ハロルド・コスモ(3)
ハロルド視点です!
ララリアは覚えていないだろうけど、俺達はこれまでに86回、魔力供給を行っている。そして先週、87回目が終了した。
あの日、87回目の魔力供給を始めた時、声も出せない程驚いた。ウィルやミイナ嬢がいる手前、冷静を装っていたが、頭の中はほとんどパニック状態だった。それほど、ララリアには『無かった』。よくさっきまで普通に動いていたな、と感心できるほど、いや、もっと自分の体を気にかけてくれ、と怒ってしまいそうになるほど、魔力供給があと1時間でも遅ければ生きていたのかさえ分からないくらい、ララリアの体内魔力量はゼロに等しかった。ちなみに、魔力供給時、俺は受給者であるララリアがどれくらい魔力を保持しているのか何となく知る事が出来る。
これまでの86回でだって、危険状態だった時は何度もあった。だが、それ以上に、先週は『無かった』。そして俺は改めて、目の前のララリアを襲っている癪気体がもたらしかねない未来に、恐怖した。
またこんな風に、想像以上の魔力欠乏状態になった時、傍に俺がいなかったら?
ララリアは、消えてしまう?
ララリアが目を覚まし、4人で教室に戻る時、ウィルがそっと俺に耳打ちした。
「ルドにとって、ララリア嬢がかけがえのない存在だと改めて理解したよ。不謹慎かもしれないが、まるで映画の1シーンのようだった」
これが映画の中の作り話だったらどんなに良かったか、想像もつかない。
「私、本当に、痛みや負荷なんて感じていないんです。だから、癪気体の事や魔力欠乏症というのも忘れてしまいそうになるんですけれど、倒れる度に思い出すんですわ。ああ、私は普通じゃないんだったわ、やっぱりどうにかし(てヒロインちゃんと仲良くなら)ないとって」
ずいぶん前に、ララリアはそんな事を言っていた。魔力欠乏症の症状である『体への負荷』が無い、というのは不思議だが、苦しまなくて良いならその方が良い。ただ、それはララリアが倒れるに至るまでに魔力欠乏状態だと判断する手段が無い、という事と同義になってしまう。本人にさえ魔力が無くなってきている自覚が無いのだから、周りはララリアが倒れるまでそれに気付けない。いつ、どこで倒れるか分からず、階段を降りる寸前で倒れた時は俺の心臓が止まりかけた(何とか抱き留めて転がり落ちずに済んだが)。だから、半強制的に設定されていた週に1度のガーベル家訪問の際、毎回魔力供給もやってしまえば良いんじゃないか?そうすればララリアが倒れるリスクは減るし、今どれくらいの魔力量があるのか確認できるし一石二鳥じゃないか?という案もあって、俺自身は最善だと思って賛成したけど、ララリアが頑として首を縦に振らなかった。『余りにもハロルド様の負担が大きすぎますわ!ダメです!倒れた後に魔力供給をして頂くだけで本当に(シナリオ的にもまだ死んだりしないので)、本当に充分なんです!』そう言って聞かなかった。それだけは絶対に納得しない、という雰囲気にその場にいた全員が負け、代わりに、倒れた際は絶対に魔力供給を拒否しない事を約束した。そして7年間、ご存知だろうが、ララリアは87回倒れ、俺は同じ数だけ魔力を供給している。
先週のあの日から、俺はララリアを寮に送り届けた後に、毎日アーケイン先生の元を訪れるようになった。王都魔法学園の保健医としてすっかり馴染んできたアーケイン先生に、現状よりも高度な魔力供給を指南してもらっている。
「ハロルド君。君の研究熱心な所は流石コスモ家と言うべきか、非常に尊い長所ですがな、これ以上1度における量を増やした魔力供給を行うと、魔力量の多いハロルド君でも魔力欠乏症状が出てしまいますぞ?」
「俺はまだ大丈夫です。それに俺にその症状が出たって一時的なものでしょう?・・・ララリアに比べれば、体への負担は微々たるものです」
「ララリアお嬢様の力になりたいお気持ちはよく分かりますし、我々も同じですがな。それでハロルド君が体を壊せばお嬢様はきっとご自分を責められますぞ。・・・ところでハロルド君は、マリーナ・ロマンヌ嬢をご存知ですかな?」
「・・・。知ってはいますが、それが何か?」
「彼女は光属性で、100年に1人と言われる程の魔力量の持ち主と噂されておりますからな。彼女なら、もしかすると・・お嬢様を助けられるかもしれませんな?」
「!!!!!!」
アーケイン先生に言われるまで、まるで気付かなかった。言われてみれば、その通りだ。マリーナ・ロマンヌ嬢であれば、ララリアを全快させられる可能性が高い・・!そして、俺の中でずっと疑問だった事にも答えが出た。何故、ララリアはC組に行きたがるのか、何故、知り合いでもないロマンヌ嬢に会いに行ったのか。それは、ララリアは彼女が自分を癪気体から救ってくれる可能性があると分かっていて、魔力供給の前提条件をクリアしようとしているからだ。・・何故1人でこっそりC組に行きたがるのかは、未だ分からないが・・。
そして、学園生活を送る中で1つ気付いた事がある。王都魔法学園に入学してから、ララリアは1度も俺に『かっこ良いですわ!』や、『お慕い申し上げております』や、『好きです!』といった言葉を言わなくなった。決まりきった定型文のような、俺達にとって挨拶するのと同じくらい慣れていた言葉が、消えてしまった。まともな返事などした事が無いくせに、いざ消えてしまうと想像以上に気にしている自分がいた。そこでやっと、あれらの言葉に、俺は無意識に喜んでいて、ララリアの心が俺にある事に安心していたんだと理解した。『最期が辛くなる』とか何とか言ってララリアに対する気持ちから逃げていたけど、そんなのは今更だ。もう逃げるべきじゃない。
きっと、これは、ずっと恋だった。
「俺の前から消えないでくれ」
本音だった。
ただ切実に、心の底から願っている。頼むから、消えないでくれ。俺と一緒に生きていて欲しいんだ。
ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございます!
当初の予定以上の長編になってしまいそうですが、これからも皆様に楽しんで頂けるよう、精一杯書いていきたいと思いますので、よろしければお付き合い下さい!




