マリーナ・ロマンヌ
私の名前はマリーナ・ロマンヌ。学園入学までは王都近郊の市井で庶民として暮らしていました。
恋愛結婚をしたお父さんとお母さんはそれは仲が良く、少し貧しいけれど家の中はいつも笑顔が溢れていました。『これが幸せっていうんだろうなあ』と、幼心によく思ったものです。
しかし、私が7歳の時、市井で私と一緒に買い物をしていたお父さんが、誤って飛び出してきた馬車にはねられる、という事故が起こりました。なりふり構わず傍に駆け寄った私は何故か生まれて初めて魔力を使っていました。お父さんは幸いにも命に別状はありませんでしたが、ここでのある出来事が原因で、お父さんはお父さんでは無くなってしまいました。
あの日を境に、お父さんは壊れ始めました。私が8歳の誕生日を迎える頃には、悲しそうに、泣きながら、本心とは裏腹の行為であると意味付けるような表情で私達に手をあげるようになりました。あの優しくて穏やかなお父さんが壊れていく様は、私にとって衝撃以外の何物でもありませんでした。そしてそんな風になってしまったお父さんは限界が来たのかついに倒れ、お母さんは付きっきりで看病をするようになりました。
お父さんをはねた馬車に乗っていたのはサーン伯爵というとても身分の高い貴族の方でした。あの日もあの出来事の全てを見ていて、すぐに慰謝料だ何だと考えられない程の金額を私達家族に提示しました。そして、全てを見ていた伯爵は私に『うちで勉強をしないか?』と提案したのです。
それから約9年間、私はサーン伯爵の次男で私と同じ年齢のビトレイ様とたくさんの時間を共にしました。ビトレイ様は私が庶民という身分違いも甚だしい存在であるにも関わらず、ただの友人として、幼馴染として傍にいて下さいました。敬語なんて使わなくて良いと言って下さったり、道に迷えば必ず見つけて下さったり、あの日の出来事全てを話し私が自分の魔力を恐れた時は頭を優しくなでて下さったりと、数え上げればきりがありません。
16歳になって王都魔法学園に入学すると初日から『あれが100年に1人の存在』、『聖女気取りの庶民』といった声と好奇の目にさらされましたが、ララリア・ガーベル侯爵令嬢だけは他の生徒とは違いました。わざわざ私の席まで来て下さって、何故か『友達になって下さい!』と話しかけて下さったのです。ララリア様が何をお考えであるのか全く分からず、私はただ固まるばかりで、碌な返事も出来ませんでしたが、嬉しかったです。
私が誰よりも魔力の多い光属性である事、そしてビトレイ様と仲が良い事を面白くないと感じる生徒達から、私は当然のように嫌がらせを受けるようになりました。上手く隠しているつもりでしたが、ビトレイ様は目ざとくそれに気付き、私に言ったのです。
「マリーナがどんな所にいても見つけちゃう俺に隠し事なんて、無理でしょ」
「・・・。放っておいて下さい」
「まーた敬語だし・・まあいいや。マリーナに危害を与えるような人達は俺がそれとなく注意して来てあげよう」
「・・!やめてよ!私の事なんて放っておいてってば!」
「嫌だよ。迷子になったマリーナを見つけるのも、傍にいるのも、全部俺の特権なんだから」
「な、な・・。何を真顔で・・」
「本当の事だし。・・あ、そういえばマリーナ、最近何故かよく会う上級生がいるって言ってたでしょ?」
「え?ああ・・。名前は分からないんだけど、本当によく会うの。困っている所を丁度助けて下さったり・・。良い噂の無い私に優しくして下さるの」
「その人、気を付けた方が良いよ」
「?」
あの時は意味が分かりませんでしたが、彼女によって空き教室に閉じ込められた事で、やっと理解しました。ビトレイ様の忠告があったにも関わらず、のこのこと付いていった自分の軽薄さが嫌になります。そして何より、私のせいで、ララリア様も一緒に閉じ込められてしまいました。申し訳なくて仕方がありませんでしたが、ララリア様は怒る事も苛立つ事も無く、冷静に状況把握に努めていらっしゃるようでした。しかし、その後すぐにララリア様は倒れました。何が起こったのか分からない私はただ、彼女の名前を呼ぶ事しか出来ませんでした。
保健室のベッドで眠るララリア様はとても気持ちよさそうで、先ほどまで意識が無かったとは思えません。しかしパーテーションの向こう側で話されている内容を聞く限り、ララリア様は長い間その華奢なお体の中に『しゃくきたい』というものを抱えながら生活されており、既に寿命も言い渡されているそうです。
ララリア様の婚約者であるハロルド・コスモ様、そしてアーケイン先生は、私がララリア様を救う事の出来る『唯一の存在だ』と話されました。それは大げさでも何でもなくて、本当に『私しかいない』との事でした。そう説明する声は至って真剣で、パーテーション越しでも十分に伝わってきました。もちろん、ハロルド様がどれだけ真剣かなんてあの魔力供給を見れば疑う余地もありません。ララリア様の事が大好きで、大切で、全力で守ろうとしていらっしゃるのだと理解しました。
私も、ララリア様の力になりたいです。
でも、私には出来ません。協力は出来ません。
だって、私は————————
「あっ、見つけた!マリーナ!」
「・・・・・・」
「もう、保健室から飛び出して・・・。さっき俺が言おうとした事、怒ってる?」
「だって・・・。私はもう、この魔力を誰にも使いたくない」
「・・・マリーナは何も悪くないよ。魔力を使って命を助けるんだ、誰もマリーナを責めたりしない」
「でも、だって・・・私の魔力は———」
「分かってる。でもだからこそ、あんなに真剣に頼んできた人達にはちゃんと話した方が良いんじゃない?」
「・・・・・」
「まあ、それは一旦置いといて。ララリア様ともっと話してみたら?色々考えるのは、仲良くなってからでも良いって事にしようよ」
ビトレイ様のこの言葉をきっかけに、私はこの1年を通じて少しずつ、けれど確実にララリア様と距離を縮め、仲良くなりました。また、ハロルド様だけでなくララリア様のご友人であるミイナ様、ウィルネスター様とも言葉を交わす機会が増え、それに比例するように嫌がらせは減っていきました。
そして季節は巡り、王都魔法学園で過ごす2度目の春がやって来ました。




