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第一話 修復師の眼

 蝋燭の火が、また一本燃え尽きた。


 エドガーは指先で炎の残滓を払い、手元の大剣へと視線を戻した。刃渡り一メートルを超える、勇者ゼクスの愛剣。表面には聖女クラリスの神聖魔術が丁寧に施されていて、一見すると完璧な状態に見える。


 見える、だけだ。


 エドガーには分かる。刃の内側、金属の結晶構造の奥深くで、疲労がじわじわと蓄積されているのが。クラリスの魔術は表面を美しく整えるが、素材そのものの「疲れ」には届かない。このまま明日の討伐に持ち出せば、幹部クラスの一撃で砕ける。


 彼はゆっくりと手を当て、魔力を込めた。


「――『概念修復』」


 声に出す必要はない。習慣だ。


 薄い琥珀色の光が、刃の内側へと染み込んでいく。鍛冶師が鉄を打った瞬間、炉の熱、砥石の角度、鍛冶師の呼吸。金属が最も「自分らしくあった」記憶を辿り、それを今ここで再現する。表面ではなく、根っこから。


 作業を終えたのは、夜が白み始める頃だった。


 翌朝、エドガーが食堂に降りると、ゼクスたちはすでに揃っていた。


「遅い」


 ゼクスが顎をしゃくる。エドガーは軽く頭を下げ、末席に座った。


 朝食の間、会話はなかった。正確には、エドガーに向けられた言葉がなかった。ゼクスとクラリスとレオンの三人は昨夜の迷宮の話をし、笑い、酒を頼んだ。エドガーはその輪の外側で、黒パンを噛んだ。


 これが日常だ。


 彼を「仲間」と呼んだのはいつが最後だっただろう。入党した当初は、そうでもなかった。ゼクスは豪快だが気前が良く、クラリスは高慢だが仕事には誠実で、レオンは皮肉屋だが知識は確かだった。三人とも、素材は悪くない。


 エドガーの眼には、人の「本質」も見える。


 それが彼の厄介なところだった。憎み切れない。どれほど理不尽に扱われても、この三人の奥底にある「もともとの姿」が透けて見えてしまう。傲慢の鎧を纏う前の、ただの若者たちの輪郭が。


 だから六年間、黙って続けてきた。


「エドガー。お前は今日限りでクビだ」


 食事が終わり、ゼクスが別室へ呼んだときから、なんとなく予感はあった。


 理由は聞かなかった。聞く前にゼクスが捲し立て、クラリスが冷たい言葉を重ね、レオンが鼻で笑った。戦闘スキルがない、裏方に過ぎない、取り分が惜しい。よく知っている顔が、よく知っている言葉を使った。


「……分かった」


 エドガーは静かに立ち上がり、革のバッグを肩にかけた。


「聖石はどうする」


 それだけ確認した。ゼクスは「置いていけ」と言った。


 エドガーはポケットから、淡く青い光を宿した結晶を取り出し、テーブルに置いた。


 三人の目が、その石に吸い寄せられる。欲しいのは分かる。この石がなぜ光っているのかは、分かっていないだろうけれど。エドガーが毎晩、眠る前に魔力を通し、概念の構造を整え続けてきた。その積み重ねが、あの輝きだ。供給が途切れれば、遅かれ早かれ、ただの石に戻る。


 エドガーは一度だけ三人を見た。


 ゼクスの大剣は、昨夜直したばかりだ。半年は持つ。クラリスの聖印も、先週調整した。レオンの杖は一ヶ月前に芯から組み直した。


 三人とも、しばらくは大丈夫だろう。


 そう思ったことを、エドガーは自分でも少し可笑しいと感じた。追い出される側が、追い出す側の心配をしている。


「じゃあ、達者でね」


 誰も返事をしなかった。


 エドガーは振り返らずに部屋を出た。廊下を抜け、酒場の扉を開けると、王都の朝の空気が顔に当たった。


 冷たかった。でも、悪くなかった。


 六年ぶりに、行き先を自分で決めていいのだと気づいたのは、門を出てしばらく歩いた後のことだった。


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