確信し、ノゾミの内からふつふつと怒りが込み上げてくる。


「……ったく、どこのどいつよ。人の彼氏勝手に弄くりやがってからに……!」


「おい、ノゾミ! 落ち着け、それ以上興奮すると……!」


 止めようと慌てるタイガの声も聞こえておらず、ノゾミの怒りに反応するようにノゾミの周囲から魔洸が薄く湧き出し、体を纏うように形を成す。それは彼女の内から湧き出る感情が炎と化したかのようだった……が。


「……うっ!?」


 急に胸を押さえて、ノゾミが痛みをこらえるように蹲る。それと同時に魔洸の放出は停止された。タイガは慌てて彼女に駆け寄り、背中をさすった。


「大丈夫か!?」


「……だい、じょうぶ……あー、久しぶりで忘れてたわ……」


 大きく息を吐いて、もう大丈夫と手で示しながら立ち上がるノゾミ。しかしブロック塀に寄りかかりながらまだ胸のあたりをさすっている彼女を見て、タイガは心配そうな顔を崩せなかった。


「やっぱ、完全に馴染んだわけじゃないんだな」


「そりゃまぁ、ね……コレは元々あいつのものだから、私とは周波数帯が違うみたいなもんだし……」


 ふぅ! と大きく息を吐き出し、ノゾミは塀から離れてタイガに笑いかけた。


「ごめん、とりあえずもう大丈夫。行きましょ」


「……あぁ」


 まだ心配が抜けたわけではないタイガだったが、当の本人が大丈夫と言って歩き始めてしまったのでそれ以上は言えず、彼女について歩き出した。








「よし、プランはこれでいいだろう。向こうに送信してくれ」


 了解しました、と言って下がっていく部下を見送り、春樹は肩を回して溜息を吐いた。通常業務に加えて、決定したシステムメンテナンスのスケジュールの調整、メンテナンス自体の内容の確認など、やるべきことが増加したのだ。


「あー、きっつ……」


 目頭を押さえ、春樹は頭痛薬の錠剤と水の入ったペットボトルを引き寄せる。口に放り込んで呑み込むと、デスクの上にある一枚の紙を手に取った。


「こっちの捜査にもそろそろ本腰を入れにゃならんのだが……タイミング悪いなオイ……」


 深く溜息を吐いて、そこに印字されている文字を睨みつける春樹。そこにはこう書かれていた。“ハルカ カナタ変貌の理由についての調査”と。


「確実にあいつが本人だ、っていうことが確定してたから先延ばしにしちまってたが……」


 提供した覚えのない生活拠点。行方不明期間の所在。現在彼の通っている学校への転入時期。性格の変貌。挙げればキリがないほどの違和感や疑問点はあったものの、身元に信用が置ける、どころかよく知っているということもあってまったく進展していない調査だった。


「メンタル、っつーか心理面はともかくフィジカルはあいつが戻ってきた時に検査もしたから、さらに安心しちまってたんだよなぁ」


 カナタがアジトに戻ってきたとき、彼の肉体について一通りの検査は行っていた。そのため心はともかく肉体はカナタであるという物質的な証拠もあり、身元の照明としてはとりあえずそれで十分だろう、という結論に達していた。彼らにとって魔洸とは、それほど絶対的なものなのだ。


「しかも同時期に妙な能力を使う妖獣が出たりするわ、合成獣が出現したりもするわ……改めて列挙するととんだお祭り騒ぎだな、あいつが帰ってきてから」


 やれやれと呟いていると、ふと春樹は気付いたことがあった。


「てか、当たり前のように接しちまってたし、試してみたらできるようだったから戦わせちまってたが……彼が殲士になるかどうか、そのことも確認せずに以前の状態に戻っちまってたんだな」


 殲士と妖獣という怪物は、互いに命のやりとりをする存在。どんなに言葉でその理由を取り繕おうと、結局のところは殺し合い以外の何物でもない。そのため殲士になるには本人の意思が何よりも優先される。たとえどれほどの力を持っていたとしても、本人にその意思がなければ使うことはできず、死ぬしかないからだ。そしてそれには向き不向きというものがあり、絶対に強制はできない。


 が、“現在の”カナタに関してはその意思を確認していなかった。もちろん、性格変貌前の隼人は自分の意思で殲士になった。両親が殲士で彼に魔洸を使う技能があるからと言って、そのまま流れのように継ぐ必要はないとも言った。その上で隼人は殲士になったのだ。しかし現在の彼、カナタにはそれを確認していなかったということに今さらながら気付いたのだ。俺もいろいろと動揺して余裕がなかったってことか、と春樹は大きなため息をついてその紙を放り出す。


「今度、改めてカナタと話す時間を作らなきゃならんかもな……またやることが増えちまった……」


 まぁ必要なことだし仕方ないと思いつつそう呟いた時、ドアがノックされ、春樹は気を取り直して入れと声をかけた。

 今回は色々と整理、というか改めて彼についての謎を何人かの視点から列挙してみた感じですね。視点移動を一話の中でここまで頻繁にしたのは久しぶりなのでキャラ崩壊が若干心配ですが、元々三人称で書いているのでそこまで違和感はないと思います。……そう信じたいw


 文字数的には追憶編の約半分にまで落ちてますが、おそらく今後はこのくらいの文字数になると思います。追憶編が書きたいこと詰め込みすぎて長くなってしまったところもあるので。


 次話すぐではないと思いますが、今後はある程度大きな動きがある予定です。では、次でもお会いできることを願いまして。

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