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【最終話】あなにやしえ、我が故郷

『警告:制限時間(10,950日)に到達しました』

『火星開拓率:100.00%』

『ゲームクリア条件を達成しました。これより、全プレイヤーの強制ログアウトを実行します』

30年。気が遠くなるような戦いだった。

オリンポス火山の爆破、メタンの大炎上、世界を耕した稲妻の雨、そして赤道を包み込んだカーボンキノコとクモの生きた磁気バリア。

かつて死の惑星だった赤い砂漠は今、20億人の笑顔と、どこまでも広がる青い海、そして豊かな緑に包まれた「第二の地球」へと生まれ変わっていた。

「やり遂げたな、凪」

隣で、白髪の混じった髭を豪快に蓄えた須佐さんが、俺の肩を叩いた。その顔には、長年の開拓を戦い抜いた男の誇りがあった。

「うん。……本当に、長かったね、凪くん」

隣に立つ奈美が、ヘルメットを脱ぎ、火星の爽やかな風に髪をなびかせる。分厚いメガネの奥にある彼女の瞳は、いまやこの星で一番美しい宝石のようだった。

空を覆い尽くす白い光の粒子が、俺たちの身体を優しく包み込んでいく。消えゆく世界のなかで、俺は奈美の手を強く握り締め、この星を生み出した国生みの言葉を、最後に紡いだ。

「あなにやしえ……生き残れたんだ、俺たち」

「ええ。あなにやしえ……」

その言葉を最後に、俺の意識は完璧な純白の光の中に溶けていった。

◇

「……つ、痛たたたっ!」

強烈な頭の痛みで、俺はガバッと跳ね起きた。

目の前にあったのは、火星の青い海ではない。見慣れた実家の自室の天井。そして、床に転がっている本棚と、頭に直撃したらしいプラスチック製のディスプレイ。

窓の外からは、近所の救急車のサイレンの音がけたたましく響いている。大地震が起きたのだ。

「夢……だったのか?」

ディスプレイを起こすと、画面には『マーズ・フロンティア:開拓率世界1位!クリアおめでとうございます!』の文字が静かに明滅していた。

30年間のあの地獄のような日々が、奈美と、須佐さんと過ごしたあの人生が、ただのニートの見ていた一瞬の走馬灯だったというのか。

ひどい虚脱感に襲われながら、俺はリビングのテレビを付けた。その瞬間、画面に映し出された国際ニュースのテロップに、俺は息を止めた。

『【速報】日本の探査船MMXが地球に帰還!フォボスのサンプルから人類の起源を揺るがす大発見!』

画面の向こうで、興奮したアナウンサーが叫んでいる。

『火星の衛星から持ち帰られた微化石から、ホモ・サピエンスと完全に一致する古代DNAの痕跡が検出されました! 科学界は今、「人類はかつて火星から来た」という衝撃の事実に沸き立っています!』

世界中の報道が、「人類の故郷への帰還」という言葉で埋め尽くされていく。

「……ハッ、ハハハハ!」

俺は、テレビの前で声を上げて笑った。

夢なんかじゃない。俺の脳内には、あの星の土の匂いも、メタンが燃える熱さも、すべてが刻まれている。

いつか、本物の火星へ行く日が来る。地球のエリートどもが故郷を奪還すると騒ぐなら、俺もそこへ行ってやる。いや、あの星の開拓方法を誰よりも知っている俺なら、絶対にやれる!

引きこもりニートからの脱却を心に誓った俺は、翌日、3年ぶりに外へ出た。

まずは鈍った身体のリハビリだ。大学学科在籍時の教授に頭を下げ、紹介してもらったのは、四国の険しい山奥で行われる『古代遺跡発掘および生物動態調査隊』の短期アルバイトだった。

「よし、今日もガシガシ掘り進めるぞー!」

現場では、180センチを軽く超えるガタイのいい現場監督の兄ちゃんが、がっはっはと豪快に笑いながら重機を操縦していた。その姿に少しだけ目頭が熱くなりながら、俺はシャベルを握って土を掘り起こす。

数日後。現場に、新しく臨時の研究助手が配属されてきた。

「ええと、新しくチームに加わった、井座さんだ。みんな仲良くするように」

教授に紹介されて前に出たその女の子は、サイズの合っていないぶかぶかの作業着を着て、髪を後ろで雑に縛り、顔には重度の近視を示す分厚い丸メガネをかけていた。ファッションには1ミリも興味がなさそうな、お世辞にも垢抜けない、だけど――。

俺の心臓が、痛いほどに脈打った。

女の子は、おどおどとメガネの位置を直しながら、僕の顔を見て、その動きを完全に止めた。分厚いレンズの奥の瞳が、みるみるうちに潤んでいく。

俺はシャベルを置き、ゆっくりと彼女の前へと歩み出た。

彼女がそっとメガネを外す。その瞬間、隠されていた世界で一番美しい素顔が、四国の木漏れ日の中に現れた。

どちらからともなく、俺たちは同時に、その言葉を口にしていた。

「「あなにやしえ」」

偽りの神話から始まった、俺たちの火星フロンティア。

だけど、この地球(ほし)の片隅でいま交わした言葉だけは、何よりも本物の、俺たちの国生みの神話だった。

周りの作業員たちが呆気に取られるなか、俺たちは涙を流しながら、最高の笑顔で笑い合った。

(完)

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