ミイナ・ローゼット
私はローゼット公爵家の三女、ミイナ・ローゼットと申します。ララリアとは幼い頃からの友人ですわ。・・・仲良くなるまでに少し時間はかかってしまいましたが。今では親友と呼べるほどの仲になりました。
私は公爵家の末娘だった事もあってか、家族からも使用人からも、とにかく私に関わる全ての人から好かれ褒められ甘やかされて育ちました。そんな環境に慣れきっていた所で、ララリアと出会ったのです。当時の彼女はワガママで、こちらの話などまるで聞かないご令嬢でしたわ。甘やかされているという共通点はありますが、性格はまるで違いました。私はどちらかと言うと大人しく、自分の意思を伝える前に私の為を思って整えられた環境を黙って享受するような子供でした。
そんな私にとって、ララリアとの交流は衝撃でしたわ。私に一切の興味も無く、むしろ嫌ってすらいましたわね、そして会話を続けようという気遣いすら感じられませんでした。そんなララリアの事はもちろん苦手でしたが、彼女から学んだ事もあります。世の中は私を認め、褒める人だけでは無いという事。私の失敗はローゼット家の失態として考えられる事。当たり前だと今なら笑う事が出来ますが、当時の私にとっては初めて知り得た重大事項でしたわ。そして私は周囲から甘やかされていたのだという事を自覚し、このままではララリアのような人からもっと責められ攻撃されてしまうのではないか、と恐怖を覚えました。それからというもの、私は今まで以上にマナーや一般教養の勉強に励み、土属性だと分かってからは少しずつ魔力発揮の練習も行いました。家族は『そんなに頑張る必要なんて無い。もっと自由に楽しく暮らしてくれれば良いのに』と言ってくれましたが、そういう訳にはいきません。このままでは『ローゼット家の失敗作』と呼ばれてしまいますわ。家族や家庭教師は私の学習量を褒めて下さいましたが、甘やかされている事実がありますのでその言葉を素直に聞く事が出来ず、もっともっとと勉強に励んだのです。
結果、私は博識で聡明なご令嬢、なんて噂されるようになり、9歳の時にフラン王国の第二王子様であるウィルネスター様と婚約するに至りました。
苦手意識の強かったララリアとの関係が変化したのは、9歳のあの日です。黒くて大きな何かにララリアが飲み込まれていくような光景が、7年経った今でも忘れられません。そして、何故『自業自得だ』なんて思ってしまったのか、何故ボーっと立って見ている事しか出来なかったのか、自責の念が絶える事はありません。当然責められるだろうと覚悟してガーベル家に向かうと、ララリアは何だか違う人のような言動で驚きました。そして何より私を責める事など一切なく『友達になって欲しい』と言われた事に更に驚いてしまいましたわ。それから現在まで、ララリアと友人として仲良く過ごしています。
ウィルネスター様とハロルド様も友人同士でしたので学園では4人で行動する事が多く、今も食堂で一緒に昼食をとっています。学園入学前から交流がありますので気兼ねなく和気あいあいとした時間を過ごしておりましたが、突然ララリアが「あ・・これは・・」と言ってすぐに、倒れました。そして咄嗟にハロルド様がララリアを支えていましたわ。
「ララリア?!!」
「学園に来て初めて倒れたな。・・ウィル、保健室はここからだと少し距離があるんだ、あの部屋を貸してくれないか?」
「もちろん。部屋まで案内するよ」
あの部屋、というのは学園内に存在する王族専用のサロンの事です。慣れた手つきでララリアをお姫様抱っこして歩くハロルド様は他の生徒から注目されていましたが、そんな事はどうでも良いという風に足早にサロンに向かっていました。ララリアが倒れる所を見るのは初めてではありませんが・・。この緊張感に慣れなどあるはずも無く、サロンに到着するまでぎゅっと自分の手を握り締めていました。
サロンに到着してすぐ、ハロルド様は魔力供給を行う準備を始めました。長年の経験によって、ララリアが意識を失っている間でも魔力供給を行う事が可能になったようですわ。ハロルド様は無言でララリアを椅子に座らせ、互いの手を絡ませ合い、ご自身の片膝をララリアが座っている椅子に乗せる事でバランスを保ちながら額をくっつけていました。
約5分間続いた魔力供給の間、私はウィルネスター様に肩を抱かれていました。少し震えてしまっていたのがバレたようです。実は、私がハロルド様とララリアの魔力供給を見るのは今回が初めてです。ですから、初めてその光景を目の当たりにして、思わず泣いてしまいそうでした。恐怖とか、不安とか、そういう意味だけではありません。ウィルネスター様もきっと私と同じ気持ちになったからこそ、私の震えに気づいてくれたんだと思いますわ。
私は、こんなに切なくて涙が零れそうになる愛情表現を、他に知りません。
ハロルド様はもちろんだと思いますが、私もウィルネスター様も、癪気体に関して様々な情報を探しました。魔力供給に関しても、同様に多くの知識を得ましたわ。今、ハロルド様は『一定程度以上』の魔力をララリアへ供給しています。ララリアが全快するのは難しいですけれど、それでも確実に彼女の負荷は軽減するでしょう。一定程度以上の魔力供給を行うには1つの前提条件が必要ですが、2人は当然のようにそれを飛び越えているんですわ。前提条件とは、受給者であるララリアが供給者であるハロルド様を心から信頼し、そしてハロルド様も心からララリアを救いたい意思がある事、というものです。少量の魔力供給とは訳が違うこれを、2人はいつから続けているんでしょうか?
先日ララリアから、『7年間頑張ってみたけれど、やっぱりハロルド様は私に恋愛感情は無いみたいなの』と言われましたが、私はそうは思えませんわ。未来の分からない婚約者を、ずっと、ずーーっと傍で支え、逃れられない心労に耐え、救いたい一心で何度でも魔力供給を行う。そんな日々を過ごしているハロルド様に、ララリアへの気持ちが無いはずが無いんです。自覚していないのか、声に出す事をためらっているのか分かりませんが、私もウィルネスター様も理解してしまいました。ハロルド様の魔力供給は彼の愛情表現だと。ララリアが消えてしまいませんように、これからも傍にいられますように。そんな願いが、私達にも伝わってきました。
ハロルド様は何よりも大切そうにララリアに触れて、ご自身の消耗を気にする事なく魔力を与えて、きっとララリアが目を覚ませばホッとしながらも何事も無かったように振る舞うんですわ。
お互いを気遣い合っているのに上手く伝わっていない、まるで両片想いをしているような2人を待っているのが・・考えたくもありませんけれど・・魔力欠乏によるララリアの死・・なんて、余りにも残酷です。そんな未来を私以上に考えているのは当の本人達であるはずで、関係のない私が涙を流すなどおこがましい事だと思いつつも、目の前の光景は簡単に私の涙腺を緩めました。
その後ララリアは目を覚まし、授業にも全員間に合いました。一般教養を学ぶ授業内容は私にとって簡単すぎるくらいですので流し聞くくらいで十分です。その間、私は先ほどの光景を思い出していました。
2人の為に、私は何が出来るでしょうか?




