【第2話】出席番号が隣だった天才博士と、最初のバイオ・ハック
「開拓プレイヤー諸君。死の星へようこそ」
移民船のハッチが開いた瞬間、バイザー越しに見えた火星の空は、絶望的なまでにどす黒い赤褐色だった。
俺たち数千人の棄民プレイヤーが降ろされたのは、赤道直下に急造されたWEA(世界環境機構)のドーム基地。だが、基地とは名ばかりの、ただのプレハブ小屋の集まりだ。
『クエスト発生:生存のための第一歩』
『目標:赤道第4エリアにカーボンキノコの菌床を100箇所設置せよ』
『残り時間:48時間』
『報酬:簡易シェルターのアンロック、開拓率+0.05%』
『※失敗ペナルティ:夜間の凍死(気温マイナス80度)』
脳内に響くシステム音。やはり、この世界はあのゲーム『マーズ・フロンティア』そのものだ。
周りの棄民たちが「クソ、なんで俺たちが」「こんなの死ねって言ってるようなもんだ」とパニックに陥る中、俺は一人、支給された「カーボンキノコの胞子塊」を手に取った。
ゲームの知識はある。だが、俺は中退のニートだ。キノコの遺伝子を直接いじって、火星の過酷な環境(宇宙放射線)に耐えるように『最適化』する具体的な技術がない。
「誰か……『遺伝子工学』か『生体ロボティクス』のスキルを持ってる奴はいないか!」
船から降りてきた人混みに向かって、俺は大声を出した。
ざわつく群衆の中から、一人の小柄な人物が、おどおどと手を挙げた。
サイズの合っていないぶかぶかの防護服。ヘルメットの奥に見えるのは、ぐるぐると渦を巻いたような分厚い瓶底メガネ。ボサボサの髪を後ろで雑に縛った、お世辞にも垢抜けない地味な女の子だった。
「あ、あの……私、アメリカの大学院で、その、DNA依存型生体ロボティクスの博士号を……取らされました。井座……奈美、っていいます……」
心臓が、跳ね上がった。
井座。奈美。
「お前……もしかして、東都の南小学校の時、席が隣だった、あの井座か?」
「え……? 伊佐、凪、くん……?」
分厚いメガネの奥の目が、驚きで丸くなった。
出席番号が「いさ」と「いざ」で隣同士。小学校の途中でアメリカに転校していった、あの大人しかった女の子。まさか、世界的な天才博士になって、こんな世界の果てで再会するなんて。
「凪くん、なんでここに……。ううん、それより、その手に持ってるの、WEAが開発したカーボンキノコだよね? 出来が最悪。これじゃ火星の紫外線で、半日もしない内に細胞が全滅しちゃうよ」
幼馴染との再会に浸る間もなく、奈美は俺の手の胞子塊を見るなり、プロの顔になった。ボソボソとした喋り方だが、その眼光は鋭い。
「やっぱりそうか。ゲームの初期設定通りだな。奈美、お前の技術で、このキノコをハックできるか? 具体的には、炭疽菌や納豆菌の『芽胞』の遺伝子を組み込んで、超高濃度のメラニンを体外に分泌させる」
「え……っ!?」
奈美が息を呑んだ。
「炭疽菌の耐久性と、メラニンの放射線シールド……!? なんで凪くんがそんな組み合わせを知ってるの? 確かにそれなら、火星の放射線をエネルギーに変えて、カーボンナノチューブの糸を爆発的に伸ばせる。WEAの研究所でも思いつかなかった、完璧な設計図だよ……!」
「俺の脳内には、この星を30年でテラフォーミングする全データが入ってる。奈美、お前の生物学チートと、俺のゲーム知識が合わされば、この無理ゲーは突破できる」
俺は奈美に向かって、防護服の手袋を差し出した。
「力を貸してくれ、奈美。俺たちを使い捨てにした地球の奴らに、一泡吹かせてやろう」
奈美は少し俯き、それから意を決したように、分厚いメガネの位置を指で直した。
ヘルメットの隙間から一瞬だけ見えたその横顔は、不覚にも、ドキッとするほど綺麗だった。
「うん。……私を窓際に追いやったあの教授たちに、私の方が正しいって、証明したい。やろう、凪くん!」
『プレイヤー:井座 奈美 がギルドに加入しました』
『特殊シナジー【神の調和】が解放されました』
引きこもりニートと、居場所を失った天才ドクター。
地球に棄てられた二人の手によって、火星を大炎上させる悪魔の生態系の、最初の遺伝子書き換えが始まった。
(第3話へ続く)




