【番外編SS】婚約破棄の練習
「クレア、こ、婚約、破棄……」
「こ、婚約破棄、させて……」
「婚約……、は、破棄だ!」
そこには、自室の鏡に向かって、何やらひとりぶつぶつと繰り返しているディルの姿があった。
「だめだ、言えない……」
精魂尽き果てたようにうなだれる。
「全然だめですね。鏡に向かってすら言えなくてどうするんです?」
背後で見守る、いや厳しく確認している、ディルの侍従のルカスが言った。言葉同様、視線も冷ややかだ。
「そう言うが、嘘とはいえ、クレアを前にこんな言葉を口にすると思っただけで、心がえぐられるんだぞ!」
息も絶え絶えといった様子で、ディルはルカスを振り返る。
「では、このまま本当に婚約が白紙になってもいいんですか?」
「いいわけないだろ!」
ディルは眉間にしわを寄せて声を荒げる。
ルカスは表情を変えず、
「ならやることはひとつです。クレアさまに婚約破棄を伝えられなければ、王太后陛下からの試練を受けていただくことはできません。試練を受けないことで婚約が解消できると知れば、クレアさまはよろこんで辞退なさるでしょう」
ぐっと、ディルは言葉に詰まる。
ハチミツ酒を思わせる黄金色の髪の毛に指をうずめ、ぐしゃぐしゃとかき回す。
「わかってる! ああ、わかってるさ、いやというくらいにな!」
自暴自棄になるのを堪えながら、ディルは叫ぶ。
どさりと椅子に座り、冷静になろうとまぶたを閉じる。
しばらくしたあとで目を見開くと、しかめっ面でおもむろに立ち上がる。
ルカスに視線を送って、自分が座っていた椅子に、代わりに座るよう命じる。
ルカスは、ほんのわずか怪訝さをにじませたが、何も言わずにすぐに腰を下ろすと、あるじであるディルを見上げ、次の指示を待つ。
ディルはじっとルカスに視線を向けるが、何か違う、というそぶりで、うろうろとあたりを歩き回りはじめる。
そしてなぜか、壁面の飾り棚の上に置かれていた白と黄色のバラが生けられた花瓶を手にすると、それをルカスに両手で持たせる。
ルカスの顔はバラの花に覆われ、すっかり隠れてしまった。
「その状態でいろ」
ディルは有無を言わさず、ルカスに命じる。
軽く咳払いをして、
「婚約、破棄……」
「ク、クレア、婚約破棄、させて……」
再び練習をはじめる。
鏡に向かってだと自分の情けない顔しか見えないし、かといって、代わりにルカスを前にすると、より苛立ちが募る。
しかし顔さえ見えなければ、生身の人間がいる雰囲気は出せるから、より本番に近い感覚をつかめるのではと思いついたが、悪くない考えだった。
そうしてずいぶん長い時間、練習を重ね、ルカスの手が限界を迎えそうになる頃になってようやく、
「クレア、婚約破棄させてほしい──」
ディルはなんとかつっかえず、言葉を発することができたのだった。
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