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03_試練のお知らせ(1)

 馬車がゆっくりと停車した。

 コンコンと外から扉を叩く音に、クレアはぱちりと目を開ける。


 王城を出たあと、はしゃいで窓の外を見続けていたせいか、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。


 クレアは大きく背伸びをしたあとで、軽く髪の毛と衣服を整え、背筋を伸ばす。

 馬車の扉を内側から叩き、開けてもいいと合図する。

 扉が開くと、出迎えた使用人の手を借りながら、馬車を降りる。


 そのとき、ふと馬車のすぐそばに焦げ茶色の馬が一頭、待機しているのが目に入った。


(お客さまかしら……)


 そう思いながら玄関ホールへ入ると、馬の所有者と思われる濃紺色の騎士の制服を着た青年と、我が家の初老の執事が話しをしている姿があった。


 騎士の青年は、クレアの姿に目を留めると、胸に手を当て敬礼する。


 執事は騎士をその場に残し、クレアのもとへ近づくと、

「ディルハルト王太子殿下からのお手紙とのことです」

 そう言って、(うやうや)しくクレアの前に一通の手紙を差し出す。


 クレアは首を傾げた。


(先ほど会ったばかりなのに……? 何か言付け忘れでもあったのかしら……?)


「ありがとう」

 クレアはそう言って、ひとまず手紙を受け取り、騎士にもお礼の視線を向けた。


 騎士はクレアが手紙を手にしたのを見届けると、再び敬礼をしたあと、足早に侯爵邸を去っていった。




 そのあとクレアは、手紙を手にしたまま自室へと向かった。


 部屋に入り、扉を閉めると、手紙をひとまずソファーの上に置く。そのあとで白い手袋を取り、刺繍とレースで美しく彩られた紫色のドレスを手早く脱ぎ捨てる。さらに、見た目の優雅さとは裏腹の足が痛くなるほどかかとの高い靴も放り出すように脱いだ。


 そしてほぼ下着姿になった格好には不釣り合いな、小ぶりだが見事な輝きを誇る深い青色のサファイアがあしらわれた首飾りと耳飾りを忙しなく外し、手近なドレッサーの上に造作もなく、ぽんと置く。


 そのあとで、金色の細いリボンとともに複雑に編み込まれていた髪の毛を、乱れるのもお構いなしにガシガシと適当に解いた。


「あー、苦しかった!」


 そう言いながら、コルセットの紐をゆるめようと後ろに手を伸ばしたところで、扉を叩く音がした。


「いいわよ」

 ためらいもなく、入室を促す。


「失礼いたしま──、ってお嬢さまー‼︎」


 扉を開けるやいなや、目をひん剥いて叫んだのは、クレア専属の侍女、サリーだった。


 侍女は主人のそばに常に控え、外出にも付き従うものだが、今日は、明日おこなわれるチャリティーバザーの件で急ぎの用事ができ、サリーにはそちらを優先させるため、屋敷に残ってもらっていた。代わりに誰かおともさせるようサリーは強く言ったが、面倒だったクレアは拒否し、結局王城にはひとりで向かったのだった。


(むしろあんなことがあったのだから、今日はサリーがそばにいなくてよかったわ……)


 クレアは先ほどディルから告げられた言葉を思い出し、心の中でぼそりとつぶやく。


 サリーは、最小限の隙間から身を滑らせるように部屋の中に入ってくると、急いで扉を閉め、


「またそんな格好で! せめて私が来るまでお待ちくださいと、あれほど申し上げていますのに! ああ、ドレスがしわになってしまいます! 御髪(おぐし)だってボサボサじゃないですか⁉︎ ああ、もう! 高価な宝石もこんな適当に‼︎ はあ、少し目を離しただけで……」


 と、きっちり結い上げている焦げ茶色の髪の毛を逆立たせながら小言を言う。


 サリーは手早く、クレアが投げ捨てたドレスと靴を拾い上げ、自身のスカートのポケットから取り出したハンカチで、ドレッサーの上に置かれた首飾りと耳飾りをさっと軽く拭き、引き出しから取り出したビロードのクッションの上にそれぞれ置き直した。


「バザーの準備はどう?」

 クレアはサリーに尋ねる。


 サリーは振り返ると、

「ええ、もう大丈夫です」


「そう、手間をかけたわね、ありがとう」

 そう言ったあとで、クレアは、

「ところでサリー、コルセットを外したいのだけれど」

 話題を変えるように、髪の毛をかき上げながら、サリーに背中を向ける。


「はあ、もう……」

 ぶつぶつ言いながらも、サリーはクレアの言うとおりコルセットの紐をゆるめる。


 クレアとサリーは幼い頃からの付き合いだ。


 クレアの亡き母の侍女を務めていたのが、サリーの母で、その縁もあり、幼いひとり娘のクレアの遊び相手として選ばれたのが、同い年の彼女だった。その後、仕事をこなせる年齢になったサリーはメイドなどを経験し、いまではクレア専属の侍女を務めてくれている。

 クレアにとって、しっかり者のサリーは姉のような存在でもある。


「はあー、やっと息ができる!」


 クレアは盛大に息を吐き出す。


 すると足元にするりと何かが触れた。

 一匹の灰色の猫だった。(つや)のあるふさふさした毛並みで、首には黄色のリボンを巻いている。


「ただいま、ライラ」

 クレアは猫の名前を呼び、ふわりと抱き上げる。


「ニャー」

 クレアの呼びかけに応えるように、ライラが鳴く。


 サリーは、猫とたわむれはじめるクレアに呆れた様子で、

「晩餐の前には、きちんとドレスを着ていただきますからね!」

 と言って、手にしたドレスを持ち上げ、隅々まで点検しはじめる。


 クレアがときどき、野原の上で読書に夢中になってドレスを泥だらけにしてしまったり、馬に乗って裾を引っ掛けて穴を開けたり、はたまた木に登って降りられなくなった野良猫を助けようとして破いてしまったりするからだ。


 お淑やかな令嬢ならばこんな心配をしなくて済むのだが、とサリーは常々思っているが、これがクレアなのだから仕方ない。


 そんなサリーの気苦労をクレアは分かってはいるが、面倒くさがりで少々がさつなのは性格なのだからどうしようもない。外では精いっぱい我慢しているのだから許してほしい。


「はい、はい、わかってるわ」

 クレアは投げやりに答え、ライラを床に下ろす。


 そして部屋着としても簡素な部類の、リボンなど装飾も何もないワンピースを頭からかぶって、自ら着替えを済ませた。


 やっと気楽な格好になれて、ほっと息をつく。

 ソファーに腰かけると、先ほど受け取ったばかりのディルからの手紙を開封する。


 しかしさっと目を通すと同時に、クレアは勢いよく立ち上がった。


「そんな──!」


 そう叫んだあと、便箋の文字を確認したり、封筒の口を開けて逆さまにしたりしはじめる。


 クレアの声に驚いたサリーは、驚いて顔を上げたものの、

「……お嬢さま、いったい何をなさっているんです?」

 クレアの奇妙な行動を目にして、怪訝な顔で問いかける。


 クレアは、なおも手紙や封筒を細部までたしかめながら、

「冗談でした、っていう一言とかあるんじゃないかと思って……」


 しかしいくら確認しようとも、そんなものどこにも見当たらなかった。

 クレアは諦めるように、再び便箋の文字に目を落とす。



『クレアへ


 婚約破棄するためには、ある試練を受けてもらわなければならない。

 王太后陛下からのご指示で、詳しい内容は僕も知らないが、王城に滞在し、その間、クレアには試練を受けてもらうことになる。

 滞在期間は三ヶ月。オルディス侯爵には、今回の事はまだ告げられない。そのため王太子妃教育の一環だと伝えて、承諾を得るつもりだ。

 身の回りの世話をする者はきちんと手配するが、必要なら侍女をひとり連れてきてもいいと許可が出ている。

 三日後、侯爵家へ使いの馬車をやるから、王城まで来てほしい。

 なおこの手紙を読んだら、確認のため、すぐに返事をくれ。


 追伸 もし登城しない場合は放棄とみなされ、婚約は継続される。


 ディルハルト』



「やっぱり、何で⁉︎ 婚約破棄を言い出したのはそっちでしょう? どうしてわたしがそんな面倒な試練を?」

 クレアは苛立ちをにじませ、叫んだ。


「こ、婚約破棄⁉︎ お、お嬢さま、いったい何が……」

 クレアの言葉を耳にしたサリーが、真っ青な顔でカタカタと指を震わせる。


(あ、しまった──!)


「あ、サリー、違うのよ──」


 クレアはとっさに誤魔化そうとしたが、サリーは、


「ま、まさか、今日の殿下とのお茶会でとんでもない粗相を──⁉︎ だからあれほど外では十分気をつけてくださいとお願いしていましたのに‼︎ いったい何をやらかしたんですか⁉︎ もしかしてまた殿下をほったらかして読書に夢中になっていたんですか⁉︎ それともめずらしい植物でも見つけて、許可なく引っこ抜いてしまったんですか⁉︎ はっ! まさか突然馬に乗りたくなって、勝手に王城の馬を拝借したあげく逃したとか言いませんよね⁉︎

 

 ああ! こんなことなら無理矢理にでも誰か連れて行っていただくべきでした! いえ、私がついていくべきだったんです‼︎」


 涙目になりながらまくし立て、クレアに詰め寄る。


 あまりの言われように、誤魔化そうとしていたクレアもむっと眉を寄せ、


「読書に夢中になるのは否定しないけれど、それ以外、そんなことするわけないじゃない! 違うわ! わたしは何もしていない! ……多分」


 と、サリーに言い聞かせるように叫ぶが、最後は少し自信がなくなり、付け加えるように言う。


「では、どうして婚約破棄なんて……」

「知らないわ。だってディルが突然言い出したんだもの」

「そんな……、殿下に限ってそんなこと……」


 なぜかサリーは眉尻を下げ、いまにも泣きそうな顔で、

「お嬢さまが殿下の婚約者を辞退したいと昔から思われているのは私だって承知しています。でも殿下は……」


 クレアは首を傾げ、

「ディルは?」

 サリーの意図が汲み取れず、訊き返す。


 サリーは、はっと意識を戻すと、

「いいえ、私からは何も……。でも殿下から婚約破棄だなんて、本当にそうおっしゃったんですか?」

 サリーの態度に釈然としないながらも、クレアは頷く。


「ええ、たしかに『婚約破棄させてほしい』そう聞いたわ。だからわたしは同意を示して、すぐさま退室したのだけど、屋敷に着くなり、この手紙が届いたのよ」


 こうなれば下手に隠すより、実際に見てもらったほうが早いだろうと判断して、クレアはサリーに手紙を手渡す。


 サリーはためらいながらも、手紙に目を通す。しかしすぐさま険しい表情を見せ、

「……婚約破棄も信じられませんが、この試練とは何のことですか?」


 クレアは首を横に振る。

「わたしにもわからないわ。ディルから婚約破棄を申し出てきたのに、破棄するにはわたしがなんらかの試練を受けなければいけないみたいなの。王家の決まりなのかしら?」


 クレアはわずかに逡巡したが、すぐに、


(よくわからないけど、いずれにしても婚約破棄したいなら、その試練とやらを受ける以外、選択肢はなさそうね……)


 そう思い至ると、文机に向かい、さっとペンを走らせ、手紙を読んだことを書き記す。封蝋で封をしたあと、


「サリー、これをディルのもとへ至急届けるように頼んできてくれる?」


「かしこまりました」


「それとこの話は、まだ胸にしまっておいてちょうだいね、お父さまにも内緒みたいだから」


 クレアが念押しすると、サリーは神妙に頷いたあと、手紙を手に急いで部屋を出ていく。



ちょっと中途半端ですが、長いので区切っています!

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