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04_受け入れがたい命令

 ディルがクレアに婚約破棄を告げる数日前のこと──。


 その日ディルは、祖母である、この国の王太后から呼び出しを受け、王太后が住まう離宮を訪れていた。


 表向き、王太后は隠居していることになっているが、実際はいまだに根強い権力を保持している。王太后へ寄せられる信頼の大きさは、現国王をしのぐとも言われるほどだ。


 先祖をたどれば王家の血を引くとされる公爵家を生まれにもつ王太后は、王妃に就く以前から、人徳と聡明を兼ね備えた人物としてもよく知られていた。


 王妃になってからは、ときの王を支え、王立孤児院や病院、学院を自ら指示して創設し、この国の発展に寄与したことは誰もが知る事実だ。


 国母としての自愛と厳しさの両面をもち合わせた王太后は、ディルにとってもっとも尊敬する人物、そして頭が上がらない人物だった。


 お茶会と称した呼び出しに、ディルは内心、戦々恐々としながら、王太后が待つ応接間へと足を踏み入れる。


 用意された紅茶をディルが味わう間もなく、王太后は手にした扇をパチリとしまうと、開口一番に言った。


「ディル、年寄りが口出ししてはいけないと思っていままで黙っていましたけどね、いったいどうなっているのです?」


 王太后は、鋭い視線をディルに向ける。

 その瞳はディルと同じく、深い森のような濃い緑色。しかしその瞳には嘆きと憤りがにじむ。


 ディルは持っていたティーカップを危うく落としそうになる。


 王太后はディルの返答を待つことなく、矢継ぎ早に、


「いつになったらクレアがお前のことを見てくれるようになるのです? あの子はもう二十歳を迎えてしまったのですよ? 女性ならもうとうに嫁いでいてもおかしくない年齢だというのに、それをあなたは、わかっているのですか」


「そ、それは……」

 ディルは反論できず、口ごもるしかない。


 クレアが自分のことを見てくれる方法があるなら、教えてほしいくらいだ。幼い頃に婚約を交わしてからの七年間、それこそありとあらゆる方法を試して、クレアから気持ちを向けてもらえるよう努力した。しかしどう足掻いてもまったく進展しないまま、つい先日クレアは二十歳の誕生日を迎えてしまったのだ。


 ディルはギリッと唇を噛みしめる。


 クレアのオルディス侯爵家は、王家と公爵家に次ぐ絶大な権力を有する歴史ある名家で、その息女ともなれば、引く手あまただ。

 その上、紫みを帯びた繊細な銀髪とライラックを思わせる薄紫色の瞳、透けるような白い肌をもつクレアは、雪の妖精かと見まがうほどで、王太子である自分との婚約を発表しているにもかかわらず、裏で熱を上げる貴族連中は後を絶たない。

 それをどれだけディルがけん制し、排除してきたか、数え上げればキリがない。


 クレアの儚げな見た目は、あくまで彼女のほんの一面でしかない。クレアらしさは、その内面にある。外見だけを見て言い寄ろうなど、ディルにしてみれば、そいつらの背中を思い切り蹴り飛ばしてやりたいくらいだ。


 クレアには、令嬢らしからぬ行動力と機転、何にでも興味を抱く好奇心旺盛さがあり、その上、本人は気づいていないが、五カ国語を自在に操り、学者とも商人とも対等にやりとりできる令嬢など、ディルはクレア以外に知らない。それどころか、領主としてもそれだけ有能な人物は数えるほどしかいないだろう。


 さらにクレアは、オルディス侯爵家の領地経営の一部まで担っている。


 現当主のオルディス侯爵は、娘のクレアを大層大事にしているが、籠の中の鳥にしたいわけではない。本人が望むなら、なんでもやらせてみようという度量の大きい人物だ。


 それもこれもクレアに才能があるからこそなのだが、クレアが領地経営にかかわるようになり、農作物の収穫は増え、鉄加工技術も向上し、オルディス侯爵領はより一層豊かになっていると報告が上がっている。


 王太后は、さすがに当時十三歳のクレアにそこまでの才能があると見越して、彼女をディルの婚約者候補に加えたわけではないだろうが、王妃主催の園遊会のおかげで、ディルはクレアに出会えたのだから、そこは感謝するしかない。


 しかし王太后の言葉ももっともだった。

 いくらディルがクレアよりも五歳年下で異性に見られにくいとしても、七年もずっとそばにいるのに、弟のようにしか見られていないのは、ディルの落ち度だ。


 ディルが言葉を探していると、王太后はあからさまに深いため息を漏らし、


「クレアは型にはまるような令嬢ではありませんからね。本人の意思を無視して嫁がせても、あの子もお前も、互いに不幸になるだけでしょう。だからこそ、クレアの気持ちがお前に向くのを待っていたというのに、七年経っても何も変わらないなんて、呆れてものが言えません」


 そして一際鋭い視線をディルに向け、

「いいですか、これ以上は、クレアの今後の人生のためにも、もう待てません」


「お祖母さま‼︎」

 ディルはすぐさま叫んだ。


 しかし王太后はピシャリと遮る。


「三ヶ月です。三ヶ月の間に、わたくしからクレアにさまざまな試練を出します。内容は知識や行動を問うもの、とでも言っておきましょうか。お前のことを少しでも想ってくれているなら、クレアは試練に臨み、すべてをクリアして結果を出してくれるでしょう。

 しかし、あの子の気持ちが少しでもお前に傾くことがなく、試練を辞退するなら、婚約は解消なさい。これは王太后命令です。潔くクレアのことは諦めるのですね。いくらでもお前の代わりになる婿をわたくしが用意しましょう」


「待ってください‼︎」

 ディルは悲痛な叫び声を上げた。


 王太后は、話は終わったと言わんばかりに、

「さあ、一刻も早くどうすればいいのか知恵を絞ることですね、ディルハルト。クレアの隣にお前が並びたいのなら、相応の努力をなさい」

 



 王太后の離宮をあとにしたディルは、おぼつかない足取りで自身の執務室へと戻った。


「で、どうするんですか?」

 ディルの侍従であるルカスが声をかける。


「七年もクレアさまと一緒にいてどうにもならなかったものを、あと三ヶ月で本当にどうにかなるとでも?」


 ルカスは、いつもはあるじであるディルと家臣である自分の立場の差を明確にしているが、ディルとふたりきりのときは、幼い頃のように平然と嫌味を言ってのける。


「ぐっ……!」

 ディルは胸を押さえた。


 急ぎルカスに相談を持ちかけたものの、慰めどころか傷口に塩を塗られる始末。

 ディルは机に突っ伏した。


「どうしたらいいんだ……」


「そう言われましても……。完全に弟扱いですから、私としてはなんとも手の打ちようが……」


「ただでさえクレアは、王太子妃、ひいては王妃という立場を重荷に感じているんだ。試練を辞退するだけで婚約解消できるなんて知れば、クレアのことだ、すぐに、じゃあそうしましょうって言うに決まってる!」


 ディルは叫んだが、すぐさまその光景がありありと想像できてしまい、また胸をえぐられる。


(わかってる、クレアのためを思うなら、僕が諦めるべきだ。でもクレアがほかの誰かのものになるなんて……)


「だめだ、だめだ! 絶対、だめだ‼︎」

 ディルは勢いよく立ち上がる。


 すると、

「……あ」

 ルカスが何かひらめいたように、小さく声を上げる。


「なんだ!」

 ディルはすがる思いで、ルカスに目を向ける。


 ルカスは考え込むしぐさを見せ、しばらくしたあと、

「逆を言ってみたらどうでしょう?」


「逆……?」

 ディルは訝しげに問い返す。


 ルカスは頷き、

「ええ、だから婚約継続するための試練ではなく、婚約解消、いえ、いっそ婚約破棄するための試練とでも言って、クレアさまに試練を受けてもらうというのは」


「それだ!」

 切羽詰まっていたディルにとって、冷静に判断する余裕はなかった。


 そのあと、ディルとルカスは入念に打ち合わせし、クレアには次のお茶会で会ったときに告げることが決まったのだった──。



次話から王城滞在・試練がはじまります……!

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