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エピローグ セレンの災難

「着きましたよ」

 夕陽が湖面を照らす。辺りは朱色の優しい光で包まれている。丸い月がちょうど上がりはじめたところらしく、水面にその姿が映りこんでいた。

「この湖全体が聖水なの?」

 湖畔に馬を止めて下りる。水際に来ると、アスターはセレンをポケットから出して地面にそっと置いた。

「えぇ。この国で一番大きな湖であり、魔力の源なんですよ。――その水を浴びれば、呪いは解けると思います」

「わかったわ。浴びればいいのね」

 言われて、セレンは水に近付く。聖水と呼ばれているだけあり、水に近付けば近付くほど肌がピリピリしてきた。魔力を宿しているのがそれでわかる。

(よし)

 覚悟を決めてセレンはそっと後ろ足から水に浸かる。ひんやりとした感触が伝わると同時に光の魔法陣が展開。日中の陽射しのような強烈な光が彼女を包み込む。やがて光は収束していった。

「やった! 戻れたわ!」

 視界がいつもの見慣れた高さに戻り、先ほどまで前足だったのがちゃんと手に変わっているのを確認する。長い銀髪が聖水で濡れて重たくなっている感覚もいつもどおりだ。

「ありがとうございます! アスター先生!」

 セレンは感謝を述べて微笑むが、アスターは顔を真っ赤にしたまま固まっていて反応がない。理由がすぐ思い当たらなかったセレンであったが、視線を動かしてやっと気付いた。

「ん? ……ひゃあっ!」

 湖面に映った自分の姿を見て、セレンはすぐにしゃがんで水の中に身体を沈める。素っ裸だったのだ。

(と……当然よね……ネズミに変えられた時、自分の服の中に埋もれていたんだし……。ってか、見られた……)

 全身真っ赤になりながら、セレンはアスターに背を向けて落ち込む。十六になったばかりなのにとんだ災難である。

「す……すまない、セレン君……」

 気まずそうなアスターの声。涙目のセレンは何も答えられない。

「……とりあえず、これを着なさい。僕の血がついているのが申し訳ないですが」

 沈黙が耐えられなかったのだろう。アスターは自分が着ていたローブをセレンの頭上に差し出す。

「ど……どうも」

 背を向けたままセレンはそれを受け取ると、アスターがさっきまで着ていたローブを羽織る。背の高いアスターのローブは彼女にはやはり大きく、裾がくるぶしまできてしまう。しかし、全身を隠すにはちょうど良かった。

「それはそうと、怪我は大丈夫なんですか?」

「えぇ、君のおかげで助かりました。あの状況で魔術を二つ同時に編むのは困難でしたからね。感謝しています」

 まだ直視できないらしい。アスターは眼鏡の位置を直しつつ、セレンから視線をそらして問いに答える。

「良かった……あたしのせいで怪我をしたから申し訳なくて……治癒魔法、あたし苦手だったからうまくいくかわからなかったんですけど……」

「セレン君は、攻撃魔法以外はほとんど素人ですからね――でも、君ならやってくれると信じていましたよ」

 アスターはそう答え、セレンに微笑む。

(なんだろう、この気持ち……)

 トクトクと鼓動が早くなっていく。

「あの……アスター先生」

「なんでしょう?」

「――あたし、今日のご恩は忘れません。必ず立派な宮廷魔術師になって、あなたを師範にします。だから、これからもよろしくお願いします」

「そうですね。期待していますよ、セレン君。――それに早く一人前になってもらわないと、責任取れませんからねぇ」

 アスターの終わりの台詞に首を傾げるセレン。

「……見ちゃいましたからね……事故とはいえ」

 その呟きに、引いていた熱がぶり返す。

「無理しなくていいです! 忘れてください! 責任取れだなんて言いませんから!」

「ん? ですが、それだけじゃないんですよ?」

「へ?」

「宮廷魔術師見習いとして君を選びここまで尽くした理由を、僕の職務上の誇りのためだけだと思っていたんですか?」

(え? えええ??)

 言っている意味がわからない。戸惑い、わけがわからずきょとんとしているセレンにアスターは背を向けて歩き出す。

「――さて、帰りましょうか。明日はいよいよ任命式です。このままじゃ今日中に宮廷に着きませんよ?」

「は、はいっ! 帰りますから置いていかないでください!」

 セレンは慌ててアスターの後を追いかける。

(なんか、ものすごい告白をごまかされたような気がするけど……まぁいっか)

 すっかり太陽が沈んで暗くなった空を、明るい満月が温かく照らす。

 二人は馬に乗ると、宮廷を目指して走り出したのだった。


【了】


少女向けのコメディ作品だと感じていただければよいのですが、

少しでも楽しんでいただけたでしょうか?


第一回ルルルカップで公開された作品には到底及ばない拙作ですが、

ちょっとでも面白がっていただければ幸いです。



ここまでお付き合いくださいまして、ありがとうございました。


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