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k-43 原付乙女の本領

 落ち込んでいる二人を、陸雄がしばらく黙って見ていた。


 それから、突然、歌い出した。


「♪万朶の桜か襟の色〜♪ 花は吉野に嵐吹く〜♪ 大和男子と生まれなば〜♪ 散兵戦の花と散れ〜♪」


 菊がすぐに後に続いた。


「「♪尺余の銃は武器ならず〜♪ 寸余の剣 何かせん〜♪ 知らずや此処に二千年〜♪ 鍛え鍛えし大和魂〜♪」」


 笠寺観音の山門の前に、軍歌が響いた。


 歌詞の意味はわからなかった。

 でも、カッパの胸の中に何かが灯った。


「何それ? 二人とも歌詞の意味はわかるの?」


「全然わからない! けど、みんな歌ってるから覚えちゃった!」


 先ほどまで涙ぐんでいたラーナも、顔を上げていた。


「陸雄も歌詞の意味は知らないの?」


 陸雄が少し恥ずかしそうに答えた。


「仕方ないだろ? これは明治時代の歌なんだからさ! でも、これを歌うと気持ちが弾むだろ?」


「「うん!」」


「少しだけ……いや、凄く元気出た! なんて曲なの?」


「歩兵の本領」


「歩兵の本領か〜。今度カラオケで歌おう!」


「私もカラオケで歌いたい! ねぇ? もっとちゃんと教えてよ! 歩兵の本領!」


 四人は笑いながら歩兵の本領を歌い始めた。


 四人の声が、夜の笠寺観音の境内に広がっていく。


 その時、寺からお坊さんが現れた。


「こら! 寺で軍歌を歌うんじゃ無い! おや? 少年は陸軍の人だね〜。うちの寺に用かな?」


 陸雄がお坊さんに向き直り、きちんと敬礼した。


「今夜、この三人をこの寺に泊めて上げてください! 俺は宿舎に泊まれるけど、コイツらは女だから宿舎に入れません! お願いします!」


 陸雄の声は落ち着いていた。

 通信兵として一人で各所を走り回って来た少年の、慣れた礼儀だった。


 お坊さんが微笑んで答えた。


「ウチは宿坊でもあるので、もちろんウチは歓迎しますよ。お嬢さん達も遠慮なく泊まりなさい」


「え? お寺に泊まれるの?」


「なんか怖いね……」


「そうかな? お寺に泊まったこと無いの?」


「菊ちゃんはあるの?」


「え? 普通にあるよ? 夏休みとかお寺に泊まらないの?」


「泊まらないよ〜。私たちはテントを持ってるから夏休みもテント泊してたんだもん。もしかしたら未来でもお寺って泊まれるのかな? 試したこと無いからわかんないや」


「寺というものは昔から泊まれることになってるだろ? 織田信長だって本能寺に泊まってただろ?」


「あ、そうか! それじゃ未来のお寺も泊まれるのかもね……」


 お坊さんが優しく言い添えた。


「お嬢さんが寺が怖いと言うなら境内の中ならテント泊してもいいよ。好きな所にテントを設営しなさい」


 陸雄がもう一度、深く礼をした。


「ありがとうございます! コイツらがお世話になります! ほら? お前らもきちんと礼を言え!」


「「「ありがとうございます!」」」


 お坊さんはにこにこと笑いながら寺の中へと入っていった。


   *


 四人は境内でテント設営に向いた空き地を見つけた。


 境内も乙女達には少し怖かったので、テントをあえて一つだけ出して三人で固まって眠ることにした。


 そこへ、未来のテントを見た陸雄が興奮気味に詰め寄ってきた。


「カッパ! なんだこのペラペラのテントは!」


「え?」


「こんなペラペラなテントはテントとしての役目を果たしてないだろ? 雨が降ったらどうするんだ? 風もこれじゃ防げないだろ?」


「そうかな? でも、未来ではこれがあたりまえだよ?」


「俺のテントを使え。これよりはマシだ!」


 陸雄が陸軍支給品の帆布のテントを広げた。


 ズッシリと重い、深緑色のキャンバス地に、使い込まれた木の支柱と無骨な鉄のペグ。


「わあ……! なに、カッコいい! ラーナ、見てよ、この三角のフォルム。ムーミンに出てくるスナフキンのテントにそっくり!」


「本当だ! この厚い生地、触ってみてよ。すごくしっかりしてて、これならお化けも入ってこれなそう!」


「……あったかい。守られてる感じがすごい。ねぇ、こっちの方が『秘密基地』っぽくてワクワクするよ!」


 一方、陸雄はカッパのドームテントを畳もうとして、その異常な軽さに固まっていた。


「……おい、なんだこれ。指一本で持ち上がるじゃねぇか。しかも、この棒を抜くだけで、こんなに小さくまとまるのか?」


(これがあれば、行軍の疲れが半分になる。雨に濡れても重くならない。……こいつは、兵隊にとっての宝箱だ!)


「……コホン。カッパ、お前らがどうしてもって言うなら……俺のこの頑丈な天幕を交換してやってもいいぞ。その代わり、その『ペラペラ』は俺が引き取って、軍の基準に適合するか調べてやる!」


「えー! 本当に!? いいの? このスナフキンテント、私たちが使ってもいいの?」


「ちょっと待って陸雄くん! 私のテントも、その三角のやつと替えてよ! 二つ並べたら絶対可愛いもん。ね、お願い!」


「……わかった、わかったじゃ! 予備の天幕も出してやる。その代わり、そのドームテントを二つとも俺に寄越せ! ……いいか、これは『戦略的交換』だからな!」


 境内には、二つの武骨な三角テントが並んだ。


 陸雄はカッパから受け取ったドームテントを、まるで高級品を扱うように丁寧に抱えてから、基地の宿舎へと走り出した。


   *


 三人の乙女が、三角テントの中に川の字に寝転んだ。


 ゼリー缶を思い切りシェイクして、ゼリー飲料をゴクゴクと飲んだ。


 最後のビタミンカステーラを取り出すと、カッパが菊に差し出した。


「菊ちゃんに私の分もあげるよ!」


「私のも食べなよ。私とカッパはビタミンカステーラを山ほど食べたからさ」


「そんな全部なんて貰えないよ!」


「アハハ! 本当に良いんだよ! 食べて! 実はこのビタミンカステーラはポイント欲しさに大人買いしたんだよ。だから、本当に私もラーナも食べ飽きてたんだ!」


「ポイント?」


「アハハ! 未来ではこのビタミンカステーラを買うと五十pも貰えたのよ。それでポイント欲しさに私とカッパで買い占めたの。だから遠慮しないで!」


 菊がビタミンカステーラを一口食べた。


「美味しい! これがカステラなんだ。凄く美味しい! ありがとう二人とも! 私、絶対に忘れない!」


 菊の目が潤んでいた。


 カッパはそれを見てニヤニヤしながら、モレのリアボックスからもう一品取り出してきた。


「じゃじゃーん! これなん〜だ!」


 パッケージには「焼きそばBAGOOOON」と書かれていた。


「これなんて読むの? アメリカの言葉だよね」


「焼きそばバゴーンだよ!」


「バゴーン? それって陸雄の口癖だよね? アメリカにもバゴーンって言葉があるの?」


「違うよ。未来の日本では割と英語も使うんだよ。ほら? 私のモレにもSUZUKIって英語で書かれてるでしょ?」


「私のモルフェにもYAMAHAって書いてるよ!」


「それじゃこれは日本の物なの? バゴーンって言葉が未来にもあるんだね?」


「うん! あるんだよ! もしかしたら陸雄がこの焼きそばバゴーンの社長になるのかもね! うふふ」


 三人の乙女は陸雄が焼きそばバゴーンの社長になった姿を想像して笑い転げた。


 カッパが最後の焼きそばバゴーンにお湯を注いで、三人で分け合って食べた。


 初めて食べた焼きそばバゴーンについての菊の感想は一言だった。


「カッパ! これ焼いてないよ?」


 三人の乙女は、焼きそばバゴーンが焼いてないという事実だけで、また笑い転げた。


   *


 笑い声が落ち着いた頃、三人は三角テントの中で寝転んだまま、夜空を見上げていた。


 境内の木々が風に揺れていた。


 カッパが小さな声で言った。


「笠寺観音があって、よかったね」


「うん」


「うん」


 ラーナと菊が短く答えた。


 しばらく、三人は黙っていた。


 一九四四年の夜空に、星が多かった。


「……菊ちゃん」


「なに?」


「私たちが元の世界に帰れたとしても、菊ちゃんの事は絶対に忘れない」


「私も」


 ラーナが続けた。


「私も絶対に忘れない」


 菊がしばらく黙ってから、静かに言った。


「……私も、絶対に忘れない。カッパとラーナのこと」


 三人の笑い声の余韻が、境内の空気に染み込んでいるようだった。


 高射砲の街の夜が、三人の乙女の笑顔で、ほんの少しだけ温かくなっていた。



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