第19話 自分で選ぶということ
王宮から書状が届いた翌日。
ルーカスは朝から公爵邸に呼び戻されていた。
広い応接間。
向かいには父である公爵が座っている。
「婚約について、王宮から正式な話が来た」
「はい」
「ローゼン侯爵家との縁談を進めることが最も自然だろう」
ルーカスは黙って聞いていた。
「アリア嬢は家柄も申し分ない。王宮との関係も深い。お前が公爵家を継ぐことを考えれば――」
「父上」
ルーカスが口を挟んだ。
「僕は、その話を受けるつもりはありません」
公爵が目を細める。
「理由は?」
「僕には、好きな人がいます」
短い沈黙。
「……誰だ?」
「エーデル伯爵家の令嬢です」
「オリビア嬢か」
ルーカスは驚いた。
「ご存じだったんですか」
「知らないほうが難しい」
公爵は淡々と言った。
「お前が最近、魔法学科の令嬢と頻繁に図書館へ通っていることくらいは耳に入っている」
「……」
「彼女の父親は宮廷貴族だ。人物についても悪い話は聞かない」
ルーカスは少し意外そうな顔をした。
「反対しないんですか?」
「まだ何も判断していない」
「……」
「ただし、好きだというだけで婚約を決められるほど、公爵家の立場は単純ではない」
「分かっています」
「本当に?」
「はい」
ルーカスはまっすぐ父を見る。
「だからこそ、自分で選びたい」
公爵は黙った。
「家の責任から逃げるつもりはありません。公爵家を継ぐことも、政治を学ぶことも続けます」
「ならば何を変えたい?」
「自分の人生まで、家の都合だけで決めることです」
公爵はしばらく息子を見つめた。
「……お前も大人になったな」
「父上」
「ただし、彼女にも覚悟は必要になる」
「分かっています」
「貴族社会は、学園の図書館ほど優しくない」
「それも分かっています」
ルーカスは答えた。
「だから、僕が守ります」
その言葉に、公爵は少しだけ目を細めた。
「そうか」
それ以上、何も言わなかった。
その日の夕方。
ルーカスは学園へ戻った。
けれど、図書館へ向かう前に、オリビアの姿を見つけた。
中庭のベンチに座って、本を読んでいる。
「オリビア」
「……先輩?」
顔を上げた瞬間。
オリビアの表情が明るくなった。
それだけで、ルーカスの胸が温かくなる。
「今日、来ると思ってました」
「うん」
「研究します?」
「その前に、少し話したい」
「……はい」
二人は中庭のベンチに並んで座った。
「婚約の話」
ルーカスが切り出す。
オリビアの表情が固くなる。
「はい」
「今日、父と話してきた」
「……どうでした?」
「僕は断った」
「え?」
「婚約候補の話」
オリビアが目を見開く。
「どうして……」
「君がいるから」
「……」
ルーカスはまっすぐ彼女を見る。
「僕は、君が好きだ」
オリビアの頬が赤くなる。
けれど、すぐに何かを思い出したように俯いた。
「……先輩」
「うん」
「私は伯爵令嬢です」
「知ってる」
「先輩は次期公爵です」
「それも知ってる」
「だったら……」
オリビアは少し震える声で続ける。
「私で、本当にいいんですか?」
ルーカスは迷わなかった。
「君だからいい」
「でも」
「家柄だけで君を選んだわけじゃない」
ルーカスは笑った。
「図書館で魔法の話をして、研究をして、くだらないことで笑って」
「……」
「そういう時間を、僕は大切にしたいと思った」
オリビアの目に、少し涙が浮かぶ。
「私も……」
「うん」
「先輩が好きです」
ルーカスが笑う。
「知ってる」
「……言いましたよね」
「うん。嬉しかった」
「じゃあ、ちゃんと返事をします」
オリビアは顔を上げた。
「私も、ルーカス先輩の隣にいたいです」
ルーカスは少しだけ息を止めた。
「……本当に?」
「はい」
「身分のことも?」
「怖いです」
オリビアは正直に答えた。
「でも、それでも先輩と一緒にいたい」
ルーカスは静かに笑った。
「ありがとう」
二人の間に、穏やかな沈黙が流れる。
そしてオリビアが、ふと思い出したように言った。
「……でも、研究は続けますからね」
「もちろん」
「次期公爵になっても」
「うん」
「忙しくても」
「努力する」
「努力じゃなくて約束です」
「分かった」
ルーカスは笑った。
「約束する」
その言葉を聞いて、オリビアも笑った。
魔法を好きな公爵令息と。
魔法を追い続ける伯爵令嬢。
二人の未来が、ようやく同じ方向を向き始めた。
ただし。
二人が知らないところでは、まだ一つだけ問題が残っていた。
公爵家と伯爵家。
そして王宮。
身分の違いを越えて結ばれる二人を、すべての貴族が歓迎するとは限らない。
そしてその問題は。
二人が正式に未来を選ぶ前に、立ちはだかることになる。




