恋文
月よりも遠い場所にいる君へ
巷では、ホワイトクリスマスになるらしいと、噂されている中12月24日のクリスマスイブは穏やかな小春日和だった。街の街路樹の銀杏並木の葉が落ち、黄色のジュータンが出来ていた。
「これ、ホント明日雪降るのかな? コートが暑いや……」
そう言いながら、加治は繋いでいた葉菜の手を一度離して立ち止まると、ブランド物の黒いコートを脱いだ。
「うん。ぜんぜん平気! あったかいよ!」
外気温を確かめながら加治は納得していた。葉菜はそれを見て、クスッと微笑んだ。
街のショーウィンドウは赤や緑のクリスマスカラーに色づき、サンタや雪で飾り付けられた人形やイラストや液晶に映る映像、目に付くものの殆どがクリスマスになっていた。
表参道をふらふらと歩き、クリスマスプレゼントを物色するのかと思いきや加治は「葉菜さんにあとで、選んでもらうから。そうしたらそれを贈り物にします」と意味深な言葉を言っただけで、今日はクリスマスデートをしようと言われて連れられるがまま、葉菜は加治に手を引かれ歩いていた。
「一葉くんは? デートとかない感じ?」
「えぇ。でも、モデル仲間とクリスマスパーティーするんですって。それが1次会で、2次会はオフ会とかの友達になったアニメ仲間とするんですって」
「そっかぁ……。まぁ、独りじゃないだけいいのかな……。一葉くん普通にしてればモテると思うんだけど」
「性格に問題があるのよ。それと、趣味に没頭しすぎかも」
大人しい葉菜が、一葉に対して鋭く指摘した事に加治は驚きそうして笑った。
「葉菜さん厳しいなぁ。一葉くんと姉弟ってのどことなーく感じますよ」
「えっ!! それって、私の性格が一葉に似ているって事?」
苦笑いしていた加治を葉菜は少しむっとした表情で見ていた。
「ほらほら。そんな怖い顔しないのー。眉間しわ寄せない」
加治は葉菜を軽くあしらいながらなだめるつもりで、葉菜の眉間に大きな手を当てた。
「なんだか誤魔化されている感じ」
「まぁまぁ。そんな気にしないの。姉弟なんだから似てるのも仕方ないでしょう」
加治が優しくなだめるが、葉菜は腑に落ちない様子だった。
「そういう顔もかわいーね」
加治は満面の笑みで葉菜を見て言った。葉菜は、少し気恥ずかしい思いと茶化されているのかと思うと素直に喜べないでいたが、胸の中はくすぐったい感覚があった。
加治の事故の後、葉菜は加治の思いを受け止めた。スナオへの後ろめたい思いは全くない訳ではなかったが、最後に残したスナオの言葉を大切にすることで葉菜の中にあった後ろめたい想いや、スナオと向き合い続けることが変化していった。
加治と時間を過ごす中で、葉菜はその度に自分の知らない加治の一面を知ることが小さな喜びになっていた。
2人の事を喜んだ人がいれば、素直に祝福できない人もいた。前者は弟の一葉だった。2人は照れながら改めて一葉に報告すると「ようやくかよー。けど、よかったねー」と、笑みを見せてくれた。一方、後者は職場の高幡だった。薄々気づかれているような様子だったが、街中で2人で歩いている所をばったり遭遇してしまった。高幡の中ではまだ、加治への想いが未消化の様子だった。その影響がわかりやすく態度に表れ、刺々しい態度が葉菜にも向けられて仕事がやり難かったが、仕方ないとそれを我慢した。しかし、高幡は軽々しく職場の同僚にその事を言いふらしたりはしなかったため、2人はほっと胸を撫で下ろす思いだった。
表参道のイルミネーションを眺めながらクリスマスムードたっぷりに酔った2人は、周りのカップル達の中に溶け込んで、時々顔を見合わせては照れ笑いし、手と手を終始離さずに歩いていた。隣に加治がいることが葉菜には自然であるように感じられていた。
ディナーまで外で済ませると、加治の部屋へたどり着き月夜の中、2人で赤ワインを飲みながらクリスマスケーキを食べた。オーソドックスな苺と生クリームのやつがいいと、加治が決めていたようで店先に山積になっていた一番小さなホールケーキを購入した。砂糖菓子で出来たピンクの帽子や服を見に纏ったサンタクロースは2頭身で、その近くにはプラスティック製のもみの木が飾られていた。
ソファーに並んで腰掛、加治はグラスをテーブルに置いて葉菜と向き合った。
「葉菜さん……」
葉菜はケーキの乗ったお皿を両手に添え、それを膝の上に置いて加治の顔を見た。少し落ち着かない様子で、視線が定まらず、俯いては葉菜の顔を見ての繰り返しだった。
「はい」
葉菜は加治の視線をとらえ見つめ合った。すると、加治は顔を赤らめて小さく息を吸った。
「葉菜さん……。俺と……結婚して下さいっ!!」
「!!」
加治の言葉に葉菜は息を飲んで目を丸くした。加治は照れているようなそれでいて緊張して顔が強張っていた。短い沈黙だった。それが、2人の間には長く感じていた。
葉菜は、いつかこんな日が来ることを頭の片隅に思い浮かべていた。加治は、スナオと生きている葉菜を受け止めてくれていた。葉菜にはそれが途轍もなく嬉しかった。だからこそ、目の前にいる加治と時間を重ねて行きたいという思いも大きかった。
葉菜は加治と向き合い、柔らかい笑顔を見せて頷いた。
「……はい。よろしくお願いします」
大人しい葉菜の声が聞こえ、加治の顔が明るくなった。そうして満面の笑みを見せると、葉菜の白く細い手をとった。
「よかったー! ありがとうございます!!」
葉菜は、照れる気持ちを隠しきれず笑った。
「明日、クリスマスプレゼント買いに行きましょう。考えていたのが、エンゲージリングなんですが、いいですか?」
「えっ!! そうだったの? 私、2人で何か一緒に見て買うのかなぁって思ってた」
「サプライズですよ。って、嬉しくってもう、言っちゃったけど。そーだ! シャンパン、冷やしてたんだ。もし、OKもらえたら一緒に飲もうと思って。いいでしょ?」
加治は子供のように無邪気にはしゃいでいた。
「うん」
葉菜がそう言うと、加治はキッチンへ颯爽と向かった。葉菜は席を立ちベランダへ出た。夜空には月が輝いて見えた。葉菜は月を仰いだ。そうして、自分の中にスナオがちゃんと生きていることを再確認すると、月を見つめた。まるで、スナオを見上げているかの様に。
「葉菜さーん。シャンパン、開けましょう」
部屋の中から加治の声が聞こえた。葉菜は「はい」と返事をして月に去り際に笑顔を見せた。
これからも、ずっとスナオと生きて行くことを。そうして葉菜は何度も、何度も月を仰ぐ。
スナオと言う、1人の人を忘れないために……。
恋文 おわり。
作者の恋愛小説、いかがでしたでしょうか。
ちょい役から出てきたキャラクター加治葵でしたが、愛着湧きここまでひっぱってしまいました。
最後のシーン、お気づきの方がいたら嬉しいな。前作『カレイドスコープ』のラストとリンクしてます。そう。あれは、葉菜だったんです。
最終話は、詰め込みすぎずシンプルにしたかったのでお話が割りと短めになってしまいました。
ここで、靴擦れから続いたシリーズが完結しました。
次作は、またひょっこり投稿したいと思います。その時はまたご覧頂けましたら嬉しいです。
よろしければ、ご感想などいただけると嬉しいです。:)
恋文をご覧頂きまして、またここまで、お付き合いくださいまして、ありがとうございました。m(__)m
special thanks my friends!