k-14 友遠方より来たる、
フェリーが苫小牧港に着いたのは、五月一日の朝だった。
花だけが先に車両甲板へ降りた。
モトラのエンジンをかけて、一人函館を目指して走り出した。
残った四人はVタックのオデッセイに乗り込んだ。
「まずはマルトマ食堂だねぇ〜」
Vタックが、缶コーヒーを一口飲みながら言った。
*
マルトマ食堂に入ると、モト子とVタックが懐かしそうに顔を見合わせた。
「またここにVタックさんと来れたわね! なんか運命的よね!」
ニヤリと笑いながらVタックが答える。
「本当か嘘かはわからないけど、花や本田くんが、160年前の過去では僕とモト子さんは幕末からの付き合いらしいからねぇ〜」
二人が笑った。
カッパとクレアおばさんは意味がわからないので、黙々とホッキカレーを食べた。
ホッキ貝の濃厚な旨みとカレーの辛みが絡み合う、北海道ならではの一皿だった。
カッパは一口食べるたびに目を丸くしていた。
*
国道を走っていると、コンビニの看板が見えてきた。
「寄りたい!」
カッパが珍しく声を上げた。
セイコーマートだ。
Vタックとカッパがコンビニへ入った。
しばらくして、Vタックがフライドチキンとカツゲンを抱えて戻ってきた。
車内で四人で食べた。
「……なにこれ、コンビニのチキンじゃないみたい」
カッパが、頬を膨らませながら言った。
「本当にそうよねぇ〜」
クレアおばさんも驚いた顔をして、二つ目に手を伸ばした。
モト子とVタックは、また懐かしそうに笑っていた。
*
苫小牧から高速道路に乗ると、函館まではあっという間だった。
夕暮れのラッキーピエロ西波止場店で全員でハンバーガーとオムライスを食べ、赤レンガ倉庫群を歩いた。
カッパは倉庫群のレンガの壁を見上げながら、スマホで写真を撮り続けた。
函館の夕暮れの色が、レンガに落ちていた。
その夜の宿は、ライダーハウス・ライムライトだった。
「随分、歴史のあるライハなんですね」
カッパが外観を眺めながら言った。
「そうよ。ここは三十年以上続いてるライダーハウスの老舗なのよ。カッパとクレアおばさんはライハを泊まったことがないでしょ? ここは全てのライハのベースとなってるところだから、今夜はここでライハについて学んで欲しいの」
全員でオーナーに挨拶をすると、客室ではなくガレージを一室丸ごと貸してくれた。
ガレージの中に、ちゃんと二段ベッドが備え付けられていた。
クレアおばさんが、ベッドの構造を真剣に眺めた。
「ある意味では掃除も楽よね。ウチのアハロのガレージでもできそうね」
「クレアおばさんの方でまだベッドメイクに余裕があるなら、ベッド数を増やしてもいいのよ。宿泊についてはクレアおばさんに丸投げしてるつもりだから」
ちょうどその頃、花がHONDA モトラで到着した。
隣には、カワサキのローソンレプリカ仕様にカスタムされたHONDA モンキーに乗ったリリーがついていた。
「花ちゃんとリリーちゃんも無事到着ね!」
モト子が声をかけると、リリーがヘルメットを脱いで「遅くなりましたぁ!」と元気よく答えた。
夕飯はリリーの案内で、杉並町のharu-na-teiへ向かった。
女性店主のハルナさんはカワサキ250TRに乗るリリーのバイクの師匠だ。
名古屋出身でもある。
名古屋からやってきた一同を、温かく迎えてくれた。
メニューの中に、味噌煮込みうどんを見つけた花が反応した。
「ちゃんと味噌煮込みうどんがあるんですね!」
「はい。函館では滅多に見かけませんからね」
全員が名古屋から来ているにもかかわらず、函館で味噌煮込みうどんを注文した。
その光景がシュールすぎて、リリーが大笑いした。
深夜まで笑いの絶えない夜だった。
*
翌五月二日の朝。
函館朝市で海鮮丼を食べてから、モト子・Vタック・クレアおばさん・カッパのオデッセイ組は五稜郭、ベイエリア、七飯町の大沼公園を散策した。
花とリリーはモトラとモンキーで、大沼公園キャンプ場へと先行した。
夕方、大沼プリンスホテルへ宿泊するVタックやモト子、カッパ、クレアおばさんらがスーパー魚長桜町店で食材を買い込んでキャンプ場に合流した。
花とリリーがBBQの準備を整えて待っていた。
*
駒ヶ岳のシルエットが、湖面に映っていた。
カッパは、借り物の折り畳み椅子に深く腰掛けたまま、目の前の光景が信じられなくて、何度も瞬きを繰り返した。
(……ここ、本当にタダなの? お金、払わなくていいの?)
レジャーや旅行は、テレビの中の出来事だった。
外食さえ贅沢なことだった。
そんな自分が今、北海道でも屈指の景勝地に立っている。
仕切りもなければ、厳しい門限もない。
ただそこにある芝生と木立と、穏やかに流れる空気。
誰に急かされることもなく、仲間たちが笑いながら炭を熾している。
魚長で買ってきたホタテが、網の上でパチパチとはじけた。
バターの香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
花とリリーが手際よく焼いてくれた、厚切りの牛サガリと、旬の太いアスパラガス。
「カッパ、ほら、焼けたよ。熱いうちに食べな!」
差し出された紙皿の上で、肉汁がキラキラと輝いていた。
一口頬張ると、肉の旨みとタレの甘みが口いっぱいに広がって、鼻に抜ける炭の香りがさらに食欲をそそった。
(……美味しい。なにこれ、信じられないくらい美味しい……)
スーパーの安売り肉とは違う、本物のご馳走だ。
でも、それ以上にカッパの胸をいっぱいにしたのは、この景色を見ながら、同じ火を囲んでいるという事実だった。
「私、こんなに幸せでいいのかな……」
ポツリと漏らした言葉は、賑やかな笑い声に消えていった。
沈みゆく太陽が、湖をオレンジ色に染め上げていく。
カッパは少しだけ熱くなった目頭を誤魔化すように、冷えたジュースをゴクリと飲み込んだ。
世界には、こんなに綺麗で、こんなに自由で、こんなに優しい場所がある。
十六歳の春。
大沼の風に吹かれながら、カッパは生まれて初めて「心の底から満たされる」という感覚を、噛み締めていた。
*
辺りが暗くなる頃にはBBQも終わり、プリンスホテル組が帰っていった。
焚き火の前には、リリーと花の二人だけが残った。
炎が、静かに揺れている。
花が、少しだけ間を置いた。
言葉にしてしまえば、もう戻れない気がした。
それでも花は、焚き火を見つめながら口を開いた。
「リリーさんだけには本当のことを話しておきたいの……」
リリーが、手に持っていたマグカップをそっと膝の上に置いた。
GoProは、とっくにバッグの中だ。
カメラの前では話せないことがある。
焚き火の前でしか話せないことがある。
リリーはそれを知っていた。
「うん。聞くよ」
炎の光が、二人の顔を照らしていた。
駒ヶ岳のシルエットが、夜の湖の向こうに浮かんでいた。
花が、少しだけ間を置いた。
それから、静かに話し始めた。
焚き火の音だけが、その言葉を受け止めていた。
リリーは何も言わなかった。
ただ、聞いていた。
花とリリーの夜は、こうして更けていった。
大沼の水面に、星が映り始めていた。




