最後の願い
「・・んっ」
目覚めると、私は部屋のベッドの上で、傍にはユノが寄り添ってくれていました。
「お嬢様、お体の具合はいかがでしょう?」
「大丈夫よ。・・ハロルド様は?」
「先程、ご自分のお部屋に戻られました。よくお休みになるようにと言付かっております」
「そう。ありがとう」
ハロルド様による魔力供給は、これで99回目です。『フラロマ』のシナリオ上では癪気体を抱えたララリアも高校卒業まで割と問題無く過ごしていましたが、今の私の病状から考えると同様にとはいかないようですわ。・・やはり、この世界は『フラロマ』と少し違うのかもしれません。
何にせよ私が無事に生きていく為にはマリーによる魔力供給を受け入れる他ありませんわ。どんなに拒んでも、嫌だと泣いても覆るものでは無く、時間が経つ程に私の人生が物理的に終わるかもしれない確率が上がるだけです。
ハロルド様は私と過ごした全てを忘れないと言ってくれました。
ハロルド様が覚えていて下さるのなら、私は生きて、もう一度彼と出会って、1つずつその思い出を教えてもらいましょう。今はただ、後悔の無いように過ごしましょう。
そんな決意を胸に、私は先程まで感じていたハロルド様の体温を思い出していました。そして1つ、ある事を思いついたのです。
「ユノ、お願いがあるの」
「何でしょう?」
「あのねーーーーーー」
「・・なるほど。かしこまりました。家の方に確認が取れ次第、報告致します」
「ありがとう」
3日後の朝、無事に私のお願いに対する家の許可が下ったとユノから報告を受けた私はすぐに、寮の前で私を待っているハロルド様の元へ向かいました。ちなみに私はあの日以降、努めて明るく振る舞っています。それは、笑っている今の私を一秒でも長くハロルド様の瞳に映していたいからです。そんな理由もハロルド様に伝えると、少し驚いた表情の後にとびきり優しい笑顔で私の額にキスをしてくれました。
「ハロルド様!」
「ララリア、おはよう」
「おはようございます!ハロルド様!私と踊って下さい!」
「え?」
「一曲で良いので私と踊って下さい!!」
「ララリア?どういう事だ?説明してくれ」
「ええっと、私、この体ですから、まともにハロルド様と踊った事も無かったと気付きましたの!デビュタントの時は身内ばかりの集まりで、体調も考慮されて簡単な挨拶だけで終わりましたし、社交界に出たのもそれっきりですわ。・・・一度で良いから、あなたと踊ってみたいと思ったのよ。あなたを忘れる前に、あなたと踊ってみたいの。それが叶えば、私は覚悟を決めますわ」
「・・・そう、か。・・場所や日程は?」
「一週間後の私の誕生日に、ミイナ達も呼んで私の家で簡単なパーティーを開こうと思っているの。その時に私達のダンスを披露して、その後、マリーに魔力供給をしてもらおうと思います」
私の誕生日は今日から数えて一週間後の7月1日で、丁度学校がお休みの日です。
もうすぐ教室に着くというタイミングで説明も終わり、ハロルド様の同意を待ちます。
「どう?一緒に踊ってくれる?」
「・・もちろん。練習が必要だな」
「ありがとう!ええ、沢山頑張って、最高の時間にしましょう!」
そして迎えた7月1日。私の誕生日です。
この一週間、毎日時間があればステップの確認をし、披露するワルツの練習に励みました。ハロルド様は全ての動作を器用にこなしていましたが、問題は私です。癪気体を抱えた事でダンスを習う時間が極端に減り、ほとんど習わずにこの年齢まできてしまいました。その為、基本的なステップも曖昧で、ハロルド様の足を踏んだり自分のドレスの裾を踏んだりと、最初はまともに本番を迎えられるのかすら不安になってしまう出来でしたわ。
しかし、一週間、ハロルド様は根気強くダンス練習に付き添ってくれました。『やれば出来る。だから頑張れ』、『大丈夫だから、練習をしよう』などと言って、私を支えてくれました。
「皆さん、今日は集まって下さってありがとうございます。私は今日、無事に17歳を迎える事が出来ました。それは全て、ここにいる皆さんがいたからだと思います。今日は楽しんで下さい」
全員に向けた挨拶を終え、両親やハロルド様のご家族への挨拶を済ませた後、私は招待した友人達の元へ向かいました。
「リア、お誕生日おめでとう!」
ミイナの声を皮切りに、ウィルネスター様やビトレイ様、そしてマリーがお祝いの言葉を投げかけてくれます。
身内と僅かな友人のみの小さなパーティーですので設けられたホールはこじんまりとしていますが、私とハロルド様のファーストダンスの為に用意された中央の空間はとても広々と感じられました。
「ララリア、行こうか」
「ええ」
ハロルド様から差し出された左手に私の右手を添え、私達はホールの中央に向かいました。
「きれい・・」
丁寧にワルツを踊る2人を眺めながら、思わずマリーナから感嘆の声が漏れる。そしてそれにミイナも同調した。
「ええ、本当に。・・正しくお似合いね」
ダンスのステップに合わせて艶やかに揺れるハーフアップに結われた白銀の髪や、華奢でありながらも女性らしく丸みを帯びた体つき、そして愛しさを微塵も隠さないハロルドへの視線といった全てがララリアの美しさを引き立てていた。ララリアの視線を受け止め、同等以上の愛情のある視線を返すハロルドの格好の良さも恐ろしい程で、1つのミスも無い2人のワルツは最上級の仕上がりとなっていた。
この数分間は『これが永遠であれば良いのに』という願いが表現されているかのような、甘く、そして少しだけ切ない時間が流れていた。
「ララリア、好きだよ」
ワルツの最中、ハロルド様が私の耳元で囁きます。
彼を見つめつつステップを踏む事で精一杯な私は返事が出来ませんでしたが、何とか頷いて『私も』という意思表示に努めました。そうするとハロルド様からまた、声が届きます。
「・・・・1つ、俺の願いも聞いてくれないか?」
「?」
ハロルド様の願いとは一体何でしょう?
「『ルド』って呼んで?・・・『リア』」
「っ!!!!!」
危うく、ステップを間違える所でした。何とか持ち直し、丁寧にワルツを踊りながら少しだけ涙目になってしまった瞳でハロルド様を見つめます。
『それ』は、私達が呼ばなかった愛称で、私達が呼べなかった愛称です。
言葉にして示し合わせた訳ではありませんが、私達は他の婚約者同士であれば呼ぶであろう愛称を一度も使った事がありません。婚約者に呼んでもらう愛称というのは特別で、愛情表現の一種である以外に2人の仲が親密である事を内外に知らせる意味を持ち合わせています。その『特別』はたった1人に捧げるべきもので、当初未来の分からなかった私は自身の不確定さから来る躊躇いによってずっと愛称で呼ばずにいました。そして月日が流れるにつれ『ハロルド様』と呼ぶ事にも慣れきって、両想いになった後も機会を逃したまま愛称で呼べずにいました。その為、これまでに一度もハロルド様を『ルド』と呼んだ事は無く、同様にハロルド様が私を『リア』と呼んだ事はありません。
どうして、今・・?
疑問は残りますが、その願いはたまらなく嬉しくて、ハロルド様から発せられた私の愛称は愛おしい響きを持っていました。
「リア」
「・・・なあに?・・『ルド』」
初めて呼ぶハロルド様の愛称は、とても口馴染みが良く、すんなりと発する事が出来ました。
「っ!・・ありがとう」
「私の方こそありがとう、ルド」
あっという間に私達のワルツは終わりを迎え、その後1時間程パーティーは続き、食べたり踊ったり話したりと、全員が思い思いに過ごしました。
パーティーは終わり、私は今、自分の部屋のベッドの上にいます。
「いよいよね」
「リア様・・」
マリーが不安気に私の顔を覗きました。彼女を安心させるように私は柔らかく微笑みます。
「私は大丈夫よ。本当に、大丈夫・・・。だけど、最後に」
深呼吸をして、私は傍にいるハロルド様の手を握りながらその青の瞳を見つめました。
「ルド。愛してる。私の言葉、ルドは忘れないでね」
「・・・絶対に忘れたりしない」
そうして、マリーによる魔力供給が始まりました。痛みや苦しみは一切ありませんでしたが、代わりに眠気が一気に押し寄せ、私はマリーの両手と額を自身のそれらとくっつけた状態で眠りにつきました。




