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【番外編SS】ディルの祈り

「……では、私はここで待機させていただいておりますので」

 クレアの侍女のサリーが、小さく告げる。


「ああ、すまない」

 ディルは目をふせて答えると、薄く開いた扉から室内へと体を滑り込ませた。


 部屋の中はロウソクの光さえない暗闇で、頼りになる明かりは、わずかにカーテンが開いた窓ガラスから注いでいる淡い月光だけ。


 この部屋に滞在しているあるじは、いまは深い眠りに落ちている。


 ディルは慎重な足取りで、部屋の端に置かれた豪奢なベッドに静かに近づく。


 床には毛足の長い絨毯が敷かれているため、そもそも足音は立ちにくい。それでもわずかな物音で眠りを妨げないよう気を配る。


 ベッドの上には、身動きひとつしないクレアが横たわっていた。


 クレアの寝顔をディルははじめて見る。


 紫みを帯びた繊細な銀髪が白いシーツの上に広がり、吸い込まれそうなほどに惹かれるライラックのような薄紫色の瞳は、いまは銀色の長いまつ毛によって閉じられている。


 まるで絵画を見ているような現実味がない光景に、ディルはわずかに不安になる。


 じっと身を潜め、かすかに聞こえる息遣いと胸が上下する動きを確認して、ようやくほっと息を吐く。


 クレアは、今日の夕方、ワインの銘柄を当てるという試練を受けた。


 試練は無事クリアできたが、ワインを飲み過ぎてしまい、酔いつぶれてしまったのだ。


 一晩眠れば酔いは覚めるだろうということはわかっているが、それでもディルはクレアのことが心配だった。


 サリーに頼み込み、薄く開いた扉の向こうでサリーが待機する形で、少しだけクレアの顔を見ることを了承してもらえたのだ。


 ディルはベッドに近寄ったあと、ゆっくりとその場で膝をついた。

 ベッドの上に両手を伸ばし、そっとクレアの手に触れる。


 自分とは違う、力を込めてしまえば折れそうなほど華奢な指先は、いつもは少しだけひんやりとする感触なのに、いまはワインのせいか、熱を帯びていた。


 自分がクレアよりも年上なら……、もっと自分の体が大きければ……、意識のないクレアをルカスに託したりせず、自分で部屋に運べた。


 試練で酔いつぶれてしまったクレアを抱きかかえようとして、それができなかった歯がゆさが消えない。


 今回のように、ただ酔いつぶれただけならまだいい。


 でももし仮に、クレアにもしものことがあったら……? けがをして血を流していたら……? そのとき、そばに自分しかいなかったら……?


 その結果、クレアを失ってしまったら……?


 力がないからできないなどでは済まされない。


 想像しただけでも身を切られるような苦しみに、ディルはぐっと唇を噛みしめる。


 クレアの手の感触をたしかめるように、されど力を込めすぎないように気をつけながら、やさしく握りしめる。


 そうしてしばらくしたあとで、ディルは祈りを捧げる信徒のように、クレアの手の甲に額をそっと押し当てる。


「……もっと早く大きくなるから、だからあと少しだけ待っていてくれないか」



本編の裏側エピソードです。

ワインの試練の夜、じつはこんなことがあったんだ……!と楽しんでいただけるとうれしいです(*ˊᵕˋ*)

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